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本編
捜査 3
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気まずい雰囲気で警備を終えたとき、集合地点でユリウス隊長が見透かすように目を細めた。
すれ違い際にミカエルに問う。
「今日もロイスを連れて行くのか?」
「……当たり前だろーが」
隊長はフ、と嫌悪まじりに嘲笑する。
彼はどこまで事態を見抜いているのだろう。
昨夜の痴態や恐怖した姿も知られているような気がして、俺は顔を隠した。
着替えて今日もマーキングのために馬車に乗り込む。
そのときメモをもらっていたことを思い出して、迷いつつポケットから取り出した。
「ミカエル。昨日メモをもらったんだが……多分グレイから」
「え。――知らねえ住所だ。ロイスのこと連れ込む気まんまんじゃねえの」
メモを睨む横顔からは、昨日に似た雰囲気が滲みだしている。
これでは昨日の二の舞になってしまうのでは――。
しかしひとりで知らない場所へ行くのも不安で、さらにミカエルを引き留める説明も思い浮かばない。
馬車で近くの大通りまで行くと、俺たちは裏路地へ踏み入った。
ミカエルは先を歩いていく。
メッセージには”内緒で来て”と書き添えてあったけれど……。
俺は焦りにかられて声をかけた。
「ミカエル」
「ん?」
「内緒で来て欲しいと書いてあったが、ふたりで行って大丈夫だろうか」
「……」
「もし、グレイに拒まれたら」
今後マーキングをしてもらえなくなるかもしれない。
ミカエルはもどかしそうに首をかいた。
「要件を聞いてからだ」
*
「――うげ、ミカエルの旦那も来たのかよ」
ドアを開けた先にはグレイがいて、懲りねえなあ、とぼやいている。
俺は、グレイの背後に広がる光景に驚いていた。
そこには女神の誕生や神々の裁判を描いた、荘厳な絵画が並んでいた。
さらに細々した絵具や筆などの道具が箱に詰めておいてある。
「これは……」
「俺のアトリエ。前のとこが手狭になってたから新しく広いとこ借りたの」
「画家なのか?」
「まだまだ売れてないけどねえ」
そうは言うけれど十分にすごい迫力だ。
一際大きな絵を眺めていると、ミカエルが警戒した様子で言った。
「こっそり呼び出すなんてどういうつもりだ、グレイ?」
「監視されてんのがイヤだったからだけどぉ? 薬もしんどいし」
「金はどうすんだよ。俺が雇い主だろうが」
「監視と薬なしでセックスアリなら三割でいいよ」
「え」
三割という魅力的な言葉に俺は狼狽えた。
それなら継続的に自分でも払えそうだ。しかしセックスありは困る。
グレイはニンマリとした笑みを向けてくる。
「まどろっこしいことしてねえでさあ、抱いた方が早いでしょ」
「それは……」
「欲情してたじゃん? 抱かれたことないわけじゃねえだろ?」
「…………ないが」
途端にグレイが目を丸くし、俺は猛烈に居たたまれなくなった。
社交界のみんなも性に開放的なのに、俺はそういうことを避けてきた。
「旦那、一回も手え出したこと無いの」
ミカエルが顔をしかめる。
「関係ねえだろ」
「マジ!? つか告白もまだ!?」
「黙れ。さっさとマーキングしろ。薬が嫌なら運動して汗かけ」
「汗だくになるまで運動とかヤダよ」
俺は話の流れを聞きながら、誤解を修正した。
「ミカエルは親友で、手を出すとかの仲じゃ……」
グレイは呆れたように笑う。
「巻き込まれんの面倒だから言うけどさぁ、お前死ぬほど惚れられてるぜ」
「……え?」
「あんな人殺しみたいな顔で見られながらマーキングしたくねえし。どうにかしてよ」
瞬きつつミカエルを見れば、顔を徐々に逸らしていく。
「ミカエル……?」
「……」
ミカエルの横顔からはなぜか汗が薄っすらと滲みだしていて、まるで真実と言っているようだった。
死ぬほど惚れられている? あれほど親友だと言ってくれたのに?
