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本編
告白 4
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「……。ご夕食になさいますか?」
気付くとノーマンが側に立っていた。
さっきの会話を聞いていたのか、控えめな様子だ。
「ああ……。頼む」
「かしこまりました」
返事を聞きがらふと思った。今の話を聞いていたにしては動じたところがない。
弟が相続を放棄すると言っているのに、この落ち着きようは何なのだろう。
昨夜のベッドの中でうやむやに消えていった違和感が再発してくる。
さらに脳内に響いてくるのは、弟のフェロモンが消えた翌朝のノーマンの話だ。
『ジョシュア様が家督を継ぎ、ロイス様がお支えになる。それが理想だったのでしょう』
『相続に条件をお付けになられたのは、より”ふさわしいアルファ”のお相手を婿に迎えられるようにお計らいなさったということ……』
『フェロモンが出なくなるような事態を予期されていらっしゃれば、それも条件に書き加えられたのではないでしょうか……』
先ほどの弟の話も脳内で駆け巡る。
『出自も不明だし、優秀さに意味はないよ。僕は跡継ぎとしてふさわしくない』
『兄さんを屈服させるのなら、それにふさわしいだけのアルファになる必要があった』
『兄さんには、僕よりもふさわしい人がいる』
『ますますふさわしくなくなっちゃうよ』
”ふさわしくない”という言葉はどうして弟に刻まれたのだろう。
『今日からこれの教育を任せる。剣技の指導は私が直接付ける』
『かしこまりました』
最後に思い出したのは、かつての祖父と執事のやりとりだ。
俺はノーマンを呼び止めた。
「ノーマン……。聞きたいことがある」
「何なりと」
「お前にジョシュアの教育を一任してきたのは、祖父と俺だが」
「はい」
「ジョシュアに、ふさわしいアルファになるようにと言ったことはあるか……?」
執事の体がピタリと不自然に止まった。
老いて白濁ぎみの目を向けてくる。
嫌な予感が込み上げてくる。そして今の質問の答えをもらっても不十分だ。
「質問を変える。……ふさわしくないと、言ったことはあるか」
当主としても兄としても許嫁としても、俺は話を聞かなければならなかった。
「――答えろ、ノーマン」
ノーマンは口を開いた。
「私は、末端ではありますが分家の出自でございます。庶民を迎えて次の当主にすえるなど、到底看過できる事態ではありません」
「は……?」
許容を越えて理解できなかったけれど、確かなショックだけは覚えて唇がわなないた。
「ジョシュアに言った、のか?」
「現状ではふさわしくないと。貴族に加わるからには、その血筋に並ぶほどの功績を積む必要があると、教育係として当然の指導をした次第でございます」
「子供のジョシュアに言ってきたと……?」
これは……裏切りだろうか、いや忠誠なのだろうか。
「必要な教育でございます」
表情の抜け落ちたノーマンの顔が見ていられず、俺は頭を振った。
先ほどの言葉を反芻して、徐々に理解していく。
「……功績なんてそんなもの」
「無茶でしょうか。成績を上げて昇進すれば良いのではないでしょうか」
この能面のような執事から、弟はずっと教育を受けていたのか。
「――しかし、フェロモンが出なくなってはすべて無意味なことです」
聞いた瞬間、思わずノーマンを睨みつけていた。
首席を保持しつづけてきた日々を、努力を何だと思っているのだろう。
「私は、屋敷をおいとましたほうがよろしいでしょうか」
「……」
すぐにでも追い出してしまったほうがいい、と思った。
しかし頭の中で早計だと騒ぐ感覚がある。
弟にとって、ノーマンは排除したい存在なのか――。
追い出すことで弟を守ることに本当に繋がるのか――。
弟は守ってほしいと思っているのか――。
弟の決意にヒビを入れることにはならないか……?
夕食のチーズとバジルの香りが漂ってくる。
ふと、心の中で濁った猜疑が浮かび上がった。
かつてはお家争いで毒を盛る家もあったという。
そこまでのことはしないと思うが、確認して反応を確かめるべきだ。
「お前はジョシュアの食事に、フェロモンが出なくなるような毒を盛ったか……?」
「貴族教育が、平民出のジョシュア様には毒だったのかもしれません」
猜疑は消えたが、憤りに転化されてかっと腹の中が燃え上がった。
「――治る。卒業式までに、ジョシュアなら治す」
「さようで。それでは私は夕食のご用意をいたします」
俺を屈服させてピッチングするような存在になるのなら、執事の否定の言葉も屈服しようとするだろう。
弟は受けて立とうとしているはずだ。
***
9/12幕完結です。
読んで下さりありがとうございます……!
