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アクアはまた屋根裏を伝ってブラッドの寝室へ向かった。そこにひと気はなく、寝台も空っぽだ。
まさかこんな夜中に仕事をしているのだろうかと思い執務室へ向かうと、ほんとうに彼がいた。
一人で椅子に座り、考え事をしているように見える。寝間着の上にガウンを身に着け、セットしていない前髪が目元にかかっているのがセクシーだ。
アクアは久々に見たブラッドの姿に目を奪われていた。
(おれの旦那さま、こんなに格好よかったっけ!?)
うっかり見惚れていたとき、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえてアクアは我に返った。あの暗殺者だ!
屋根裏から意識を向けると、刺さるような殺気を自分に向けられて確信する。
いま手元に暗殺の道具はなかった。でも……やるしかない。
「入れ」
「失礼します。ブラッド様、報告が……」
「やぁー!!」
アクアは天井から男に飛びかかった。
一発で首を折れば殺れる!と考えたが、さすがに相手も同業だ。躱されたと感じた次の瞬間には、アクアが拘束されている。
「離せ!」
「ッアクア!?」
「落ち着いて、アクアさん。僕は味方です」
命の危険を感じていたアクアは反撃の隙を狙っていたものの、男から殺気が消えたこと、そしてブラッドがこの男よりも自分の登場に驚いていることに気付いて抵抗をやめた。
よかった、殺されない……と認識したら、もうアクアは我慢できなかった。
正面まで来ていたブラッドに、飛びかかるように抱きついた。
「旦那さまぁっ」
「えっ……私の奥さん、こんなに可愛かったか!?」
「……え。なにこの二人」
全身がブラッドを求めているのを感じる。アクアは……寂しかったのだ。自分を家族として認めてくれるこの人から、離れるのが。
はじめて間近でブラッドの優しい匂いを嗅ぎ取ったアクアは、ドクンと身体の中心が疼くのを感じた。
えっ今??なんで……この兆候は……ヒート!?
ふわっとフェロモンが漏れ出すのを感じて、慌てて押し留める。アクアは謎の感覚を確認しようと、ブラッドの胸から顔を上げて、上目遣いでそうっと彼の顔を見た。
(か……っっっこよ!!!は?やば!おれ、こんな人と結婚してたの!?)
興奮と込み上げる恥ずかしさで、プシュ~ッと効果音が付きそうなほど顔を真っ赤にしてしまう。そして、未知なる感情にキャパオーバーを迎えたアクアは――逃げた。
なりふり構わず窓をバンと開け、外へ飛び出す。「アクア!!」と名を呼ぶブラッドの声が聞こえたが、バルコニーを伝って自分の部屋へと向かった。
冬なのに温かくされている部屋の隅に立って、少しだけ冷静になる。元、自分の部屋だ。
ここが他人のために整えられているということは、間もなくアクアは離縁されブラッドは他の人を迎えるのだろう。
当然だ。
アクアは何ヶ月も行方を眩ましていたし、街で力を持つ彼ならもう調べて知っているかもしれない。ブラッドを殺そうとしていた組織に、アクアが所属していたのだと。
よく分からないけど、彼は安全そうだった。暗殺ギルドは見当たらないし、仲間もひとりブラッドに味方としてついていたのだ。アクアの存在は……どう考えても必要ない。
もともとひとりぼっちなのに、心がズキズキと痛む。なんでこんなにも悲しいのだろう。もともと彼は、自分のものではなかったのに。
ドンドン!と叩くように部屋の扉をノックされてアクアは飛び上がった。
「アクア!そこにいるのか!?」
(旦那さま…………)
さっきみたいに抱きつきたい衝動に駆られ、無理やり思考を切り替える。ここに居てはだめだ。唇を噛み締め、アクアは秘密の通路を抜けて昔の棲家に向かった。
いつもより早いものの、発情期が来る。アクアがブラッドの屋敷以外で安全だと思える場所はこの街に一箇所しかなかった。
スラム街の奥、他人に興味のない人しかいない、廃墟同然の建物ばかりのゴーストタウン。
深夜になると幽霊のように人が徘徊するその地域は、朝日が差し込むと誰も居ないかのように静かだ。
ヒートのアクアがいても誰も干渉してこないぶん、誰も助けてくれない。スラム街の人間でさえも、あそこには住みたくないと言う。
アクアはかつて、そんな場所に住んでいた。
二年前まで馴染みの場所だった部屋に入ると、埃が舞ってひび割れた窓から差し込んだ光に照らされた。古びたベッドしかない寝るためだけの部屋だが、ここはギルドの人間にも場所を知られていないので安全である。
水だって汲んでこないと使えないし、誰も来ないけれど……一度だけ、ここを訪れた人がいる。それがブラッドだった。
まさかこんな夜中に仕事をしているのだろうかと思い執務室へ向かうと、ほんとうに彼がいた。
一人で椅子に座り、考え事をしているように見える。寝間着の上にガウンを身に着け、セットしていない前髪が目元にかかっているのがセクシーだ。
アクアは久々に見たブラッドの姿に目を奪われていた。
(おれの旦那さま、こんなに格好よかったっけ!?)
