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本編
告白 3
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帰宅すると、弟はリビングでコーヒーを飲みながら待っていた。
俺の様子を見ると複雑な顔をする。
「おかえり。マーキングは……慣れたみたいだね」
「……うん」
きっと俺は、グレイやミカエルとの香りの相性が良いのだろう。
マーキングの匂いが気になって、ローテーブルを挟んで向かいのソファに座った。
「今朝、話があるって言ってだろ? 聞かせてくれるか」
「うん……。遺言の指示についてなんだけど」
「ん?」
予想外の言葉で俺は混乱した。
好きという告白や、治療についての話だとばかり思っていた。
どうにか平静なふりをして話を待つと、弟は決意した様子で口を開いた。
「学校を卒業したら、僕が家督を継ぐことになってるよね」
「ああ」
「卒業はするつもりだけど、相続は辞退したいんだ」
「…………は?」
「この屋敷を出て、ここじゃない地域の基地へ行こうと考えてる」
俺は唖然とした。弟が自ら辞退するなんて、まるで考えていなかった。
せっかく相続の条件を守れるという段階に来ているのに、どうして。
「なんで……」
「このまま僕が当主になったら、この家は没落する」
「……没落なんて、おおげさな」
「僕が当主になれば、先代の名声も威光も全てが消えてしまう」
話についていけず、無意識に首を横に振っていた。
「……そんなことない。ジョシュアは優秀だ。名声も何も消えたりしない」
「僕には病気の疑いがあると噂されてるはずだ。出自も不明だし、優秀さに意味はないよ。僕は跡継ぎとしてふさわしくない」
ちがうと言ってあげたいけれど、話が突然すぎて頭が回らず、弟を助けてあげられる説明が浮かばない。
「元々ね、僕が当主を継ぐときには、兄さんをピッチングしたということにしようと思ってたんだ」
「……え」
「そうすれば兄さんがオメガだった事実も隠蔽できると考えた」
将来も結婚も考えてくれていたのだ。それならそうしたらいいのでは。
「俺……、ピッチングされたことにする……」
「だめだよ。今の僕がピッチングしたなんてことになったら、それこそ家と兄さんの名誉に傷がつく」
「っ名誉なんて」
「ピッチングはね、アルファがアルファに精を注いで、屈服させたときに起きるんだよ」
そこまでの情報は知らなくて、たじろいだ。
弟は指を組んで、遠い何かを見るように宙を睨む。
「この家の当主であり、騎士である兄さんを屈服させるのなら――それにふさわしいだけのアルファになる必要があった」
息を呑んだ。
そしてふと思う。俺が騎士学校にもどったのは四年以上前だ。それはいつから計画していたことなのだろうか……。
「……それ、いつから考えて」
「いつからかな……兄さんが騎士に憧れてるって気付いたときからかな」
だとすれば弟が十二歳のころだ。
そんなに小さなときから、そこまで考えていたのか。
そして改めて自覚する。
「ジョシュアのフェロモンが出なくなったのは……俺のせいなんだな」
俺が騎士に憧れていたから、弟はアルファの偽装とピッチングの計画を立てて、マーキングすることにしたのだ。そして抑制剤を乱用した。
「ちがうよ。騎士の夢を応援したのは僕のためでもあるんだ」
弟は弱った微笑を浮かべた。
「え?」
「兄さんを屋敷に閉じこめた状態で結婚しても、兄さんは僕じゃなく外の世界を見続けるんだろうなって分かってた。僕は兄さんの心の全部が欲しくて、一度夢を叶えてもらおうと思ったんだ。打算なんだよ」
「……」
「それに、単純にマーキングしたいっていう欲望もあった……ごめんね。可愛い弟のフリをしてきて」
打算というけれど、俺のことを想ってくれていると感じる。
それに欲望を抱かれていても、弟が相手なら嬉しい。
そしてここまでしてくれたのだから、その気持ちと献身に応えたい――。
「卒業したら、俺をピッチングしたことにすればいい。フェロモンがなくても、ジョシュアにはそれだけの力があるんだって周りに示せるはずだ」
「だめだよ。今の僕がピッチングすれば、兄さんを不幸にすることになる」
「不幸なんかじゃない」
弟は固く首を横に振る。
