【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

文字の大きさ
上 下
59 / 86
本編

薔薇と晴れの日 4

しおりを挟む
「ロイス」

 知らない低い声だった。
 しかし確かに名前を呼ばれた。俺を知っている人間だ。

「んんーーっ!」

 建物の裏へずるずると引きずられていき、何故か開いている裏口の柵のドアから裏路地へと入っていく。
 男はかなりの大柄で、俺の抵抗をものともせずに古びたレンガの壁沿いに歩いていく。
 恐怖と混乱でがむしゃらに暴れると、足先と空き瓶がぶつかったらしく、カランカランと高い音が響いた。
 
「誰だ!」

 険しい声が上がり、一斉に憲兵の制服を着た者たちが集まってきた。
 オメガ連続暴行殺害事件の犯人が捕まっていないため、憲兵が見回りをしていたのだ。
 捕まった状況からは助かったようだけれど、憲兵に正体がバレてしまう――。
 集まった憲兵の五人は俺たちを囲むと、息を呑んだ。
 ひとりが口角を吊りあげて喜色に塗れた表情をする。

「これはこれは! ウェンダル伯爵様ではありませんか……!」

 捕まった異様な状況でどうしてそんな笑顔になるのだ。
 残りの者は「ウェンダル伯爵?」「本当だ」と驚愕を漏らしていく。
 正面の憲兵は悦に入った声色で言う。

「おつらそうですな! 騎士様はご存じないでしょうが、オメガを保護するのも憲兵の役割でしてね」
「――!?」

 口元をおさえられたまま精一杯視線を動かすと、俺を捕まえている人物が彼らと同じ憲兵の制服を身にまとっていることに気付いた。
 フェロモンを察知してたどってきたのだろう。
 しかしこの様子では保護なんてする気はない。仲間で脅すか、暴行でもするつもりなのだ。

「オメガは騎士になれないはずでしょう」
「んんーッ!!」
「貴族の見栄ですか……? 内緒にしてほしいのでしたら、」

 ――買収するしかない。と思った時だった。予期せず体が解放さえて地に足が付いた。
 そして正面に立っていた憲兵の頭が、ガコンと鈍い音を立てて吹っ飛んでいった。
 いきなりのことで、俺は自分の目がおかしくなったのかと思った。
 路地を数メートルほど飛んで行ったあとに憲兵の体は地面に落ちた。

「ぇ」

 最初に俺を捕らえていた憲兵が、拳をにぎって息を荒げている。

「貴様、何を――! ぎゃッ」
「ゴッ」
「ぐェッ」

 巨体の憲兵は拳を振り回し、周囲の憲兵たちを倒していく。
 三人は微動だにしなくなり、二人はピクピクと痙攣している。もしかすると死んでいるんじゃないんだろうか。

「……ロイス、伯爵」

 巨体の憲兵は振り返って言った。
 俺は恐怖で「ひ、」と震えて、みっともなく尻もちをついた。

「お、お慕いしておりました。私を覚えておいででしょうか……」

 男はどもって言う。その動揺しきった様子には見覚えがあった。
 先日裏通りで声をかけてきた憲兵のひとりだ。しかし異様な雰囲気もあって、あの日よりもずんぐりむっくりとさらに大きく見える。

「ご、合同訓練の日……、馬にまたがったあ、あなたは、わわ私と目があった瞬間に発情されたのです……」
「え……?」
「そ、そう、あのとき、私たちは運命の番なのだときき気付きました」
「……」

 何を言っているのかわからない……。

「ど、どうお声をかけたらいいかと、ずずっと、うかがっておりました」

 かろうじて頷くと、男は全身をぶるるっと震わせてを恍惚とした表情になっていく。
 俺はその異質さに唖然としていた。

「じ自分はベータでしたが、う、運命によってアルファになったのであります……!!」

 言いながら俺に覆いかぶさると、揉みしだくような手つきで俺の全身をまさぐってきた。

「ひっ……」

 何とか引き剥がそうとするけれど、震えてしまって抵抗にならない。
 直後、下衣をぐっと掴まれて引きずり降ろされた。

「おっ、おれの子種をそそぎます……」
「っや、め……!!」
「う、運命は抵抗しない……!」
「ぐッ!?」

 首元を抑えられて、連続殺人犯、というワードを思い出した。

「おま、えッ……、は……!」
「あああなたの、運命の、番、です……!!」
「っ……ちが、……!」

 この瞬間、俺はひたすら弟に会いたかった。
 何度でも好きだと伝えればよかったと後悔していた。
 そのとき暗闇に光が差すように俺を呼ぶ声がした。



しおりを挟む
※第11回BL大賞に参加中です! 投票して貰えると励みになります!!アプリの方は一覧ページに戻って頂きますと、あらすじの下に投票ボタンがあります。ウェブの方も同様ですが、各ページのタイトル上にも投票ボタンがありますので、そちらをポチっとできます。投票以外でも、感想コメントやエール機能で応援して頂くことも、大変励みになります。応援してくださる温かいお気持ちが創作意欲になりますので、どうぞよろしくお願い致します。
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...