【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

文字の大きさ
上 下
43 / 86
本編

悪魔と警鐘 4

しおりを挟む
 馬車が停まって、昨日と同じようにマンションの階段を上る。
 相性がいいと恋に落ちる、とミカエルは言っていたけれど、本当だろうか。
 俺はこれまで弟にマーキングされていたけれど……俺が弟を意識してしまうのはそのせいなのだろうか……けれど弟は俺に対する恋心なんてないと思う。
 ミカエルはどうして俺にマーキングしてくれたんだろう……恋に落ちてもいいと思ったのだろうか。

 ドアを開けば、グレイは本を頭にかぶせて眠っていた。
 気配を察してむっくりと起き上がる。

「んー……おせーよ。お貴族サマは時間も守れねえのぉ……?」
「遅くなることもあるって言ったろ。用意しろ」
「ハー、やってらんね」

 言いつつグレイは気だるげに服を脱いでいく。
 俺も脱いでいると、視界の端でミカエルがグレイに何かを渡しているところが見えた。
 グレイはそれを手の平で受け取って、口元に持っていって飲みこんだ。ゴクンと喉ぼとけが上下する。

「……何を飲んだんだ?」

 戸惑いつつ訊くと、ミカエルが淡々と言う。

「ラット誘発剤」
「え」
「昨日も渡してたぜ?」
「え……!?」

 そうか、だからあんなに興奮していたのか。
 よこしまな気分になっているのかと勘違いして、勝手に恐ろしく思っていた。
 そしてラット誘発剤といえば、弟が治療に使っているのと同じ薬だ。

「つ、つらくないか」
「つらいけど。なぁに、抱かせてくれんの?」

 妖しく微笑みながら言われ、思わず肩が小さくなる。

「ロイス、コイツの言うことは聞かなくて良い。それに飲ませたのは半錠だけだから」
「う……。ああ」

 いいのだろうか、と迷いながらベッドに向かい、昨日と同様にまず正面から抱き合った。
 グレイの体はすぐに熱くなって、汗も滲みだし、上気した肌からはバニラが立ち昇ってくる。恐いけれど、これは薬の作用なのだ。
 うー、と時折唸っている姿が可哀想になる。
 俺は以前ミカエルに提案したことを言った。

「つらいのなら……、その、手くらい貸すが……」
「やらなくていい」

 ミカエルに即答されてしまい、俺はちぢこまった。
 グレイは手ぐらい良いじゃん、と嘆いている。
 汗の量は増し、バニラがより濃密になり、ぐっと押し付けられた下半身のものは石が入っているように硬い。
 そして弟と同じバニラの匂いなので、またしても彼が弟なのではと錯覚しそうになってくる。
 苦しそうにゆっくりと擦り付けられていて、拒否感はあるけれど、今日はどうしてか釣られるように体温が上がってく。

「勃ってるよ」

 小声で言われて、頬がじんわり熱くなった。
 理性は彼に気を許していないと断言できるのに、フェロモンに包まれていると流されてしまってもいいんじゃないかと思えてくる。
 そしてじわりじわりともどかしく足を動かしてしまう。

「……」

 沈黙が怖くて足元の椅子に座っているミカエルに視線を移すと、最初と全く変わらない姿勢で俺たちの姿を微動だにせず見つめていた。淀んだ闇が全身を包んでいるように見える。瞬間、ランプの灯が風もないのに揺れて、ミカエルの影も大きく揺らめき、まるで悪魔のような形を作った。
 慌てて目を逸らし、俺は咄嗟にグレイの体にしがみついた。

 興奮しているグレイはハァハァと息を切らして、時折俺の肌や形を確かめるようにじわじわと撫でてくる。
 そしてミカエルのいる足元からも、フーッフーッと潜んだ獣のような息が聞こえてくる。

 一時間が経過し、背中を向けてすることになる。
 お尻には勃起したものが当てられ、服が無ければまぐわっているような体勢だ。
 ふとグレイが囁いてきた。

「なぁ……腰、揺れてるぜ」
「え」

 揺らしてしまったのかもしれない。気付かれていた。ミカエルにも見られたかもしれない。

「グレイ」

 すかさずミカエルが注意するが、グレイは堰を切ったように止まらない。

「腹ン中ジクジクしてんだろ……?」
「う、」
「でもガマンしろよ。アイツが見てるからね……?」
「お、俺は」
「シーッ」
「……グレイ。黙れ」

 ミカエルが語気を強めると、グレイが陽気な口調で言う。

「ミカエルの旦那ァ、椅子の上でひとりっきりは寂しいんじゃない?」
「余計な口利くな」
「いいのぉ? この子、俺のフェロモンとマグナムで欲情しちゃってるぜ」
「その汚ぇモン切り落とされたくなかったら口を閉じろ」
「俺は薬飲んでんだぜ、不可抗力だよなぁ? この子は勝手に欲情してるわけだけど」
「死にてえのか?」
「オレが死んで一番困るのは旦那じゃねぇの?」

 グレイはケラケラと嘲笑する。
 俺は恥ずかしくて穴があったら入りたかった。
 生理反応だと思うけれど、薬もなく欲情してしまっているのも事実だ。
 ミカエルは目のめりになって、凄味を放った。
 
「黙って仕事しろ……。フェロモンさえ出りゃ、テメェの手足も棹もいらねーんだよ……」
「ハァ、へいへい」

 グレイの会話が止んだけれど、猛った物は変わらず主張していて、さらにミカエルが悪魔か何かのように見えてしまって、俺は恐怖や羞恥で息を浅く繰り返していた。
 一度、この状況を逃れたい。

「ぁの……トイレ、に、行きたい……」
「顔色、真っ青だな。一人じゃ行けそうにねーな?」

 ミカエルが見知らぬ別人のようだ。

「ぁ……やっぱり、大丈夫……」
「我慢はよくねえよ」
「あ、後でいい」
「………………そうか」

 冷や汗が噴き出してきて止まらない。
 少しでも距離を取ろうと体をずらすと、興奮したものが布越しに尻の割れ目に入りこんだ。
 そのまま腰をぐ、と固定されて動けない。

 永遠と思う時間が流れ、本気でトイレに行きたいけれど行きたいと言えなくなっていた頃、ミカエルが「よし」と頷いた。
 服をどうにか着て部屋の扉を開けた瞬間、解放感と安堵で泣きそうになった。





 ミカエルが別人のようになってしまったのは、監視しているのに俺が付け入る隙を与えてしまったからかもしれない――。いや、夕方にユリウス隊長と話したときからおかしかった気がする。いやもっと前から変だったかも――。

 屋敷に帰って寝室で着替えようとしたときだった。
 ポケットから不意に紙切れが落ち、入れた記憶がなくて不思議に思いながら拾う。
 少し癖のある美しい文字を見た瞬間、手がふるえた。
 大通りの裏道の住所と、”明日の夜、内緒で来て”というメッセージがあった。





***
7/12幕完結です。
読んで下さりありがとうございます……!
お気に入りや感想で応援してくれると嬉しいです!
執筆のモチベーションになります!
よろしくお願いします!

しおりを挟む
※第11回BL大賞に参加中です! 投票して貰えると励みになります!!アプリの方は一覧ページに戻って頂きますと、あらすじの下に投票ボタンがあります。ウェブの方も同様ですが、各ページのタイトル上にも投票ボタンがありますので、そちらをポチっとできます。投票以外でも、感想コメントやエール機能で応援して頂くことも、大変励みになります。応援してくださる温かいお気持ちが創作意欲になりますので、どうぞよろしくお願い致します。
感想 7

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

甘田
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...