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1. 噂の人
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「カシューン魔法師長、ついに結婚するらしいぜ」
「え! あの孤高の魔法使いが!?」
後ろの席で交わされるその会話を聞いて、僕は手に持っていたハーブティーのカップをガシャン! とソーサーの上に取り落とした。
ちょっとハーブティーが零れてしまったし、大きな音に店員の視線を感じたがそれどころではない。
さっきの噂話をしていた客の方へ耳を向け、再び意識を傾ける。
カシューン魔法師長、孤高の魔法使いとさまざまな呼び名があるその人は、この国、アクロッポリの王宮魔法研究局局長を務めている男だ。魔法研究局で働いているというだけでエリートだから、その局長となれば王都ではけっこう有名である。
この世界では、ほとんどの人が多かれ少なかれ魔力を持っている。
しかしながら実際に魔法を使うには、膨大な魔力と才能が必要という。魔力の多い子どもは国の特別機関へ招聘され教育を受け、その素質を試される。魔法を使えるようになる子どもはその中でもほんのひと握りらしいが、認められれば栄誉ある将来を約束されたも同然だ。
魔法 を使える人は本当にごく一部だからこそ、決まった呼び方はないけれど魔法使いとか魔法師とか、尊敬の念を込めて呼ばれている。
カシューン魔法師長は美しい容姿を持つものの寡黙で人と馴れ合わず、浮いた噂なんて聞いたことがないというのが王都民の認識だった。
聞こえてくる話によると、隣国ディルフィーの国王がアクロッポリへ親善訪問の際に娘を伴ってきており、その姫君がカシューン魔法師長を見て恋に落ちてしまったらしい。
娘に甘い父親は、アクロッポリの国王へと輿入れの打診をしているようだ。両国の力関係に大きな差はないが、隣国と婚姻による関係強化を図ることはこの国にとって大きなメリットに違いない。
必ずではないらしいけど、魔力の多さは遺伝する。カシューン魔法師長は20代後半だったはずだ。国一番の魔力を持つと言われる男に早く結婚させて、より優秀な子孫を多く残してほしいと、国王やその周囲が思っていることも想像に難くない。
つまり話を聞いた人はみんな、半強制的にふたりの婚姻が結ばれるのではないかと確信を持って信じているのだった。しかし、僕にとっては――にわかには信じがたい。
「なんか信じられないんだけど……え、ほんと?」
ぽかんとした表情をからかうように、春先の少し冷たい風がぴゅうっとテラス席を吹き抜けて僕の頬をくすぐった。
なぜ僕がこんなにも過剰反応してしまったのかというと……
――つい十日ほど前、かの魔法使い様と僕はセックスしたのだ。
もっと詳しく言わせてもらうと、彼の“童貞”を僕がノリで奪ってしまった。
別に無理やり奪おうと思ってやったわけじゃないし、僕だって童貞食いが好きなビッチというわけでもない。
ただほんのちょっと尻が軽くて、酒場で偶然会った男を誘ってみたらたまたまその相手がカシューン魔法師長で、たまたま彼がピカピカの童貞だっただけ……である。
セレス・カシューン……カシューン魔法師長は、すらりと伸びた長身に新月の夜を閉じ込めたような色の短髪、凛と真っ直ぐな眉に意思の強そうなアメシストの瞳を持つ。冷然とした印象の顔ではあるがどこをとっても美しい。
魔法使いが仕事で街に出ていることは時々あるし、絵姿も出回っているから王都民はみんな彼の容姿を知っている。
誘った男を部屋に連れ込んで、フード付きのローブを落としたときの驚きと言ったらなかった。いい雰囲気だったのも構わず、僕は文字どおり目を丸くして口をポカンと開け、しばらく時が止まったかのようにフリーズした。
美しく孤高の存在である彼の誰も知らない一面を、僕だけが知っているという優越感。
魔法使いとして国の頂点にいる彼の、初めての男という特別感。
周囲から劣っていると馬鹿にされてきた僕にとって、たとえそれがお遊びで意味のない行為だったとしても、初めて手にした宝物のような思い出だった。
だがその宝物は、もう光を失ってしまったようだ。結局僕の思い上がりで、最初から彼の特別になんてなれていなかったのだろう。
(あんなに盛り上がったくせにさー……もう忘れちゃったのかな。まぁ、すごい酔っ払ってたし)
彼の初体験は僕の流れるようなリードによって滞りなく完遂した。
久しぶりの荒削りなセックスに僕も興奮して乱れてしまった自覚はあるが、体の相性が良かったから彼にもかなりご満足いただけたように思う。三回もヤッておいて、満足してないとか言わないよな?
