暗殺者のおれが命じられたのは、夫の殺害でした。

おもちDX

文字の大きさ
上 下
7 / 18

7.

しおりを挟む
 アクアは屋敷の使用人が用意してくれたものをいつもそのまま着ている。
 丈が長いワンピース型のパジャマは一般的に可愛らしいと言われるデザインかもしれないが、アクアは着るものにこだわりがない。どんな素材なのか知らないけど、薄くて着心地がいいことだけは分かる。

 ブラッドは逆にパジャマのズボンだけを履いていて、同素材のガウンを羽織っていた。男らしく筋肉で隆起する胸板が見えている。
 いつもきっちりとシャツを着込んでいる彼の無防備な姿に、アクアはくらくらした。

(旦那さまの色気、マシマシすぎる……!)

 ほんのりと頬を桃色に染めたアクアは、ブラッドに勧められてソファに腰かけた。少し俯いて、ちゃんと話さなければならないと改めて決心する。
 寝るときは三つ編みにまとめている金色の髪の先が、視界に映った。両手でパジャマを握りしめる。

「旦那さま……いや、ブラッドさま。結婚の契約の話なんです」
「まじ天使……はっ、え?なんだって?」

 ブラッドのことになると、アクアは途端に涙腺が弱くなる。彼が別の人を屋敷に迎えると思ったときの気持ちが蘇ってきて、視界が海みたいにゆらゆらと揺れた。
 
「おれ、好きな人ができたみたいで……ブラッドさまと、わっ、別れなければ……なりません……ぐす」
「無理!!!」

 大声で即答したブラッドは、アクアまで数歩の距離を詰め、目の前でひざまずく。強く握りしめていたアクアの手を取り、下から懇願するように見上げてきた。
 潤む視界に、深いグリーンの瞳が月のように浮かんで見えた。

「あ、アクア……私は君に気持ちを伝えなければならないと……そのために焦って、さいきん距離を詰めすぎたかもしれない。嫌だったか?」
「ううん、嬉かった……」
「じゃあ、私のどこが嫌なんだ?教えてくれ。ぜんぶ直すから」
「嫌なところなんて……ない。ぜんぶ、好きです。大好き。だって、好きな人ができたら、別れるって……そういう契約でしたよね?」
「そっ、……そういうことか~~~!!!」

 いきなり天を仰いだブラッドに、アクアはビクッと驚く。怒らせてしまった?と思ったものの、彼の言動が理解できない。なんか、予想していたのとは違うような……
 涙も引っ込んだアクアが首をひねっていると、どうしてかブラッドに立つよう促された。もう一度姿勢を正した彼がアクアの手を握ったままひざまずいたので、さすがにこの状況はおかしいと焦る。

「えっ、なに?た、立って下さい」
「アクアが好きだ」
「!!」
「情けない話だが、君がいなくなってから気付いたんだ。私は、アクアがいないと毎日がつまらない。君以上に可愛いと思う人もいない。再会して、本当の……家族になりたいと思ったんだ」

 これは夢だろうか。
 アクアも彼と離れてからは毎日がつまらなかった。無味乾燥な日々を、こんなにもつらいと感じるなんて知らなかった。
 いつの間にか心のなかで、ブラッドという存在は大きく育っていたのだ。
 
 彼が同じことを感じていたのだと分かって、アクアは胸がいっぱいになる。
 
「じゃあ、これからもおれの旦那さまでいてくれる?」
「ああ、ずっとな。君も私の奥さんだ」

 うれしい。旦那さま、大好き!そう告げてブラッドに抱きつくと、危なげなく受け止められた。そのまま彼が立ち上がったので、急に視界が高くなったアクアはちょっと戸惑う。
 告白の先……というかまさか両想いだとは思っていなかったから、展開を予想できない。でも抱きかかえられたまま到着した先が寝室だったので、今まで散々ターゲットを誘惑してきたアクアにもさすがに合点が行った。

「旦那さま?あの、おれ……発情期はまだ先で」
「発情期じゃないと抱いたら駄目か?今すぐ本当の奥さんにしたいんだ」

 そっと寝台に降ろされて、情欲に染まった瞳で真上から見つめられる。縫い留められたように、目を逸らせない。
 喉がひくんと震え、アクアは声を絞り出した。

「だ、抱いて……奥さんにしてください」
「あー!!可愛い!!!」

 急に耳元で叫ぶのだけはやめてほしい。そう思いながらも全身で抱きつかれて、心臓がキュンッと幸せに跳ねた。
 アクアもそっとブラッドの背中に腕を回す。大きな背中だ。
 こんなにも人と密着して、落ち着いた気持ちになるなんて信じられない。殺るか殺られるか、自分にはそれだけだったのに。

 しかしアクアの安心を妨げるモノが脚に当たって、これから何をするのか嫌でも実感する。ヒートのときにブラッドと肌を重ねる想像をしたことはあるけれど、実際にすることは想像がつかない。
 ちゃんとできなかったらどうしよう。ガッカリされる?
 
 だんだんと不安になって、首の窪みに顔を埋めてなにかを吸っているブラッドの耳元で話しかけた。

「あの、旦那さま。おれ……はじめてで。うまくできないかも……」
「っぐ。イくとこだった……。アクア、大丈夫だ。私が。ぜんぶ教えてあげるからな」
「ほんとっ?ありがとう旦那さま!」
「あ゛ーーー…………」

 今日死ぬかも……と小さく呟いたブラッドに、殺さないよ?と頭の中で応える。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

既成事実さえあれば大丈夫

ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

巣作りΩと優しいα

伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。 そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。

かとらり。
BL
 セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。  オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。  それは……重度の被虐趣味だ。  虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。  だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?  そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。  ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

処理中です...