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本編
最愛の番 1
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ミカエルがアパートのドアを激しく叩くと、中から黒のエプロンをしたグレイが現れた。
「匿わせろ」
「は!? ロイス、ヒートしてんじゃん」
「そういうこと」
すまない、とグレイに謝罪すると、いーよと仕方なさそうに言う。
部屋の中には、有名な神曲の”天上の薔薇”を彷彿とするような絵画が置いてあった。数多の天使たちが弧を描きながら飛んでおり、全体を見るとまるで白い薔薇のようだ。薔薇の下には荒野の崖が描かれていて、祭壇のようにも断罪の場のようにも見えた。
昨日マーキングしてもらったときよりもより立体感が増している。
俺は奥のベッドへ置かれて、発情した体をシーツで隠した。
「で、ユリウス隊長。何でアンタまで部屋に入ってんだよ」
ミカエルが冷めた口調で言うが、ユリウス隊長は殺気のこもった目でグレイを検分した。
「ほう? この男がロイスにマーキングしているアルファか」
「巻きこまないでほしいんだけどなぁ」
グレイは不遜に薄ら嗤う。
弟はバニラの香りの男と対峙して、葛藤の混ざった様子だ。
「う」
俺はヒートが再燃しそうになっていた。
ユリウス隊長の怒りに比例するようにシトラスの香りが濃厚になっているのだ。
ミカエルが厳しい顔をする。
「――全員、部屋を出るぞ」
各々が牽制しあった空気で、扉の外へ出て行こうとする。
頭では正しい判断だと思ったけれど、急に一人で残されてしまう恐怖に襲われた。
先ほど襲われたときの恐怖と後悔が――、弟に好きだと言えば良かったという感情が溢れていた。
「ジョ、ジョシュア――」
全員が振り向いた。
「……い、行かないでくれ」
「……言うべき相手は僕じゃないでしょう」
「そんなことはない……っ」
するとユリウス隊長が語気を強めた。
「私を見ろ、ロイス」
「え、」
「君がヒートを起こしたのは私が原因だ。君が求めているのは私だ」
「ぁ……」
確かに隊長のことも求めている。憧れの存在でもある。
するとミカエルがユリウス隊長の肩を押して、俺の視界から隠した。
「悪化するっつってんだろ」
「これは悪化か? ちがうな――正常な反応だ」
ユリウス隊長は冷淡に言うと、ミカエルは「テメェ」と怒気をあらわにする。
さらにグレイが「オイ、よそでやれよ」と声を低くする。
ふたりが張り合うほどにシトラスの香りが強まり、張り合うようにウッディとバニラの香りも漂ってくる。
バニラはグレイの香りで、弟からは何も匂わない。
「……ジョシュア」
俺はそれでもやっぱり弟に側にいてほしかった。
俺の幸せを思って四年以上マーキングしてくれたから、弟からは何も匂わないのだ。
打算や欲望もあったと言っていたけれど、献身のせいで弟からは何も匂わなくなったのだ。
「……出て行ってください、ユリウス伯爵」
弟の声が聞こえたとき、俺は何が起きたのかと思って瞬いた。
ユリウス隊長が威圧を放つが、弟は動揺せずに真摯に見つめ返した。
「あなたは、兄の意志を踏みにじろうとしています」
「逃げ出そうとしている君が、今更彼にこだわるのか?」
「……たしかに僕は逃げ出そうとしています。でも、無理強いしようとしている状況は見過ごせません」
「……私はロイスの意志を尊重している」
「兄は本能に染められることを望んでいません」
「――選べ、ロイス。本能も君のひとつだろう。蓋をしていても不幸になるだけだ」
「ロイス、耳を貸すな」
ミカエルも険しい様子で言う。
俺はじわじわと発情の熱にくすぶられていた。体が運命の番を必死に誘って、性行為のための準備をしている。
でも、ひとつになりたいのは――。心が求めていて、本能すらも暴かれていいと思えるのは――。
「……ジョシュア、がいい」
は、と熱っぽい息がこぼれた。
「欲しい、ジョシュア……」
つい本心の言葉まで出てしまって、俺は必死で見つめた。後悔したくない、そして明日には家を出て行ってしまうのだ。
「――全部、奪ってほしい……」
騎士の夢を叶えさせてくれて、幸せな世界をくれて、俺は本当に幸せだったから。
今でなくてもピッチングをしたことにして、全てを屈服したことにしてほしい。
この体の熱もなにもかもうばって、項に首を立てて、俺の所有者になってほしい。
「ロイスって、呼んでほしい……」
弟の瞳が大きく揺れた。
「僕じゃ、兄さんを不幸にする」
「ロイスって、呼んで……ほしい」
「……」
涙がぽろりとこぼれていた。
熱で朦朧としているけれど、きっと本能に侵されている今が全てを伝えるチャンスだった。
