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そして時は現在に戻る。
ポロスが着ていたのと同じデザインの詰襟服を身に着けるのは、少しくすぐったい心地だ。色だけ局によって違うらしく、治癒局は茶色に白のラインが入っている。
セレスやクリュメさん、ロディー先生も着ていないが、局長や副局長は制服の着用が免除されているらしい。その代わり魔法師はローブ、治癒師は白衣など、わかりやすいものを羽織っているそうだ。
僕がそんな新しい制服を身につけ、どきどきしながら“魔法治癒局”と書かれた扉を抜けると、ローズピンクの髪が波打つ美女、ロディー先生が待ち構えていた。
「ウェスちゃん、待ってたよ! ようこそ魔法治癒局へ!」
部屋の中は子どものお誕生日会のようにわざわざ飾り付けされていて、壁に『ようこそウェスタ』と書かれている。歓迎っぷりは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。
つい僕がもじもじしていると、僕たちふたりをじっくり見たロディー先生は目を剥いて声を上げた。
「え、なにこの雰囲気。魔法師長の満足そうな顔……ウェスちゃんから滴る色気……! はぁ。丸く収まったって聞いてたけど、ずいぶんと仲良くなったんだね」
「余計なお世話だ」
「それが余計じゃないの。あなた忘れてるでしょう。精液には魔力がたーっぷり含まれてるってこと」
「せ……!?」
突然の単語に僕があっけにとられていると、ロディー先生は僕たちをバスルームへと誘導し、そこにある魔導具で僕にお湯を出すように言った。
ここで以前水さえ出せなかったことを思い出して、かすかな恐怖が忍び寄る。
最近の僕はセレスと家の使用人さんたちに甘えて、自分で魔導具を動かすこともないのだ。新しい魔導具の検証のために、今朝は魔力の含まれる食べ物も摂取していない。
僕は隣に立つセレスを見上げる。目が合って頷いてくれたことに勇気をもらって、おそるおそる魔導具に触れた。
すると――実にあっけなく、蛇口からは勢いよくお湯が流れ出した。
「あ……! なんで?」
「ほらね。こっちでの仕事には問題ないけど、魔導具の検証前日に性行為は控えることだね」
「昨日はしていない」
「は~~っ……カシューン魔法師長。あなたどんだけ……」
えっ……そういうこと?
ロディー先生が呆れる理由に思い至って、僕は恥ずかしさから今すぐ家に帰りたい気持ちになった。勤務初日に逃亡なんて伝説を作るわけにはいかないから、セレスの後ろに隠れて縮こまる。
図らずも、飲食以外での魔力の摂取方法を知ってしまった。
家の使用人さんたちならまだしも、これから上司になる立場の人に、一日経っても魔力がなくならないほどたっぷりのアレを注がれたと知られるのは……うあああああ無理ぃぃぃ!
でも……だったら仕事のためには、キスもできないのだろうか。セックスを一日我慢するくらいならできそうだけど、その、僕たちは結構……仲良しなのだ。
「もう……宝石でも買ってあげなさい。ウェスちゃんが魔力をそこに貯めれば、使い切るのも簡単だし、自分が必要な時にも使えるでしょう」
「そうしよう」
ぐぅ。セレスだけ平気そうなのが解せない。それでも、僕の方に身体を向けて「すぐ買ってやる」と額にキスをするものだから、なんだかそれでいいかという気持ちになってしまった。
そこでやっとセレスは自分の研究局の方へ追い出され、僕は治癒局での仕事を開始したのだった。
魔法治癒局にはロディー先生の他に四人のスタッフがいるらしいのだが、治癒魔法専門の魔法師はロディー先生だけで他はみんな魔法研究局に所属しているらしい。
治癒魔法の技術は彼女が飛びぬけていて、しかし彼女でさえもちょくちょく研究局の仕事を手伝うのだというから魔法師の人手不足が伺える。なろうと思ってなれる職業ではないからな……
アシスタントといっても僕に治癒が出来るわけではないから、細々とした雑用が中心だ。ロディー先生には王宮内の様々なところから治癒の依頼が舞い込んでくる。そこにはもちろん王侯貴族も含まれているから僕はドッキドキだった。
さすがにいきなり僕を表に出すつもりはないみたいで、基本的には裏方である。確実に大丈夫であろう人のときだけ、挨拶がてら僕も顔を出している。
そこに国王様が含まれていたのには大いに疑問を呈したい。え、僕が大丈夫じゃないんですけど?
