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おまけ
ジョシュアの過去(修正)
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SIDE:ジョシュア
物心がついたころ、”俺”はアングラの犯罪組織で雑用係として働いていた。
ある時憲兵が来て組織の人間は一斉検挙されたが、俺は紫の瞳がどうとかで田舎貴族に預けられ、そこで雑用係をすることになった。
旦那様には目つきが悪いから視界に入るなと文句を言われ、日陰に隠れるように暮らしていた。
日の出とともにボロ小屋で目を覚まし、家畜女たちとともに畜舎に向かって、ワラの入れ替えや水汲みを済ませ、乳しぼりをする。肉体労働は年少の俺に分担されている。品評会で優勝したという牝牛は、俺よりもずいぶん小ぎれいである。柵の中に放牧すると、血統付きの雄牛が伸しかかって交尾している。
そろそろ朝食にしよう、というときになって、身なりの良い少年がふたり現れた。
「ジョシュア。付き合え」
木剣を持って不遜に告げるのは俺と同じ十二歳のご長男で、となりにいるのは次男だ。
俺は毎日、手合わせという名目で、彼らの憂さ晴らしに使われていた。今日も時間を取られるだろう。厄介だと思いながら、「はい、坊ちゃま」と従順に答える。家畜女たちは口をつぐんでいる。
「フン、骨がないな。それでもアルファか?」
「申し訳ありません」
「ねえ次、僕の相手してよ」
跡取りとして鍛えられている彼らには敵わない。
俺は何度も草地の上に転がされる。
ダメージは最小限にするようにだけ気を付ける。
いつもなら一・二時間で終わるはずだったが、その日は滞在中の白髪の老伯爵がやって来た。
「ウェンダル伯爵!」
途端に兄弟ははしゃいだ様子になり、手合わせして欲しいとせがんでいる。
しかし、ウェンダル伯爵はなぜか俺を見た。
「お前、手を抜いているな」
指摘されて困惑した。
剣を持て、と命令されて対峙する。
張り詰めた空気。まるで戦場に立っているかのような感覚になり、肌が粟立った。
剣を握って振りかかったが、次の瞬間、俺は大きく弾き飛ばされていた。
草地に落ちて肺が圧迫され、「ぐッ」と呻き声がもれる。
見学していた兄弟はそろって顔を蒼白にしていく。
「本気で来い」
冷徹な声を聞きながら、俺はようやく理解した。
この人が相手なら、怪我をさせる心配なんてしなくていいのだ。
「来月迎えに来る」
翌朝、老伯爵はそう告げて去って行き、春の花が咲くころに宣言通りに迎えにきた。
馬車の中で話を聞く。
「――俺を養子に、ですか?」
「お前は状況への対応が上手い。頭の使い方を覚えれば戦場でも役に立つ」
そう告げる老伯爵の目は、今もなお戦場に生きているようだった。
そして騎士になることを求められているのだと理解して、俺はにわかに歓びを覚えた。
この歴戦の騎士に認められたのだ。
両親も不明で孤独のまま生きていたが、今日から彼が父になる。
いまは平和な時代だけれど、向かう先は戦場のような場所なのだろう。
そう覚悟と期待を抱いて着いた屋敷には――、どこか哀しげな様子の麗人がいた。
「俺の名前はロイス。君は」
「ジョシュアです」
鼓動がトクトクと早まっていた。
彼は何者だろう。ウェンダル伯爵からは何も聞いていなかった。
伯爵とは年が離れているから、伯爵の孫だろうか。
彼が腰をかがめてきて、距離が近づいてさらに緊張する。
「俺のことは――とりあえず兄さん……とか」
曖昧に呼び名を決められて、俺は嬉しさと混乱で板ばさみになった。
こんなボロ雑巾のような俺を家族として受け入れてくれたことは――嬉しい。
これまでの人生、物のように扱われてきた。
ウェンダル伯爵からも手駒のように扱われているように感じる。
