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本編
13.打算的誘惑
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心臓がバクバクと音を立てる。いま脳裏に浮かんでいたばかりのあいつが、どうしてこんなところに。
いや、Domならおかしくないけど。……なんでこのタイミングなんだ!?
背丈のある風谷はここでも注目を浴びている。その綺麗な顔についている口は先輩、と言いかけて開いたまま。目は僕に釘付けだった。
とにかく風谷と話がしたい。いや、話すことなんてない。いつもどおり無視すればいい。
自分でもどうしたいのか判断がつかないまま、混乱した僕はカウンターチェアから立ち上がろうとした。
「痛っ……!」
ツキン、と手の甲に痛みが走る。見れば、アツシが僕の手の甲を指先で強くつねっていた。
「おれと話してるのに、余所見なんて悪い子だね?」
「ちょ、はぁっ? やめてくれ」
強引に振りほどこうとするも、手首まで掴まれ離せない。
アツシの目には先ほどまでは見えなかった嗜虐性がありありと浮かんでいる。口角は上がっているが、微笑みとはほど遠いものだ。
「嬉しいくせに。これだからSubは……。わざとなんだろ? おれに楯突いて、お仕置きしてほしいんだろ?」
「わざとなわけねぇだろ!」
「おすわり。跪いて頭を下げろ」
「ッ……!」
唐突なコマンドに、ガクンと身体から力が抜ける。至近距離からグレアを浴びせられ、周囲の音が遠のいた。
僕の中にあるSubの本能が、命令を守らなければと叫ぶ。でも、こんなやつに……従いたくない。吐き気がした。
「う、ぐっ……」
座った状態を保てず、ぐらりと身体が傾いでゆく。小さなカウンターチェアから僕の身体は滑り落ちた。雪さんが叫ぶ。
「カイくん!!」
受け身も取れず床に叩きつけられようとしていた身体はしかし――ほとんど衝撃がなかった。誰かに受け止められ、強く抱きしめられる。
「ぁっ。ざ、や……?」
「見るたびに心配かけないでくださいよ……!」
僕はすでにその体温を知っていた。衝撃に備えぎゅっと閉じていた目を開くと、眉間にしわを寄せた風谷が僕を見下ろしている。
なぜかその姿が自分よりも大人に見えて、私服だからだとすぐに理解する。見慣れない格好だったとしても、この空間ではこの男の腕のなかが、どうしようもなく安心した。
「カイくん、大丈夫? あいつはもう出禁だから」
「すぐに助けられず、申し訳ありませんでした……」
ほっと身体から力を抜いているあいだに、アツシはバーから追い出されていた。いつも見えないところにいる警備員が仕事をしたらしい。
雪さんともう一人の店員が謝りながら声を掛けてくる。僕は二人に頷いたものの、頭を動かした瞬間ひどいめまいに襲われた。
悪意を持って浴びせられたグレア、従えなかったコマンド。どちらもが僕を蝕んでいる。
「かざやぁ、コマンド、くれない……?」
「ぐ。先輩……でも、ここでは…………」
「アキくん、プレイルーム使いな」
また風谷に甘えてしまっている自覚はあるが、なりふり構っていられなかった。徹底的に風谷を無視していた事実にはふたをして、同じ学校の後輩だしまぁいいかと図太い自分が背中を押す。
Subの生存本能と理解してほしい。目をウロウロとさせ、ためらう風谷の服の胸元あたりをツン、と引っぱる。ちょうどそこに手が掛かっていたので。
雪さんの援護もあって、僕たちはプレイルームに移動した……というか風谷に運んでもらった。普通に男なんて重いはずなのに一切ブレない。細身で背が高いだけじゃないらしい。
雪さんは嫌がる人を無理やりプレイの相手に宛てがったりしない。つまり風谷も僕とのプレイを拒否していないわけだ。……たぶん。