不意にこれまでの記憶が駆け巡る。
剣の稽古でも手加減されなかった。――いや、ユリウス隊長との戦いがミカエルの本気だ。
いつもミカエルは俺を優先してくれて。マーキングしてくれた時は恋人のような雰囲気で。
そしてマーキングしてくれた朝、ミカエルがやけに幸せそうな顔をしていたことを思い出した。
「で、俺のフェロモンは必要なんだよなぁ。三人でマーキングする?」
一旦席を外すなんて気づかいはなく、グレイは服をポイポイと脱いでいく。
「早くしろって」
俺も服を脱いで、上半身裸でひと続きになっている奥のベッドルームへ向かった。
ベッドからもアトリエの様子が広く見える。
「旦那はどうすんのー?」
グレイが声を上げると、ミカエルは顔を背けたまま首を横に振る。
「後悔しても知らねえぜー?」
「……薬飲め、グレイ」
「ヘーイヘイ」
グレイが不承不承というように薬を飲む。
俺は正面から抱き合い、ベッドに横になった。
そしてグレイの息が荒くなってきた頃だった。
なぜかミカエルが服を脱ぎだし、逞しい上半身をあらわにした。
「……ロイス」
「え?」
「俺もお前にマーキングしたい」
「え」どういう目的で、と聞くにきけない。
「俺の匂いも混ぜていいか」
答える前に、背中から狂おしいように抱きしめられていた。
「ずっと黙ってたんだ」
「……」何を? と聞くにきけない。
「――好きだ」
混乱の最中に、グレイが腰を押しつけてくる。
「ヤっちまう?」
「――ヤらねえ」
俺はパニック状態のまま、二人にサンドイッチされてベッドに横になっていた。
一時間してからミカエルと正面合わせになり、好きだと訴えるようにきつく抱きしめられた。
馬車に乗って帰宅する途中、不意に手を重ねて握られた。
ミカエルは切実な様子だった。
「……明日もお前にマーキングしたい」
明日もグレイの元へマーキングに行くことになる。それにミカエルの匂いは元々近い存在だったし、多少混ざっても大丈夫かもしれない……。
いや、そういうことじゃない。好きだと言われたけれどどうしたらいいのだろうか。
「あの……俺は」
「告白の返事は今じゃなくていい」
甘い言葉に流されて、俺は頷いた。
告白を断って、もしミカエルが遠くにいってしまったらいやだ。
かといって付き合うなんて考えたこともないし、気持ちの処理が追いつかない。
すれ違い際にミカエルに問う。
「今日もロイスを連れて行くのか?」
「……当たり前だろーが」
隊長はフ、と嫌悪まじりに嘲笑する。
彼はどこまで事態を見抜いているのだろう。
昨夜の痴態や恐怖した姿も知られているような気がして、俺は顔を隠した。
着替えて今日もマーキングのために馬車に乗り込む。
そのときメモをもらっていたことを思い出して、迷いつつポケットから取り出した。
「ミカエル。昨日メモをもらったんだが……多分グレイから」
「え。――知らねえ住所だ。ロイスのこと連れ込む気まんまんじゃねえの」
メモを睨む横顔からは、昨日に似た雰囲気が滲みだしている。
これでは昨日の二の舞になってしまうのでは――。
しかしひとりで知らない場所へ行くのも不安で、さらにミカエルを引き留める説明も思い浮かばない。
馬車で近くの大通りまで行くと、俺たちは裏路地へ踏み入った。
ミカエルは先を歩いていく。
メッセージには”内緒で来て”と書き添えてあったけれど……。
俺は焦りにかられて声をかけた。
「ミカエル」
「ん?」
「内緒で来て欲しいと書いてあったが、ふたりで行って大丈夫だろうか」
「……」
「もし、グレイに拒まれたら」
今後マーキングをしてもらえなくなるかもしれない。
ミカエルはもどかしそうに首をかいた。
「要件を聞いてからだ」
*
「――うげ、ミカエルの旦那も来たのかよ」
ドアを開けた先にはグレイがいて、懲りねえなあ、とぼやいている。
俺は、グレイの背後に広がる光景に驚いていた。
そこには女神の誕生や神々の裁判を描いた、荘厳な絵画が並んでいた。
さらに細々した絵具や筆などの道具が箱に詰めておいてある。
「これは……」
「俺のアトリエ。前のとこが手狭になってたから新しく広いとこ借りたの」
「画家なのか?」
「まだまだ売れてないけどねえ」
そうは言うけれど十分にすごい迫力だ。
