【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

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本編

最愛の番 2

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 しかし対峙するように、弟からも静かな威圧感が放たれる。
 その目に火がともったのを俺は見た。

「兄さんの番には――僕が、なります」

 時が止まったようだった。
 いま何と言ってくれたのだろう。
 息を呑んでいると、ユリウス隊長が薄く笑った。

「出自も不明で、フェロモンもない。そんなアルファが貴族社会でやっていけると?」
「……同期の友人たちがいます。少ないですが、認めてくれる人たちはいます」
「自分ひとりの身を守るだけならそれで足りるだろう。しかしロイスを守るなら不足だ」

 ぐ、と弟が顔を固くしたとき、ミカエルがやむを得ない様子で言った。

「上官同士や社交界からの評価は、俺が何とかしてやるよ」

 俺は驚愕して見つめた。
 弟のフェロモンが出なくなったのはチャンスだとも、諦めないとも言っていたのに、どうして。

「俺はどこにでも顔が聞く。――ロイスに惚れてるから、おとしめるような状況にはさせない。今日バレた憲兵のこともどうにかする」
「……」

 切なさと有難さで胸が震える。
 けれど純粋に想ってくれる気持ちも助けてくれる気持ちも嬉しい。
 そのとき、グレイが不意に顔を向けてきた。

「なぁ、そこの弟くんのフェロモンが戻ればいいんだよな?」

 首を傾げていると、グレイは続けて言った。

「俺がマーキングしてやるよ」
「……え!?」

 グレイはニンマリと悪だくみするように笑う。

「貴族だのなんだのって偉そうにしてる野郎はキライでね。一杯食わせてやるみてえで面白えじゃん。アルファの野郎にマーキングすんのはヤダから、服にだけしてやる」

 当然、金ももらうけど。と付け足される。
 アルファがアルファにマーキングなんて聞いたことがなく、俺は唖然としていた。
 しかしそれなら健康なアルファとして周囲に偽装できる。これまでは治る希望にすがったり、ピッチングで認めさせようと決意していたけれど、治らないものと受け入れて偽装してしまうのもいいのかも、しれない。そうすれば早期に回復したと認められて、弟の評価も以前のように改善するはずだ。
 弟は難渋している顔になっているが、悩むだけの価値があるということだ。

「ふざけるな……」

 ユリウス隊長は信じがたい様子で声を震わせる。

「そんな仮初のフェロモンでやっていけると……?」
「……いけるだろ。ロイスがいい例だ」

 ミカエルが答えると、ユリウス隊長はかぶりを振った。
 これまでにも何度も見た、苦しそうな表情だ。
 最初に「近づかないでほしい」と頼んだときもそうだ。
 これまでのことを思い出す。いつだって彼が求めてくれるたびに距離を取ったり保留にしてばかりで、俺は本気の意味で決意を伝えていなかった。

「ユリウス、隊長……」

 今でも本能は彼に強烈に焦がれている。隊長も同じように惹かれているのだろう。
 けれど今度こそきちんと断って、決別しよう。

「俺は……ジョシュアと番になります」

 いつかマイルズ先生が言っていた。
 ”運命”という言葉は後付けでしかなく、意味をこめたのは人間なのだと。
 それなら、俺は弟との出会いを”運命”と呼びたい。

「俺にとっての運命は、ジョシュアなんです」
「っ……」

 ユリウス隊長はわずかに泣きそうな顔になって俯いた。痛みを耐えるような姿だった。
 出会う順番が代われば、未来は変わっていたのだろうか。
 絵画の”天上の薔薇”が、ユリウス隊長の背後に見える。天使たちが判決をしているようだった。

 弟を見れば、決意の眼差しでうん、と頷いてくれる。
 ミカエルはユリウス隊長をどこか複雑そうに見つめている。

「ミカエル、グレイ……。ありがとう」
「ん、俺は諦めてねぇけど」

 打って変わって飄々と告げられ、俺はぽかんとした。

「……え?」
「ジョシュアと一時的に番になったとしても解消できるし。まだ俺は意識してもらいはじめたばかりだし」
「いや、でも」
「諦めらんねえから」
「……私も諦めなどしない」

 顔を上げたユリウス隊長が告げる。
 泣いてはいなかったらしく、涙の痕はない。

「番になっても私の香りは感じるだろう。そうでなくとも魂が私を求める。番契約など……今だけのことだ」

 風を切るように身を翻して、アトリエを去って行った。
 どこか確信を得た声音に緊張したけれど、彼が番契約を認めたことに大きな変化を感じた。






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