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第9話
しおりを挟む「あっ雪や!よっさん雪降っとるで!」
カフェの裏口、スタッフ専用の出入口を出た先で木元は空を見上げて喜んでいる
そういえば今日は雪予報が出ていた。
久しぶりに天気予報が当たったなぁと呑気に捉え出口に向かう
「やったやん。雪合戦でもやるか?」
「よっさんそれはあかんよ。明日筋肉痛なるで」
もう僕らおじさんに片足突っ込んどるんや
空にあった目線がこちらを向く。
白い牡丹雪が木元のフワフワとした茶髪に積もる。
背景は雑多な裏路地なのに、雪が、吐く吐息が、明るい笑顔の木元が綺麗で。
「綺麗や」
つい零れた小声。
少し積もった雪が降る雪が、音を吸収して耳まで届けないだろう。
グレーのマフラーに口元まで埋めて昂った感情を吐き出す。
「さむっ」
寒いかどうか今は分からない。
耳まで熱い
見てはいけないものを見てしまったそんな感情だけがある。
「折角やし歩いて楽器屋まで行こうや。駐車場停めといてもらってもえーですかね?」
俺の後ろに居たスタッフに木元が聞くとすぐに許可が降りた。
「やった!よっさん行くで」
「分かったから走んちゃうぞ」
俺が隣に行くまで待ってくれていた木元はコートの中にいる俺の手を捕まえた。
「冷た。何してんねん」
「寒いねん、いーれーてー」
指を絡めてきて離せない。
観念して握り返す。
握り返された事に驚いたのか1度俺の顔を見た。
見返すとすぐさま崩した笑顔に変わりふふ、と小さく笑った。
「なんで笑ったんや」
「よっさんが握り返してくれると思わへんかって。嬉しかったん。」
足取りは、軽い。
好きな人と手を握っているだけなのに足は雪のように。
「温かいなぁよっさんの手。ほんで大きいなぁ」
「木元の手は固いな。」
「頑張ってる証拠や」
恋人みたいだ。
傍から見たらどう見えるだろうか
寛容な世界に変わりつつあるのは確かだ
でもまだまだ当たり前と思われないのが事実。
気にもとめず歩き去る人が大半だが、やはりチラチラと2度見する人もいる。
「なーに人目気にしてん?平気や。もう二度と会わへん人しかおらん」
「分からんやろ。さっきまでカフェに居た子らがおるかもしれん。俺はええけど、木元は。付き合ってもないのに」
俺と恋人だと知らない人に思われる。
それを木元は良しとしてくれるのか。
誰かの中で、俺は木元の恋人として居れるのか。
「ええよ。そうじゃなきゃ手繋がんやろ。あんま気にせん方がええよ、老けるで」
「せやけど」
まだ続けるのか、そう言いたげな顔。
口を噤んだ。
これ以上何言っても木元の返事は変わらない
そういう奴だ。
「ええな、デートって感じや」
何も言わなかった俺を見て、さっきまでの笑顔に戻りつつ話題も振る。
雪の日に、手繋いで。
好きな人と大っぴらに手を繋いで、雪の日に笑って街を歩く。
普通の人にとっては当たり前の事が俺らのような弾かれ者には夢のような光景だと、はたと気付いた。
もう二度と出来ない事かもしれない。
木元と出会えなければ、死ぬまで出来なかった事かもしれない。
「…幸せやな」
絞り出した声は震えた
寒いからだ、きっと。
「な…よっさんなんで泣いてんねん…」
泣いてない、雪が溶けたんだ。
「ちょお待って…僕が泣かしたみたいになってるて…」
お前が泣かしたんや。
焦った木元は繋いでいた手を解こうとした。
解けないように指を絡めて強く握る。
「…分かった、とりあえずそこの路地入ろ、な?」
素直に従い人気の少ない道へ入り込む。
壁際に沿って並び俺は必死に流れる涙を止めようと目頭を押さえた。
木元は右手で俺の肩を摩った。
「なんやの、どうした。なんか嫌な思い出蘇ったんか?」
違う、首を横に振る。
「ほなら恥ずかしくてたまらんくなったか?」
再度首を振る。
ほななんでや、それは聞かれなかった。
きっと待ってくれるのだろう。
「俺らは、普通の恋人らしい事を大っぴらにする事が難しいんや」
震える声を精一杯抑え込んで話す
うん、と優しい相槌が聞こえた。
「やから、死ぬまでこんな事出来へんと思てた。でも、木元のおかげで出来た。」
胸が温かくて堪らなくなる。
木元が強く握り返してくれるポケットの中
木元の好きな所が一気に弾ける。
俺はこいつを好きになって
「堪らなく、幸せや」
止めていた涙が溢れかえる。
こんなに泣いたのは、きっと親に拒絶された時以来久しぶりだ。
幸せで涙が出る事を俺は信じていなかった。
「木元、ありがとう」
「なんやの死ぬんかよっさんは。分かったから」
やっと喋った木元の声も震えていた。
木元も泣いているのか
手を退かして木元を見れば
大きな涙をポロポロと流し口をへの字に結び鼻の頭を赤く染めていた。
「なんでお前まで泣いとんのや」
「嬉し泣きや」
自分の涙を拭っていた左手で木元の涙を拭う。
木元の気持ちが温かくて、温かくて。
どんどんと涙が溢れて止まらなくなる。
それを今度は木元の右手が拭ってくれた。
冷たい手のひらに擦り寄る。
ポツポツと通る通行人は素通りする人は1人も居らず、全員が2度見3度見とする。
彼らの中で忘れられるまで俺は恋人として生きていけるなら、それ以上望むものはない。
たまらなくなり木元にキスをした。
塩辛くて温かいキスだった。
驚いた木元は肩を強ばらせたが、すぐに受け入れてくれた。
短い、触れるだけのキス。
「…よっさん」
「なんや」
まだ唇同士が触れる距離で木元が口を開く。
すぐに返答が来ない所を見ると言葉を選んでいるのか
言い難い何かなのか。
「僕、ずっとモヤモヤしてた気持ちの正体、分かったかもしれん」
「何やったん」
コソコソと小さい頃の内緒話のように。
雪に吸音されてしまいそうな程小さな声で。
それがくすぐったくて笑う。
「秘密や」
「ほんとの内緒話かい」
頭に積もった雪が熱で溶ける。
涙はすっかり、止まっていた。
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