それくらい家族っていうものに縁がなかったのに、人として見てもらっていると感じる。
しかし、俺は彼の弟になりたくない。
どうしてだろうか。違うと抵抗したくなる。アルファとして見て欲しいと思った。
しかし下らない欲求で彼の好意を無下にしたくない。
『ねえ次、僕の相手してよ』
そして田舎貴族の弟の口調を思い出した。
甘えた態度は俺とは真逆だったが、”兄さん”にはきっと好かれるだろうと思った。
欲求へのいましめも兼ねて、俺は自分を、”僕”と呼ぶように改めた。
過去の記憶はまたたく間に褪せて退色していき、気付けば自我まで”僕”に塗りかわっていく。
しかし兄は僕を見ずに、いつまで経っても僕を通して騎士の世界を夢見ている。
弟としては可愛がってくれるが、鍛えれば鍛える程に僕の向こうを見ている。
きちんと僕自身を見て欲しい。どうすればいい――。
「ロイスが欲しいか」
稽古の合い間、ウェンダル伯爵に問われて、僕は汗みずくになりながら目を見張った。
「――はい。欲しいです」
「アレはオメガだ」
その一言で、僕は伯爵の意向を理解した。
僕は息子ではなく、婿養子として選ばれたのだ。
そして事態を歓迎するようにアルファのフェロモンが溢れるようになった。
「ジョシュアからバニラみたいな甘い匂いがする……」
ある日、兄さんがそう言ったとき、歓喜で笑顔が歪みそうになった。
陶酔した様子は、僕に惹かれているという証拠だ。
しかし、それでも兄は僕を通して騎士の世界を夢見ている。
さらに兄らしく振舞おうとしてか堅苦しい口調まで使ってくる。
あくまでも彼は、兄弟として接したいらしい。
ウェンダル伯爵が亡くなったとき、兄にマーキングする計画を立てて、ラット抑制剤を裏ルートで購入した。
まずは騎士の夢を叶えてもらおう。
そして己のフェロモンを使って、少しずつアルファとして意識してもらおう。
おわり
***
【ウラ設定】
紫の目は王族の特徴です。
ジョシュアは王族と衣装係の間に生まれた子供の血筋とかです?
物心がついたころ、”俺”はアングラの犯罪組織で雑用係として働いていた。
ある時憲兵が来て組織の人間は一斉検挙されたが、俺は紫の瞳がどうとかで田舎貴族に預けられ、そこで雑用係をすることになった。
旦那様には目つきが悪いから視界に入るなと文句を言われ、日陰に隠れるように暮らしていた。
日の出とともにボロ小屋で目を覚まし、家畜女たちとともに畜舎に向かって、ワラの入れ替えや水汲みを済ませ、乳しぼりをする。肉体労働は年少の俺に分担されている。品評会で優勝したという牝牛は、俺よりもずいぶん小ぎれいである。柵の中に放牧すると、血統付きの雄牛が伸しかかって交尾している。
そろそろ朝食にしよう、というときになって、身なりの良い少年がふたり現れた。
「ジョシュア。付き合え」
木剣を持って不遜に告げるのは俺と同じ十二歳のご長男で、となりにいるのは次男だ。
俺は毎日、手合わせという名目で、彼らの憂さ晴らしに使われていた。今日も時間を取られるだろう。厄介だと思いながら、「はい、坊ちゃま」と従順に答える。家畜女たちは口をつぐんでいる。
「フン、骨がないな。それでもアルファか?」
「申し訳ありません」
「ねえ次、僕の相手してよ」
跡取りとして鍛えられている彼らには敵わない。
俺は何度も草地の上に転がされる。
ダメージは最小限にするようにだけ気を付ける。
いつもなら一・二時間で終わるはずだったが、その日は滞在中の白髪の老伯爵がやって来た。
「ウェンダル伯爵!」
途端に兄弟ははしゃいだ様子になり、手合わせして欲しいとせがんでいる。
しかし、ウェンダル伯爵はなぜか俺を見た。
「お前、手を抜いているな」
指摘されて困惑した。
剣を持て、と命令されて対峙する。
張り詰めた空気。まるで戦場に立っているかのような感覚になり、肌が粟立った。
