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本編
最愛の番 5(完結)
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喉が渇いて目を覚ました。
窓の外は薄暗く、弟はぐっすりと眠っている。
水を飲もうと思って立ち上がると、腰がかくんと折れかけ、どうにかヘッドボードを掴んでこらえた。
腰に残っている快感の余韻で恥ずかしくなる。
弟の寝息は続いており、こっそりとキッチンへ向かった。
階段を降りようとしたとき、玄関ホールで振り子時計のネジを回している執事を見つけた。
「……おはよう、ノーマン」
「おはようございます。お早いですね」
「喉が渇いてな」
「持ってまいりましょうか」
「いや、いい。自分で行く」
足の力は入らないけれど、これでも毎日鍛えているので歩ける。
「ひとつ聞きたいんだが」
「何なりと」
執事は礼儀正しく両手を重ねる。
「内ポケットに入れていた抑制剤を抜いたのは、お前か?」
「…………」
薬がなくなった原因のひとつとして考えていた。
沈黙ののち、執事は「はい、」と答えた。
「どうしてそんなことを?」
「運命の番がお側におられるときにヒートが起きることが多いでしょう。次期当主にふさわしいのはあの方と存じ上げました」
「彼は王都の伯爵家の跡継ぎだ。この家は継がない」
「あなたが求めれば応じるでしょう。そうさせることがあなたのお役目です」
「……。悪いが、俺はジョシュアを選んだ」
「さようで」
淡々と話している姿は能面のようで、その心で何を思っているのかわからない。
長年世話してくれた執事のことを、俺は本当に何も知らなかったのだ。
「……ヒートのおかげで、連続殺人犯をおびき寄せられたよ」
ふと、皮肉なのか自嘲なのか、そんな言葉を漏らしていた。
「それは僥倖です」
動じない執事の前では、どうしてか話しやすかった。
「元々俺を狙っていたそうだ」
「というと?」
「……憲兵隊との合同訓練の日、憲兵の中にいたそうだ。俺を自分の運命の番だと思いこんでいた。ユリウス隊長と出会った瞬間の反応を見ていたんだろう。他のオメガを狙ったのは俺の代用だったらしい」
「さようで」
「……犠牲者が出た」
「運命との出会いが発端なら、あなただけのせいではございません。被害者がオメガの娼婦ということで軽んじられたことも一因でしょう」
「……そうだな。これから変えて行こう。貴族としてやるべきことだ」
「ご立派になられました」
これは形式だけの言葉なのだとわかった。
彼は俺にオメガとして子を産む役割を望んでいるのだ。
「お前はこれからどうする?」
「時計は古くなりました。そろそろおいとまさせていただきます」
「そうか……。寂しくなるな」
薬を抜いた話をすればノーマンが出ていくことになると知っていたけれど、いざそうなると寂しく感じた。
「私も二十年若ければ次期当主になる可能性があったでしょう」
「え?」
「お元気でお過ごしください」
「…………」
ノーマンが深々と礼をして去って行く。
彼は我が家の分家の出自だったので、可能性としては確かにあった。
明朝の玄関ホールはがらんとしている。
時計は正常に回っているけれど、彼がいなくなればそのうち針が狂ってくるのだろう。
自分が回そうか、それとも新しい時計を買うべきか。
*
水をピッチャーにくんでから寝室に戻ると、丁度ジョシュアが起きた所だった。
「兄さん」
「水を汲んで来た。のむか?」
「うん、ありがとう」
ピッチャーからグラスに水を注いでいく。
渡そうとすると、体ごと抱き寄せられた。
「――いなくなってるから、夢かと思った」
「ふ、夢じゃないよ」
そこで気付いた。
「ジョシュア、お前……バニラの匂いが」
「え?」
ジョシュアは驚きながら、自分の腕を嗅いでいる。
俺ももう一度確かめて、驚きながら顔を見合わせた。
わずかだけれど、甘いフェロモンの香りが戻ってきている。
*
リンゴンリンゴン、と教会の鐘が鳴っている。
空は水色に透き通っており、結婚の門出を祝福しているようだ。
観衆の誰もが頬を紅潮させて華やかな挙式を見つめている。
新郎は、この地を治める若き侯爵だ。新婦は王族のご息女で、ロイヤルパープルと呼ばれる特有の紫の瞳が美しい。
俺は背筋を正しながら、この結婚式を騎士として警護していた。
目線をうつせば騎士たちが並んでおり、ミカエル、ユリウス隊長、そしてジョシュアの姿もある。
目が合えば、きちんと頷きを返してくれる。
ミカエルが事件を目撃した憲兵たちに口利きしてくれたおかげで、隊のみんなは俺がアルファであるといまも信じている。
首元のスカーフからは、バニラの香りが漂ってくる。
ジョシュアのポケットには、誕生日プレゼントの葡萄のハンカチが入っている。
ハンカチに付けてある俺のフェロモンは、番契約をしている彼にしか分からない。
~END~
*****
お付き合い下さりありがとうございます!
