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大いに飲んで食べて、僕たちは別の場所に移動した。
先ほどとは打って変わって、酒だけを提供するその店は静かだ。ひとりの客も多いし、会話をしている客も声は抑えめだった。
ポロスと並んでカウンター席に座った僕は、そわそわと落ち着かない気持ちになっていた。なぜなら十日前、あの魔法使いと出会ったのはこの酒場だったからだ。
こっそり周囲を見渡したけどそれっぽい人影はない。それもそうか。僕はここへよく来るけどあの人に会ったのはあれが初めてだったから、ほんとうに偶然だったんだろう。
「ウェスタは最近どうなの? 男関係」
「う……うーん。いつも通りかなー。適当に引っかけて遊んでるよ、ほら。僕ってモテちゃうし?」
「可愛いのは知ってるって。でも、ちゃんと好きになってくれる人と付き合えばいいのに。本当は愛してくれる人と家族になりたいんでしょ?」
「そんな昔の話……。それに、無理だよ。魔力ないってわかったらみんな離れていくんだから」
「みんなじゃないだろ。俺だっているし」
孤児院にいたとき、僕たちは夜な夜なこっそりと夢を語り合った。
生まれてすぐ親に捨てられた僕が『愛』を夢見るのは、当然のことだろう。確かにそれは、孤児院の先生やポロスのような仲間たちが与えてくれたものでもある。
そしていつか、自分も恋をして愛する家族ができることを夢見ていた。
しかしそれも成人して孤児院の外に出てからは、叶わない夢だったことにすぐ気づいた。
魔力がないことを打ち明けると、みんな離れていってしまう。ひどいときには騙されたと罵倒されることもあった。
淡い恋心は何度も打ち砕かれて、もう自分をさらけ出して愛を求めることは諦めたのだ。
ちなみにポロスの夢は『王宮で働くひとになる』こと。亡くなった親がかつて王宮勤めだったらしく、もうとっくに叶えているのだからすごい。
いつもふわふわの赤髪も今日は疲れでヘタっているが、ポロスががむしゃらに頑張っている証拠だ。
僕らが最近結婚した友人たちの話題に移ったときだった。
カラン、と入り口のベルが鳴り、なぜか吸い寄せられるように目を向けてしまった。
そこにいたのは――
(うわーーー!!)
真っ黒なフードつきのローブ。あのシルエット。誰も気づいていないが、僕にはあのローブの下の顔がわかる。なんなら身体つきだってわかる。
――間違いなく、カシューン魔法師長だった。
一瞬しか目を向けていないから、気づかれてはいないと思う。背中に刺さる視線は気のせいだ、絶対。
僕は慌てて立ち上がってポロスに謝った。
「ごめん、用事があるんだった。帰らなきゃ!」
「え、いまから?」
ぽかんとするポロスにお金を渡し、足早に店をでる。ローブを着た人物とすれ違うときは決して目を合わせないよう、足元を見つめていた。
ふわっとグリーン系の石鹸のような香りが鼻先を掠める。それだけで、抱かれたときの記憶が一瞬にして蘇ったけど、頭を振ってかき消す。
僕はなにも見ていないし思い出していない。うん。
店を出たところで深く息をついていると、追いかけるようにして誰かが出てきた。
ビクゥ! っと背中を揺らしてしまったが、振り返ればポロスだった。
「どうしたんだよ、ウェスタ。……さっきの人、知り合いだった?」
「あぁ、うん。ほんとごめん。ちょっと今は顔を合わせたくなくて」
「まさか……」
ポロスはドアを透視するかのように睨みつけていたものの、戻って相手が誰なのか確認されても困る。僕はポロスの腕を引き、自分の家に誘った。
「ね、久しぶりにうちで飲み直そうよ。明日休みなんだろ? 泊まってっていいからさ」
「え! いいの!? ウェスタの家なんてめっちゃ久しぶりー……よし、朝まで語らおうじゃないか。寝かせないからな!」
案の定ポロスは餌に食いついてくれた。それと引き換えに、次の日僕が二日酔いになったのは言うまでもない。
