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本編

悪魔と警鐘 1

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 これで明日からも騎士でいられる。
 ベッドで眠ろうと寝室で着替えているとき、ノックの音がした。

「兄さん、ちょっといい?」
「ん、入ってくれ」

 弟がこの寝室に入るのはひさしぶりだな、と頭の隅でとめのないことを考える。
 ドアを開けた弟は神妙な顔つきだった。

「そのマーキングは誰にしてもらったの」
「名前は……グレイと言っていたかな。若い平民の男だった」

 意地悪そうな笑みをぼんやりと思い出す。
 意識が現実逃避するように遠くなっていたので記憶があいまいだ。

「兄さんの知り合いの人?」
「ミカエルがお金で雇ったんだ。代金も払ってくれて……俺が払いつづけられる金額じゃなかったし、どうにかお礼をしないとな……」
「そんなのしなくていい。見ず知らずの人間にマーキングされるなんて、兄さんにどれだけ負担がかかるか……」
「負担って?」
「望んでいないアルファにマーキングされたらオメガの人間には負担になるんだよ。マーキングの最中だけじゃなく、匂いがつづいている間もずっと」

 そのとき俺は、ようやく心配かけさせてしまっているのだと気付いた。

「あ……、だいじょうぶだ。ミカエルが変なことにならないようにって監視していてくれたから」
「そうじゃなく、マーキング自体が負担なんだよ」

 弟の語気が強くなる。
 負担なのだろうか。でも屋敷に閉じ込められていたときよりはずっといい。
 眉が下がってしまっていると、弟が決意した顔になる。

「僕も次のマーキングに着いていく。明日もやるんでしょう?」
「え。だ、だめだ」
「どうして? ミカエルさんは見ていたんでしょう」

 見られたくない、と思う。
 上半身裸で興奮したアルファに抱きつかれていたのだ。
 せっかく兄として関係を保ってきたのに、見られたら弟の中にある信頼が崩れてしまうんじゃないか。軽蔑されてしまうんじゃないか。

「――兄さん。もしかして変な事された?」
「ッさ、されてない」
「されたんだね。恥ずかしがらなくていいから、僕に教えてほしいな」
「ちが……!」

 弟の圧迫感が増してきて、何だか恐い。
 グレイにはからくすぐったりはされたけれど、からかわれているだけで大したことじゃなく、言うほどのことでもない。

「――されて、ない。ベッドでハグしてもらっただけで、相手も呆れてたくらいで……」

 弟は柔らかく話す。

「それだけでそんなに匂いが付くかな……?」
「え」
「服は脱いだの?」
「えっ……あ……上半身、だけ……」
「目を見て言ってほしいな」
「う」

 見れば、弟は清廉潔白な姿で立っている。
 本当によこしまな性欲なんて一切ないのだと思う。毎日マーキングしてもらっていたときも弟は興奮したことはなかったし、猥談を聞いたこともない。
 運命の番に発情してしまったり、ミカエルとのマーキングでドキドキしてしまった俺とは完全に違う存在なのだ。

「何をされたの?」
「されて、ない」
「兄さんが無理してないか心配なだけなんだ。騎士の仕事は休んでほしい。僕のフェロモンは必ずすぐに戻すから」
「……できない」

 フェロモンが戻った後に仕事に復帰したら、弟が偽装に加担していると言っているようなものだ。
 しばらくしたあと、話が平行線だと思ったのか弟は表情を固くした。

「……すぐにフェロモンは戻すから。マーキングがつらいと思ったら止めてほしい」
「……わかった」

 静かに背を向けて去っていく。
 添い寝をしてほしいと思ったけれど、頼めるはずもないし、このバニラの匂いを嗅がれるのもつらくて、俺はひとりでベッドへもぐった。
 隣のスペースの枕元には、治ることを祈ってスカーフを置いておく。


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