一際大きな絵を眺めていると、ミカエルが警戒した様子で言った。
「こっそり呼び出すなんてどういうつもりだ、グレイ?」
「監視されてんのがイヤだったからだけどぉ? 薬もしんどいし」
「金はどうすんだよ。俺が雇い主だろうが」
「監視と薬なしでセックスアリなら三割でいいよ」
「え」
三割という魅力的な言葉に俺は狼狽えた。
それなら継続的に自分でも払えそうだ。しかしセックスありは困る。
グレイはニンマリとした笑みを向けてくる。
「まどろっこしいことしてねえでさあ、抱いた方が早いでしょ」
「それは……」
「欲情してたじゃん? 抱かれたことないわけじゃねえだろ?」
「…………ないが」
途端にグレイが目を丸くし、俺は猛烈に居たたまれなくなった。
社交界のみんなも性に開放的なのに、俺はそういうことを避けてきた。
「旦那、一回も手え出したこと無いの」
ミカエルが顔をしかめる。
「関係ねえだろ」
「マジ!? つか告白もまだ!?」
「黙れ。さっさとマーキングしろ。薬が嫌なら運動して汗かけ」
「汗だくになるまで運動とかヤダよ」
俺は話の流れを聞きながら、誤解を修正した。
「ミカエルは親友で、手を出すとかの仲じゃ……」
グレイは呆れたように笑う。
「巻き込まれんの面倒だから言うけどさぁ、お前死ぬほど惚れられてるぜ」
「……え?」
「あんな人殺しみたいな顔で見られながらマーキングしたくねえし。どうにかしてよ」
瞬きつつミカエルを見れば、顔を徐々に逸らしていく。
「ミカエル……?」
「……」
ミカエルの横顔からはなぜか汗が薄っすらと滲みだしていて、まるで真実と言っているようだった。
死ぬほど惚れられている? あれほど親友だと言ってくれたのに?
不意にこれまでの記憶が駆け巡る。
剣の稽古でも手加減されなかった。――いや、ユリウス隊長との戦いがミカエルの本気だ。
いつもミカエルは俺を優先してくれて。マーキングしてくれた時は恋人のような雰囲気で。
そしてマーキングしてくれた朝、ミカエルがやけに幸せそうな顔をしていたことを思い出した。
「で、俺のフェロモンは必要なんだよなぁ。三人でマーキングする?」
一旦席を外すなんて気づかいはなく、グレイは服をポイポイと脱いでいく。
「早くしろって」
俺も服を脱いで、上半身裸でひと続きになっている奥のベッドルームへ向かった。
ベッドからもアトリエの様子が広く見える。
「旦那はどうすんのー?」
グレイが声を上げると、ミカエルは顔を背けたまま首を横に振る。
「後悔しても知らねえぜー?」
「……薬飲め、グレイ」
「ヘーイヘイ」
グレイが不承不承というように薬を飲む。
俺は正面から抱き合い、ベッドに横になった。
そしてグレイの息が荒くなってきた頃だった。
なぜかミカエルが服を脱ぎだし、逞しい上半身をあらわにした。
「……ロイス」
「え?」
「俺もお前にマーキングしたい」
「え」どういう目的で、と聞くにきけない。
「俺の匂いも混ぜていいか」
答える前に、背中から狂おしいように抱きしめられていた。
「ずっと黙ってたんだ」
「……」何を? と聞くにきけない。
「――好きだ」
混乱の最中に、グレイが腰を押しつけてくる。
「ヤっちまう?」
「――ヤらねえ」
俺はパニック状態のまま、二人にサンドイッチされてベッドに横になっていた。
一時間してからミカエルと正面合わせになり、好きだと訴えるようにきつく抱きしめられた。
馬車に乗って帰宅する途中、不意に手を重ねて握られた。
ミカエルは切実な様子だった。
「……明日もお前にマーキングしたい」
明日もグレイの元へマーキングに行くことになる。それにミカエルの匂いは元々近い存在だったし、多少混ざっても大丈夫かもしれない……。
いや、そういうことじゃない。好きだと言われたけれどどうしたらいいのだろうか。
「あの……俺は」
「告白の返事は今じゃなくていい」
甘い言葉に流されて、俺は頷いた。
告白を断って、もしミカエルが遠くにいってしまったらいやだ。
かといって付き合うなんて考えたこともないし、気持ちの処理が追いつかない。
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