上 下
56 / 86
本編

薔薇と晴れの日 1

しおりを挟む
 秋の陽光が大講堂に差しこんでいる。
 本日、騎士になるために学んできた卒業生たち百余名がここにそろっていた。
 卒業生の代表が壇上へ昇り、厳かな様子で口を開く。

「卒業生を代表し挨拶させていただきます。尊敬される教官、ご来賓の皆様、私たちを見守ってくださり――……」

 卒業生代表の挨拶を述べているのは、弟ではない。
 フェロモンの欠如によって心身不安定だと指摘され、弟は首席でありながら生徒代表に選ばれなかったのだ。
 しかし挨拶を粛々と聞いている佇まいは立派で、俺は保護者席からその姿を目に焼きつけた。

 式が終わって卒業生たちが整列して退場していくと、残された保護者の間からさざなみのように噂話が広がっていく。

「フェロモンが消えたままなんですって……」
「首席なのに、そのせいで代表になれなかったと……」
「まあ、お可哀想ですこと……」

 俺は反応しないように堂々とした態度を貫いた。
 大講堂の外に出ると、学友たちとなごやかに歓談している弟の姿が見えた。

 このあとは卒業を祝した社交パーティに参加することになっている。
 それも済んだら――明日、屋敷を発つ弟を見送る。
 いまは引き留めずに見送ろう。俺はまだ誰よりもアルファらしいアルファになれていない。
 誰からも認められる存在に――ユリウス隊長のような別世界のような存在になったときに、ピッチングの計画を申しこもう。

「ジョシュア、」
「兄さん」
「いまから卒業祝いのパーティがあるだろう。俺は先に向かうが、お前はどうする。友達と来るか?」
「そうするよ」

 立ち去ると、「ロイス先輩だ」「ブラコンめ」という楽し気な会話が聞こえてきた。
 そういえば彼らが小さな頃に授業の一環で指導したことがあったな、と思い出す。みんな大きくなったと感慨深くなる。

 パーティ会場について早々、卒業生の保護者夫妻に話しかけられた。

「ウェンダル伯爵。弟君のご卒業、おめでとうございます」
「有難うございます」
「うちは愚息ですからね。卒業がやっとで」
「いいえ、いつも弟が世話になっています。ご子息のご卒業、おめでとうございます」

 シド上官に連なる階級の人物だけれど、俺は物怖じしないように笑顔で応じる。
 すると横の夫人が目を細めた。

「ジョシュア様は首席でいらしたんでしょう? 生徒代表から外されてしまって驚きましたわぁ。ご事情がありますの?」

 出世争いをする立場でもあるので、欠点を探る事も珍しくない。
 そういうものだと平静に応じれば問題ない。

「体調を少し崩したので、念のために外れたようです」
「まあ。体調というと?」
「成長期によくある不調だそうです。いずれ回復すると医師にも診断されておりますので、気長に見て頂けるとありがたいです」
「そうですの?」

 何を聞かれても笑顔を崩さない。
 そして俺の香りも抜かりない。昨日もグレイとミカエルにサンドウィッチ状態でマーキングしてもらった。
 これからもこの生活を続けていくのだ。
 アルファとして認められるために積極的に交友の場を広げていきたいので、マーキングをしてもらう時間や方法も考えなければならない。
 グレイに頼んで、屋敷に住んでもらうのも手かもしれない――。

「よ、ロイス。おつかれ」
「ミカエル」

 朗らかに声をかけられて振り向けば、正装姿のミカエルがいた。

「ジョシュアのことつつかれてんだろ」
「うん……、仕方ない」
「まー案の定って感じだな」
「ミカエル、仕事は? 勤務時間だろう?」
「心配だったから早上がりで来た」
「……そうか。ありがとう」

 ミカエルは頼もしい笑みをしている。
 しかしアルファらしく振舞うのだから、これからは独り立ちしていきたい。

 主役である卒業生たちも続々と会場に到着してきて、弟も現れた。途端に、全体の視線が一度集中した。
 ご婦人たちは歓談しながらも話しかけるタイミングを今か今かと見極めている。弟を集中砲火する気なのだろう。俺の時とは違って容赦しないはずだ。
 するとミカエルが仕方なさそうに首をかいた。

「俺、ジョシュアのとこ行ってくるわ」
「え?」
「フォローしてやる。お前の可愛い弟だし」
「いや、……しなくていい」

 頼りたくないし、弟には特別な感情があると伝えたはずだ。
 目で訴えると、ミカエルが口を開く。

「断られても俺は諦めてねえし。アイツはこれから別の地方に行くわけだからね」
「……」
「ちょっと休んどいたら? 夜になったらシド上官たちが来るし、絡まれるぜ」

 軽く手を上げて去ってしまう。
 ミカエルがいれば弟の晴れの日も円満に取り持ってくれるだろう。しかし頼っていいのか――。

「ロイス先輩!」
「あ」

 躊躇していると卒業生たちが現れて、「これから基地でお世話になります!」と囲まれてしまった。
 ミカエルと弟は親し気に話している。婦人たちにも声をかけており、卒業生代表を失った話題は立ち消えている。
 やっぱりミカエルはすごい。今から俺が何かするのも余計かもしれない。

 やがて夕暮れになり、基地のメンバーが揃って大人の社交界の雰囲気へ変わっていく。
 んははは! とシド上官が笑い声を上げている。

 俺は片隅でシャンパンに口をつけていた。
 まだまだ無力だなと感じるけれど、ミカエルの真似はできないので、俺なりのやり方でやっていこう。

「弟君の卒業、おめでとう」

 優美な微笑を浮かべて現れたのはユリウス隊長だ。
 洗練されたと空気があって、その立ち振る舞いは騎士として理想的だ。

「――有難うございます」
「これで君は、兄としての役目を果たしたわけか」

 そのとき初めて、保護者代わりの気分だったこととそれが終わったことに気付いた。
 兄ぶって貫禄のあるように振舞っていたけれど、これからは同じ大人として弟も対等の存在になっていくのだ。

「外で話そう」
「……ええ」

 ドアを出て庭園に出ると、真紅やピンクの秋薔薇が月光で照らされていた。
 表通りに面しており、大きな銀行や郵便局や役所が見えている。

「君はいつまで騎士をつづけたいとおもっている?」

 ユリウス隊長は今後の方針を語るような様子だった。
 ”誰よりもアルファらしいアルファになるまで”と決めているけれど、口にしても彼は一閃するだろう。

「まだまだ、目標には遠いと考えています」
「わかった。私も三年ほどはこの地にいるつもりだから、急ぐことは無い」

 何だか結婚を前提にしているように聞こえてしまう。
 隊長には何度も断ってきたけれど、俺はもう一度言った。

「ユリウス隊長。俺は、お気持ちには添えません」
「一生番を持たないとでも?」
「いいえ。俺は……弟と番になりたいと、考えています」
「――君を置いて逃げ出す男だ」

 動揺で肩が少し震えたけれど、隊長を見据える。





しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話

十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。 ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。 失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。 蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。 初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

処理中です...