「周囲は僕に力があるとは思ってくれないよ。平民出身者を見下す材料は恰好の笑い話にされる。それに、兄さんの気持ちも知ってる。兄さんは……ミカエルさんに好意を持ってるでしょう」
「……え?」
「それにユリウス隊長のことも意識してる。運命の番なんだから当然だ」
「……いや、俺は」
たしかにふたりは格好いいと思うけれど、弟が好きだ。
「長年マーキングしてきたけれど、僕はふたりには敵わない。兄さんは僕の事を弟として見つづけてる」
確かに弟だとも思っている。
「……うん、やっぱり、僕は弟だ」
「あ」
弟として見ていないと否定すべきだったのに、タイミングを逃したのだと気付いた。
「兄さんに幸せになってほしいから、僕は家督を辞退して離れた基地で働く。この家の恥にならないように、貴族社会から逃げ出すことはしない」
「……」
「――兄さんには、僕よりもふさわしい人がいる」
弟は強調して言った。
このままでは屋敷を出て行ってしまう。
「……しばらく療養して、それからでも」
「ますますふさわしくなくなっちゃうよ」
苦笑いされて、俺は口をつぐんだ。
弟は瞳に泰然とした色を浮かべた。
「卒業まで、まだ三週間ある。それまでにフェロモンが回復すれば、周囲の評価は回復するかもしれない」
「……うん」
「無茶な治療はしないよ。マイルズ先生にも注意されたから」
「うん」
「卒業までに回復して、状況に問題がなければ……弟と思われていても家督を継ぎたい。兄さんの事を僕の手で幸せにしたい。今は無理でも、少しずつアルファとして意識してほしい……」
「うん……」
俺は泣きそうになって顔を伏せた。本当に俺の幸せを考えてくれているのだ。けれど気持ちがすれ違っている。
「いまは、兄さんが他のアルファにマーキングしてもらって騎士をつづけることも、応援してる」
「……ジョシュア、俺は……お前が好きだ。恋愛対象として」
「……ありがとう、兄さん」
弟がソファを立って、リビングを出ていく。
どうしたら屋敷に引き留められるだろうか。その手を掴めばいいのだろうか。
今グレイとのマーキングを止めたらどうなるのだろう。兄弟そろってフェロモン欠如だと噂されるのだろうか。
弟は、どういう気持ちでマーキングを応援してくれているのだろう。
俺の様子を見ると複雑な顔をする。
「おかえり。マーキングは……慣れたみたいだね」
「……うん」
きっと俺は、グレイやミカエルとの香りの相性が良いのだろう。
マーキングの匂いが気になって、ローテーブルを挟んで向かいのソファに座った。
「今朝、話があるって言ってだろ? 聞かせてくれるか」
「うん……。遺言の指示についてなんだけど」
「ん?」
予想外の言葉で俺は混乱した。
好きという告白や、治療についての話だとばかり思っていた。
どうにか平静なふりをして話を待つと、弟は決意した様子で口を開いた。
「学校を卒業したら、僕が家督を継ぐことになってるよね」
「ああ」
「卒業はするつもりだけど、相続は辞退したいんだ」
「…………は?」
「この屋敷を出て、ここじゃない地域の基地へ行こうと考えてる」
俺は唖然とした。弟が自ら辞退するなんて、まるで考えていなかった。
せっかく相続の条件を守れるという段階に来ているのに、どうして。
「なんで……」
「このまま僕が当主になったら、この家は没落する」
「……没落なんて、おおげさな」
「僕が当主になれば、先代の名声も威光も全てが消えてしまう」
話についていけず、無意識に首を横に振っていた。
「……そんなことない。ジョシュアは優秀だ。名声も何も消えたりしない」
「僕には病気の疑いがあると噂されてるはずだ。出自も不明だし、優秀さに意味はないよ。僕は跡継ぎとしてふさわしくない」
ちがうと言ってあげたいけれど、話が突然すぎて頭が回らず、弟を助けてあげられる説明が浮かばない。
「元々ね、僕が当主を継ぐときには、兄さんをピッチングしたということにしようと思ってたんだ」
「……え」
「そうすれば兄さんがオメガだった事実も隠蔽できると考えた」
将来も結婚も考えてくれていたのだ。それならそうしたらいいのでは。
「俺……、ピッチングされたことにする……」
「だめだよ。今の僕がピッチングしたなんてことになったら、それこそ家と兄さんの名誉に傷がつく」
「っ名誉なんて」
