【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

文字の大きさ
上 下
42 / 86
本編

悪魔と警鐘 3

しおりを挟む
 執務室には夕日が差し込んでいる。
 報告書を書き終えた隊員たちは、「お先です」と挨拶して帰っていく。

「――話をしようか」

 残っているのはユリウス隊長、俺、ミカエルの三人だ。
 話を聞かれないように念のため小会議室へ移動すると、ユリウス隊長が真っ先に切りだした。

「その香り。弟のフェロモンが回復したのか?」
「いえ……ジョシュアにしてもらったんじゃありません」

 答えると、ユリウス隊長の表情がみるみるうちに険しくなっていく。

「どういうことだ」
「――俺が金で雇った男にマーキングさせたんだよ」

 ミカエルは鋭い眼光をたたえていた。

「は? 金で雇った男にマーキングさせただと……?」
「……」

 俺は身じろいだ。運命の番がほかの人間にマーキングされているなんてショック、なのだと思う。
 そしてちゃんと考えていなかったけれど、金で偽装するなんて犯罪じみているような気もしてきた。
 ユリウス隊長は瞳を揺らして俺とミカエルを交互に見つめる。

「ありえない……」
「マーキング中は俺が監視してる。それにアンタに認めてもらう必要はねえ。これはロイス自身の問題だ」

 ミカエルが話を進めるが、ユリウス隊長は嘆くように首を振る。

「その男に愛はないのだろう……」
「運命の番だとかいう本能でロイスに迫ってるやつに言われたくねえな」
「いいや。間違っている。ロイスを不幸にするだけだ」
「あ、あの、俺が決めたことなんです」

 割って話すと、ユリウス隊長が痛みを耐える目を向けてくる。
 愛や不幸という話なら、俺と弟の間にも兄弟愛しかなかったし、俺は騎士でいられることが幸せだった。
 何より今は、俺のアルファ偽装によって弟やミカエルへの疑惑を晴らせるのだ。
 マーキングしていれば少量のオメガフェロモンが漏れてもカバーできるだろうし、危険はない。

「これまで、偽装した状態で4年間やってこれました。協力してもらえませんか」
「協力というと?」
「……近づかないようにしてほしいんです」

 この頼みをしたのは、二度目だ。
 ユリウス隊長は真剣な眼差しで言った。

「ロイス。今回は今までとわけが違う」
「え?」
「信頼のない状況で関係を持てば、君に負担がかかる。……私はそういう人を見たことがある」

 負担、という話は弟にも指摘されたけれど、ユリウス隊長の声には重々しい響きが宿っていた。
 俺のようにマーキングされていた人を知っているのか。

「幼い頃、屋敷に私を可愛がってくれているメイドがいたんだ。彼女は首輪をつけていて、望まない形で番にされないように自衛していた。しかしオメガだと周囲に知らせているようなものでもあるから、使用人たちの間で格下の扱いをされていた。幼い私が注意しても火に油を注ぐようなものだった」

 ユリウス隊長は長いまつ毛を伏せる。

「数年が経ったけれど日に日に扱いは悪化していき、そこで考えたんだろう。彼女は自分を守る存在がいるのだと見せようとしたのだ。ある日からアルファのフェロモンを纏うようになった。最初の頃は良かった。周囲はアルファのフェロモンを嗅ぐだけで畏れるようになるから、彼女を人として尊重するようになった。けれど」

 隊長が真剣な眼差しを向けてきて、俺は息を呑んだ。

「衰弱する様子はほんとうにゆるやかで、最初私は気付けなかった。少しずつ彼女に避けられるようになり、見かけるたびに痩せていくことだけが気がかりだった。彼女が倒れたとき、全てのアルファのフェロモンに拒否反応を起こすようになっていたのだと知った。私は、自分が余計なことをして嫌われたのだとばかり思っていたけれど、彼女はベッドの上で悲しそうにしていた。匂いがだめなだけなのだと繰り返し謝っていた。そのまま食が細くなって、冬を越した頃に亡くなった」
「……」

