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42.初恋泥棒

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 母親がいた子供の頃、うちの家族はかなり仲が良かった。

 父親が学生時代、学校の二歳上の先輩に惚れて猛アタックしたゆえに飛び級して同時に卒業。それでも首を縦に振らなかった母が何年経っても諦めない父に折れて頷いた瞬間に、結婚。
 翌年に生まれたのが俺だ。父は二十歳、母は二十二歳のときだった。

 そんな経緯で結婚したため、いまの父からは想像も出来ないが、俺の幼少期は父が母にべったりだったのだ。
 父はアルファで、母はベータ。しかしアルファを誘うフェロモンなんてなくても、父はずっと母に夢中だった。

 もちろん子育てはふたりで協力していたみたいだが、やはり母のほうが俺にたっぷりの愛情を注いでくれた。父が母の方ばかり見るから、対抗心で俺も母にくっついていたと思う。

 父はその頃から異世界転移研究所に勤めていて、転移魔法への飽くなき探究心と明晰な頭脳で、滞っていた研究を先頭に立って押し進めていたらしい。
 当時は今みたいに立派な施設もなく、研究員も少人数でアットホームな職場だった。それこそ研究所で家族を招いたパーティーなんかを開催するほどに。

「聞いてくれ、俺はすごい発見をした。これはまだ誰にも秘密の話だが……異世界と座標を結ぶことに成功したかもしれない」

 研究員の誰かが誕生日でホームパーティーが行われた日、父は俺と母をこっそりと研究室に呼んだ。俺が六歳のときの話だ。
 研究所の方針は転移魔法を阻止することだが、父は転移魔法そのものに興味を持っていた。自由に異世界を行き来できたなら……研究者なら一度は夢見ることだ。

「座標を結ぶって、どういうこと?」
「今年来た迷い人のいた異世界が、チキュウという場所だ。その場所の座標を突き止め、転移時の周波数をここに記録してある。この回路をちょっと弄るだけで……当時の魔力波を再現できるようになったんだ。まだ魔素が貯まらなくて実験はできていないけど、時間をかければきっと再現できる。ついに異世界と行き来が可能になるかもしれない」

 母の質問に父は意気揚々と説明する。目をキラキラとさせて楽しそうに話す姿に、父にも母以外に興味を持てることがあったんだ、と子どもながらに驚いたのを覚えている。
 父が見せてくれたのは複雑な回路が埋め込まれた円錐形の機械で、たまに空気中の魔素か何かに反応してきらめく様子は幻想的だった。魔素を集めやすい形がこれなんだと父が力説するなか、俺はつい興味本位でそれに手を近づけた。

「あっ、こら。触るんじゃない」
「母さん見て、キラキラ光ってきれい」
「あら、ほんとねぇ」

 それが自分の手に反応したように光り輝くことが面白くて、顔を近づけて覗き込む。光の筋があちこちで回路の中を通り抜けていく。
 気づけば部屋全体が照らされるほどに黄色い光を放っていて、その機械がブウン、と不思議な音を立てた。

「なんだ……?魔素に反応してる?――まさか、リアンの魔力か!」
「父さん?向こう側に公園が見える!」
「待て!離れ……!」

 次の瞬間、父の焦っている顔が目の前から消え、見知らぬ場所に立っていた。さっき見えた公園の中にいる。
 なに……?なにが起きたの?
 不安になって手を握る。右手はしっかりと母の手を掴んでいたからだ。見上げた母もキョロキョロと周囲を見渡し、戸惑った表情をしていた。

「リアン……もしかしたら私たち、異世界に来てしまったかもしれないわ」
「え……母さん、なに言ってるの?」
「わからない。けど、ここがパパの研究室から遠く離れているのは事実よ」

 母も不安だっただろう。しかし俺という子どもがいたから、冷静に状況を判断することを優先したのだ。
 その場所では日が落ちかけていて、茜色の空が頭上に広がっていた。このままでは野宿になってしまう。

 当時の俺にはそこまでわからなかったが、公園の遊具や整備されている様子を見る限り、文化レベルはあまり変わらないように見えた。
 でも俺たちは着の身着のまま来てしまって、お金も荷物も持っていない。母はたとえ不審者扱いされたとしても、警察なりに飛び込むことを考えていたんだろう。

 俺の住んでいる国、ファリアスでは転移してしまった人を受け入れる体制がかなり整備されているが、そのとき何もない場所に転移してしまったことから知れるとおり、地球ではそんな体制もなかった。
 母が俺の手を引いて、公園の出口に向かって歩き出す。そのとき、俺たちの後ろから掛けてくる声があった。

「あの……迷子ですか?」
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