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本編
捜査 4
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屋敷の扉を開けば、玄関ホールの時計は夜九時前を指している。
そして弟のことを思い出した。今日学校を休むと言っていたけれどどうしているだろう。
奥から現れたのは執事のノーマンだ。
「おかえりなさいませ、ロイス様」
「ただいま……。ジョシュアの様子は?」
「休んでおいでです」
顔を見に行きたいけれど、ミカエルの告白で混乱している今はやめたほうがいいかもしれない。
「ご夕食になさいますか?」
「うん……、頼む」
しかしミカエルの告白が頭から離れず、夕食も中々口に入らない。
弟の顔が見たい。おやすみの挨拶くらいならしてもいいだろう。
夕食を済ませてから、俺は弟のいる客間へ向かい、ひかえめにノックしてみた。
「ジョシュア……?」
返事がないと思っていると、ガタッと何かが落ちる音がした。
何だか不穏な直感が走って、「開けるぞ」と呼びかけてドアを開く。
そして俺は目を見張った。
弟は、ベッドの上でシーツを握りしめてうずくまっていた。
異常なのはベッドに散らばった錠剤だ。
「ジョシュア!」
「来ないで、兄さん……!」
切羽詰まった声で言われ、距離を保ったまま足を止める。
弟の息は異様に荒く、部屋には熱気がこもっており、シーツはしわくちゃに乱れきっている。
「お前、何をして――」
「っ……治療だよ」
「治療って……」
「ラット誘発剤をっ、飲んでるだけ……」
勝手に薬を買って飲んだのだ、と気付いた。
今日学校を休んだのも、治療するためだったのだ。
衝撃の状況に俺は唖然としていた。
「こんな……こんなことしなくていい」
「ダメだ、これくらいしないと……」
「大丈夫だ、こんなことしなくてもちゃんと治るから……」
「そうだよ、ちゃんと治す……っ、治すためにやってるんだよ、兄さん」
「ちがう、こんな無茶してたら治るものも治らない!」
「のんびりしてる余裕なんてない……!」
剣幕に圧されて、体が震えた。
「……ごめんね。でも、早く治したいんだ」
「っジョシュア」
弟はぐ、と唸った。
「早く出てって……っ兄さんに、酷い事をしそうだから」
「え」
「フェロモンが出てないから分からないだろうけど、ラットなんだよ……?」
「あ……」
そうだ、本格的なラット状態のアルファは見境がなくなると聞いている。
薬の量にしてもグレイの時とは比較にならないくらい飲んだのではないか。
こんなことしている場合じゃなく、主治医のマイルズ先生を呼んで診てもらったほうがいい。
「あ……ま、マイルズ先生を」
「呼ばなくて、いい……!」
「っでも」
「自業自得なんだ……! 兄さんにマーキングを続けたくてっ、そのせいで」
「え?」
弟はシーツをきつく握りながら俺に視線を向けた。
「っごめんね」
「――どういうことだ」
「可愛い弟のフリをしようとしてた」
「え」
「四年以上、ラットの”抑制剤”を飲んでたんだっ……その副作用だ、フェロモンが出なくなったのは」
「……なんだって?」
「兄さんにマーキングするとき、我慢するために……っ」
俺は驚愕していた。これまでマーキングのとき艶めいた気配が一切なかった理由は、抑制剤を飲んで我慢していたからなのか。
「がまんなんてしなくても……」
ぽろりと口に出ていた。俺の本心の言葉だった。
「っ……優しいね、兄さんは」
「ほ、本当にそう思ってる」
「っ兄さんは、何でも許してくれるし、甘やかしてくれる……でも僕は……」
弟の目から涙が溢れていく。
「……っ兄さん、好きだ」
兄弟愛じゃなくて、恋の告白だ。
哀れな告白だったけれど、しかし俺は奇妙な喜びに包まれていた。
「……あ、俺、も」
俺は、恋の対象として意識されていたのだ。
意識されないと諦めていたけれど、そうじゃなかった。
ユリウス隊長やミカエルに告白された時には動揺したけれど、弟の告白はただ嬉しくて、ずっと待っていたような気さえする。
好きと言ってもらえた。――両想いだったのだ。
けれど、弟はかぶりを振った。
「兄さんは、優しいから……」
「ほ、本心で」
「襲いたくないんだ、お願いだから……!」
「あ……」
呆然としていると、執事が毛布を持ってきて俺の肩にかけてくれた。部屋の外に出るように促されて退室する。
両想いのはずなのに言葉が届かない。どうしてだろう。あんなに苦しんでいるのに助けてあげられない。がまんなんてしなくったっていいのに、伝わらない。
そして、俺にマーキングするために抑制剤を乱用していたということは、つまり、俺のせいで体をこわしたということか……?
――俺が弟の体をつぶしてしまったのか。
「――おいたわしい。お休みください、ロイス様」
「え」
執事のノーマンは嘆かわしそうな様子だ。
「ジョシュア様のことはお任せください。私がマイルズ先生をお呼びしておきます」
「……ああ」
その様子を見ながら、俺はわずかな違和感を覚えた。
あの惨状を見たにしてはあまりにも取り乱したところがない。
けれど寝室に促されてしまい、違和感はうやむやに消えていった。
俺は混乱と罪悪感に苛まれながらベッドの中で丸まった。
***
8/12幕完結です。
読んで下さりありがとうございます……!
