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本編
悪魔と警鐘 4
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馬車が停まって、昨日と同じようにマンションの階段を上る。
相性がいいと恋に落ちる、とミカエルは言っていたけれど、本当だろうか。
俺はこれまで弟にマーキングされていたけれど……俺が弟を意識してしまうのはそのせいなのだろうか……けれど弟は俺に対する恋心なんてないと思う。
ミカエルはどうして俺にマーキングしてくれたんだろう……恋に落ちてもいいと思ったのだろうか。
ドアを開けば、グレイは本を頭にかぶせて眠っていた。
気配を察してむっくりと起き上がる。
「んー……おせーよ。お貴族サマは時間も守れねえのぉ……?」
「遅くなることもあるって言ったろ。用意しろ」
「ハー、やってらんね」
言いつつグレイは気だるげに服を脱いでいく。
俺も脱いでいると、視界の端でミカエルがグレイに何かを渡しているところが見えた。
グレイはそれを手の平で受け取って、口元に持っていって飲みこんだ。ゴクンと喉ぼとけが上下する。
「……何を飲んだんだ?」
戸惑いつつ訊くと、ミカエルが淡々と言う。
「ラット誘発剤」
「え」
「昨日も渡してたぜ?」
「え……!?」
そうか、だからあんなに興奮していたのか。
よこしまな気分になっているのかと勘違いして、勝手に恐ろしく思っていた。
そしてラット誘発剤といえば、弟が治療に使っているのと同じ薬だ。
「つ、つらくないか」
「つらいけど。なぁに、抱かせてくれんの?」
妖しく微笑みながら言われ、思わず肩が小さくなる。
「ロイス、コイツの言うことは聞かなくて良い。それに飲ませたのは半錠だけだから」
「う……。ああ」
いいのだろうか、と迷いながらベッドに向かい、昨日と同様にまず正面から抱き合った。
グレイの体はすぐに熱くなって、汗も滲みだし、上気した肌からはバニラが立ち昇ってくる。恐いけれど、これは薬の作用なのだ。
うー、と時折唸っている姿が可哀想になる。
俺は以前ミカエルに提案したことを言った。
「つらいのなら……、その、手くらい貸すが……」
「やらなくていい」
ミカエルに即答されてしまい、俺はちぢこまった。
グレイは手ぐらい良いじゃん、と嘆いている。
汗の量は増し、バニラがより濃密になり、ぐっと押し付けられた下半身のものは石が入っているように硬い。
そして弟と同じバニラの匂いなので、またしても彼が弟なのではと錯覚しそうになってくる。
苦しそうにゆっくりと擦り付けられていて、拒否感はあるけれど、今日はどうしてか釣られるように体温が上がってく。
「勃ってるよ」
小声で言われて、頬がじんわり熱くなった。
理性は彼に気を許していないと断言できるのに、フェロモンに包まれていると流されてしまってもいいんじゃないかと思えてくる。
そしてじわりじわりともどかしく足を動かしてしまう。
「……」
沈黙が怖くて足元の椅子に座っているミカエルに視線を移すと、最初と全く変わらない姿勢で俺たちの姿を微動だにせず見つめていた。淀んだ闇が全身を包んでいるように見える。瞬間、ランプの灯が風もないのに揺れて、ミカエルの影も大きく揺らめき、まるで悪魔のような形を作った。
慌てて目を逸らし、俺は咄嗟にグレイの体にしがみついた。
興奮しているグレイはハァハァと息を切らして、時折俺の肌や形を確かめるようにじわじわと撫でてくる。
そしてミカエルのいる足元からも、フーッフーッと潜んだ獣のような息が聞こえてくる。
一時間が経過し、背中を向けてすることになる。
お尻には勃起したものが当てられ、服が無ければまぐわっているような体勢だ。
ふとグレイが囁いてきた。
「なぁ……腰、揺れてるぜ」
「え」
揺らしてしまったのかもしれない。気付かれていた。ミカエルにも見られたかもしれない。
「グレイ」
すかさずミカエルが注意するが、グレイは堰を切ったように止まらない。
「腹ン中ジクジクしてんだろ……?」
「う、」
「でもガマンしろよ。アイツが見てるからね……?」
「お、俺は」
「シーッ」
「……グレイ。黙れ」
ミカエルが語気を強めると、グレイが陽気な口調で言う。
「ミカエルの旦那ァ、椅子の上でひとりっきりは寂しいんじゃない?」
