【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

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本編

薔薇と晴れの日 1

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 秋の陽光が大講堂に差しこんでいる。
 本日、騎士になるために学んできた卒業生たち百余名がここにそろっていた。
 卒業生の代表が壇上へ昇り、厳かな様子で口を開く。

「卒業生を代表し挨拶させていただきます。尊敬される教官、ご来賓の皆様、私たちを見守ってくださり――……」

 卒業生代表の挨拶を述べているのは、弟ではない。
 フェロモンの欠如によって心身不安定だと指摘され、弟は首席でありながら生徒代表に選ばれなかったのだ。
 しかし挨拶を粛々と聞いている佇まいは立派で、俺は保護者席からその姿を目に焼きつけた。

 式が終わって卒業生たちが整列して退場していくと、残された保護者の間からさざなみのように噂話が広がっていく。

「フェロモンが消えたままなんですって……」
「首席なのに、そのせいで代表になれなかったと……」
「まあ、お可哀想ですこと……」

 俺は反応しないように堂々とした態度を貫いた。
 大講堂の外に出ると、学友たちとなごやかに歓談している弟の姿が見えた。

 このあとは卒業を祝した社交パーティに参加することになっている。
 それも済んだら――明日、屋敷を発つ弟を見送る。
 いまは引き留めずに見送ろう。俺はまだ誰よりもアルファらしいアルファになれていない。
 誰からも認められる存在に――ユリウス隊長のような別世界のような存在になったときに、ピッチングの計画を申しこもう。

「ジョシュア、」
「兄さん」
「いまから卒業祝いのパーティがあるだろう。俺は先に向かうが、お前はどうする。友達と来るか?」
「そうするよ」

 立ち去ると、「ロイス先輩だ」「ブラコンめ」という楽し気な会話が聞こえてきた。
 そういえば彼らが小さな頃に授業の一環で指導したことがあったな、と思い出す。みんな大きくなったと感慨深くなる。

 パーティ会場について早々、卒業生の保護者夫妻に話しかけられた。

「ウェンダル伯爵。弟君のご卒業、おめでとうございます」
「有難うございます」
「うちは愚息ですからね。卒業がやっとで」
「いいえ、いつも弟が世話になっています。ご子息のご卒業、おめでとうございます」

 シド上官に連なる階級の人物だけれど、俺は物怖じしないように笑顔で応じる。
 すると横の夫人が目を細めた。

「ジョシュア様は首席でいらしたんでしょう? 生徒代表から外されてしまって驚きましたわぁ。ご事情がありますの?」

 出世争いをする立場でもあるので、欠点を探る事も珍しくない。
 そういうものだと平静に応じれば問題ない。

「体調を少し崩したので、念のために外れたようです」
「まあ。体調というと?」
「成長期によくある不調だそうです。いずれ回復すると医師にも診断されておりますので、気長に見て頂けるとありがたいです」
「そうですの?」

 何を聞かれても笑顔を崩さない。
 そして俺の香りも抜かりない。昨日もグレイとミカエルにサンドウィッチ状態でマーキングしてもらった。
 これからもこの生活を続けていくのだ。
 アルファとして認められるために積極的に交友の場を広げていきたいので、マーキングをしてもらう時間や方法も考えなければならない。
 グレイに頼んで、屋敷に住んでもらうのも手かもしれない――。

「よ、ロイス。おつかれ」
「ミカエル」

 朗らかに声をかけられて振り向けば、正装姿のミカエルがいた。

「ジョシュアのことつつかれてんだろ」
「うん……、仕方ない」
「まー案の定って感じだな」
「ミカエル、仕事は? 勤務時間だろう?」
「心配だったから早上がりで来た」
「……そうか。ありがとう」

 ミカエルは頼もしい笑みをしている。
 しかしアルファらしく振舞うのだから、これからは独り立ちしていきたい。

 主役である卒業生たちも続々と会場に到着してきて、弟も現れた。途端に、全体の視線が一度集中した。
 ご婦人たちは歓談しながらも話しかけるタイミングを今か今かと見極めている。弟を集中砲火する気なのだろう。俺の時とは違って容赦しないはずだ。
 するとミカエルが仕方なさそうに首をかいた。

「俺、ジョシュアのとこ行ってくるわ」
「え?」
「フォローしてやる。お前の可愛い弟だし」
「いや、……しなくていい」

 頼りたくないし、弟には特別な感情があると伝えたはずだ。
 目で訴えると、ミカエルが口を開く。

「断られても俺は諦めてねえし。アイツはこれから別の地方に行くわけだからね」
「……」
「ちょっと休んどいたら? 夜になったらシド上官たちが来るし、絡まれるぜ」

 軽く手を上げて去ってしまう。
 ミカエルがいれば弟の晴れの日も円満に取り持ってくれるだろう。しかし頼っていいのか――。

「ロイス先輩!」
「あ」

 躊躇していると卒業生たちが現れて、「これから基地でお世話になります!」と囲まれてしまった。
 ミカエルと弟は親し気に話している。婦人たちにも声をかけており、卒業生代表を失った話題は立ち消えている。
 やっぱりミカエルはすごい。今から俺が何かするのも余計かもしれない。

 やがて夕暮れになり、基地のメンバーが揃って大人の社交界の雰囲気へ変わっていく。
 んははは! とシド上官が笑い声を上げている。

 俺は片隅でシャンパンに口をつけていた。
 まだまだ無力だなと感じるけれど、ミカエルの真似はできないので、俺なりのやり方でやっていこう。

「弟君の卒業、おめでとう」

 優美な微笑を浮かべて現れたのはユリウス隊長だ。
 洗練されたと空気があって、その立ち振る舞いは騎士として理想的だ。

「――有難うございます」
「これで君は、兄としての役目を果たしたわけか」

 そのとき初めて、保護者代わりの気分だったこととそれが終わったことに気付いた。
 兄ぶって貫禄のあるように振舞っていたけれど、これからは同じ大人として弟も対等の存在になっていくのだ。

「外で話そう」
「……ええ」

 ドアを出て庭園に出ると、真紅やピンクの秋薔薇が月光で照らされていた。
 表通りに面しており、大きな銀行や郵便局や役所が見えている。

「君はいつまで騎士をつづけたいとおもっている?」

 ユリウス隊長は今後の方針を語るような様子だった。
 ”誰よりもアルファらしいアルファになるまで”と決めているけれど、口にしても彼は一閃するだろう。

「まだまだ、目標には遠いと考えています」
「わかった。私も三年ほどはこの地にいるつもりだから、急ぐことは無い」

 何だか結婚を前提にしているように聞こえてしまう。
 隊長には何度も断ってきたけれど、俺はもう一度言った。

「ユリウス隊長。俺は、お気持ちには添えません」
「一生番を持たないとでも?」
「いいえ。俺は……弟と番になりたいと、考えています」
「――君を置いて逃げ出す男だ」

 動揺で肩が少し震えたけれど、隊長を見据える。





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