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9.親友の恋

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「ポロスぅぅううう!!」
「うぇ、ウェスタ!?」

 いつもと逆、仕事終わりのおれを待ち構えて飛びついてきたのはウェスタだった。
 普段なら大喜びすべき場面だけど、いまはちょっと困る。おれは周囲をすばやく見渡して、ウェスタを人けのない方向へ誘導した。王宮付近は特に危険だ。

 ときたま仕事帰りに立ち寄る食堂を見つけてそこへ入店する。宿屋と併設しているその店は、宿屋がメインだからか食事だけで立ち寄る客は多くない。メニューは少ないけどちゃんと美味しいし、ひとりでも気軽に入りやすい雰囲気をけっこう気に入っていた。

「ポロスちゃん、いらっしゃい! あらあらあら、可愛い子連れて~、恋人!?」
「はいはい、大事な幼馴染ですぅ。定食ふたつよろしくー」

 勝手に空いている席に座って、明るい店内で改めてウェスタを見た。相変わらず……めちゃくちゃかわいい。
 最後に会ったときと比べて心なしか血色が良くなり、憂いを帯びた表情は悩ましげな色気まで醸し出している。
 原因は、なんとなくわかる。それがいいことなのか悪いことなのかは、おれにはまだ分からないけれど。

 ウェスタはおれが孤児院に入った頃からずっと一緒にいて、おれの大事な家族であり、一番好きな人でもある。ウェスタがおれに対して恋愛感情を一切持っていないことは分かっていた。諦めはついている。
 それでもウェスタの心に一番近いポジションであることを自覚していて、未練がましく親友の位置に収まっているんだよなぁ。

「ポロスに会うの、すごく久しぶりな気がする……。ごめん、断られてたのに無理矢理押しかけちゃって」
「あ゛ーー、いい。全然いいよ。ウェスタはなんにも悪くないし、おれも会いたかったから」

 ぱぁっと明るくなる顔に自然とおれの顔もゆるむ。おれはいつも、ウェスタの持つオリーブグリーンの瞳が物理的に癒しの光を放っているとしか思えない。あー、癒やされる。
 ウェスタの誘いを、おれが仕事以外の理由で断ることは今までなかった。こんな不安げな顔をさせてしまうなんて、申し訳なくて胃がシクシクと痛む。

 仕事が忙しいのは嘘じゃない。ただ、この前ウェスタに会ったあと、から牽制されてしまったのだ。ウェスタのことは大好きだけど、おれは権力に屈した。……ちょっと怖かったのもある。
 もちろんそれだけではなく、ウェスタが幸せになれるならそれもいいかも、と思ったことが理由のひとつだ。

「なんかあったんでしょ?」
「うん……その……びっくりすると思うんだけど、最近セレスと、あ。ええと、カシューン魔法師長とよく会ってるんだけど……それはもうなんか色々あって」
「へ、へぇ」
「でも、結婚するって聞いてるからモヤモヤしちゃって」
「ほ、ほぉ」

 なんだか、おれが考えていたよりも拗れているらしい。ウェスタは魔力がないせいでずっと差別されてきたから、人の好意には鈍感だ。前向きなのに、自己肯定感が低い。おれの気持ちだってわざとかって言うほど本気で捉えてくれないし。
 そしてあの人も、人付き合いという点から見れば全くもって慣れていないに違いない。自分の噂に無頓着すぎるのだ。
 
 どうしたもんかな……
 おれも事実を知っているわけではないから、状況から想像しているに過ぎない。しかしながら、悩んでいる親友の背中をちょっと押してあげるくらい良いだろう。だって親友なんだから。

「ウェスタは、好きなんだろ?」
「え!!」

 ずばりと言い当てれば、ウェスタは頬を薔薇色に染めてあわあわと取り乱す。こんなにかわいい顔、おれだって見たことがなかった。くそう。

「見ればわかるって。カシューン魔法師長が王女様と結婚するの、嫌だ~って顔してる」
「そんなこと…………あ、る、、けど」
「これはおれの勘だけど、脈ありだと思うよ。王女様とは結婚するつもりないんじゃないかなー」
「そ、そうなの? 根拠は!?」
「ぐぇ……だ……だから勘だって」

 両手で肩を掴んでガクガク揺さぶられる。おれの勘という言葉に、ウェスタは信用できない……と疑いつつも瞳がキラキラと輝いて期待を隠せないでいる。
 はぁ、魔法使い様。一応年上なんだからしっかりしてくれよ。

 おれは食事の間ずっとウェスタに事情聴取され、ディルフィーの国王は帰ったが王女様は勉強がてらしばらく滞在していることや、彼女とカシューン魔法師長がよく話しているらしいことまで洗いざらい吐かされてしまった。
 ウェスタは聞けば聞くほど複雑な顔をしていたけど、ほんとあのふたり……なぜか仲がいいらしく、おれも疑問に思っている。

 食後のお茶を飲みながら、今度はおれがウェスタを質問攻めにした。
 カシューン魔法師長との馴れ初めだけは頑なに教えてくれなかったが、なんとなく想像はつく。だてにウェスタの親友を名乗っていないのだ。
 どうやってふたりが会っているのか、どんなことを話しているのか。最近あったことまで、ウェスタはところどころ誤魔化しながらも教えてくれた。彼の話をしているときのウェスタは嬉しそうだし、幸せそうだ。

 カシューン魔法師長は言葉こそ圧倒的に足りないが、行動力だけは尊敬に値する。あの忙しそうな中、ウェスタの仕事に合わせて会う時間を作っているのだからすごい。
 そして、ウェスタをいびっていた治療院の女が辞めたという話も……裏がある気がしてならない。タイミングが合いすぎている。頼もしいような、怖いような。おれは一瞬背筋がひやっとした。

 ――それにしても、あの人がどうしてここまでウェスタに執着してしまったんだろう。
 
 ウェスタが可愛くて美人なのは大前提として、その理由のひとつは彼の物怖じしない性質だと思う。たまたま出会ったとしても、孤高の魔法使いに抱か……いや、寝る……ん゛んっ、なんて普通の人にはできやしない。
 呼び捨てで名前を呼んでいるらしいのも、すぐ開き直ってしまえるウェスタだからこそだ。あの近寄りがたい人に遠慮なく距離を詰められるのは、ウェスタと、例の王女様くらいだ。

 ウェスタとカシューン魔法師長では、身分も立場も真逆だ。恋が実っても、進む先は茨の道かもしれない。
 それでも、ウェスタの求める『愛』を与えられそうなのは、今のところ彼だけだ。悔しいけど。
 おれの親友であり家族であるウェスタには、苦労してきたぶん幸せになってほしい。複雑な気持ちは胸の奥にしまって、不器用なふたりの恋の行く末を見守ることにした。

 ウェスタの背中を見送って、夜の冷気にぶるっと震えた。夏が近づいてきたとはいえ、夜はまだまだ人肌恋しい。
 あーあ、久しぶりに娼館でも行こ。
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