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しおりを挟む「あ゛~~、最悪だぁ~~~っ」
自宅に帰った途端、文句を垂れながら寝台に向かってダイブする。入団直後は寮生活だったが、僕は早々に自分の部屋を借りていた。
寮生活を続けて、結婚や番を得たときのために資金を貯める者も多いが、僕は自分のプライバシーを優先した。贅沢しなければいいだけだし、性格的にも必要経費だ。
なぜなら……
「今日はぜったいにアレをやる。やらなきゃやってられないよ!」
僕には秘密の趣味があるからだ。
いそいそと身体の準備をして、壁に張り型を固定する。柔らかい布で手早く自分の両手首を拘束して、寝台の支柱に引っ掛けた。
目を閉じる。思い浮かべるのは、昼間見た騎士と文官のカップルだ。――生け垣に囲まれた狭い空間で、僕は服をはだけられ、大きな手で両手を拘束されてしまった。
『こんなところで……駄目だって!』
『お前が楽しそうに他の男と話しているのを見たんだ。俺は……お前を独り占めしたいのに』
『あっ』
『すぐに期待して高まる卑猥な身体だって、他のやつに知られてしまったらと思うと……どうにかなりそうだ』
『痛い! ゆるして……ぁあん!』
無理やり身体に触られ、高められる想像をする。寝台に膝をついてうつ伏せになり、乳首やペニスをシーツに擦り付けた。
「ふっ、う……」
『あっちもこっちも固くして……真っ赤で美味しそうだな』
「あ! 触ってぇ……」
『これは仕置きだからな。ほら、後ろはまだ柔らかいじゃないか? 自分で挿れるんだ』
もちろん触ってくれる人などいない。けれど身体を自由に動かせないという状況が、僕の脳内を沸騰させた。
先走りが、シーツに濡れた道を作っている。腕を突っ張り身体を後退させ、ヒクヒクと期待する後孔を張り型に充てがった。
グッと尻を突き出すと、硬いモノが蕾を押し広げ侵入してくる。その異物感にも僕は「犯されている!」と恍惚とした心地になった。
「あっ、あ、ん~~~っ」
『お前はアルファなのに、情けないなぁ。要らないペニスになんか、触る必要ないだろう?』
「おねがいっ、イきたい……!」
『これだけ卑猥な身体なんだ。後ろの刺激だけでイケるはずだ』
硬くなった陰茎が涙を流し、絶頂感が腰に募っていくのに、どうしても射精できない。
へこへこと腰を動かし、張り型を気持ちいいところに当てる。快感がはち切れそうに溜まって、苦しくてたまらない。
「はんっ。きもちぃ……んん~~~!…………はあ」
……やっぱり駄目だった。今日こそイケるかも! って、思ったんだけどなぁ。
サクッと手首の拘束を外し、健気に勃っているペニスを見つめた。
ため息をこらえて頭を切り替え、右手で屹立を扱く。
「んっ」
途端に分かりやすい快感が膨れ上がり、絶頂への階段を駆け上った。後孔に埋まったままの張り型でナカを刺激するのも忘れない。
――研究熱心な僕は、後ろだけの刺激で達せるよう、自らを開発中なのだった。
「あっ……!!」
あ~~~気持ちよかった。後ろもちゃんと気持ちいいのに、あと一歩でイケないんだよなぁ。妄想が甘かったかな? もっと鬼畜な相手にしたほうがよかったかも……
うーん。僕は別にマゾヒストではないしなぁ。ちょっと意地悪にされたいだけで……今度の妄想はあの髭が変態チックな貴族にしてみようっと。
頭の中であーだこーだ喋りながら片付けを済ませ、ちゃんとパジャマを着て横になる。目を閉じて眠る前に考えるのは、明日からの仕事についてだ。
この前は兄さんになにも感じないって言ったけど、今日テルルと会ってから「こいつはやばい」と危険信号をビリビリと感じていた。
伝説の番から誕生した“最強のベータ”という肩書きが先行して有名になったテルルは、知らない人が見たら間違いなくアルファと判断するような容姿だ。
僕よりよっぽど体格が良く、陰影の強い男らしい顔立ちをしている。赤ちゃんの頃は絹糸のようだった銀白色の髪はざっくりとオールバックで纏められ、ところどころ濡れたように黒く見えた。サファイヤのような青い瞳は高貴さもあって、出会った女性や、男性をも軒並みノックアウトしているらしい。
