4 / 4
喜悦
しおりを挟む
「ッ、放せッ!」
シュンヤが腕を振り解こうとするけれど、逃がさないようにさらに強く掴む。
たまらなく彼が欲しい。彼のうなじに噛みつきたい。
そして、この衝動の中でさすがに確信してしまった。するしかなかった。
「……ヒート、だったんだ?」
「ッ! ちがうッ」
その声は裏返っている。
「……ずっと、アルファだって思ってた」
「ちがうって言ってる!」
「オメガだったんだ」
「だからッ!」
予想は当たっていた。こんな風に指摘して、可哀想な事をしていると思う。
しかし同時に、歓喜に震えている自分もいる。
ずっと心の隅で、シュンヤがオメガだったらと願っていた。
けれど隣に並ぶ口実として、アルファ同士という事にしておく方が都合が良かった。
そして何より、下劣な目をする周囲と、自分は違うのだと思いたかった。
だけどそんなものは全部上っ面だ。本当は欲しくてたまらなかった。彼の全てを自分のものにしてしまいたい。親友のポジションも、恋人のポジションも自分だけでいい。
逃げようとする彼を引き寄せて両手首を掴むと、正面から伏した頭を見下ろす。
「バレたくないから、部活に入るのがイヤだったの?」
「ッそんなんじゃ」
「オメガだと思われるのが、イヤだったんだよね」
手首が酷く震えている。
そして逃げられないと悟ったのか、彼は頭半分低い位置から睨みつけてきた。
「…………その目で、見るなっ…………」
涙がポロポロと零れていく。
それが、彼の本心だった。
いつも、胸の内で抱え込んでいたのだろう。
入学式のとき、何もかも諦めた目をしていたのは、オメガになって特異な目で見られるようになったからなのだろう。そして、色んなことを諦めてきたからなのだろう。女子にだけ優しく振舞うのは、男の部分を取り繕いたかったからなのかもしれない。
「……オレ、アルファで良かった」
思わず口にすると、憎しみのこもった眼力で睨まれる。
酷だと分かっているけれど、やっぱり自分は身勝手な人間だとナオキは思った。言わずにはいれない。
「おまえがオメガだから、アルファで良かった」
「…………は?」
「オレたち、番になれるよね」
シュンヤが唖然とした表情になる。
「多分、一目惚れだった。オレと出会うために、おまえはオメガに生まれて来たんだよ」
瞬きする目から、ぽろりと涙が落ちていく。
「…………最悪じゃねーか」
「最高だろ?」
「は……っ」
動揺しているのか、再び手を振り解こうとするけれど、力が定まっていない。
「ねえ、番になろう。ヒートが穏やかになるかもしれない。少なくとも、フェロモンはオレにしか分からなくなるよね。周りに勘づかれることは減る」
「っオマエ、適当言ってるだろっ……」
「まさか。フェロモンが漏れなくなれば、今よりも確実に自由になれる。シュンヤもそう思うでしょ?」
自由、という言葉にナオキは内心で嗤う。嘘だ。完全に束縛するつもりでいる。番は永遠に解消してやらないし、自分が噛んだのだと周囲に仄めかすつもりでいる。”ナオキのオメガ”というレッテルを貼られて彼は生きていくことになる。
シュンヤの潤んだ瞳は揺れている。
一週間ヒートで苦しんで、冷静な判断力を失っているだろう。追いつめられた状況で甘言をかけられて、何が最良の道なのか分からなくなっているだろう。
落ち着けば断られるはずだ。けれど、ヒートは三カ月ごとにやってくる。チャンスは何度でもある。
「今すぐに決めなくてもいい。でもオレは諦めないし、シュンヤにもバスケを諦めてほしくない」
すると、シュンヤが縋るような目で見上げてきた。
ナオキは喜悦で顔が歪みそうになるのを堪えて、完璧な微笑みを作った。
気高い狼のような彼だけれど、その本質は可愛い可愛い猫だ。必要なものは見せかけの選択肢。それから、揺るがないと思える居場所を与えてやる事だろう。部活に勧誘したときのように、これから毎日、優しい言葉を溺れるほどに注いでいこう。
「……知ってると思うけれど、オレは相当執念深いから、覚悟しててね」
「っ」
ヒートがぶり返したように、彼の身体が震えた。
そのうなじに噛みつきたくて溜まらず、ナオキの歯はうずうずとした。
おわり
シュンヤが腕を振り解こうとするけれど、逃がさないようにさらに強く掴む。
たまらなく彼が欲しい。彼のうなじに噛みつきたい。
そして、この衝動の中でさすがに確信してしまった。するしかなかった。
「……ヒート、だったんだ?」
「ッ! ちがうッ」
その声は裏返っている。
「……ずっと、アルファだって思ってた」
「ちがうって言ってる!」
「オメガだったんだ」
「だからッ!」
