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40.後悔
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「だい……じょ…………ぶ」
辛うじて聞き取れるくらいの小さな掠れ声でそう告げたメグは、腕をパタンと落とし目を閉じた。
どこが……どこが大丈夫なんだ!
知りたくもなかったメグの血の匂いが、俺の鼻を掠める。それは鉄のようなのに、どこか甘い匂いを孕んでいた。
メグの脇腹にはラハーヌの持っていたナイフが刺さっていた。いま、メグの友人たちが少しでも血の流れを止めようと患部の周囲を押さえている。
その部屋にあった布類はすべて汚れていて、みんなが持っていたタオルやその場で脱いだ服などが止血に使われていた。夥しい量ではないが、徐々に赤く染まっていく布を見ていると気が遠くなりそうだ。
「動かさないで!ナイフもそのまま!抜いたらもっと出血する可能性があるので、救急隊が来たら任せましょう」
ターザという男が毎年上級救命講習を受けているらしく、的確に指示をする。俺はどんどんと生気を失っていくメグを呆然と見つめていた。
俺の……おれのせいだ。自分の気持ちを優先してしまったことが巡り巡って、メグはこんな羽目に陥ってしまった。
「おい!しっかりしろ!お前の……大切な人なんだろ!」
ドン!と肩を殴られ、目の前でターザが叫ぶ。パニックから頭にかかっていた靄が晴れていく。そうだ……俺にできることをしなければ。
改めてメグの顔を見ると、血の気が引いて真っ白になっていた。まるで死人のようだ。
口元に顔を近づけ呼吸を確認する。温い息が頬に当たるが、あまりにも……弱い。それに、この苦い匂いは……?
ターザにそれを伝えていると、近くで聞いていたブリギッドが何かに気づいて拾ってくる。
「ねぇ!この瓶、まだ濡れてるし……変な匂いがする。メグムが飲まされたんじゃない?」
「なんだって?あぁ、同じ匂いだ。くそっ。薬物か!」
誰かが持ってきてくれた救急セットからガーゼを取り出し、水で湿らす。ターザはそれを俺に渡し、メグの顎を掴んで口を無理矢理開く。
「早く!それで口の中を拭って!メグムくんの呼吸が止まりそうだ……お前が人工呼吸しろ」
「わかった」
一刻の猶予も許されないことは分かっていた。すぐに口の中を拭うと、ターザが心臓マッサージを始める。俺は昔学校で受けた救急講習を思い出しながら、タイミングを合わせて人工呼吸を行った。
どうか……どうか生き延びてくれ。メグ、俺に償わせてくれ…………
外で待機していた人が、到着した救急隊員を誘導してくる。建物の前の通りは狭くて、救急車輌が入ってこれないのだ。
担架に乗せられたメグに付いて外に出ようとすると、警官が到着した。建物の入口、そして部屋の中には計四名の男が伸びている。彼らは後から到着した有志によってぐるぐるに縛られていたが……この状況をどう説明しよう。
そのとき、立ち止まりかけた俺の背中をディムルドがポン、と押した。
「俺が説明する。詳しいことはあとで聞かせてくれ。……とにかくメグムくんを優先するんだ」
お前に任せたぞ、と言い残してディムルドは警官の方へ向かっていった。今度こそ迷いなく救急隊員に着いていき、車に乗り込む。
メグの状況はターザが詳しく説明してくれていた。つくづく頼りになるやつだ。
いま俺にできることは……メグの傍にいることだけ。
すぐにオメガ専門のクリニックへと運ばれたメグは、手術室で処置中だ。
残っていた瓶とメグの口を拭ったガーゼは解析中だが、最近裏社会で流通している悪質な発情促進薬だろうと医者は言った。
「発情するより、身体が拒否反応を起こして倒れることのほうが多いんです。あんなのただの劇薬だ」
手術が終わるのをベンチで待っていると、通りかかった看護師に汚い!と怒られトイレに向かった。一度は拭っていたものの、手にはメグの血が残っていて泣きそうになる。
水で洗い流すと血が溶け、ピンク色の水となって流れていく。それはどことなく、メグの瞳の色に似ていた。
メグが温かい色の瞳を閉じてしまったとき、まるで時が止まってしまったかのように、生きた感じがしなくて怖かった。今になって手が震えてくる。
鏡に映る自分の顔色もなかなか酷い。顔も洗おうとしたそのとき、自分の頬にも赤い血の筋がついていることに気づいた。
――これは、あのときの……!
メグはどんなときでも自分より相手の方を気遣う。あの『大丈夫』は自分が大丈夫だと言いたかったのかもしれないし、俺のことを心配して掛けた声だったのかもしれない。
あの状況でそう言ってのけたメグの心の綺麗さが、胸に深く突き刺さる。それは溢れんばかりの愛おしさと、どこか信仰心にも似た尊さ、そして激しい後悔を俺の心にもたらした。
辛うじて聞き取れるくらいの小さな掠れ声でそう告げたメグは、腕をパタンと落とし目を閉じた。
どこが……どこが大丈夫なんだ!
