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本編
恋と二択 3
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パーティ会場内で両手を広げて突進してくるのは、シド上官だ。
「やあやあ、君が来てくれるのを待ちかねていたぞ!! ロイス!!」
出くわすなり盛大にハグされて、俺は硬直した。
「あなた、ウェンダル伯爵がお困りよ」
「私の息子のような存在だと言っただろう」
「全くもう」
スレンダーなご婦人は、親身な様子で言う。
「今日はダンスを楽しみましょうね。若いレディもお招きしてますから、きっと素敵な時間になりますわ」
「ええ。そうさせて頂きます」
「……ジョシュア様も」
距離感のある言葉に関わらず、弟は笑顔で頷いた。
シド上官は見向きもせず「んはは」と笑って去っていき、婦人もそそくさと離れていく。
これまでの関係なんて無かったかのような対応だ。
弟は全く意に介していない様子で言う。
「僕はすみで休んでるから気にしないで」
「……うん。何曲か踊ったらすぐに戻る」
「ん」
会場内を見回せば、ミカエルの姿を上層部のグループの中に見つけた。
会話が行き詰まれば共通の議題――軍の拡張や予算について――などを軽く出し、均等に話を振っていく。上層部の面々は自論を熱く繰り広げていく。
上層部と懇意にしたい騎士も呼びこんで、若い意見もまじえて議論はさらに白熱していく。ミカエルはああして間を取り持って空気を作るのが得意なのだ。
しばらく社交界を休んでいたなんて思えないなと眺めていると、弟の声が聞こえてきた。笑顔で話している相手は学友たちのようだ。
弟のために早く帰った方がいいと思っていたけれど、学友と穏やかに話す姿は以前のパーティと変わりない。そうか、学友との絆はフェロモンとは無関係なのだ。屋敷を出て行っても弟はあんな風に過ごせて行けるのかもしれない――。
所在のなさを覚えて会場内をさまよっていると、果実と聖母の絵画が目に留まった。既視感を覚えて近づいてみる。
グレイの絵にどことなく似ている気がする……。
「見事な絵画だな」
声をかけてきたのはユリウス隊長だった。
職務以外の話をするのは久しぶりで、正装の優美な姿に胸がちいさく鳴った。
隊長は気遣わし気に言う。
「君の弟が、他の基地に配属されたと聞いた」
「……はい。自分で希望したそうです」
「家督を継ぐ者がいなくなったということか」
「いえ――」
「というと?」
「フェロモンが回復して状況に問題がなければ……継ぎたいと」
途端にユリウス隊長は薄く冷笑した。
「それは随分、小心者だな」
瞬間的に心にひびが入ったけれど、これまで気遣ってもらってきたので口をつぐんだ。
「君のためを想うのなら、身を引くのが正しい判断だ」
「俺は、正しいとは思いません」
「彼は君を守れる人間でないと判断したのだろう」
弟を肯定しているようで否定している言葉に、抵抗感が込み上げてくる。
「私は王都に戻らなければならない。家督を繋ぐものがいないなら、残念だが君の家は取り潰しになる」
「え?」
「いずれ君と王都に一緒に行きたいと行っただろう」
俺はぽかんとして瞬いていた。
何となく婿が来る前提で話していたけれど、そういえばそうではなかったのだ。
俺を囲う檻のように感じていた家は、簡単に消えてしまうものだったのだ。
そして今更だけれど、家を継ぐことへの責任を覚えていた。汗が出て、服が湿っていく。
このままだと祖父の功績や家名を俺の代で消してしまう――。
弟が出ていくのなら、婿を取らなければいけない?
いや、弟の一大事という時期に何を考えているのだろう。しかし家名も大事だ……。
そのとき楽曲隊がダンス曲を奏でて、来客たちがわぁ、と盛り上がった。
男女のペアが年齢に関係なくホールの中央へ踊り出ていく。
壁際を見れば、こちらに目配せしているご令嬢方がたくさんいた。
ほぼ全員参加の状況なので、踊らないといけないだろう。でも誰と……。
不意にユリウス隊長がダンスを眺めながら言った。
「外で踊らないか」
「え」
「……最初に踊るのは君が良い」
最初のダンスはパートナーや大事な人と踊るのが基本だ。
今誰かを選べば、意中の相手として意識していると伝えることになる。
ユリウス隊長が熱を帯びた眼差しを向けてくる。
「……人目のないところで」
今、ユリウス隊長の手を取れば、全ての重荷を投げ出して幸せになれるのだろう。
シトラスの香りは魅力的だった。
「――お誘いは、ありがたいですが」
二曲目に入り、俺は一曲目を踊り終えた女性に声をかけた。
これできちんと断った事になるのだろうか。結局保留にしてしまっているのではないか。
ステップを踏んでいき、ターンのタイミングで歓声が上がった。
注目されている先には、ミカエルとご令嬢がいた。ご令嬢がミカエルの腕の中で背中をしならせて鮮やかなポーズを決めている。周囲からは小さな拍手まで湧きおこっている。
なぜか見ていたくなくて視線を外せば、ユリウス隊長とばちっと目が合った。彼は誰とも踊っていなかったのだ。彼の周りにだけ優美な世界観ができていて、誰も近付けないようだった。
