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27.隣国の問題

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 鍵はかかっていなかった。
 無用心な、と思ったのもつかの間、部屋には人影どころか生活感が全く無いことに気づく。一瞬、間違った部屋の扉を開けてしまったかと思ったくらいだ。
 もともと物の少なかった空間はいまやガランとしていて、ベッドや棚などの家具はあるものの、シーツは剥がれ棚の中身も空っぽだった。外は初夏の空気なのに、ここだけ薄らと寒い。

(最後にここへ来てから、引っ越したような素振りなんてあったか……?)

「あらまぁ、ウェスタさんのお知り合い?」
「誰だ? ……いや、家主か」
「あらあらまぁまぁ、カシューン魔法師長様じゃないですか!」
「ウェスタはいつ引っ越した? どこへ行ったのか知っているだろうか」
「今朝方ですよ。急な話でね、いい住人だったから私も残念に思っていたところです。ウェスタさんの行き先は知っていますが……失礼だけど、あなたとウェスタさんのご関係は?」
「彼は俺の…………」

 家主は優しげな風貌の女性だったが、俺の目的を探ろうとする視線は鋭かった。ウェスタの味方はこんなところにもいる。


 ウェスタは国を出てディルフィーに向かうと言っていたらしい。今朝王宮を出たウェスタが、まさかその日のうちに借りている部屋を退去して国を出ようとするだなんて、想像を遥かに越えていた。
 思い切りが良すぎる。でも、傷ついた心はそれくらいしないと耐えられなかったのかもしれない。

 ――昨日見たウェスタの身体は痛々しかった。あの路上で、ウェスタがいわれのない非難を受けている場面をちゃんと見たわけではなかった。だから、想像できていなかったのだ。

 魔法で眠らせてから上着を脱がせると、至るところに赤く熱を持っている痣や青痣があった。背中側が特にひどい。肩には血が滲んでいて、傷口から伝わってくる悪意に殺意が湧いた。よく見れば額にも傷がついている。俺が見つけたとき地面に頭を擦りつけていた様子が思い起こされた。

 俺とロディー、そしてクリュメもしばらく言葉が出なかった。どうして……どうして他人に対してこんなひどい行いができるのか。しかもきっかけになってしまったのが自分なんだから笑えない。
 もともとはあのゲリューリオンとかいう子爵が原因だが、自分が怪我をするだけでウェスタに被害が及ぶなら、こんな地位なんて無用の長物だ。とにかくあの子爵だけは絶対に許さない。

 ロディーは静かに治癒魔法をかけ始めた。怪我が全て治ったのを確認してすぐに服を着せ、そっと抱き上げてベッドへと運ぶ。確認と治癒のため仕方なく三人で見たが、そうでもなければウェスタの肌は誰にも見せたくなかった。

 本当なら自分の治癒のあと同じベッドで寝たいくらいだったけど、それはロディーに止められた。俺の存在がウェスタの心にどんな影響を及ぼすかわからないという言い分もわかる。
 でも、どうか傍にいさせてほしい。もう二度とこんなことはさせないから、俺から逃げないでくれ。


 俺は家主に許可を得てその場所を借り、王宮から持ってきていた魔導具を取り出した。開発に成功したものの量産できず、魔法研究局だけで使用している通信具だ。

「クリュメ、協力してくれ。ウェスタがディルフィーに向かってしまった」
「はぁ? ディルフィー……!? まずいですよそれは」
「まずい?」
「えぇ。聞いていなかったんですか? アステリア王女が言っていたじゃないですか――」
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