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27.最終話

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 麗らかなハレの日。僕たちは王都邸に集っていた。
 
「えええ!! ローラとテルルが!?」
「でかした! さすが俺の息子!!」

 おっとりとした見た目どおり鈍感な母ジューノは、驚きの声を上げポカンと丸く口を開けた。テルルの母ユピテルさんはバシンバシン! と息子の背中を叩いて喜びを表している。
 うちの父マウォルスとテルルの父メルキュールさんは、「どうぞ末長くよろしく……」みたいなことを隅でやっていた。

 今日は結婚のお伺い、みたいな感じでお互いの両親に挨拶しているんだけど……もともと顔見知りだからかすでに決まったことのような反応だった。
 うちのアウローラはやらん! お前はテルルに相応しくない! みたいな展開、ないわけ? ……ないか。

 みんな自由で緊張感がなさすぎる。僕は唯一驚いている母をソファに座らせ、自分も隣に座った。五人も産んだとは思えないほど母は華奢で小さいから、立っていると目線を合わせるのも大変なのだ。
 僕は母の反応が一番心配だった。ちょっと……かなり天然が入っているけど、我が家は母を中心に回っている。みんな母が大好きで、家族全員で取り合いの日々だったなぁ。

「ママ……テルルとのこと、認めてくれる?」
「もちろん! びっくりしたけど……ローラはテルルが生まれる前から大好きだったもんねぇ。ユピテルさんのお腹にくっついて離れなかったじゃない」
「えぇっ。そうだっけ?」
「でも、あぁ~っ。ローラがお嫁に行っちゃうなんて寂しいよぉぉ」
「いやっ、お嫁に行くわけでは……」
 
 ないよね? まさか抱かれる側はお嫁ってこと、ないよねっ?
 母は葡萄色の目を潤ませて僕に抱きついてくる。その小さな体に包まれると、幼い頃に戻ってしまったみたいに安心した。僕も抱きつき返して、ここぞとばかり母に甘えてしまう。

「僕……不安で。テルルとは番になれないし、どうにかして一緒になりたかった。結婚したからって、独占できるわけじゃないのに……」
「ローラ……」

 身も心もテルルのものになってから、僕はテルルと目に見える繋がりがないことに不安を感じていた。やはり一般的なのは男女や、アルファとオメガのカップルなのだ。
 テルルはまだまだ男盛りで、モテる。彼に群がる花たちを追い払う気概が僕にはなく、いつも勝手に不安になったり、苛々してしまう。別に、不安になるようなことをされた覚えもないのにだ。外ではさっぱりとした付き合いを心掛けているけど、二人きりの時はわりと……甘い時間を過ごしているし。

 仕事で顔を合わせることもよくあるし、週に何度かは家に来てくれる。まっすぐに僕を見てくれていることがわかっているのに……あー、情けない。
 テルルを番にできたらいいのに、なんて馬鹿みたいなことを考えてしまうことだってある。誰にも取られたくないから、どこかに閉じ込めてしまいたい。こんなときだけ、僕はアルファの性を実感させられる。
 
 だから、恋人同士になってまだそれほど経っていないのに、僕から結婚を提案したのである。テルルはパカッと口を開けて驚いた、次の瞬間には「いいのか!?」と喜びも露わに僕を抱き上げてきた。
 あのときの顔、可愛かったなぁ……じゃなくて。テルルが喜んでくれたから良かったものの、僕はいまだに後ろめたい気持ちになってしまう。
 
 母にぎゅっと両手を掴まれて、僕は期待を込めて目を合わせた。明るい母なら「大丈夫だって!」と慰めてくれるはずだと、思ったんだけど……

「わかるぅぅ! ママなんて、番になっても不安なとき、あった!」
「え……」

 母は力説した。自分はずっと家にいたけど、父は騎士団の仕事で帰ってこれない日もあった。あんなにも素敵な人、番がいたってモテないはずがない。寡黙だから尋ねないと今日なにしてたかも話さないし、不安になったときは必死で誘惑したと……
 え、僕、なにを聞かされてるの?

「騎士団辞めて領地に行ってからもさぁ、パパはイケメン領主様だって大人気でさぁ……」
「ま、ママ……」
「ん?」
「後ろ……」

 父の、母に対する執着は子どもの僕でも引くほどだ。あー、でもそうか。これだけ愛されている母でも不安になるときがあるなら、僕が不安になるのは当然かもしれない。
 こんな気持ちになっているのは自分だけじゃないと知ることで、変な慰めよりはよっぽど励まされてしまった。母はそれを狙ったんだろうか。……いや、天然か。

 父に抱き上げられている母をぼうっと見ていると、テルルに呼ばれた。ご両親の前に立ったら、にこにこ嬉しそうに出迎えられてほっとする。テルルは絶対に大丈夫だと言ってくれていたけど、一人息子を僕なんかが……と、ここでも不安に陥っていたのだ。

「あの……本当によかったんですか?」
「何が? 子供か? 全然いいぜ! うちは直系じゃないし、もし子供がほしいなら養子でも取るなり好きにしてくれ。そんなことより、メルク」