見つめられて、俺は顔を背けて、無心で踊った。
内心、ユリウス隊長が女性を踊っていないことに安堵していた。
「やあやあ、君が来てくれるのを待ちかねていたぞ!! ロイス!!」
出くわすなり盛大にハグされて、俺は硬直した。
「あなた、ウェンダル伯爵がお困りよ」
「私の息子のような存在だと言っただろう」
「全くもう」
スレンダーなご婦人は、親身な様子で言う。
「今日はダンスを楽しみましょうね。若いレディもお招きしてますから、きっと素敵な時間になりますわ」
「ええ。そうさせて頂きます」
「……ジョシュア様も」
距離感のある言葉に関わらず、弟は笑顔で頷いた。
シド上官は見向きもせず「んはは」と笑って去っていき、婦人もそそくさと離れていく。
これまでの関係なんて無かったかのような対応だ。
弟は全く意に介していない様子で言う。
「僕はすみで休んでるから気にしないで」
「……うん。何曲か踊ったらすぐに戻る」
「ん」
会場内を見回せば、ミカエルの姿を上層部のグループの中に見つけた。
会話が行き詰まれば共通の議題――軍の拡張や予算について――などを軽く出し、均等に話を振っていく。上層部の面々は自論を熱く繰り広げていく。
上層部と懇意にしたい騎士も呼びこんで、若い意見もまじえて議論はさらに白熱していく。ミカエルはああして間を取り持って空気を作るのが得意なのだ。
しばらく社交界を休んでいたなんて思えないなと眺めていると、弟の声が聞こえてきた。笑顔で話している相手は学友たちのようだ。
弟のために早く帰った方がいいと思っていたけれど、学友と穏やかに話す姿は以前のパーティと変わりない。そうか、学友との絆はフェロモンとは無関係なのだ。屋敷を出て行っても弟はあんな風に過ごせて行けるのかもしれない――。
所在のなさを覚えて会場内をさまよっていると、果実と聖母の絵画が目に留まった。既視感を覚えて近づいてみる。
グレイの絵にどことなく似ている気がする……。
「見事な絵画だな」
声をかけてきたのはユリウス隊長だった。
職務以外の話をするのは久しぶりで、正装の優美な姿に胸がちいさく鳴った。
隊長は気遣わし気に言う。
「君の弟が、他の基地に配属されたと聞いた」
「……はい。自分で希望したそうです」
「家督を継ぐ者がいなくなったということか」
「いえ――」
「というと?」
「フェロモンが回復して状況に問題がなければ……継ぎたいと」
途端にユリウス隊長は薄く冷笑した。
「それは随分、小心者だな」
瞬間的に心にひびが入ったけれど、これまで気遣ってもらってきたので口をつぐんだ。
「君のためを想うのなら、身を引くのが正しい判断だ」
「俺は、正しいとは思いません」
「彼は君を守れる人間でないと判断したのだろう」
弟を肯定しているようで否定している言葉に、抵抗感が込み上げてくる。
「私は王都に戻らなければならない。家督を繋ぐものがいないなら、残念だが君の家は取り潰しになる」
「え?」
「いずれ君と王都に一緒に行きたいと行っただろう」
俺はぽかんとして瞬いていた。
何となく婿が来る前提で話していたけれど、そういえばそうではなかったのだ。
俺を囲う檻のように感じていた家は、簡単に消えてしまうものだったのだ。
そして今更だけれど、家を継ぐことへの責任を覚えていた。汗が出て、服が湿っていく。
このままだと祖父の功績や家名を俺の代で消してしまう――。
弟が出ていくのなら、婿を取らなければいけない?
いや、弟の一大事という時期に何を考えているのだろう。しかし家名も大事だ……。
そのとき楽曲隊がダンス曲を奏でて、来客たちがわぁ、と盛り上がった。
男女のペアが年齢に関係なくホールの中央へ踊り出ていく。
壁際を見れば、こちらに目配せしているご令嬢方がたくさんいた。
ほぼ全員参加の状況なので、踊らないといけないだろう。でも誰と……。
不意にユリウス隊長がダンスを眺めながら言った。
「外で踊らないか」
「え」
「……最初に踊るのは君が良い」
最初のダンスはパートナーや大事な人と踊るのが基本だ。
今誰かを選べば、意中の相手として意識していると伝えることになる。
ユリウス隊長が熱を帯びた眼差しを向けてくる。
「……人目のないところで」
今、ユリウス隊長の手を取れば、全ての重荷を投げ出して幸せになれるのだろう。
シトラスの香りは魅力的だった。
「――お誘いは、ありがたいですが」
二曲目に入り、俺は一曲目を踊り終えた女性に声をかけた。
これできちんと断った事になるのだろうか。結局保留にしてしまっているのではないか。
ステップを踏んでいき、ターンのタイミングで歓声が上がった。
注目されている先には、ミカエルとご令嬢がいた。ご令嬢がミカエルの腕の中で背中をしならせて鮮やかなポーズを決めている。周囲からは小さな拍手まで湧きおこっている。
なぜか見ていたくなくて視線を外せば、ユリウス隊長とばちっと目が合った。彼は誰とも踊っていなかったのだ。彼の周りにだけ優美な世界観ができていて、誰も近付けないようだった。
見つめられて、俺は顔を背けて、無心で踊った。
内心、ユリウス隊長が女性を踊っていないことに安堵していた。
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