お気に入りや感想で応援してくれると嬉しいです!
執筆のモチベーションになります!
よろしくお願いします!
そして弟のことを思い出した。今日学校を休むと言っていたけれどどうしているだろう。
奥から現れたのは執事のノーマンだ。
「おかえりなさいませ、ロイス様」
「ただいま……。ジョシュアの様子は?」
「休んでおいでです」
顔を見に行きたいけれど、ミカエルの告白で混乱している今はやめたほうがいいかもしれない。
「ご夕食になさいますか?」
「うん……、頼む」
しかしミカエルの告白が頭から離れず、夕食も中々口に入らない。
弟の顔が見たい。おやすみの挨拶くらいならしてもいいだろう。
夕食を済ませてから、俺は弟のいる客間へ向かい、ひかえめにノックしてみた。
「ジョシュア……?」
返事がないと思っていると、ガタッと何かが落ちる音がした。
何だか不穏な直感が走って、「開けるぞ」と呼びかけてドアを開く。
そして俺は目を見張った。
弟は、ベッドの上でシーツを握りしめてうずくまっていた。
異常なのはベッドに散らばった錠剤だ。
「ジョシュア!」
「来ないで、兄さん……!」
切羽詰まった声で言われ、距離を保ったまま足を止める。
弟の息は異様に荒く、部屋には熱気がこもっており、シーツはしわくちゃに乱れきっている。
「お前、何をして――」
「っ……治療だよ」
「治療って……」
「ラット誘発剤をっ、飲んでるだけ……」
勝手に薬を買って飲んだのだ、と気付いた。
今日学校を休んだのも、治療するためだったのだ。
衝撃の状況に俺は唖然としていた。
「こんな……こんなことしなくていい」
「ダメだ、これくらいしないと……」
「大丈夫だ、こんなことしなくてもちゃんと治るから……」
「そうだよ、ちゃんと治す……っ、治すためにやってるんだよ、兄さん」
「ちがう、こんな無茶してたら治るものも治らない!」
「のんびりしてる余裕なんてない……!」
剣幕に圧されて、体が震えた。
「……ごめんね。でも、早く治したいんだ」
「っジョシュア」
弟はぐ、と唸った。
「早く出てって……っ兄さんに、酷い事をしそうだから」
「え」
「フェロモンが出てないから分からないだろうけど、ラットなんだよ……?」
「あ……」
そうだ、本格的なラット状態のアルファは見境がなくなると聞いている。
薬の量にしてもグレイの時とは比較にならないくらい飲んだのではないか。
こんなことしている場合じゃなく、主治医のマイルズ先生を呼んで診てもらったほうがいい。
「あ……ま、マイルズ先生を」
「呼ばなくて、いい……!」
「っでも」
「自業自得なんだ……! 兄さんにマーキングを続けたくてっ、そのせいで」
「え?」
弟はシーツをきつく握りながら俺に視線を向けた。
「っごめんね」
「――どういうことだ」
「可愛い弟のフリをしようとしてた」
「え」
「四年以上、ラットの”抑制剤”を飲んでたんだっ……その副作用だ、フェロモンが出なくなったのは」
「……なんだって?」
「兄さんにマーキングするとき、我慢するために……っ」
俺は驚愕していた。これまでマーキングのとき艶めいた気配が一切なかった理由は、抑制剤を飲んで我慢していたからなのか。
「がまんなんてしなくても……」
ぽろりと口に出ていた。俺の本心の言葉だった。
「っ……優しいね、兄さんは」
「ほ、本当にそう思ってる」
「っ兄さんは、何でも許してくれるし、甘やかしてくれる……でも僕は……」
弟の目から涙が溢れていく。
「……っ兄さん、好きだ」
兄弟愛じゃなくて、恋の告白だ。
哀れな告白だったけれど、しかし俺は奇妙な喜びに包まれていた。
「……あ、俺、も」
俺は、恋の対象として意識されていたのだ。
意識されないと諦めていたけれど、そうじゃなかった。
ユリウス隊長やミカエルに告白された時には動揺したけれど、弟の告白はただ嬉しくて、ずっと待っていたような気さえする。
好きと言ってもらえた。――両想いだったのだ。
けれど、弟はかぶりを振った。
「兄さんは、優しいから……」
「ほ、本心で」
「襲いたくないんだ、お願いだから……!」
「あ……」
呆然としていると、執事が毛布を持ってきて俺の肩にかけてくれた。部屋の外に出るように促されて退室する。
両想いのはずなのに言葉が届かない。どうしてだろう。あんなに苦しんでいるのに助けてあげられない。がまんなんてしなくったっていいのに、伝わらない。
そして、俺にマーキングするために抑制剤を乱用していたということは、つまり、俺のせいで体をこわしたということか……?
――俺が弟の体をつぶしてしまったのか。
「――おいたわしい。お休みください、ロイス様」
「え」
執事のノーマンは嘆かわしそうな様子だ。
「ジョシュア様のことはお任せください。私がマイルズ先生をお呼びしておきます」
「……ああ」
その様子を見ながら、俺はわずかな違和感を覚えた。
あの惨状を見たにしてはあまりにも取り乱したところがない。
けれど寝室に促されてしまい、違和感はうやむやに消えていった。
俺は混乱と罪悪感に苛まれながらベッドの中で丸まった。
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8/12幕完結です。
読んで下さりありがとうございます……!
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