うっかり見惚れていたとき、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえてアクアは我に返った。あの暗殺者だ!
屋根裏から意識を向けると、刺さるような殺気を自分に向けられて確信する。
いま手元に暗殺の道具はなかった。でも……やるしかない。
「入れ」
「失礼します。ブラッド様、報告が……」
「やぁー!!」
アクアは天井から男に飛びかかった。
一発で首を折れば殺れる!と考えたが、さすがに相手も同業だ。躱されたと感じた次の瞬間には、アクアが拘束されている。
「離せ!」
「ッアクア!?」
「落ち着いて、アクアさん。僕は味方です」
命の危険を感じていたアクアは反撃の隙を狙っていたものの、男から殺気が消えたこと、そしてブラッドがこの男よりも自分の登場に驚いていることに気付いて抵抗をやめた。
よかった、殺されない……と認識したら、もうアクアは我慢できなかった。
正面まで来ていたブラッドに、飛びかかるように抱きついた。
「旦那さまぁっ」
「えっ……私の奥さん、こんなに可愛かったか!?」
「……え。なにこの二人」
全身がブラッドを求めているのを感じる。アクアは……寂しかったのだ。自分を家族として認めてくれるこの人から、離れるのが。
はじめて間近でブラッドの優しい匂いを嗅ぎ取ったアクアは、ドクンと身体の中心が疼くのを感じた。
えっ今??なんで……この兆候は……ヒート!?
ふわっとフェロモンが漏れ出すのを感じて、慌てて押し留める。アクアは謎の感覚を確認しようと、ブラッドの胸から顔を上げて、上目遣いでそうっと彼の顔を見た。
(か……っっっこよ!!!は?やば!おれ、こんな人と結婚してたの!?)
興奮と込み上げる恥ずかしさで、プシュ~ッと効果音が付きそうなほど顔を真っ赤にしてしまう。そして、未知なる感情にキャパオーバーを迎えたアクアは――逃げた。
なりふり構わず窓をバンと開け、外へ飛び出す。「アクア!!」と名を呼ぶブラッドの声が聞こえたが、バルコニーを伝って自分の部屋へと向かった。
冬なのに温かくされている部屋の隅に立って、少しだけ冷静になる。元、自分の部屋だ。
ここが他人のために整えられているということは、間もなくアクアは離縁されブラッドは他の人を迎えるのだろう。
当然だ。
アクアは何ヶ月も行方を眩ましていたし、街で力を持つ彼ならもう調べて知っているかもしれない。ブラッドを殺そうとしていた組織に、アクアが所属していたのだと。
よく分からないけど、彼は安全そうだった。暗殺ギルドは見当たらないし、仲間もひとりブラッドに味方としてついていたのだ。アクアの存在は……どう考えても必要ない。
もともとひとりぼっちなのに、心がズキズキと痛む。なんでこんなにも悲しいのだろう。もともと彼は、自分のものではなかったのに。
ドンドン!と叩くように部屋の扉をノックされてアクアは飛び上がった。
「アクア!そこにいるのか!?」
(旦那さま…………)
さっきみたいに抱きつきたい衝動に駆られ、無理やり思考を切り替える。ここに居てはだめだ。唇を噛み締め、アクアは秘密の通路を抜けて昔の棲家に向かった。
いつもより早いものの、発情期が来る。アクアがブラッドの屋敷以外で安全だと思える場所はこの街に一箇所しかなかった。
スラム街の奥、他人に興味のない人しかいない、廃墟同然の建物ばかりのゴーストタウン。
深夜になると幽霊のように人が徘徊するその地域は、朝日が差し込むと誰も居ないかのように静かだ。
ヒートのアクアがいても誰も干渉してこないぶん、誰も助けてくれない。スラム街の人間でさえも、あそこには住みたくないと言う。
アクアはかつて、そんな場所に住んでいた。
二年前まで馴染みの場所だった部屋に入ると、埃が舞ってひび割れた窓から差し込んだ光に照らされた。古びたベッドしかない寝るためだけの部屋だが、ここはギルドの人間にも場所を知られていないので安全である。
水だって汲んでこないと使えないし、誰も来ないけれど……一度だけ、ここを訪れた人がいる。それがブラッドだった。
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