予想は当たっていた。こんな風に指摘して、可哀想な事をしていると思う。
しかし同時に、歓喜に震えている自分もいる。
ずっと心の隅で、シュンヤがオメガだったらと願っていた。
けれど隣に並ぶ口実として、アルファ同士という事にしておく方が都合が良かった。
そして何より、下劣な目をする周囲と、自分は違うのだと思いたかった。
だけどそんなものは全部上っ面だ。本当は欲しくてたまらなかった。彼の全てを自分のものにしてしまいたい。親友のポジションも、恋人のポジションも自分だけでいい。
逃げようとする彼を引き寄せて両手首を掴むと、正面から伏した頭を見下ろす。
「バレたくないから、部活に入るのがイヤだったの?」
「ッそんなんじゃ」
「オメガだと思われるのが、イヤだったんだよね」
手首が酷く震えている。
そして逃げられないと悟ったのか、彼は頭半分低い位置から睨みつけてきた。
「…………その目で、見るなっ…………」
涙がポロポロと零れていく。
それが、彼の本心だった。
いつも、胸の内で抱え込んでいたのだろう。
入学式のとき、何もかも諦めた目をしていたのは、オメガになって特異な目で見られるようになったからなのだろう。そして、色んなことを諦めてきたからなのだろう。女子にだけ優しく振舞うのは、男の部分を取り繕いたかったからなのかもしれない。
「……オレ、アルファで良かった」
思わず口にすると、憎しみのこもった眼力で睨まれる。
酷だと分かっているけれど、やっぱり自分は身勝手な人間だとナオキは思った。言わずにはいれない。
「おまえがオメガだから、アルファで良かった」
「…………は?」
「オレたち、番になれるよね」
シュンヤが唖然とした表情になる。
「多分、一目惚れだった。オレと出会うために、おまえはオメガに生まれて来たんだよ」
瞬きする目から、ぽろりと涙が落ちていく。
「…………最悪じゃねーか」
「最高だろ?」
「は……っ」
動揺しているのか、再び手を振り解こうとするけれど、力が定まっていない。
「ねえ、番になろう。ヒートが穏やかになるかもしれない。少なくとも、フェロモンはオレにしか分からなくなるよね。周りに勘づかれることは減る」
「っオマエ、適当言ってるだろっ……」
「まさか。フェロモンが漏れなくなれば、今よりも確実に自由になれる。シュンヤもそう思うでしょ?」
自由、という言葉にナオキは内心で嗤う。嘘だ。完全に束縛するつもりでいる。番は永遠に解消してやらないし、自分が噛んだのだと周囲に仄めかすつもりでいる。”ナオキのオメガ”というレッテルを貼られて彼は生きていくことになる。
シュンヤの潤んだ瞳は揺れている。
一週間ヒートで苦しんで、冷静な判断力を失っているだろう。追いつめられた状況で甘言をかけられて、何が最良の道なのか分からなくなっているだろう。
落ち着けば断られるはずだ。けれど、ヒートは三カ月ごとにやってくる。チャンスは何度でもある。
「今すぐに決めなくてもいい。でもオレは諦めないし、シュンヤにもバスケを諦めてほしくない」
すると、シュンヤが縋るような目で見上げてきた。
ナオキは喜悦で顔が歪みそうになるのを堪えて、完璧な微笑みを作った。
気高い狼のような彼だけれど、その本質は可愛い可愛い猫だ。必要なものは見せかけの選択肢。それから、揺るがないと思える居場所を与えてやる事だろう。部活に勧誘したときのように、これから毎日、優しい言葉を溺れるほどに注いでいこう。
「……知ってると思うけれど、オレは相当執念深いから、覚悟しててね」
「っ」
ヒートがぶり返したように、彼の身体が震えた。
そのうなじに噛みつきたくて溜まらず、ナオキの歯はうずうずとした。
おわり
72
お気に入りに追加
103
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。


きせかえ人形とあやつり人形
ことわ子
BL
「俺は普通じゃないって、自分が一番分かってる」
美形で執着強めの小柄な攻め×平凡で友達の多い男前な受けの男子高校生。
宮秋真里は偶然、自身が通う学校の有名人、久城望と知り合いになる。知り合って間もない宮秋に久城はあるお願いをした。人が良い宮秋はそのお願いを快諾するが、段々とその『お願い』の違和感に気付き始め──

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
執着アルファ、番発見❗
さぁ、頑張れ😄
これからふたりがどう変わっていくのかなぁ。
ぜひ続きが読みたいです。
番発見!
応援、ありがとうございます!
続くならライバルたちが立ちはだかりそうです……?!
思いついたら書いてみたいと思います。