 さっぱりした様子で断言してくれるユピテルさんはやっぱり男前だ。ほら、言っただろ? と言わんばかりの表情でテルルが僕を見てくる。
 夫に呼ばれたメルキュールさんはユピテルさんの首元でごそごそしたかと思うと、ペンダントを取り外してテルルに渡した。それは、ユピテルさんが夫に貰ってからずっと大事にしていたものだったはずだ。

「アウローラ、これはお前に付けていてほしい」
「え……」
 
 メルキュールさんの実家、ヴィミナーレ子爵家に代々伝わるという宝石は、ハッとするほど深いブルーのサファイヤで。――偶然とは思えないほど、テルルの瞳の色に似ていた。

 思わず目頭が熱くなる。これは彼らが僕を、家族として認めてくれた紛れもない証拠だ。

 すん、と鼻を啜ってからテルルにペンダントをつけてもらう。首に感じる重みに彼ら家族の歴史を感じて、背筋がシャンとした。これからの人生、増えた家族に恥じない生き方をしたい。
 
 ふと気づけば僕の両親も僕たちを微笑ましそうに見つめていて、恥ずかしくて萎縮してしまう。照れ隠しにパパに抱きつこうかと思ったけど、その代わりにテルルの手を握った。
 即座にぎゅっと握り返されれば、心に勇気が湧いてくる。テルルと一緒なら……なんでも乗り越えられる気がした。
 
 いつの間にか、テルルは僕という人間の一部になっている。もし居なくなってしまったら、僕は呼吸さえまともにできないだろう。
 それくらい、大切な存在。

 これからの長い人生一緒にいれば、すれ違うことや、喧嘩だってあると思う。両親のように仲が良くても、嫉妬に駆られるときは駆られるのだろう。父のように誠実に、あるいは母のように愛嬌で、あらゆる障害を乗り越えていきたい。
 夫婦円満のお手本は、幸いにもお互いの両親が見せてくれている。

「もう逃げるなよ、アウローラ」
「……」

 長年の習慣は、テルルの心にも不安の影を落としているらしい。意外に僕よりも繊細なところがあるんだよなぁ。
 僕は大丈夫だよって思いを込めて指を絡ませ、彼の耳元で囁いた。

「愛してるよ、テルル」



――――――――――



お読みいただきありがとうございました!
短編のつもりだったのに、この二人が可愛くてがっつりと書いてしまいました。
あと、いろんなプレイをさせたくなりますね……♡

もしよろしければ一言でも感想をいただければ嬉しいです。



なお、筆者は2024/3/10のJ.Garden55に参加し、初同人誌を頒布予定です。何もかも初めてなのでどきどき。
本作ではないですが同じ世界観の小説【貧乏貴族は婿入りしたい!】に書き下ろしを加えて、かわいい本になりました!(アウローラの両親のお話です♡)

もしご興味があれば。よろしくお願いいたします!

通販もBOOTHとコミコミにて開始しましたので、検索いただくか、筆者のマイページから飛べるリンクでご確認ください。

もしイベントに参加される方は、2024/3/10東京ビッグサイトで開催されるJ.Garden55のサークル番号【り04b】に私がいます!※万年青二三歳さんのサークルに委託させてもらってます。



ではまた、次の作品でお会いできることを願っています。
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みんなの感想(7件)

もくれん
2024.03.02 もくれん
ネタバレ含む
おもちDX
2024.03.03 おもちDX

ありがとうございます!並走とっても心強かったです😭✨
ローラからのプロポーズは意外で、テルルは感激しました。お互いに「絶対自分の方が好き」と思ってますよ、実は❤️

キャラ強めの両親たち……みんな愛おしいです。ローラママ(ジューノ)はいくつになっても可愛いですよね。その片鱗は同人誌に書き下ろしの番外編で読めるかと思います。もしよろしければ✨

解除
tomoto
2024.03.02 tomoto
ネタバレ含む
おもちDX
2024.03.02 おもちDX

tomotoさん、初めまして。熱意あふれる、そして美しい感想ありがとうございます✨深く読んでいただけて、すごく嬉しいです!
私もはじめてβ×αを書いたのですが、彼らの葛藤が愛おしくてどんどんストーリーが進んでいきました。ダークなお話は…書けないので安心してください!😂

運命の番って好きになる理由は必要ないの?とよく思うので、アウローラとテルルは自分たちで運命を掴み取れたことに安心しました。恋をしている姿って「かわいい」ですよね。受けも攻めも関係ないです。
無自覚美人、中身も良い男にとんでもないギャップを持たせてしまいましたが、最強のテルルがちゃんと守ってくれます🔥
名前もこだわってるので褒めていただけて嬉しいです。テルルはローマ神話から名付けたのですが、髪の色は元素記号のテルルです。響きが可愛いですよね!

貧乏貴族まで…!ありがとうございます✨本をお届けできること、すごく嬉しいです😭
温かいお言葉、胸に沁みます。これからもがんばります!

解除
もくれん
2024.03.01 もくれん
ネタバレ含む
おもちDX
2024.03.01 おもちDX

そうなんですよ!可愛いですよね。
「るる」呼びに気づいてくださって嬉しいです✨
アウローラは勘がいいですからね。夢中になることがわかってたのかも🥰

解除

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