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本編
薔薇と晴れの日 4
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「ロイス」
知らない低い声だった。
しかし確かに名前を呼ばれた。俺を知っている人間だ。
「んんーーっ!」
建物の裏へずるずると引きずられていき、何故か開いている裏口の柵のドアから裏路地へと入っていく。
男はかなりの大柄で、俺の抵抗をものともせずに古びたレンガの壁沿いに歩いていく。
恐怖と混乱でがむしゃらに暴れると、足先と空き瓶がぶつかったらしく、カランカランと高い音が響いた。
「誰だ!」
険しい声が上がり、一斉に憲兵の制服を着た者たちが集まってきた。
オメガ連続暴行殺害事件の犯人が捕まっていないため、憲兵が見回りをしていたのだ。
捕まった状況からは助かったようだけれど、憲兵に正体がバレてしまう――。
集まった憲兵の五人は俺たちを囲むと、息を呑んだ。
ひとりが口角を吊りあげて喜色に塗れた表情をする。
「これはこれは! ウェンダル伯爵様ではありませんか……!」
捕まった異様な状況でどうしてそんな笑顔になるのだ。
残りの者は「ウェンダル伯爵?」「本当だ」と驚愕を漏らしていく。
正面の憲兵は悦に入った声色で言う。
「おつらそうですな! 騎士様はご存じないでしょうが、オメガを保護するのも憲兵の役割でしてね」
「――!?」
口元をおさえられたまま精一杯視線を動かすと、俺を捕まえている人物が彼らと同じ憲兵の制服を身にまとっていることに気付いた。
フェロモンを察知してたどってきたのだろう。
しかしこの様子では保護なんてする気はない。仲間で脅すか、暴行でもするつもりなのだ。
「オメガは騎士になれないはずでしょう」
「んんーッ!!」
「貴族の見栄ですか……? 内緒にしてほしいのでしたら、」
――買収するしかない。と思った時だった。予期せず体が解放さえて地に足が付いた。
そして正面に立っていた憲兵の頭が、ガコンと鈍い音を立てて吹っ飛んでいった。
いきなりのことで、俺は自分の目がおかしくなったのかと思った。
路地を数メートルほど飛んで行ったあとに憲兵の体は地面に落ちた。
「ぇ」
最初に俺を捕らえていた憲兵が、拳をにぎって息を荒げている。
「貴様、何を――! ぎゃッ」
「ゴッ」
「ぐェッ」
巨体の憲兵は拳を振り回し、周囲の憲兵たちを倒していく。
三人は微動だにしなくなり、二人はピクピクと痙攣している。もしかすると死んでいるんじゃないんだろうか。
「……ロイス、伯爵」
巨体の憲兵は振り返って言った。
俺は恐怖で「ひ、」と震えて、みっともなく尻もちをついた。
「お、お慕いしておりました。私を覚えておいででしょうか……」
男はどもって言う。その動揺しきった様子には見覚えがあった。
先日裏通りで声をかけてきた憲兵のひとりだ。しかし異様な雰囲気もあって、あの日よりもずんぐりむっくりとさらに大きく見える。
「ご、合同訓練の日……、馬にまたがったあ、あなたは、わわ私と目があった瞬間に発情されたのです……」
「え……?」
「そ、そう、あのとき、私たちは運命の番なのだときき気付きました」
「……」
何を言っているのかわからない……。
「ど、どうお声をかけたらいいかと、ずずっと、うかがっておりました」
かろうじて頷くと、男は全身をぶるるっと震わせてを恍惚とした表情になっていく。
俺はその異質さに唖然としていた。
「じ自分はベータでしたが、う、運命によってアルファになったのであります……!!」
言いながら俺に覆いかぶさると、揉みしだくような手つきで俺の全身をまさぐってきた。
「ひっ……」
何とか引き剥がそうとするけれど、震えてしまって抵抗にならない。
直後、下衣をぐっと掴まれて引きずり降ろされた。
「おっ、おれの子種をそそぎます……」
「っや、め……!!」
「う、運命は抵抗しない……!」
「ぐッ!?」
首元を抑えられて、連続殺人犯、というワードを思い出した。
「おま、えッ……、は……!」
「あああなたの、運命の、番、です……!!」
「っ……ちが、……!」
この瞬間、俺はひたすら弟に会いたかった。
何度でも好きだと伝えればよかったと後悔していた。
