【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

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本編

捜査 3

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 気まずい雰囲気で警備を終えたとき、集合地点でユリウス隊長が見透かすように目を細めた。
 すれ違い際にミカエルに問う。

「今日もロイスを連れて行くのか?」
「……当たり前だろーが」

 隊長はフ、と嫌悪まじりに嘲笑する。
 彼はどこまで事態を見抜いているのだろう。
 昨夜の痴態や恐怖した姿も知られているような気がして、俺は顔を隠した。
 
 着替えて今日もマーキングのために馬車に乗り込む。
 そのときメモをもらっていたことを思い出して、迷いつつポケットから取り出した。

「ミカエル。昨日メモをもらったんだが……多分グレイから」
「え。――知らねえ住所だ。ロイスのこと連れ込む気まんまんじゃねえの」

 メモを睨む横顔からは、昨日に似た雰囲気が滲みだしている。
 これでは昨日の二の舞になってしまうのでは――。
 しかしひとりで知らない場所へ行くのも不安で、さらにミカエルを引き留める説明も思い浮かばない。

 馬車で近くの大通りまで行くと、俺たちは裏路地へ踏み入った。
 ミカエルは先を歩いていく。
 メッセージには”内緒で来て”と書き添えてあったけれど……。
 俺は焦りにかられて声をかけた。

「ミカエル」
「ん?」
「内緒で来て欲しいと書いてあったが、ふたりで行って大丈夫だろうか」
「……」
「もし、グレイに拒まれたら」

 今後マーキングをしてもらえなくなるかもしれない。
 ミカエルはもどかしそうに首をかいた。

「要件を聞いてからだ」





「――うげ、ミカエルの旦那も来たのかよ」

 ドアを開けた先にはグレイがいて、懲りねえなあ、とぼやいている。
 俺は、グレイの背後に広がる光景に驚いていた。
 そこには女神の誕生や神々の裁判を描いた、荘厳な絵画が並んでいた。
 さらに細々した絵具や筆などの道具が箱に詰めておいてある。

「これは……」
「俺のアトリエ。前のとこが手狭になってたから新しく広いとこ借りたの」
「画家なのか?」
「まだまだ売れてないけどねえ」

 そうは言うけれど十分にすごい迫力だ。
 一際大きな絵を眺めていると、ミカエルが警戒した様子で言った。

「こっそり呼び出すなんてどういうつもりだ、グレイ?」
「監視されてんのがイヤだったからだけどぉ? 薬もしんどいし」
「金はどうすんだよ。俺が雇い主だろうが」
「監視と薬なしでセックスアリなら三割でいいよ」
「え」

 三割という魅力的な言葉に俺は狼狽えた。
 それなら継続的に自分でも払えそうだ。しかしセックスありは困る。
 グレイはニンマリとした笑みを向けてくる。

「まどろっこしいことしてねえでさあ、抱いた方が早いでしょ」
「それは……」
「欲情してたじゃん? 抱かれたことないわけじゃねえだろ?」
「…………ないが」

 途端にグレイが目を丸くし、俺は猛烈に居たたまれなくなった。
 社交界のみんなも性に開放的なのに、俺はそういうことを避けてきた。

「旦那、一回も手え出したこと無いの」

 ミカエルが顔をしかめる。

「関係ねえだろ」
「マジ!? つか告白もまだ!?」
「黙れ。さっさとマーキングしろ。薬が嫌なら運動して汗かけ」
「汗だくになるまで運動とかヤダよ」

 俺は話の流れを聞きながら、誤解を修正した。

「ミカエルは親友で、手を出すとかの仲じゃ……」

 グレイは呆れたように笑う。

「巻き込まれんの面倒だから言うけどさぁ、お前死ぬほど惚れられてるぜ」
「……え?」
「あんな人殺しみたいな顔で見られながらマーキングしたくねえし。どうにかしてよ」

 瞬きつつミカエルを見れば、顔を徐々に逸らしていく。

「ミカエル……?」
「……」

 ミカエルの横顔からはなぜか汗が薄っすらと滲みだしていて、まるで真実と言っているようだった。
 死ぬほど惚れられている? あれほど親友だと言ってくれたのに?
 不意にこれまでの記憶が駆け巡る。
 剣の稽古でも手加減されなかった。――いや、ユリウス隊長との戦いがミカエルの本気だ。
 いつもミカエルは俺を優先してくれて。マーキングしてくれた時は恋人のような雰囲気で。
 そしてマーキングしてくれた朝、ミカエルがやけに幸せそうな顔をしていたことを思い出した。

「で、俺のフェロモンは必要なんだよなぁ。三人でマーキングする?」

 一旦席を外すなんて気づかいはなく、グレイは服をポイポイと脱いでいく。

「早くしろって」

 俺も服を脱いで、上半身裸でひと続きになっている奥のベッドルームへ向かった。
 ベッドからもアトリエの様子が広く見える。

「旦那はどうすんのー?」

 グレイが声を上げると、ミカエルは顔を背けたまま首を横に振る。

「後悔しても知らねえぜー?」
「……薬飲め、グレイ」
「ヘーイヘイ」

 グレイが不承不承というように薬を飲む。
 俺は正面から抱き合い、ベッドに横になった。
 そしてグレイの息が荒くなってきた頃だった。
 なぜかミカエルが服を脱ぎだし、逞しい上半身をあらわにした。

「……ロイス」
「え?」
「俺もお前にマーキングしたい」
「え」どういう目的で、と聞くにきけない。
「俺の匂いも混ぜていいか」

 答える前に、背中から狂おしいように抱きしめられていた。

「ずっと黙ってたんだ」
「……」何を? と聞くにきけない。
「――好きだ」

 混乱の最中に、グレイが腰を押しつけてくる。

「ヤっちまう?」
「――ヤらねえ」

 俺はパニック状態のまま、二人にサンドイッチされてベッドに横になっていた。
 一時間してからミカエルと正面合わせになり、好きだと訴えるようにきつく抱きしめられた。


 馬車に乗って帰宅する途中、不意に手を重ねて握られた。
 ミカエルは切実な様子だった。

「……明日もお前にマーキングしたい」

 明日もグレイの元へマーキングに行くことになる。それにミカエルの匂いは元々近い存在だったし、多少混ざっても大丈夫かもしれない……。
 いや、そういうことじゃない。好きだと言われたけれどどうしたらいいのだろうか。

「あの……俺は」
「告白の返事は今じゃなくていい」

 甘い言葉に流されて、俺は頷いた。
 告白を断って、もしミカエルが遠くにいってしまったらいやだ。
 かといって付き合うなんて考えたこともないし、気持ちの処理が追いつかない。


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