57 / 86
本編
薔薇と晴れの日 2
しおりを挟む
俺は隊長を見据えた。
「弟は逃げるわけじゃありません」
「しかし君を守ることを放棄したのだろう」
「それは、事情を考えてのことです」
「現実を見ろ。彼には君を守る力がない。そして守ることを諦めた」
「……!」
弟は俺を想って身を引こうとしてくれているのだ、と思ったけれど先にユリウス隊長が語気を強めた。
「番を持つなら、今が節目だ。今後いつヒートを起こして襲われるかわからない」
「これまで無事でした……!」
「私といるとフェロモンが溢れてくるのだろう」
「今までみたいに距離を保ってくれたら、溢れません……!」
「――そうだ。ここまで待った」
声が真実味を帯びて、隊長の雰囲気が変わった。
「君の気持ちを想って尊重してきた。そして今の君は……、私に求められたいと思っているのではないか」
「そんなことは、」
「本心では私を求めているだろう」
否定できず、喉が狭まった。弟が好きなのに気持ちは浮ついていて、ユリウス隊長がダンスパーティで誰とも踊らなかったとき安堵してしまった。俺のアルファなのだという独占欲すらあったかもしれない。
「ミカエルとは親友でいたいのだろう」
「それは……そう、で」
ミカエルに好きだと言われるとドキドキするし嬉しいけれど、関係が崩れる恐怖も付きまとう。
「私に求められるのは歓びだろう」
頭の奥が浸食されるように痺れてくる。出会った頃のような衝動的な引力ではない。彼は俺を好きでいて当然なのだという確信的な幸福感であり、繋ぎ止めなければいけないという焦燥感だった。醜い感情だと思うけれど、体は彼を誘惑しようとしてヒートの準備をしようとしている。ぞわぞわとした疼きが肌や体内に走って、下腹部が甘く痺れてくる。
「許嫁だった彼が自ら出ていくのだ。君もあの家から解放されたらいい」
気付くと彼は真正面に迫ってきていた。
清涼なシトラスとムスクの匂いに包まれ、頭が浸食されて朦朧としてしまう。
「ロイス……。私は君を置いていったりしない」
その言葉に胸が動揺する。
「君は兄でも騎士でもなく、全てをさらけ出して良いんだ」
理性では断ろうとしているのに、体は蕩けそうだった。
「――すまない、会場だということを忘れていた」
そこで呆気なく手放され、俺ははっと呼吸を思い出し、よろけながら距離をおいた。
最近は接近しないようにしてくれていたので忘れていたけれど、今でも向き合えば何も考えられなくなってしまうのだ、と気付いた。
「緊急用の抑制剤は持って来ているな?」
「は、い」
「……悪かった」
隊長は未練を振りきるように早足で去って行く。
見送りながら、俺は深呼吸を繰り返した。
抑制剤を飲もうと内ポケットを探る。しかし何度探っても指先に触れる感触がなく、不審に思って眉が寄った。
「……ない」
「弟は逃げるわけじゃありません」
「しかし君を守ることを放棄したのだろう」
「それは、事情を考えてのことです」
「現実を見ろ。彼には君を守る力がない。そして守ることを諦めた」
「……!」
弟は俺を想って身を引こうとしてくれているのだ、と思ったけれど先にユリウス隊長が語気を強めた。
「番を持つなら、今が節目だ。今後いつヒートを起こして襲われるかわからない」
「これまで無事でした……!」
「私といるとフェロモンが溢れてくるのだろう」
「今までみたいに距離を保ってくれたら、溢れません……!」
「――そうだ。ここまで待った」
声が真実味を帯びて、隊長の雰囲気が変わった。
「君の気持ちを想って尊重してきた。そして今の君は……、私に求められたいと思っているのではないか」
「そんなことは、」
「本心では私を求めているだろう」
否定できず、喉が狭まった。弟が好きなのに気持ちは浮ついていて、ユリウス隊長がダンスパーティで誰とも踊らなかったとき安堵してしまった。俺のアルファなのだという独占欲すらあったかもしれない。
「ミカエルとは親友でいたいのだろう」
「それは……そう、で」
ミカエルに好きだと言われるとドキドキするし嬉しいけれど、関係が崩れる恐怖も付きまとう。
「私に求められるのは歓びだろう」
頭の奥が浸食されるように痺れてくる。出会った頃のような衝動的な引力ではない。彼は俺を好きでいて当然なのだという確信的な幸福感であり、繋ぎ止めなければいけないという焦燥感だった。醜い感情だと思うけれど、体は彼を誘惑しようとしてヒートの準備をしようとしている。ぞわぞわとした疼きが肌や体内に走って、下腹部が甘く痺れてくる。
「許嫁だった彼が自ら出ていくのだ。君もあの家から解放されたらいい」
気付くと彼は真正面に迫ってきていた。
清涼なシトラスとムスクの匂いに包まれ、頭が浸食されて朦朧としてしまう。
「ロイス……。私は君を置いていったりしない」
その言葉に胸が動揺する。
「君は兄でも騎士でもなく、全てをさらけ出して良いんだ」
理性では断ろうとしているのに、体は蕩けそうだった。
「――すまない、会場だということを忘れていた」
そこで呆気なく手放され、俺ははっと呼吸を思い出し、よろけながら距離をおいた。
最近は接近しないようにしてくれていたので忘れていたけれど、今でも向き合えば何も考えられなくなってしまうのだ、と気付いた。
「緊急用の抑制剤は持って来ているな?」
「は、い」
「……悪かった」
隊長は未練を振りきるように早足で去って行く。
見送りながら、俺は深呼吸を繰り返した。
抑制剤を飲もうと内ポケットを探る。しかし何度探っても指先に触れる感触がなく、不審に思って眉が寄った。
「……ない」
15
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様
冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

オメガパンダの獣人は麒麟皇帝の運命の番
兎騎かなで
BL
パンダ族の白露は成人を迎え、生まれ育った里を出た。白露は里で唯一のオメガだ。将来は父や母のように、のんびりとした生活を営めるアルファと結ばれたいと思っていたのに、実は白露は皇帝の番だったらしい。
美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を、激務に追われる皇帝と共に過ごすことはできるのか?
さらに白露には、発情期が来たことがないという悩みもあって……理想の番関係に向かって奮闘する物語。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる