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魔力に構うことなく、ツカツカと僕たちの方へ近づいてきたのは銀色の髪をゆるくひとつに結び、海のような碧眼をもつ人だった。涼し気な雰囲気をもつ男だが、丁寧な口調のなかに辛辣さが目立つ。セレスと似たような黒いローブを羽織っているし、話しぶりからしてセレスの同僚だろうか。
彼は周囲を見渡して再起不能になっている馬車を見つけると、その横に呆然と突っ立っていた御者を呼び寄せた。それにしても、馬車に乗っていた貴族っぽい男はどこへ行ったんだろう。
「ヒッ。も、もも、申し訳ございません!」
「あの馬車の紋章……ゲーリュオン子爵家か」
聞けば、子爵は夜会があるとかで急いでいたらしい。
子爵家で働く御者も精一杯の速度を出していたが、怒りっぽい子爵は手に持っていたステッキで馬車の中から馬を叩きつけた。結果、この暴走だ。
そのせいで小さな子供が轢かれそうになり、セレスが慌てて魔法も使い馬車を止めたものの、わずかに間に合わず怪我をしてしまった。
正直な御者はさらに顔を青褪めさせながら、その後のこともこう話した。
治療スタッフの発言で怪我をしたのがカシューン魔法師長だと知り、子爵は慌てた。しかし側にいるのが魔力を持たない僕だと分かった瞬間、喜々としてスケープゴートに仕立て上げ、自身はさっさと逃げ帰ったと……
「とんでもない人ですね。あなたは通いの御者ですか? なら、もう子爵家には行かないことを勧めますよ。その調子であれば、もともと働きやすい職場ではないでしょう」
「……許せない」
なんかセレスがまた怒ってるんですけど~……。というか、御者の話で僕が魔力なしだとサラッと暴露されてしまった。そこに突っ込まないということは、やっぱり知っていたんだろうなぁ。ちらちらとセレスの顔を見ながらひとり納得する。
それにも構わず、御者から最低限の情報を聞き終えた銀髪の男は、追い立てるように僕たちを馬車へと促した。どうやら王宮で治癒専属の魔法師が待っているようだ。
勝手に着いてきたポロスは、あとから到着する憲兵と合流して状況の説明と事態の収拾に協力するよう指示されていた。可哀想だけど、間違った情報が出回ることは避けたいから助かる。
僕も馬車に乗っていいのか戸惑っていたら、セレスに支えられて押し込まれた。
でも、綺麗な内装の車内で堂々と座れるわけがない。こっちは雨と水溜りで全身濡れ、砂や泥で汚れてまでいるのだ。
むり! と泣き言を言っていると、後ろから乗り込んできたセレスが浄化魔法をかけてくれた。なんかこればっかりだな……便利だけど。
全員が乗ったところで、馬車は王宮に向けて走り出した。銀髪の彼はクリュメ・ネークロス、王宮魔法研究局の副局長を勤める御仁らしい。
僕も一応名乗って自己紹介を終えたところで、隣に座っていたセレスがうとうと、僕の方へ傾いてきていることに気づいた。
「治療の影響でしょうね。大きな傷はある程度治っているようですが、あとは王宮で治癒師に任せましょう。――あなたも災難でしたね」
「いえっ。もう、いいんです。諦めてるので……」
「魔力の有無は人の個性であって、他人を虐げていい理由にはなりません。いまの風潮を変えようと藻掻いている人もいるんですから、あなたも諦めては駄目ですよ」
いつか、誰かの希望になれるかもしれませんからね。クリュメさんは最後に小さく付け加えて、窓の外に目を向けた。
僕は眠ってしまったセレスの頭の重みを肩に感じつつ、石を投げられているときに感じた絶望と、いま言われた言葉の内に込められた希望を天秤にかけた。
比べるべくもないけど……ああ、疲れて頭が痛い。
セレスの背中に腕を回して身体を支える。服越しにも伝わってくるセレスの体温に心底ほっとしながら、僕も目を閉じた。
彼は周囲を見渡して再起不能になっている馬車を見つけると、その横に呆然と突っ立っていた御者を呼び寄せた。それにしても、馬車に乗っていた貴族っぽい男はどこへ行ったんだろう。
「ヒッ。も、もも、申し訳ございません!」
「あの馬車の紋章……ゲーリュオン子爵家か」
聞けば、子爵は夜会があるとかで急いでいたらしい。
子爵家で働く御者も精一杯の速度を出していたが、怒りっぽい子爵は手に持っていたステッキで馬車の中から馬を叩きつけた。結果、この暴走だ。
そのせいで小さな子供が轢かれそうになり、セレスが慌てて魔法も使い馬車を止めたものの、わずかに間に合わず怪我をしてしまった。
正直な御者はさらに顔を青褪めさせながら、その後のこともこう話した。
治療スタッフの発言で怪我をしたのがカシューン魔法師長だと知り、子爵は慌てた。しかし側にいるのが魔力を持たない僕だと分かった瞬間、喜々としてスケープゴートに仕立て上げ、自身はさっさと逃げ帰ったと……
「とんでもない人ですね。あなたは通いの御者ですか? なら、もう子爵家には行かないことを勧めますよ。その調子であれば、もともと働きやすい職場ではないでしょう」
「……許せない」
なんかセレスがまた怒ってるんですけど~……。というか、御者の話で僕が魔力なしだとサラッと暴露されてしまった。そこに突っ込まないということは、やっぱり知っていたんだろうなぁ。ちらちらとセレスの顔を見ながらひとり納得する。
それにも構わず、御者から最低限の情報を聞き終えた銀髪の男は、追い立てるように僕たちを馬車へと促した。どうやら王宮で治癒専属の魔法師が待っているようだ。
勝手に着いてきたポロスは、あとから到着する憲兵と合流して状況の説明と事態の収拾に協力するよう指示されていた。可哀想だけど、間違った情報が出回ることは避けたいから助かる。
僕も馬車に乗っていいのか戸惑っていたら、セレスに支えられて押し込まれた。
でも、綺麗な内装の車内で堂々と座れるわけがない。こっちは雨と水溜りで全身濡れ、砂や泥で汚れてまでいるのだ。
むり! と泣き言を言っていると、後ろから乗り込んできたセレスが浄化魔法をかけてくれた。なんかこればっかりだな……便利だけど。
全員が乗ったところで、馬車は王宮に向けて走り出した。銀髪の彼はクリュメ・ネークロス、王宮魔法研究局の副局長を勤める御仁らしい。
僕も一応名乗って自己紹介を終えたところで、隣に座っていたセレスがうとうと、僕の方へ傾いてきていることに気づいた。
「治療の影響でしょうね。大きな傷はある程度治っているようですが、あとは王宮で治癒師に任せましょう。――あなたも災難でしたね」
「いえっ。もう、いいんです。諦めてるので……」
「魔力の有無は人の個性であって、他人を虐げていい理由にはなりません。いまの風潮を変えようと藻掻いている人もいるんですから、あなたも諦めては駄目ですよ」
いつか、誰かの希望になれるかもしれませんからね。クリュメさんは最後に小さく付け加えて、窓の外に目を向けた。
僕は眠ってしまったセレスの頭の重みを肩に感じつつ、石を投げられているときに感じた絶望と、いま言われた言葉の内に込められた希望を天秤にかけた。
比べるべくもないけど……ああ、疲れて頭が痛い。
セレスの背中に腕を回して身体を支える。服越しにも伝わってくるセレスの体温に心底ほっとしながら、僕も目を閉じた。
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