「余計な口利くな」
「いいのぉ? この子、俺のフェロモンとマグナムで欲情しちゃってるぜ」
「その汚ぇモン切り落とされたくなかったら口を閉じろ」
「俺は薬飲んでんだぜ、不可抗力だよなぁ? この子は勝手に欲情してるわけだけど」
「死にてえのか?」
「オレが死んで一番困るのは旦那じゃねぇの?」
グレイはケラケラと嘲笑する。
俺は恥ずかしくて穴があったら入りたかった。
生理反応だと思うけれど、薬もなく欲情してしまっているのも事実だ。
ミカエルは目のめりになって、凄味を放った。
「黙って仕事しろ……。フェロモンさえ出りゃ、テメェの手足も棹もいらねーんだよ……」
「ハァ、へいへい」
グレイの会話が止んだけれど、猛った物は変わらず主張していて、さらにミカエルが悪魔か何かのように見えてしまって、俺は恐怖や羞恥で息を浅く繰り返していた。
一度、この状況を逃れたい。
「ぁの……トイレ、に、行きたい……」
「顔色、真っ青だな。一人じゃ行けそうにねーな?」
ミカエルが見知らぬ別人のようだ。
「ぁ……やっぱり、大丈夫……」
「我慢はよくねえよ」
「あ、後でいい」
「………………そうか」
冷や汗が噴き出してきて止まらない。
少しでも距離を取ろうと体をずらすと、興奮したものが布越しに尻の割れ目に入りこんだ。
そのまま腰をぐ、と固定されて動けない。
永遠と思う時間が流れ、本気でトイレに行きたいけれど行きたいと言えなくなっていた頃、ミカエルが「よし」と頷いた。
服をどうにか着て部屋の扉を開けた瞬間、解放感と安堵で泣きそうになった。
*
ミカエルが別人のようになってしまったのは、監視しているのに俺が付け入る隙を与えてしまったからかもしれない――。いや、夕方にユリウス隊長と話したときからおかしかった気がする。いやもっと前から変だったかも――。
屋敷に帰って寝室で着替えようとしたときだった。
ポケットから不意に紙切れが落ち、入れた記憶がなくて不思議に思いながら拾う。
少し癖のある美しい文字を見た瞬間、手がふるえた。
大通りの裏道の住所と、”明日の夜、内緒で来て”というメッセージがあった。
***
7/12幕完結です。
読んで下さりありがとうございます……!
お気に入りや感想で応援してくれると嬉しいです!
執筆のモチベーションになります!
よろしくお願いします!
相性がいいと恋に落ちる、とミカエルは言っていたけれど、本当だろうか。
俺はこれまで弟にマーキングされていたけれど……俺が弟を意識してしまうのはそのせいなのだろうか……けれど弟は俺に対する恋心なんてないと思う。
ミカエルはどうして俺にマーキングしてくれたんだろう……恋に落ちてもいいと思ったのだろうか。
ドアを開けば、グレイは本を頭にかぶせて眠っていた。
気配を察してむっくりと起き上がる。
「んー……おせーよ。お貴族サマは時間も守れねえのぉ……?」
「遅くなることもあるって言ったろ。用意しろ」
「ハー、やってらんね」
言いつつグレイは気だるげに服を脱いでいく。
俺も脱いでいると、視界の端でミカエルがグレイに何かを渡しているところが見えた。
グレイはそれを手の平で受け取って、口元に持っていって飲みこんだ。ゴクンと喉ぼとけが上下する。
「……何を飲んだんだ?」
戸惑いつつ訊くと、ミカエルが淡々と言う。
「ラット誘発剤」
「え」
「昨日も渡してたぜ?」
「え……!?」
そうか、だからあんなに興奮していたのか。
よこしまな気分になっているのかと勘違いして、勝手に恐ろしく思っていた。
そしてラット誘発剤といえば、弟が治療に使っているのと同じ薬だ。
「つ、つらくないか」
「つらいけど。なぁに、抱かせてくれんの?」
妖しく微笑みながら言われ、思わず肩が小さくなる。
「ロイス、コイツの言うことは聞かなくて良い。それに飲ませたのは半錠だけだから」
「う……。ああ」
いいのだろうか、と迷いながらベッドに向かい、昨日と同様にまず正面から抱き合った。
グレイの体はすぐに熱くなって、汗も滲みだし、上気した肌からはバニラが立ち昇ってくる。恐いけれど、これは薬の作用なのだ。
うー、と時折唸っている姿が可哀想になる。
俺は以前ミカエルに提案したことを言った。
「つらいのなら……、その、手くらい貸すが……」
「やらなくていい」
ミカエルに即答されてしまい、俺はちぢこまった。