少しでも楽しんで頂けましたでしょうか……!
感想いただけたら嬉しいです!
IFエロ追加予定です。
窓の外は薄暗く、弟はぐっすりと眠っている。
水を飲もうと思って立ち上がると、腰がかくんと折れかけ、どうにかヘッドボードを掴んでこらえた。
腰に残っている快感の余韻で恥ずかしくなる。
弟の寝息は続いており、こっそりとキッチンへ向かった。
階段を降りようとしたとき、玄関ホールで振り子時計のネジを回している執事を見つけた。
「……おはよう、ノーマン」
「おはようございます。お早いですね」
「喉が渇いてな」
「持ってまいりましょうか」
「いや、いい。自分で行く」
足の力は入らないけれど、これでも毎日鍛えているので歩ける。
「ひとつ聞きたいんだが」
「何なりと」
執事は礼儀正しく両手を重ねる。
「内ポケットに入れていた抑制剤を抜いたのは、お前か?」
「…………」
薬がなくなった原因のひとつとして考えていた。
沈黙ののち、執事は「はい、」と答えた。
「どうしてそんなことを?」
「運命の番がお側におられるときにヒートが起きることが多いでしょう。次期当主にふさわしいのはあの方と存じ上げました」
「彼は王都の伯爵家の跡継ぎだ。この家は継がない」
「あなたが求めれば応じるでしょう。そうさせることがあなたのお役目です」
「……。悪いが、俺はジョシュアを選んだ」
「さようで」
淡々と話している姿は能面のようで、その心で何を思っているのかわからない。
長年世話してくれた執事のことを、俺は本当に何も知らなかったのだ。
「……ヒートのおかげで、連続殺人犯をおびき寄せられたよ」
ふと、皮肉なのか自嘲なのか、そんな言葉を漏らしていた。
「それは僥倖です」
動じない執事の前では、どうしてか話しやすかった。
「元々俺を狙っていたそうだ」
「というと?」
「……憲兵隊との合同訓練の日、憲兵の中にいたそうだ。俺を自分の運命の番だと思いこんでいた。ユリウス隊長と出会った瞬間の反応を見ていたんだろう。他のオメガを狙ったのは俺の代用だったらしい」
「さようで」
「……犠牲者が出た」
「運命との出会いが発端なら、あなただけのせいではございません。被害者がオメガの娼婦ということで軽んじられたことも一因でしょう」
「……そうだな。これから変えて行こう。貴族としてやるべきことだ」
「ご立派になられました」
これは形式だけの言葉なのだとわかった。
彼は俺にオメガとして子を産む役割を望んでいるのだ。
「お前はこれからどうする?」
「時計は古くなりました。そろそろおいとまさせていただきます」
「そうか……。寂しくなるな」
薬を抜いた話をすればノーマンが出ていくことになると知っていたけれど、いざそうなると寂しく感じた。
「私も二十年若ければ次期当主になる可能性があったでしょう」
「え?」
「お元気でお過ごしください」
「…………」
ノーマンが深々と礼をして去って行く。
彼は我が家の分家の出自だったので、可能性としては確かにあった。
明朝の玄関ホールはがらんとしている。
時計は正常に回っているけれど、彼がいなくなればそのうち針が狂ってくるのだろう。
自分が回そうか、それとも新しい時計を買うべきか。
*
水をピッチャーにくんでから寝室に戻ると、丁度ジョシュアが起きた所だった。
「兄さん」
「水を汲んで来た。のむか?」
「うん、ありがとう」
ピッチャーからグラスに水を注いでいく。
渡そうとすると、体ごと抱き寄せられた。
「――いなくなってるから、夢かと思った」
「ふ、夢じゃないよ」
そこで気付いた。
「ジョシュア、お前……バニラの匂いが」
「え?」
ジョシュアは驚きながら、自分の腕を嗅いでいる。
俺ももう一度確かめて、驚きながら顔を見合わせた。
わずかだけれど、甘いフェロモンの香りが戻ってきている。
*
リンゴンリンゴン、と教会の鐘が鳴っている。
空は水色に透き通っており、結婚の門出を祝福しているようだ。
観衆の誰もが頬を紅潮させて華やかな挙式を見つめている。
新郎は、この地を治める若き侯爵だ。新婦は王族のご息女で、ロイヤルパープルと呼ばれる特有の紫の瞳が美しい。
俺は背筋を正しながら、この結婚式を騎士として警護していた。
目線をうつせば騎士たちが並んでおり、ミカエル、ユリウス隊長、そしてジョシュアの姿もある。
目が合えば、きちんと頷きを返してくれる。
ミカエルが事件を目撃した憲兵たちに口利きしてくれたおかげで、隊のみんなは俺がアルファであるといまも信じている。
首元のスカーフからは、バニラの香りが漂ってくる。
ジョシュアのポケットには、誕生日プレゼントの葡萄のハンカチが入っている。
ハンカチに付けてある俺のフェロモンは、番契約をしている彼にしか分からない。
~END~
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