先ほどとは打って変わって、酒だけを提供するその店は静かだ。ひとりの客も多いし、会話をしている客も声は抑えめだった。
ポロスと並んでカウンター席に座った僕は、そわそわと落ち着かない気持ちになっていた。なぜなら十日前、あの魔法使いと出会ったのはこの酒場だったからだ。
こっそり周囲を見渡したけどそれっぽい人影はない。それもそうか。僕はここへよく来るけどあの人に会ったのはあれが初めてだったから、ほんとうに偶然だったんだろう。
「ウェスタは最近どうなの? 男関係」
「う……うーん。いつも通りかなー。適当に引っかけて遊んでるよ、ほら。僕ってモテちゃうし?」
「可愛いのは知ってるって。でも、ちゃんと好きになってくれる人と付き合えばいいのに。本当は愛してくれる人と家族になりたいんでしょ?」
「そんな昔の話……。それに、無理だよ。魔力ないってわかったらみんな離れていくんだから」
「みんなじゃないだろ。俺だっているし」
孤児院にいたとき、僕たちは夜な夜なこっそりと夢を語り合った。
生まれてすぐ親に捨てられた僕が『愛』を夢見るのは、当然のことだろう。確かにそれは、孤児院の先生やポロスのような仲間たちが与えてくれたものでもある。
そしていつか、自分も恋をして愛する家族ができることを夢見ていた。
しかしそれも成人して孤児院の外に出てからは、叶わない夢だったことにすぐ気づいた。
魔力がないことを打ち明けると、みんな離れていってしまう。ひどいときには騙されたと罵倒されることもあった。
淡い恋心は何度も打ち砕かれて、もう自分をさらけ出して愛を求めることは諦めたのだ。
ちなみにポロスの夢は『王宮で働くひとになる』こと。亡くなった親がかつて王宮勤めだったらしく、もうとっくに叶えているのだからすごい。
いつもふわふわの赤髪も今日は疲れでヘタっているが、ポロスががむしゃらに頑張っている証拠だ。
僕らが最近結婚した友人たちの話題に移ったときだった。
カラン、と入り口のベルが鳴り、なぜか吸い寄せられるように目を向けてしまった。
そこにいたのは――
(うわーーー!!)
真っ黒なフードつきのローブ。あのシルエット。誰も気づいていないが、僕にはあのローブの下の顔がわかる。なんなら身体つきだってわかる。
――間違いなく、カシューン魔法師長だった。
一瞬しか目を向けていないから、気づかれてはいないと思う。背中に刺さる視線は気のせいだ、絶対。
僕は慌てて立ち上がってポロスに謝った。
「ごめん、用事があるんだった。帰らなきゃ!」
「え、いまから?」
ぽかんとするポロスにお金を渡し、足早に店をでる。ローブを着た人物とすれ違うときは決して目を合わせないよう、足元を見つめていた。
ふわっとグリーン系の石鹸のような香りが鼻先を掠める。それだけで、抱かれたときの記憶が一瞬にして蘇ったけど、頭を振ってかき消す。
僕はなにも見ていないし思い出していない。うん。
店を出たところで深く息をついていると、追いかけるようにして誰かが出てきた。
ビクゥ! っと背中を揺らしてしまったが、振り返ればポロスだった。
「どうしたんだよ、ウェスタ。……さっきの人、知り合いだった?」
「あぁ、うん。ほんとごめん。ちょっと今は顔を合わせたくなくて」
「まさか……」
ポロスはドアを透視するかのように睨みつけていたものの、戻って相手が誰なのか確認されても困る。僕はポロスの腕を引き、自分の家に誘った。
「ね、久しぶりにうちで飲み直そうよ。明日休みなんだろ? 泊まってっていいからさ」
「え! いいの!? ウェスタの家なんてめっちゃ久しぶりー……よし、朝まで語らおうじゃないか。寝かせないからな!」
案の定ポロスは餌に食いついてくれた。それと引き換えに、次の日僕が二日酔いになったのは言うまでもない。
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