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 その後全員で食堂に移って食事をしていたとき、アウローラがユピテルのそばまでトコトコ歩いて来た。

「おなかさわりたい」
「おっ? おぉ……」

 言われるがままユピテルがアウローラを抱き上げると、膝の上に乗ったアウローラがユピテルの腹に抱きついた。
 うわ、かわいいなこれは……。

 繊細で可愛らしい顔立ちをしているアウローラは、全身で腹の中の子と会話しているみたいだ。そっと支えるように手を添えると、その細い骨格にドキリとした。
 幼児には怖がられるタイプのユピテルは、なかなか幼い子どもと触れあう機会もない。メルキュールと出会ったのも彼が8歳のときだった。

 そんなことをしみじみ考えていると、腹の中でポコッとした感覚があった。アウローラが触ったのかと思ったが、彼は顔を綻ばせてユピテルを見上げた。

「うごいたね~」
「えっ!?」
「ゆ、ユピー! 本当ですか!?」

 初めてちゃんと感じた胎動だった。ユピテルはらしくもなく目頭が熱くなり、メルキュールは驚きのあまり愛称で呼んでしまっていることに本人も気づいていない。
 
 そんなふたりを、ジューノとマウォルスは微笑ましい気持ちで見ていた。日々の育児に追われ忘れがちではあるが、自分たちもこのように一喜一憂する時期があったのだ。

「ローラ、いつまで経っても人見知りなのに……珍しいね?」
「ふむ。なにか縁があるのかもしれんな。俺たちのように」

 運命の番。アルファやオメガという二次性を持つものは、この世に唯一の運命がいるという。
 どこにいるのかも分からない相手を探すことは困難で、出会える確率は限りなくゼロに近い。
 
 さらに自分たちのように運良く出会えても、すんなり番になれるかというとそうでもない。
 地方の貧乏貴族だったジューノは世間知らずにぽやぽやしていたおかげで、危機一髪だったのだ。救ってくれたマウォルスには感謝しかない。

 最初はあんなに不信感を抱いていたのに、不思議なものだ。今は任務でしばらく会えないだけで寂しくなるし、寄り添っているひとときが何よりも幸せで、落ち着く。

 ユピテルとメルキュールを見送って子どもたちを寝かせたあと、ジューノはマウォルスに語った。

「あんなに立派な人、最初同じオメガとは思えなかったけど……可愛かったな」
「あいつは努力の天才だよ。だが……可愛いか?」
「ふふっ、先輩ぶってアドバイスしちゃった。おれたちも子どもができるたびに右往左往してるけど、みんな一緒なんだなと思って」

 ジューノにとって近しい存在である姉も、いつも余裕そうに見えていたけど。頼りない弟に気づかせなかっただけで、きっと旦那さんと支え合って乗り越えてきたんだろう。

 初対面の人はだいたいジューノをじろじろと見てくるけれど、メルキュールはユピテル以外目に入っていないほどの心酔ぶりだった。
 ふたり並ぶとすごい迫力だったが、あの人だからこそ、団長として気を張るユピテルを支えていけるんだろう。ユピテルの気が緩んだ瞬間の顔は――こう言っちゃ悪いけど……すごく可愛かった。

 思い出してにっこりするジューノをマウォルスは内心複雑な思いで見つめた。
 大事な友人の心の澱を取り払ってくれたジューノには、誇らしい気持ちと感謝が湧いてくる。それと同時に、やっと二人きりになったのだから自分のことだけを考えてほしいと願ってしまう。

 一緒になって何年経ってもジューノの可愛らしさは衰えず、母になってからは色気まで増してきて外に出すのが怖いくらいだ。
 もし、また、攫われたらと想像すると……

 そのとき、ジューノがマウォルスの額にチュッと可愛らしいキスをした。

「マルス様、なに考えてるの? おれのこと、見て」
「ジューノ……」

 天使が妖艶に誘いかけてくる。視界にはジューノがいっぱいに広がっているし、葡萄色の瞳には自分だけが映っている。
 不安で雁字搦めになって閉じ込めようとしてしまうたび、伴侶に気付かされる。この上ない幸せはジューノが幸せに過ごしてくれているからこそのもので、自分は彼の望みを叶えるために存在するのだと。

 今はジューノの望みどおり、彼だけを見つめることにしよう。隅から隅まで……
 マウォルスはその宝物のような肢体に手を伸ばした。


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