そのとき暗闇に光が差すように俺を呼ぶ声がした。
知らない低い声だった。
しかし確かに名前を呼ばれた。俺を知っている人間だ。
「んんーーっ!」
建物の裏へずるずると引きずられていき、何故か開いている裏口の柵のドアから裏路地へと入っていく。
男はかなりの大柄で、俺の抵抗をものともせずに古びたレンガの壁沿いに歩いていく。
恐怖と混乱でがむしゃらに暴れると、足先と空き瓶がぶつかったらしく、カランカランと高い音が響いた。
「誰だ!」
険しい声が上がり、一斉に憲兵の制服を着た者たちが集まってきた。
オメガ連続暴行殺害事件の犯人が捕まっていないため、憲兵が見回りをしていたのだ。
捕まった状況からは助かったようだけれど、憲兵に正体がバレてしまう――。
集まった憲兵の五人は俺たちを囲むと、息を呑んだ。
ひとりが口角を吊りあげて喜色に塗れた表情をする。
「これはこれは! ウェンダル伯爵様ではありませんか……!」
捕まった異様な状況でどうしてそんな笑顔になるのだ。
残りの者は「ウェンダル伯爵?」「本当だ」と驚愕を漏らしていく。
正面の憲兵は悦に入った声色で言う。
「おつらそうですな! 騎士様はご存じないでしょうが、オメガを保護するのも憲兵の役割でしてね」
「――!?」
口元をおさえられたまま精一杯視線を動かすと、俺を捕まえている人物が彼らと同じ憲兵の制服を身にまとっていることに気付いた。
フェロモンを察知してたどってきたのだろう。
しかしこの様子では保護なんてする気はない。仲間で脅すか、暴行でもするつもりなのだ。
「オメガは騎士になれないはずでしょう」
「んんーッ!!」
「貴族の見栄ですか……? 内緒にしてほしいのでしたら、」
――買収するしかない。と思った時だった。予期せず体が解放さえて地に足が付いた。
そして正面に立っていた憲兵の頭が、ガコンと鈍い音を立てて吹っ飛んでいった。
いきなりのことで、俺は自分の目がおかしくなったのかと思った。
路地を数メートルほど飛んで行ったあとに憲兵の体は地面に落ちた。
「ぇ」
最初に俺を捕らえていた憲兵が、拳をにぎって息を荒げている。
「貴様、何を――! ぎゃッ」
「ゴッ」
「ぐェッ」
巨体の憲兵は拳を振り回し、周囲の憲兵たちを倒していく。
三人は微動だにしなくなり、二人はピクピクと痙攣している。もしかすると死んでいるんじゃないんだろうか。
「……ロイス、伯爵」
巨体の憲兵は振り返って言った。
俺は恐怖で「ひ、」と震えて、みっともなく尻もちをついた。
「お、お慕いしておりました。私を覚えておいででしょうか……」
男はどもって言う。その動揺しきった様子には見覚えがあった。
先日裏通りで声をかけてきた憲兵のひとりだ。しかし異様な雰囲気もあって、あの日よりもずんぐりむっくりとさらに大きく見える。
「ご、合同訓練の日……、馬にまたがったあ、あなたは、わわ私と目があった瞬間に発情されたのです……」
「え……?」
「そ、そう、あのとき、私たちは運命の番なのだときき気付きました」
「……」
何を言っているのかわからない……。
「ど、どうお声をかけたらいいかと、ずずっと、うかがっておりました」
かろうじて頷くと、男は全身をぶるるっと震わせてを恍惚とした表情になっていく。
俺はその異質さに唖然としていた。
「じ自分はベータでしたが、う、運命によってアルファになったのであります……!!」
言いながら俺に覆いかぶさると、揉みしだくような手つきで俺の全身をまさぐってきた。
「ひっ……」
何とか引き剥がそうとするけれど、震えてしまって抵抗にならない。
直後、下衣をぐっと掴まれて引きずり降ろされた。
「おっ、おれの子種をそそぎます……」
「っや、め……!!」
「う、運命は抵抗しない……!」
「ぐッ!?」
首元を抑えられて、連続殺人犯、というワードを思い出した。
「おま、えッ……、は……!」
「あああなたの、運命の、番、です……!!」
「っ……ちが、……!」
この瞬間、俺はひたすら弟に会いたかった。
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そのとき暗闇に光が差すように俺を呼ぶ声がした。
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