剣を握って振りかかったが、次の瞬間、俺は大きく弾き飛ばされていた。
草地に落ちて肺が圧迫され、「ぐッ」と呻き声がもれる。
見学していた兄弟はそろって顔を蒼白にしていく。
「本気で来い」
冷徹な声を聞きながら、俺はようやく理解した。
この人が相手なら、怪我をさせる心配なんてしなくていいのだ。
「来月迎えに来る」
翌朝、老伯爵はそう告げて去って行き、春の花が咲くころに宣言通りに迎えにきた。
馬車の中で話を聞く。
「――俺を養子に、ですか?」
「お前は状況への対応が上手い。頭の使い方を覚えれば戦場でも役に立つ」
そう告げる老伯爵の目は、今もなお戦場に生きているようだった。
そして騎士になることを求められているのだと理解して、俺はにわかに歓びを覚えた。
この歴戦の騎士に認められたのだ。
両親も不明で孤独のまま生きていたが、今日から彼が父になる。
いまは平和な時代だけれど、向かう先は戦場のような場所なのだろう。
そう覚悟と期待を抱いて着いた屋敷には――、どこか哀しげな様子の麗人がいた。
「俺の名前はロイス。君は」
「ジョシュアです」
鼓動がトクトクと早まっていた。
彼は何者だろう。ウェンダル伯爵からは何も聞いていなかった。
伯爵とは年が離れているから、伯爵の孫だろうか。
彼が腰をかがめてきて、距離が近づいてさらに緊張する。
「俺のことは――とりあえず兄さん……とか」
曖昧に呼び名を決められて、俺は嬉しさと混乱で板ばさみになった。
こんなボロ雑巾のような俺を家族として受け入れてくれたことは――嬉しい。
これまでの人生、物のように扱われてきた。
ウェンダル伯爵からも手駒のように扱われているように感じる。
それくらい家族っていうものに縁がなかったのに、人として見てもらっていると感じる。
しかし、俺は彼の弟になりたくない。
どうしてだろうか。違うと抵抗したくなる。アルファとして見て欲しいと思った。
しかし下らない欲求で彼の好意を無下にしたくない。
『ねえ次、僕の相手してよ』
そして田舎貴族の弟の口調を思い出した。
甘えた態度は俺とは真逆だったが、”兄さん”にはきっと好かれるだろうと思った。
欲求へのいましめも兼ねて、俺は自分を、”僕”と呼ぶように改めた。
過去の記憶はまたたく間に褪せて退色していき、気付けば自我まで”僕”に塗りかわっていく。
しかし兄は僕を見ずに、いつまで経っても僕を通して騎士の世界を夢見ている。
弟としては可愛がってくれるが、鍛えれば鍛える程に僕の向こうを見ている。
きちんと僕自身を見て欲しい。どうすればいい――。
「ロイスが欲しいか」
稽古の合い間、ウェンダル伯爵に問われて、僕は汗みずくになりながら目を見張った。
「――はい。欲しいです」
「アレはオメガだ」
その一言で、僕は伯爵の意向を理解した。
僕は息子ではなく、婿養子として選ばれたのだ。
そして事態を歓迎するようにアルファのフェロモンが溢れるようになった。
「ジョシュアからバニラみたいな甘い匂いがする……」
ある日、兄さんがそう言ったとき、歓喜で笑顔が歪みそうになった。
陶酔した様子は、僕に惹かれているという証拠だ。
しかし、それでも兄は僕を通して騎士の世界を夢見ている。
さらに兄らしく振舞おうとしてか堅苦しい口調まで使ってくる。
あくまでも彼は、兄弟として接したいらしい。
ウェンダル伯爵が亡くなったとき、兄にマーキングする計画を立てて、ラット抑制剤を裏ルートで購入した。
まずは騎士の夢を叶えてもらおう。
そして己のフェロモンを使って、少しずつアルファとして意識してもらおう。
おわり
***
【ウラ設定】
紫の目は王族の特徴です。
ジョシュアは王族と衣装係の間に生まれた子供の血筋とかです?
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