あの可愛かったテルルはどこへ行ってしまったのか……。
勤務中に逃げるわけにはいかないから我慢したけれど、僕はあのときこっそりと半歩後ずさっていた。そして、テルルも半歩踏み出したことに気づいたのは、僕だけだろう。
もはや人見知りの範疇に収まらない、圧倒的苦手意識が僕の中に根付いていた。頭のいい兄さんも真剣に捉えてくれなかったし、せめて追いかけてこなきゃいいのにぃ。
「はぁぁぁ~~~っ」
「深いため息だな。恋煩いか?」
「は? 違うし」
くだらない冗談を投げかけてくる男を睨みつけるが、今日もテルルは涼しい顔だ。
仕事を教え始めてから早数日。意外に飲み込みの早かったテルルは、僕の通常業務に付き従い王宮の端で夜間警備中である。
今日は中央のホールで舞踏会が行われている。しかし会場から離れたここは周囲も暗く、ところどころを松明が照らしているだけだ。
人通りはほとんどないが、侵入者や良からぬことを考えるやつは大抵こういう場所を好む。とはいえ、そんな悪人に出くわすなんて頻繁にあることではない。つまり基本的には暇なのだった。
王族と共に行動し警護する担当は大変だろうなと人ごとのように思いながら、僕はあまり使われない部屋に入っていく貴族を見送った。
あの髭が特徴的な男は、絶対に変態的なセックスをすると僕は常々目をつけている。王宮内での密会もお手の物で、未亡人や刺激を求める御婦人を連れ込んでいることが多い。あの部屋でどんなプレイが行われているのか。それを想像するのは僕の自由だ。
「じろじろ見て、あんな男が好みなのか? やめとけよ趣味悪い」
「じろじろなんて見てない! だいたい、僕は先輩なんだからもっと敬ってよ。……ちょっと! それ以上近づくなって、言ったでしょ!」
本当にチラッと見ただけなのに、目敏いしうるさい。
僕は嫌々ながらも、テルルと一緒に行動する日々には慣れてきていた。安全な警備のためとか誤魔化して一定の距離を保ち続けられていることも大きい。
その時、見るからにデビュタントを迎えたばかりのような若い女性が、不安そうな表情で先ほどの部屋に向かうのが視界の端に映った。
「なぁ……アウローラ。どうして俺からいつも、逃げるんだ」
「ちょっと待って!」
ドアノブに手を掛けて、今にも部屋へと入っていこうとする女性に声を掛ける。
「その部屋は使われていませんよ、お嬢さん」
「えっ……そうなんですか」
「あなたのような若く美しい女性が、こんな王宮の端に……迷い込んだんですね? 僕が中央へとお連れしましょう。こんな暗がりを歩いては危ないですよ」
「……はい! うわぁ、素敵……」
警戒心を解くように柔らかい笑みを浮かべて、僕は彼女に肘を差し出した。夢から覚めたような顔をした女性は、やはり変態プレイに付き合うには早いだろう。あのおっさん、流石の僕もこれは見逃せないな……
テルルに視線で警備を続けるよう指示し、僕は彼女を魔の手から遠ざけた。また夢を見ているような表情になっているのは、近衛騎士の白く輝く制服が若い女性の憧れになっているからだろう。
元の配置に戻ると、あの髭貴族は帰ったとテルルは報告した。
「帰ったって……無理矢理帰らせたんじゃないよね?」
「たかだか騎士がお貴族様に命令できる訳、ないだろ?」
「……どうだか」
確かに立場的には向こうのほうが上だが、テルルに脅されたら僕は震え上がる自信がある。
まぁ、僕だと舐められただろうから追い払ってくれて助かった。それなりに背も高いし鍛えているけど、派手な筋肉はつかない。顔立ちが弱々しいせいで、男性相手だと迫力が足りないのが悩みなのだ。
あの男が実際どんなプレイを好むかは知らないが、うら若き女性と二人きりになろうとしていたのは事実だ。
僕は妄想のタネから彼を締め出した。別に好きとかじゃなかったけど、嫌な一面を知ってしまっては興奮もできまい。
あーあ、テルルがいるせいで碌に人間観察もできない。しかしさっきの一件で思うところがあったのか、その後は無駄に話しかけてくることもなかった。
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