お気に入りや感想で応援してくれると嬉しいです!
執筆のモチベーションになります!
よろしくお願いします!
気付くとノーマンが側に立っていた。
さっきの会話を聞いていたのか、控えめな様子だ。
「ああ……。頼む」
「かしこまりました」
返事を聞きがらふと思った。今の話を聞いていたにしては動じたところがない。
弟が相続を放棄すると言っているのに、この落ち着きようは何なのだろう。
昨夜のベッドの中でうやむやに消えていった違和感が再発してくる。
さらに脳内に響いてくるのは、弟のフェロモンが消えた翌朝のノーマンの話だ。
『ジョシュア様が家督を継ぎ、ロイス様がお支えになる。それが理想だったのでしょう』
『相続に条件をお付けになられたのは、より”ふさわしいアルファ”のお相手を婿に迎えられるようにお計らいなさったということ……』
『フェロモンが出なくなるような事態を予期されていらっしゃれば、それも条件に書き加えられたのではないでしょうか……』
先ほどの弟の話も脳内で駆け巡る。
『出自も不明だし、優秀さに意味はないよ。僕は跡継ぎとしてふさわしくない』
『兄さんを屈服させるのなら、それにふさわしいだけのアルファになる必要があった』
『兄さんには、僕よりもふさわしい人がいる』
『ますますふさわしくなくなっちゃうよ』
”ふさわしくない”という言葉はどうして弟に刻まれたのだろう。
『今日からこれの教育を任せる。剣技の指導は私が直接付ける』
『かしこまりました』
最後に思い出したのは、かつての祖父と執事のやりとりだ。
俺はノーマンを呼び止めた。
「ノーマン……。聞きたいことがある」
「何なりと」
「お前にジョシュアの教育を一任してきたのは、祖父と俺だが」
「はい」
「ジョシュアに、ふさわしいアルファになるようにと言ったことはあるか……?」
執事の体がピタリと不自然に止まった。
老いて白濁ぎみの目を向けてくる。
嫌な予感が込み上げてくる。そして今の質問の答えをもらっても不十分だ。
「質問を変える。……ふさわしくないと、言ったことはあるか」
当主としても兄としても許嫁としても、俺は話を聞かなければならなかった。
「――答えろ、ノーマン」
ノーマンは口を開いた。
「私は、末端ではありますが分家の出自でございます。庶民を迎えて次の当主にすえるなど、到底看過できる事態ではありません」
「は……?」
許容を越えて理解できなかったけれど、確かなショックだけは覚えて唇がわなないた。
「ジョシュアに言った、のか?」
「現状ではふさわしくないと。貴族に加わるからには、その血筋に並ぶほどの功績を積む必要があると、教育係として当然の指導をした次第でございます」
「子供のジョシュアに言ってきたと……?」
これは……裏切りだろうか、いや忠誠なのだろうか。
「必要な教育でございます」
表情の抜け落ちたノーマンの顔が見ていられず、俺は頭を振った。
先ほどの言葉を反芻して、徐々に理解していく。
「……功績なんてそんなもの」
「無茶でしょうか。成績を上げて昇進すれば良いのではないでしょうか」
この能面のような執事から、弟はずっと教育を受けていたのか。
「――しかし、フェロモンが出なくなってはすべて無意味なことです」
聞いた瞬間、思わずノーマンを睨みつけていた。
首席を保持しつづけてきた日々を、努力を何だと思っているのだろう。
「私は、屋敷をおいとましたほうがよろしいでしょうか」
「……」
すぐにでも追い出してしまったほうがいい、と思った。
しかし頭の中で早計だと騒ぐ感覚がある。
弟にとって、ノーマンは排除したい存在なのか――。
追い出すことで弟を守ることに本当に繋がるのか――。
弟は守ってほしいと思っているのか――。
弟の決意にヒビを入れることにはならないか……?
夕食のチーズとバジルの香りが漂ってくる。
ふと、心の中で濁った猜疑が浮かび上がった。
かつてはお家争いで毒を盛る家もあったという。
そこまでのことはしないと思うが、確認して反応を確かめるべきだ。
「お前はジョシュアの食事に、フェロモンが出なくなるような毒を盛ったか……?」
「貴族教育が、平民出のジョシュア様には毒だったのかもしれません」
猜疑は消えたが、憤りに転化されてかっと腹の中が燃え上がった。
「――治る。卒業式までに、ジョシュアなら治す」
「さようで。それでは私は夕食のご用意をいたします」
俺を屈服させてピッチングするような存在になるのなら、執事の否定の言葉も屈服しようとするだろう。
弟は受けて立とうとしているはずだ。
***
9/12幕完結です。
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