君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ

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ヒート

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 練習試合の日から一週間が経つけれど、シュンヤはずっと欠席している。
 『お見舞いに行くよ』とナオキは何度もメッセージを送っているものの、返事は『絶対に来るな』の一辺倒だった。さらにこの二日間は未読だ。

 部活前に更衣室で着替えているときだった。

「アイツさ、ヒートで休んでるんじゃないか……?」

 シュンヤの事をよく盗み見ている先輩が、どこか確信めいた口調で言った。

 ナオキの心は黒いものでざわめいた。
 ヒートとはオメガの発情期の事だ。一週間に渡って発情した状態が続き、フェロモンも強くなって外出が難しくなるという。もしかしたら……と何度もその可能性について想像していた。
 部員たちも考える事は同じだったらしく、顔を見合わせて話し出す。

「いや、でも、あいつはどう見てもアルファだろ」
「そうだけど、あいつだけ他のアルファとは空気が違わないか」
「ピリピリしてる割には隙があるよな……?」
「警戒した猫っぽいよな」
「どっか危なっかしいっていうか、危うげっていうか」
「あ。それに良い匂いするよな。香水とかじゃないだろ、女子みたいな――」

 バンッ! と空気を割る音を立てたのは、ナオキのロッカーの扉だった。
 普通に閉じたつもりだったけれど、無意識に力がこもっていたらしい。

「――着替えが済んだので、先に自主練してきますね」

 愛想笑いを作れば、先輩たちは強ばった顔で揃って頷いた。

 体育館内に入ると、「ナオキくーん」と控えめに黄色い声が飛んで来る。しかし今はまともに微笑みを作れそうにない。

 女子みたいな匂い?
 警戒した猫?
 危うげで隙がある?

 先ほど彼らが口にした言葉のどれもが、唾棄すべきものに聞こえた。

「……あれ、反応してくれないね?」
「練習前だけど、体育館じゃやっぱりマズかったかな……?」
「シュンヤくんが休んでるから気になってるんじゃない? 教室でもあんまり笑ってくれないし」
「二人って本当に仲が良いよねー。でもそこがいい」

 呑気な会話が耳に入ってきて、ナオキは睨みつけたくなるのをぐっと堪えた。

 誰もかれもがシュンヤを下劣な目で見ている。








 部活が終わって、『大丈夫?』『ご飯食べれてる?』とメッセージを連投していると、無視されていたメッセージがやっと既読になった。

『公園で待ってる』

 外出して平気なのだろうか。公園を指定したのは、自宅の住所を教えたくないという事だろうか。部屋に入れたくないという事だろうか。しつこく連投しすぎたかもしれない。

 夜の公園のベンチで待っていると、私服姿のシュンヤが現れた。上下とも黒のスウェットだ。少し前なら彼が手負いの狼のように思えたのに、先輩たちの言葉が耳にこびりついているせいか、今日は艶のある黒猫のように見えてしまう。

 シュンヤは体が重そうな気だるい様子で、距離を置いたまま立ち止まった。
 ナオキは猫を手なずけるように微笑みを作る。

「……心配したよ。体調どう? ベンチ座りなよ」
「ここでいい」
「無理しないで」
「もう落ち着いた」

 部活を休む前はもっと距離が近かったはずなのに、どうしてこんなに離れているんだろう。
 ベンチから立ち上がって、肌に纏わりつくぬるい夜風の中で静かに見つめ合う。
 二人を照らす明かりは、公園の街灯だけだ。

 たった一週間話していなかっただけなのに、何を話せば良いのか分からない。
 オメガなのか、と尋ねてみたい衝動に駆られた。――駄目だ、嫌われる。

「…………練習試合、どうだった?」
「ああ、うん、勝ったよ」

 シュンヤから話してくれて、無難な話題に安堵する。

「内容は?」
「三好先輩を中心にゲームメイクして、後半は手堅く守った」
「ナオキは、試合出たの?」
「うん、フルタイムで」
「……ふうん……」

 吐息混じりの返答は、諦めているようにも、拒絶しているようにも聞こえた。

「……シュンヤがいたら、もっと楽にゲームメイクできただろうなって思うよ」
「……オマエはそうだろうな」
「え?」

 どういう意味だろうか。

「最初に部活に入る気がないって言ってただろ、オレ」
「ああ。うん」
「楽したいんなら、部活なんて入ってない」
「……ゴメン、言い方が悪かった。楽したいとかじゃなくて、シュンヤがいたら助かるって意味で」
「…………だから……全っ然、分かってねえよ」

 苛立ちを堪えるように、シュンヤは視線を地面に落とした。
 このまま話していたらどんどん隔たりが大きくなる気がする。

「ねえ、シュンヤ、」
「なぁ、オレが、オマエを助けた事ってあったか……?」
「え?」
「先輩とか、小うるさい奴らの事は、オレはどうでもいい。なのにオマエがいっつも勝手に間を取り持ってて、それで上手くチームが回ってる」
「そんなの、少し愛想よくしてるだけだよ」
「そうじゃなくて……オマエは……試合でも役に立ってる」
「そんな事——シュンヤだって十分過ぎるくらい役に立ってる。ミニゲームでも、他の練習試合でも活躍してる。そうだ、この前の――」
「でも、オレは大会では使ってもらえない」

 吐き捨てられた言葉に、ナオキは瞬いた。

「監督から何か言われたの?」
「……直接、言われた訳じゃ無い。だけど……大事な練習試合も休んで……」
「今回は体調崩したんだから仕方ないよ。みんな分かってくれる」

 いや、みんな疑っている。ヒートなんじゃないかと。またヒートが来るんじゃないかと。
 シュンヤは掌を握って頑なに言う。

「……本番の大会だって、休むかもしれない」
「そんなの言い出したら、誰だってそうだよ」

 引き留めようとしたけれど、そこまでだった。


「部活辞める」

 シュンヤは身を翻した。

「待っ――」

 このまま行かるわけにはいかない。
 早足で立ち去ろうとする背中を追いかけて、腕をぐいと引っ張った。

「――ッ」

 その瞬間。ふわりと甘い香りに包まれて、ナオキは思わず息を呑んだ。
 いつもシュンヤから漂ってくる匂いだ。でも、今日はいつもよりも濃くて強い。
 背筋にぞわぞわと寒気に似たものが這い上がってくる。
 次いで腹の中から湧き起こって来たものは、強烈な性衝動だった。



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