上 下
22 / 56

22.

しおりを挟む
 魔力に構うことなく、ツカツカと僕たちの方へ近づいてきたのは銀色の髪をゆるくひとつに結び、海のような碧眼をもつ人だった。涼し気な雰囲気をもつ男だが、丁寧な口調のなかに辛辣さが目立つ。セレスと似たような黒いローブを羽織っているし、話しぶりからしてセレスの同僚だろうか。
 
 彼は周囲を見渡して再起不能になっている馬車を見つけると、その横に呆然と突っ立っていた御者を呼び寄せた。それにしても、馬車に乗っていた貴族っぽい男はどこへ行ったんだろう。

「ヒッ。も、もも、申し訳ございません!」
「あの馬車の紋章……ゲーリュオン子爵家か」

 聞けば、子爵は夜会があるとかで急いでいたらしい。
 子爵家で働く御者も精一杯の速度を出していたが、怒りっぽい子爵は手に持っていたステッキで馬車の中から馬を叩きつけた。結果、この暴走だ。
 そのせいで小さな子供が轢かれそうになり、セレスが慌てて魔法も使い馬車を止めたものの、わずかに間に合わず怪我をしてしまった。

 正直な御者はさらに顔を青褪めさせながら、その後のこともこう話した。
 治療スタッフの発言で怪我をしたのがカシューン魔法師長だと知り、子爵は慌てた。しかし側にいるのが魔力を持たない僕だと分かった瞬間、喜々としてスケープゴートに仕立て上げ、自身はさっさと逃げ帰ったと……

「とんでもない人ですね。あなたは通いの御者ですか? なら、もう子爵家には行かないことを勧めますよ。その調子であれば、もともと働きやすい職場ではないでしょう」
「……許せない」

 なんかセレスがまた怒ってるんですけど~……。というか、御者の話で僕が魔力なしだとサラッと暴露されてしまった。そこに突っ込まないということは、やっぱり知っていたんだろうなぁ。ちらちらとセレスの顔を見ながらひとり納得する。
 それにも構わず、御者から最低限の情報を聞き終えた銀髪の男は、追い立てるように僕たちを馬車へと促した。どうやら王宮で治癒専属の魔法師が待っているようだ。

 勝手に着いてきたポロスは、あとから到着する憲兵と合流して状況の説明と事態の収拾に協力するよう指示されていた。可哀想だけど、間違った情報が出回ることは避けたいから助かる。

 僕も馬車に乗っていいのか戸惑っていたら、セレスに支えられて押し込まれた。
 でも、綺麗な内装の車内で堂々と座れるわけがない。こっちは雨と水溜りで全身濡れ、砂や泥で汚れてまでいるのだ。
 むり! と泣き言を言っていると、後ろから乗り込んできたセレスが浄化魔法をかけてくれた。なんかこればっかりだな……便利だけど。

 全員が乗ったところで、馬車は王宮に向けて走り出した。銀髪の彼はクリュメ・ネークロス、王宮魔法研究局の副局長を勤める御仁らしい。
 僕も一応名乗って自己紹介を終えたところで、隣に座っていたセレスがうとうと、僕の方へ傾いてきていることに気づいた。

「治療の影響でしょうね。大きな傷はある程度治っているようですが、あとは王宮で治癒師に任せましょう。――あなたも災難でしたね」
「いえっ。もう、いいんです。諦めてるので……」
「魔力の有無は人の個性であって、他人を虐げていい理由にはなりません。いまの風潮を変えようと藻掻いている人もいるんですから、あなたも諦めては駄目ですよ」

 いつか、誰かの希望になれるかもしれませんからね。クリュメさんは最後に小さく付け加えて、窓の外に目を向けた。
 僕は眠ってしまったセレスの頭の重みを肩に感じつつ、石を投げられているときに感じた絶望と、いま言われた言葉の内に込められた希望を天秤にかけた。

 比べるべくもないけど……ああ、疲れて頭が痛い。
 セレスの背中に腕を回して身体を支える。服越しにも伝わってくるセレスの体温に心底ほっとしながら、僕も目を閉じた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

カーマン・ライン

マン太
BL
 辺境の惑星にある整備工場で働くソル。  ある日、その整備工場に所属不明の戦闘機が不時着する。乗っていたのは美しい容姿の青年、アレク。彼の戦闘機の修理が終わるまで共に過ごすことに。  そこから、二人の運命が動き出す。 ※余り濃い絡みはありません(多分)。 ※宇宙を舞台にしていますが、スター○レック、スター・○ォーズ等は大好きでも、正直、詳しくありません。  雰囲気だけでも伝われば…と思っております。その辺の突っ込みはご容赦を。 ※エブリスタ、小説家になろうにも掲載しております。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...