「君の婚約者のせいで胃が痛いんだよ」
「ひぇっ。も、も、申し訳ありません……」
「王、悪ふざけはよして下さい。結果的に国の発展に繋がるから認めたんでしょう」
どうやらセレスが進めている改革――魔力がなくても使える魔道具の開発や同性間妊娠の研究――には膨大な予算と、発表に至るまでの根回しが必要になっているらしい。
それに加えてセレスが失踪した僕を追いかけたおかげで魔法研究局長の長期不在、並びに隣国ディルフィーで暴れ回ったことの後始末云々……み、耳が痛い。
ロディー先生曰く、ディルフィーからは謝罪と共に魔導具貿易の税率優遇などの特権をちゃっかり受け取っているから気にしなくていいとのことだ。
治癒に呼ばれてはいるが、この時間はほとんど国王様の休憩に使われているから、腹黒狸に騙されないようにと言い聞かされた。
わーん、だから関わりたくないんだよう。
ポロスが着ていたのと同じデザインの詰襟服を身に着けるのは、少しくすぐったい心地だ。色だけ局によって違うらしく、治癒局は茶色に白のラインが入っている。
セレスやクリュメさん、ロディー先生も着ていないが、局長や副局長は制服の着用が免除されているらしい。その代わり魔法師はローブ、治癒師は白衣など、わかりやすいものを羽織っているそうだ。
僕がそんな新しい制服を身につけ、どきどきしながら“魔法治癒局”と書かれた扉を抜けると、ローズピンクの髪が波打つ美女、ロディー先生が待ち構えていた。
「ウェスちゃん、待ってたよ! ようこそ魔法治癒局へ!」
部屋の中は子どものお誕生日会のようにわざわざ飾り付けされていて、壁に『ようこそウェスタ』と書かれている。歓迎っぷりは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。
つい僕がもじもじしていると、僕たちふたりをじっくり見たロディー先生は目を剥いて声を上げた。
「え、なにこの雰囲気。魔法師長の満足そうな顔……ウェスちゃんから滴る色気……! はぁ。丸く収まったって聞いてたけど、ずいぶんと仲良くなったんだね」
「余計なお世話だ」
「それが余計じゃないの。あなた忘れてるでしょう。精液には魔力がたーっぷり含まれてるってこと」
「せ……!?」
突然の単語に僕があっけにとられていると、ロディー先生は僕たちをバスルームへと誘導し、そこにある魔導具で僕にお湯を出すように言った。
ここで以前水さえ出せなかったことを思い出して、かすかな恐怖が忍び寄る。
最近の僕はセレスと家の使用人さんたちに甘えて、自分で魔導具を動かすこともないのだ。新しい魔導具の検証のために、今朝は魔力の含まれる食べ物も摂取していない。
僕は隣に立つセレスを見上げる。目が合って頷いてくれたことに勇気をもらって、おそるおそる魔導具に触れた。
すると――実にあっけなく、蛇口からは勢いよくお湯が流れ出した。
「あ……! なんで?」
「ほらね。こっちでの仕事には問題ないけど、魔導具の検証前日に性行為は控えることだね」
「昨日はしていない」
「は~~っ……カシューン魔法師長。あなたどんだけ……」
えっ……そういうこと?
ロディー先生が呆れる理由に思い至って、僕は恥ずかしさから今すぐ家に帰りたい気持ちになった。勤務初日に逃亡なんて伝説を作るわけにはいかないから、セレスの後ろに隠れて縮こまる。
図らずも、飲食以外での魔力の摂取方法を知ってしまった。
家の使用人さんたちならまだしも、これから上司になる立場の人に、一日経っても魔力がなくならないほどたっぷりのアレを注がれたと知られるのは……うあああああ無理ぃぃぃ!
でも……だったら仕事のためには、キスもできないのだろうか。セックスを一日我慢するくらいならできそうだけど、その、僕たちは結構……仲良しなのだ。
「もう……宝石でも買ってあげなさい。ウェスちゃんが魔力をそこに貯めれば、使い切るのも簡単だし、自分が必要な時にも使えるでしょう」
「そうしよう」
ぐぅ。セレスだけ平気そうなのが解せない。それでも、僕の方に身体を向けて「すぐ買ってやる」と額にキスをするものだから、なんだかそれでいいかという気持ちになってしまった。
そこでやっとセレスは自分の研究局の方へ追い出され、僕は治癒局での仕事を開始したのだった。
魔法治癒局にはロディー先生の他に四人のスタッフがいるらしいのだが、治癒魔法専門の魔法師はロディー先生だけで他はみんな魔法研究局に所属しているらしい。
治癒魔法の技術は彼女が飛びぬけていて、しかし彼女でさえもちょくちょく研究局の仕事を手伝うのだというから魔法師の人手不足が伺える。なろうと思ってなれる職業ではないからな……
アシスタントといっても僕に治癒が出来るわけではないから、細々とした雑用が中心だ。ロディー先生には王宮内の様々なところから治癒の依頼が舞い込んでくる。そこにはもちろん王侯貴族も含まれているから僕はドッキドキだった。
さすがにいきなり僕を表に出すつもりはないみたいで、基本的には裏方である。確実に大丈夫であろう人のときだけ、挨拶がてら僕も顔を出している。
そこに国王様が含まれていたのには大いに疑問を呈したい。え、僕が大丈夫じゃないんですけど?
「君の婚約者のせいで胃が痛いんだよ」
「ひぇっ。も、も、申し訳ありません……」
「王、悪ふざけはよして下さい。結果的に国の発展に繋がるから認めたんでしょう」
どうやらセレスが進めている改革――魔力がなくても使える魔道具の開発や同性間妊娠の研究――には膨大な予算と、発表に至るまでの根回しが必要になっているらしい。
それに加えてセレスが失踪した僕を追いかけたおかげで魔法研究局長の長期不在、並びに隣国ディルフィーで暴れ回ったことの後始末云々……み、耳が痛い。
ロディー先生曰く、ディルフィーからは謝罪と共に魔導具貿易の税率優遇などの特権をちゃっかり受け取っているから気にしなくていいとのことだ。
治癒に呼ばれてはいるが、この時間はほとんど国王様の休憩に使われているから、腹黒狸に騙されないようにと言い聞かされた。
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