「ジョシュアの、番になりた――」
「――ロイス」
ユリウス隊長から冷ややかな威圧が放たれた。
「匿わせろ」
「は!? ロイス、ヒートしてんじゃん」
「そういうこと」
すまない、とグレイに謝罪すると、いーよと仕方なさそうに言う。
部屋の中には、有名な神曲の”天上の薔薇”を彷彿とするような絵画が置いてあった。数多の天使たちが弧を描きながら飛んでおり、全体を見るとまるで白い薔薇のようだ。薔薇の下には荒野の崖が描かれていて、祭壇のようにも断罪の場のようにも見えた。
昨日マーキングしてもらったときよりもより立体感が増している。
俺は奥のベッドへ置かれて、発情した体をシーツで隠した。
「で、ユリウス隊長。何でアンタまで部屋に入ってんだよ」
ミカエルが冷めた口調で言うが、ユリウス隊長は殺気のこもった目でグレイを検分した。
「ほう? この男がロイスにマーキングしているアルファか」
「巻きこまないでほしいんだけどなぁ」
グレイは不遜に薄ら嗤う。
弟はバニラの香りの男と対峙して、葛藤の混ざった様子だ。
「う」
俺はヒートが再燃しそうになっていた。
ユリウス隊長の怒りに比例するようにシトラスの香りが濃厚になっているのだ。
ミカエルが厳しい顔をする。
「――全員、部屋を出るぞ」
各々が牽制しあった空気で、扉の外へ出て行こうとする。
頭では正しい判断だと思ったけれど、急に一人で残されてしまう恐怖に襲われた。
先ほど襲われたときの恐怖と後悔が――、弟に好きだと言えば良かったという感情が溢れていた。
「ジョ、ジョシュア――」
全員が振り向いた。
「……い、行かないでくれ」
「……言うべき相手は僕じゃないでしょう」
「そんなことはない……っ」
するとユリウス隊長が語気を強めた。
「私を見ろ、ロイス」
「え、」
「君がヒートを起こしたのは私が原因だ。君が求めているのは私だ」
「ぁ……」
確かに隊長のことも求めている。憧れの存在でもある。
するとミカエルがユリウス隊長の肩を押して、俺の視界から隠した。
「悪化するっつってんだろ」
「これは悪化か? ちがうな――正常な反応だ」
ユリウス隊長は冷淡に言うと、ミカエルは「テメェ」と怒気をあらわにする。
さらにグレイが「オイ、よそでやれよ」と声を低くする。
ふたりが張り合うほどにシトラスの香りが強まり、張り合うようにウッディとバニラの香りも漂ってくる。
バニラはグレイの香りで、弟からは何も匂わない。
「……ジョシュア」
俺はそれでもやっぱり弟に側にいてほしかった。
俺の幸せを思って四年以上マーキングしてくれたから、弟からは何も匂わないのだ。
打算や欲望もあったと言っていたけれど、献身のせいで弟からは何も匂わなくなったのだ。
「……出て行ってください、ユリウス伯爵」
弟の声が聞こえたとき、俺は何が起きたのかと思って瞬いた。
ユリウス隊長が威圧を放つが、弟は動揺せずに真摯に見つめ返した。
「あなたは、兄の意志を踏みにじろうとしています」
「逃げ出そうとしている君が、今更彼にこだわるのか?」
「……たしかに僕は逃げ出そうとしています。でも、無理強いしようとしている状況は見過ごせません」
「……私はロイスの意志を尊重している」
「兄は本能に染められることを望んでいません」
「――選べ、ロイス。本能も君のひとつだろう。蓋をしていても不幸になるだけだ」
「ロイス、耳を貸すな」
ミカエルも険しい様子で言う。
俺はじわじわと発情の熱にくすぶられていた。体が運命の番を必死に誘って、性行為のための準備をしている。
でも、ひとつになりたいのは――。心が求めていて、本能すらも暴かれていいと思えるのは――。
「……ジョシュア、がいい」
は、と熱っぽい息がこぼれた。
「欲しい、ジョシュア……」
つい本心の言葉まで出てしまって、俺は必死で見つめた。後悔したくない、そして明日には家を出て行ってしまうのだ。
「――全部、奪ってほしい……」
騎士の夢を叶えさせてくれて、幸せな世界をくれて、俺は本当に幸せだったから。
今でなくてもピッチングをしたことにして、全てを屈服したことにしてほしい。
この体の熱もなにもかもうばって、項に首を立てて、俺の所有者になってほしい。
「ロイスって、呼んでほしい……」
弟の瞳が大きく揺れた。
「僕じゃ、兄さんを不幸にする」
「ロイスって、呼んで……ほしい」
「……」
涙がぽろりとこぼれていた。
熱で朦朧としているけれど、きっと本能に侵されている今が全てを伝えるチャンスだった。
「ジョシュアの、番になりた――」
「――ロイス」
ユリウス隊長から冷ややかな威圧が放たれた。
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