 体が竦んだ。俺ももしかしたらそうなるかもしれない……。

「ロイス、そしてミカエル。浅はかなことは止めろ」
「……そのメイドは。マーキング以外のこともされてたんじゃねえのか」

 ミカエルは声を低めて言う。

「そうかもしれない。しかし匂いが負担になっていたことは明らかだ」
「匂いには相性ってモンがある。アンタとロイスの相性が強烈に良いみたいにな。アンタの屋敷のメイドは相手のアルファと相性が悪かったんだ。相性が良い場合は……負担にならずに、そのうち恋に落ちるって聞いたことがある。マーキング相手はロイスの可愛がってる弟と同じバニラの匂いだ。相性は良いはずだ」

 ユリウス隊長は呆れたように笑った。

「お前は、そのアルファとロイスを恋仲にしたいのか?」
「……そんな話してねぇだろうがよ」

 ミカエルから殺伐とした威圧が放たれる。
 俺はひるんだけれど、ユリウス隊長は侮蔑の笑みをする。

「……私のプロポーズの話でも聞いて焦ったか、ミカエル」
「いいや。その前から考えてた」
「このままだとロイスは私のものになると思ったのだろう」
「騎士をつづけたいってロイスは思ってんだから、親友として、してやれることをすんのは当然だろ」
「親友か。……お前は本当に親友でいたいのか?」

 ユリウス隊長が冷笑する。
 確信したような声音で、俺はミカエルの返事が恐くなった。ちがうと言われたらどうしよう。

「……当たり前だろうが」

 強い眼光で言ってもらえて、ほっとする。

「テメェといたらロイスのヒートが起きる。話は済んだから行くぜ。テメェは明日から余計な真似すんな」
「……相性が良いというのなら、苦しむのはロイスではなくお前だぞ。ミカエル」

 ユリウス隊長がぞっとするような暗い目をする。
 ミカエルが睨み返すと、隊長はさらに続けた。

「それに……今日も社交界に出ないつもりか?」
「あ?」
「主催者も出席者も困っていたぞ。お前がいないと盛り上がらないと。話題すら事欠いているそうだ。めかし込んだご令嬢も随分と寂しがっていた」
「そいつはお気遣いどうも。俺って人気者なもんで」
「守るためには力がいる、出世するためには社交界に出る必要がある……。マーキングを監視している時間はないんじゃないか?」
「テメェの心配する事じゃねーだろ」
「そうだな。私の知った事ではない。……勝手に脱落していくのはお前だ」

 ミカエルに背中に手を回されて、ドアへと促される。

「行こうぜ、ロイス」

 廊下へ出ると、そのまま更衣室へ向かった。
 このまま辻馬車に乗って、マンションへ行くのだ。


 
 馬車に揺られながらミカエルを窺う。
 どこか塞ぎこむようなピリピリした雰囲気を放っていて、声をかけにくい。

「なあ、ミカエル。社交界に入ってきていいんだぞ。俺は一人で大丈夫だから……」
「ん! いや、いいよ。気にしなくて」

 力強く明るく笑むが、どこか危うげな様子で気がかりだ。

「だが……将来のこともあるし。出世したいんじゃ」
「いいの。遊び過ぎてシド上官みたいな太鼓腹になりたくねーし。イケメンな中年に俺はなりたいから」
「……うん」

 漠然とした不安にかられるけれど、笑顔を見せられて俺は黙った。



しおりを挟む
※第11回BL大賞に参加中です! 投票して貰えると励みになります!!アプリの方は一覧ページに戻って頂きますと、あらすじの下に投票ボタンがあります。ウェブの方も同様ですが、各ページのタイトル上にも投票ボタンがありますので、そちらをポチっとできます。投票以外でも、感想コメントやエール機能で応援して頂くことも、大変励みになります。応援してくださる温かいお気持ちが創作意欲になりますので、どうぞよろしくお願い致します。
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...