――――――――――
第一話をお読みいただきありがとうございます。
作者のおもちDXです。
このお話は第11回BL小説大賞に参加しています。
毎日更新し、11月中に完結する予定です。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。お気に召しましたら投票、応援よろしくお願いいたします。
「え! あの孤高の魔法使いが!?」
後ろの席で交わされるその会話を聞いて、僕は手に持っていたハーブティーのカップをガシャン! とソーサーの上に取り落とした。
ちょっとハーブティーが零れてしまったし、大きな音に店員の視線を感じたがそれどころではない。
さっきの噂話をしていた客の方へ耳を向け、再び意識を傾ける。
カシューン魔法師長、孤高の魔法使いとさまざまな呼び名があるその人は、この国、アクロッポリの王宮魔法研究局局長を務めている男だ。魔法研究局で働いているというだけでエリートだから、その局長となれば王都ではけっこう有名である。
この世界では、ほとんどの人が多かれ少なかれ魔力を持っている。
しかしながら実際に魔法を使うには、膨大な魔力と才能が必要という。魔力の多い子どもは国の特別機関へ招聘され教育を受け、その素質を試される。魔法を使えるようになる子どもはその中でもほんのひと握りらしいが、認められれば栄誉ある将来を約束されたも同然だ。
魔法 を使える人は本当にごく一部だからこそ、決まった呼び方はないけれど魔法使いとか魔法師とか、尊敬の念を込めて呼ばれている。
カシューン魔法師長は美しい容姿を持つものの寡黙で人と馴れ合わず、浮いた噂なんて聞いたことがないというのが王都民の認識だった。
聞こえてくる話によると、隣国ディルフィーの国王がアクロッポリへ親善訪問の際に娘を伴ってきており、その姫君がカシューン魔法師長を見て恋に落ちてしまったらしい。
娘に甘い父親は、アクロッポリの国王へと輿入れの打診をしているようだ。両国の力関係に大きな差はないが、隣国と婚姻による関係強化を図ることはこの国にとって大きなメリットに違いない。
必ずではないらしいけど、魔力の多さは遺伝する。カシューン魔法師長は20代後半だったはずだ。国一番の魔力を持つと言われる男に早く結婚させて、より優秀な子孫を多く残してほしいと、国王やその周囲が思っていることも想像に難くない。
つまり話を聞いた人はみんな、半強制的にふたりの婚姻が結ばれるのではないかと確信を持って信じているのだった。しかし、僕にとっては――にわかには信じがたい。
「なんか信じられないんだけど……え、ほんと?」
ぽかんとした表情をからかうように、春先の少し冷たい風がぴゅうっとテラス席を吹き抜けて僕の頬をくすぐった。
なぜ僕がこんなにも過剰反応してしまったのかというと……
――つい十日ほど前、かの魔法使い様と僕はセックスしたのだ。
もっと詳しく言わせてもらうと、彼の“童貞”を僕がノリで奪ってしまった。
別に無理やり奪おうと思ってやったわけじゃないし、僕だって童貞食いが好きなビッチというわけでもない。
ただほんのちょっと尻が軽くて、酒場で偶然会った男を誘ってみたらたまたまその相手がカシューン魔法師長で、たまたま彼がピカピカの童貞だっただけ……である。
セレス・カシューン……カシューン魔法師長は、すらりと伸びた長身に新月の夜を閉じ込めたような色の短髪、凛と真っ直ぐな眉に意思の強そうなアメシストの瞳を持つ。冷然とした印象の顔ではあるがどこをとっても美しい。
魔法使いが仕事で街に出ていることは時々あるし、絵姿も出回っているから王都民はみんな彼の容姿を知っている。
誘った男を部屋に連れ込んで、フード付きのローブを落としたときの驚きと言ったらなかった。いい雰囲気だったのも構わず、僕は文字どおり目を丸くして口をポカンと開け、しばらく時が止まったかのようにフリーズした。
美しく孤高の存在である彼の誰も知らない一面を、僕だけが知っているという優越感。
魔法使いとして国の頂点にいる彼の、初めての男という特別感。
周囲から劣っていると馬鹿にされてきた僕にとって、たとえそれがお遊びで意味のない行為だったとしても、初めて手にした宝物のような思い出だった。
だがその宝物は、もう光を失ってしまったようだ。結局僕の思い上がりで、最初から彼の特別になんてなれていなかったのだろう。
(あんなに盛り上がったくせにさー……もう忘れちゃったのかな。まぁ、すごい酔っ払ってたし)
彼の初体験は僕の流れるようなリードによって滞りなく完遂した。
久しぶりの荒削りなセックスに僕も興奮して乱れてしまった自覚はあるが、体の相性が良かったから彼にもかなりご満足いただけたように思う。三回もヤッておいて、満足してないとか言わないよな?
――――――――――
第一話をお読みいただきありがとうございます。
作者のおもちDXです。
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