グレイは手ぐらい良いじゃん、と嘆いている。
汗の量は増し、バニラがより濃密になり、ぐっと押し付けられた下半身のものは石が入っているように硬い。
そして弟と同じバニラの匂いなので、またしても彼が弟なのではと錯覚しそうになってくる。
苦しそうにゆっくりと擦り付けられていて、拒否感はあるけれど、今日はどうしてか釣られるように体温が上がってく。
「勃ってるよ」
小声で言われて、頬がじんわり熱くなった。
理性は彼に気を許していないと断言できるのに、フェロモンに包まれていると流されてしまってもいいんじゃないかと思えてくる。
そしてじわりじわりともどかしく足を動かしてしまう。
「……」
沈黙が怖くて足元の椅子に座っているミカエルに視線を移すと、最初と全く変わらない姿勢で俺たちの姿を微動だにせず見つめていた。淀んだ闇が全身を包んでいるように見える。瞬間、ランプの灯が風もないのに揺れて、ミカエルの影も大きく揺らめき、まるで悪魔のような形を作った。
慌てて目を逸らし、俺は咄嗟にグレイの体にしがみついた。
興奮しているグレイはハァハァと息を切らして、時折俺の肌や形を確かめるようにじわじわと撫でてくる。
そしてミカエルのいる足元からも、フーッフーッと潜んだ獣のような息が聞こえてくる。
一時間が経過し、背中を向けてすることになる。
お尻には勃起したものが当てられ、服が無ければまぐわっているような体勢だ。
ふとグレイが囁いてきた。
「なぁ……腰、揺れてるぜ」
「え」
揺らしてしまったのかもしれない。気付かれていた。ミカエルにも見られたかもしれない。
「グレイ」
すかさずミカエルが注意するが、グレイは堰を切ったように止まらない。
「腹ン中ジクジクしてんだろ……?」
「う、」
「でもガマンしろよ。アイツが見てるからね……?」
「お、俺は」
「シーッ」
「……グレイ。黙れ」
ミカエルが語気を強めると、グレイが陽気な口調で言う。
「ミカエルの旦那ァ、椅子の上でひとりっきりは寂しいんじゃない?」
「余計な口利くな」
「いいのぉ? この子、俺のフェロモンとマグナムで欲情しちゃってるぜ」
「その汚ぇモン切り落とされたくなかったら口を閉じろ」
「俺は薬飲んでんだぜ、不可抗力だよなぁ? この子は勝手に欲情してるわけだけど」
「死にてえのか?」
「オレが死んで一番困るのは旦那じゃねぇの?」
グレイはケラケラと嘲笑する。
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生理反応だと思うけれど、薬もなく欲情してしまっているのも事実だ。
ミカエルは目のめりになって、凄味を放った。
「黙って仕事しろ……。フェロモンさえ出りゃ、テメェの手足も棹もいらねーんだよ……」
「ハァ、へいへい」
グレイの会話が止んだけれど、猛った物は変わらず主張していて、さらにミカエルが悪魔か何かのように見えてしまって、俺は恐怖や羞恥で息を浅く繰り返していた。
一度、この状況を逃れたい。
「ぁの……トイレ、に、行きたい……」
「顔色、真っ青だな。一人じゃ行けそうにねーな?」
ミカエルが見知らぬ別人のようだ。
「ぁ……やっぱり、大丈夫……」
「我慢はよくねえよ」
「あ、後でいい」
「………………そうか」
冷や汗が噴き出してきて止まらない。
少しでも距離を取ろうと体をずらすと、興奮したものが布越しに尻の割れ目に入りこんだ。
そのまま腰をぐ、と固定されて動けない。
永遠と思う時間が流れ、本気でトイレに行きたいけれど行きたいと言えなくなっていた頃、ミカエルが「よし」と頷いた。
服をどうにか着て部屋の扉を開けた瞬間、解放感と安堵で泣きそうになった。
*
ミカエルが別人のようになってしまったのは、監視しているのに俺が付け入る隙を与えてしまったからかもしれない――。いや、夕方にユリウス隊長と話したときからおかしかった気がする。いやもっと前から変だったかも――。
屋敷に帰って寝室で着替えようとしたときだった。
ポケットから不意に紙切れが落ち、入れた記憶がなくて不思議に思いながら拾う。
少し癖のある美しい文字を見た瞬間、手がふるえた。
大通りの裏道の住所と、”明日の夜、内緒で来て”というメッセージがあった。
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