知りたくもなかったメグの血の匂いが、俺の鼻を掠める。それは鉄のようなのに、どこか甘い匂いを孕んでいた。
メグの脇腹にはラハーヌの持っていたナイフが刺さっていた。いま、メグの友人たちが少しでも血の流れを止めようと患部の周囲を押さえている。
その部屋にあった布類はすべて汚れていて、みんなが持っていたタオルやその場で脱いだ服などが止血に使われていた。夥しい量ではないが、徐々に赤く染まっていく布を見ていると気が遠くなりそうだ。
「動かさないで!ナイフもそのまま!抜いたらもっと出血する可能性があるので、救急隊が来たら任せましょう」
ターザという男が毎年上級救命講習を受けているらしく、的確に指示をする。俺はどんどんと生気を失っていくメグを呆然と見つめていた。
俺の……おれのせいだ。自分の気持ちを優先してしまったことが巡り巡って、メグはこんな羽目に陥ってしまった。
「おい!しっかりしろ!お前の……大切な人なんだろ!」
ドン!と肩を殴られ、目の前でターザが叫ぶ。パニックから頭にかかっていた靄が晴れていく。そうだ……俺にできることをしなければ。
改めてメグの顔を見ると、血の気が引いて真っ白になっていた。まるで死人のようだ。
口元に顔を近づけ呼吸を確認する。温い息が頬に当たるが、あまりにも……弱い。それに、この苦い匂いは……?
ターザにそれを伝えていると、近くで聞いていたブリギッドが何かに気づいて拾ってくる。
「ねぇ!この瓶、まだ濡れてるし……変な匂いがする。メグムが飲まされたんじゃない?」
「なんだって?あぁ、同じ匂いだ。くそっ。薬物か!」
誰かが持ってきてくれた救急セットからガーゼを取り出し、水で湿らす。ターザはそれを俺に渡し、メグの顎を掴んで口を無理矢理開く。
「早く!それで口の中を拭って!メグムくんの呼吸が止まりそうだ……お前が人工呼吸しろ」
「わかった」
一刻の猶予も許されないことは分かっていた。すぐに口の中を拭うと、ターザが心臓マッサージを始める。俺は昔学校で受けた救急講習を思い出しながら、タイミングを合わせて人工呼吸を行った。
どうか……どうか生き延びてくれ。メグ、俺に償わせてくれ…………
外で待機していた人が、到着した救急隊員を誘導してくる。建物の前の通りは狭くて、救急車輌が入ってこれないのだ。
担架に乗せられたメグに付いて外に出ようとすると、警官が到着した。建物の入口、そして部屋の中には計四名の男が伸びている。彼らは後から到着した有志によってぐるぐるに縛られていたが……この状況をどう説明しよう。
そのとき、立ち止まりかけた俺の背中をディムルドがポン、と押した。
「俺が説明する。詳しいことはあとで聞かせてくれ。……とにかくメグムくんを優先するんだ」
お前に任せたぞ、と言い残してディムルドは警官の方へ向かっていった。今度こそ迷いなく救急隊員に着いていき、車に乗り込む。
メグの状況はターザが詳しく説明してくれていた。つくづく頼りになるやつだ。
いま俺にできることは……メグの傍にいることだけ。
すぐにオメガ専門のクリニックへと運ばれたメグは、手術室で処置中だ。
残っていた瓶とメグの口を拭ったガーゼは解析中だが、最近裏社会で流通している悪質な発情促進薬だろうと医者は言った。
「発情するより、身体が拒否反応を起こして倒れることのほうが多いんです。あんなのただの劇薬だ」
手術が終わるのをベンチで待っていると、通りかかった看護師に汚い!と怒られトイレに向かった。一度は拭っていたものの、手にはメグの血が残っていて泣きそうになる。
水で洗い流すと血が溶け、ピンク色の水となって流れていく。それはどことなく、メグの瞳の色に似ていた。
メグが温かい色の瞳を閉じてしまったとき、まるで時が止まってしまったかのように、生きた感じがしなくて怖かった。今になって手が震えてくる。
鏡に映る自分の顔色もなかなか酷い。顔も洗おうとしたそのとき、自分の頬にも赤い血の筋がついていることに気づいた。
――これは、あのときの……!
メグはどんなときでも自分より相手の方を気遣う。あの『大丈夫』は自分が大丈夫だと言いたかったのかもしれないし、俺のことを心配して掛けた声だったのかもしれない。
あの状況でそう言ってのけたメグの心の綺麗さが、胸に深く突き刺さる。それは溢れんばかりの愛おしさと、どこか信仰心にも似た尊さ、そして激しい後悔を俺の心にもたらした。
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