「ピッチングはね、アルファがアルファに精を注いで、屈服させたときに起きるんだよ」
そこまでの情報は知らなくて、たじろいだ。
弟は指を組んで、遠い何かを見るように宙を睨む。
「この家の当主であり、騎士である兄さんを屈服させるのなら――それにふさわしいだけのアルファになる必要があった」
息を呑んだ。
そしてふと思う。俺が騎士学校にもどったのは四年以上前だ。それはいつから計画していたことなのだろうか……。
「……それ、いつから考えて」
「いつからかな……兄さんが騎士に憧れてるって気付いたときからかな」
だとすれば弟が十二歳のころだ。
そんなに小さなときから、そこまで考えていたのか。
そして改めて自覚する。
「ジョシュアのフェロモンが出なくなったのは……俺のせいなんだな」
俺が騎士に憧れていたから、弟はアルファの偽装とピッチングの計画を立てて、マーキングすることにしたのだ。そして抑制剤を乱用した。
「ちがうよ。騎士の夢を応援したのは僕のためでもあるんだ」
弟は弱った微笑を浮かべた。
「え?」
「兄さんを屋敷に閉じこめた状態で結婚しても、兄さんは僕じゃなく外の世界を見続けるんだろうなって分かってた。僕は兄さんの心の全部が欲しくて、一度夢を叶えてもらおうと思ったんだ。打算なんだよ」
「……」
「それに、単純にマーキングしたいっていう欲望もあった……ごめんね。可愛い弟のフリをしてきて」
打算というけれど、俺のことを想ってくれていると感じる。
それに欲望を抱かれていても、弟が相手なら嬉しい。
そしてここまでしてくれたのだから、その気持ちと献身に応えたい――。
「卒業したら、俺をピッチングしたことにすればいい。フェロモンがなくても、ジョシュアにはそれだけの力があるんだって周りに示せるはずだ」
「だめだよ。今の僕がピッチングすれば、兄さんを不幸にすることになる」
「不幸なんかじゃない」
弟は固く首を横に振る。
「周囲は僕に力があるとは思ってくれないよ。平民出身者を見下す材料は恰好の笑い話にされる。それに、兄さんの気持ちも知ってる。兄さんは……ミカエルさんに好意を持ってるでしょう」
「……え?」
「それにユリウス隊長のことも意識してる。運命の番なんだから当然だ」
「……いや、俺は」
たしかにふたりは格好いいと思うけれど、弟が好きだ。
「長年マーキングしてきたけれど、僕はふたりには敵わない。兄さんは僕の事を弟として見つづけてる」
確かに弟だとも思っている。
「……うん、やっぱり、僕は弟だ」
「あ」
弟として見ていないと否定すべきだったのに、タイミングを逃したのだと気付いた。
「兄さんに幸せになってほしいから、僕は家督を辞退して離れた基地で働く。この家の恥にならないように、貴族社会から逃げ出すことはしない」
「……」
「――兄さんには、僕よりもふさわしい人がいる」
弟は強調して言った。
このままでは屋敷を出て行ってしまう。
「……しばらく療養して、それからでも」
「ますますふさわしくなくなっちゃうよ」
苦笑いされて、俺は口をつぐんだ。
弟は瞳に泰然とした色を浮かべた。
「卒業まで、まだ三週間ある。それまでにフェロモンが回復すれば、周囲の評価は回復するかもしれない」
「……うん」
「無茶な治療はしないよ。マイルズ先生にも注意されたから」
「うん」
「卒業までに回復して、状況に問題がなければ……弟と思われていても家督を継ぎたい。兄さんの事を僕の手で幸せにしたい。今は無理でも、少しずつアルファとして意識してほしい……」
「うん……」
俺は泣きそうになって顔を伏せた。本当に俺の幸せを考えてくれているのだ。けれど気持ちがすれ違っている。
「いまは、兄さんが他のアルファにマーキングしてもらって騎士をつづけることも、応援してる」
「……ジョシュア、俺は……お前が好きだ。恋愛対象として」
「……ありがとう、兄さん」
弟がソファを立って、リビングを出ていく。
どうしたら屋敷に引き留められるだろうか。その手を掴めばいいのだろうか。
今グレイとのマーキングを止めたらどうなるのだろう。兄弟そろってフェロモン欠如だと噂されるのだろうか。
弟は、どういう気持ちでマーキングを応援してくれているのだろう。
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