「先にSafe Wordを決めましょう」
「……真面目だな」
興味深げにプレイルームを見渡しつつも、風谷がまず発したのはそんなひと言だった。
高級ホテルのような一室には、ベッドはないが広く座り心地のいいソファがある。僕は横抱きにされたまま、腰掛けた風谷の腿に乗せられた。
プレイに必須のセーフワードは、Domのコマンドが行きすぎないようにするためのSubの砦だ。さっきの男なら無視しそうなルールだが、セーフワードなんてなくても自制できそうな風谷は真面目にルールを守ってくる。
「じゃ、『真面目』にしましょう」
「おいっ。適当かよ……」
予想外に決められて面食らう。なんでもいいっちゃいいけど、風谷が強引に決めてしまうのはなんか意外だ。
「先輩よりは真面目ですよ? あと、早く始めたいんで」
「あ……っ」
早く始めたい、と言った目の奥には熱がこもっていた。問答無用で出された弱いグレアにふわと包まれると、期待が身体の奥底から生まれ、膨れ上がってゆく。
「飛鳥井先輩、俺を見てください」
風谷の腕に支えられ、グレアに恍惚とまぶたを伏せていた。胸にべったりと体重を預けながらコマンドに従って相手を見上げれば、強い視線に射抜かれる。
命令を守れたという満足感と増やされたグレアに、吐き気がおさまっていくのが分かった。風谷のグレアは、心地いい。
「もっと……」
「ん。もう、一人で立てますか?」
「うん」
「じゃあ、跪いて。無理のない体勢で」
跪くのはSubの基本姿勢と呼ばれるものだ。さっきは嫌悪感しかなかったコマンドに、いまは身体中が歓喜する。
目の前のDomを喜ばせたい。ただその一心で膝からよたよたと下り、床に座り込む。両膝を立てて、膝の間で犬のように手を前に下ろす。
褒めてもらえるかな……?
「んー……先輩、それいつもの体勢なんですか?」
「うん……だめ?」
期待を胸に見上げた風谷の表情は、あまり明るいものではなかった。
いや、Domならおかしくないけど。……なんでこのタイミングなんだ!?
背丈のある風谷はここでも注目を浴びている。その綺麗な顔についている口は先輩、と言いかけて開いたまま。目は僕に釘付けだった。
とにかく風谷と話がしたい。いや、話すことなんてない。いつもどおり無視すればいい。
自分でもどうしたいのか判断がつかないまま、混乱した僕はカウンターチェアから立ち上がろうとした。
「痛っ……!」
ツキン、と手の甲に痛みが走る。見れば、アツシが僕の手の甲を指先で強くつねっていた。
「おれと話してるのに、余所見なんて悪い子だね?」
「ちょ、はぁっ? やめてくれ」
強引に振りほどこうとするも、手首まで掴まれ離せない。
アツシの目には先ほどまでは見えなかった嗜虐性がありありと浮かんでいる。口角は上がっているが、微笑みとはほど遠いものだ。
「嬉しいくせに。これだからSubは……。わざとなんだろ? おれに楯突いて、お仕置きしてほしいんだろ?」
「わざとなわけねぇだろ!」
「おすわり。跪いて頭を下げろ」
「ッ……!」
唐突なコマンドに、ガクンと身体から力が抜ける。至近距離からグレアを浴びせられ、周囲の音が遠のいた。
僕の中にあるSubの本能が、命令を守らなければと叫ぶ。でも、こんなやつに……従いたくない。吐き気がした。
「う、ぐっ……」
座った状態を保てず、ぐらりと身体が傾いでゆく。小さなカウンターチェアから僕の身体は滑り落ちた。雪さんが叫ぶ。
「カイくん!!」
受け身も取れず床に叩きつけられようとしていた身体はしかし――ほとんど衝撃がなかった。誰かに受け止められ、強く抱きしめられる。
「ぁっ。ざ、や……?」
「見るたびに心配かけないでくださいよ……!」
僕はすでにその体温を知っていた。衝撃に備えぎゅっと閉じていた目を開くと、眉間にしわを寄せた風谷が僕を見下ろしている。
なぜかその姿が自分よりも大人に見えて、私服だからだとすぐに理解する。見慣れない格好だったとしても、この空間ではこの男の腕のなかが、どうしようもなく安心した。
「カイくん、大丈夫? あいつはもう出禁だから」
「すぐに助けられず、申し訳ありませんでした……」
ほっと身体から力を抜いているあいだに、アツシはバーから追い出されていた。いつも見えないところにいる警備員が仕事をしたらしい。
雪さんともう一人の店員が謝りながら声を掛けてくる。僕は二人に頷いたものの、頭を動かした瞬間ひどいめまいに襲われた。
悪意を持って浴びせられたグレア、従えなかったコマンド。どちらもが僕を蝕んでいる。
「かざやぁ、コマンド、くれない……?」
「ぐ。先輩……でも、ここでは…………」
「アキくん、プレイルーム使いな」
また風谷に甘えてしまっている自覚はあるが、なりふり構っていられなかった。徹底的に風谷を無視していた事実にはふたをして、同じ学校の後輩だしまぁいいかと図太い自分が背中を押す。
Subの生存本能と理解してほしい。目をウロウロとさせ、ためらう風谷の服の胸元あたりをツン、と引っぱる。ちょうどそこに手が掛かっていたので。
雪さんの援護もあって、僕たちはプレイルームに移動した……というか風谷に運んでもらった。普通に男なんて重いはずなのに一切ブレない。細身で背が高いだけじゃないらしい。
雪さんは嫌がる人を無理やりプレイの相手に宛てがったりしない。つまり風谷も僕とのプレイを拒否していないわけだ。……たぶん。
「先にSafe Wordを決めましょう」
「……真面目だな」
興味深げにプレイルームを見渡しつつも、風谷がまず発したのはそんなひと言だった。
高級ホテルのような一室には、ベッドはないが広く座り心地のいいソファがある。僕は横抱きにされたまま、腰掛けた風谷の腿に乗せられた。
プレイに必須のセーフワードは、Domのコマンドが行きすぎないようにするためのSubの砦だ。さっきの男なら無視しそうなルールだが、セーフワードなんてなくても自制できそうな風谷は真面目にルールを守ってくる。
「じゃ、『真面目』にしましょう」
「おいっ。適当かよ……」
予想外に決められて面食らう。なんでもいいっちゃいいけど、風谷が強引に決めてしまうのはなんか意外だ。
「先輩よりは真面目ですよ? あと、早く始めたいんで」
「あ……っ」
早く始めたい、と言った目の奥には熱がこもっていた。問答無用で出された弱いグレアにふわと包まれると、期待が身体の奥底から生まれ、膨れ上がってゆく。
「飛鳥井先輩、俺を見てください」
風谷の腕に支えられ、グレアに恍惚とまぶたを伏せていた。胸にべったりと体重を預けながらコマンドに従って相手を見上げれば、強い視線に射抜かれる。
命令を守れたという満足感と増やされたグレアに、吐き気がおさまっていくのが分かった。風谷のグレアは、心地いい。
「もっと……」
「ん。もう、一人で立てますか?」
「うん」
「じゃあ、跪いて。無理のない体勢で」
跪くのはSubの基本姿勢と呼ばれるものだ。さっきは嫌悪感しかなかったコマンドに、いまは身体中が歓喜する。
目の前のDomを喜ばせたい。ただその一心で膝からよたよたと下り、床に座り込む。両膝を立てて、膝の間で犬のように手を前に下ろす。
褒めてもらえるかな……?
「んー……先輩、それいつもの体勢なんですか?」
「うん……だめ?」
期待を胸に見上げた風谷の表情は、あまり明るいものではなかった。
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