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本編
庭園とバニラ 5
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「ただいまー」
夕刻になって弟が帰宅し、俺は笑顔で迎えた。
ノーマンの提案で素敵な出来事ができた。
「おかえり、ジョシュア」
「お腹空いた。いい匂いだね」
「ああ。市場でたまたま新鮮な子牛の肉が手に入ったらしくて」
「へえ、楽しみ」
「それで、この前誕生日のお祝いができなかっただろう? だから今日代わりにやろうっていう話になって、パイも用意してくれたんだ」
「ほんとに。ありがとう……!」
急なお祝いになったけれど、弟ははにかんで喜んでくれる。
ダイニングへ向かえばスプーンやフォークがフルコースの時のように並んでおり、丁度ノーマンが焼きたてのパイを運んできた。
「ノーマン、ありがとう」
「恐れ入ります。誕生日にふさわしいお品にさせていただきました」
ノーマンの気持ちが嬉しい。彼は弟のことをしっかり想ってくれていたのだ。
料理が並んで、俺たちは席に着く。
和やかな雰囲気の中、団らんの雰囲気にまぎれて俺は気になっていたことを聞いてみた。
「学校はどうだった?」
「変わりないよ。フェロモンのほうも問題ない。人の匂いなんて注意して嗅がないとわからないし」
そう言われてみれば、アルファの同僚の匂いも普段は気にしていない。
しばらくは大丈夫だろうか……。
「心配性だよ、兄さんは。今日はゆっくり休めたの?」
「うん……」
昨日の事件のことは軽く話しており、ただゆっくり休んでほしいとだけ言われていた。
「仕事はこれから休むの?」
「……そうだな。考えてるところなんだ」
ミカエルは考えがあると言っていたけれど、どうするつもりだろうか……。
「力になれなくてごめんね」
不意に弟が目を伏せて、俺は焦った。
「っそんなことは……!」
ひと呼吸してから言う。
「……あの、俺のことは本当に気にしなくていいんだ。ジョシュアのおかげで一度辞めた学校も卒業できたし、騎士にもなれた」
「うん……」
「本当にありがとう……」
「兄さん、何だか仕事を辞めそうな口ぶりだよ。休んで様子を見てみたらいいんじゃないかな。僕のフェロモンが戻るかもしれないし」
「え」
「焦って結婚しないとって思ってる? まだ早いよ。僕が治ったらまた騎士を続けたらいい」
「いや……」
だめだと思うけれど、以前の日常が恋しくって望んでしまいそうになる。
けれどジョシュアのフェロモンが治ったときに復帰したら、マーキングしてもらっていると言っているようなものでは……。
食事を終えた頃、玄関のドアが叩かれた。
ミカエルかもしれない。
応対に行ったノーマンが戻ってくる。
「ミカエル様がお越しになられております。言伝を預かってまいりました」
「ことづて?」
「スカーフも持って来てほしいとのことです」
どういうことだろうか。俺は弟と顔を見合わせた。
*
外に出ると門扉の向こうに馬車が止まっており、ミカエルは馬車の前で待っていた。
「ミカエル」
「よ。遅くなって悪いな。……ジョシュアは何でいんの」
「気になったので。どういうご用件なんです?」
「マーキングだよ。ロイスは明日仕事だろ」
俺は一気に困惑した。
「待ってくれ。マーキングはやめると」
「問題ない。来てくれたらわかるから」
「え?」
笑みを向けられ、わからないまま馬車に乗る。
「スカーフは持ってきたか?」
「うん……」
ミカエルは弟に向かって言った。
「ジョシュアはここで待ってろ」
「……兄さんに何するつもりです?」
「なぁに? 俺が信用できないって?」
「兄に対しては誠実な方だと思っていますが、信用はしていません」
「つまり誠実ってことだね」
「着いていきます」
「ブラコンの度が過ぎるだろ。待ってろ」
弟が剣呑さを浮かべ、俺は慌てて声をかけた。
「だいじょうぶだ。何もないから、多分」
「多分ってなんだよ。行こうぜ」
ミカエルが笑いながら馬車に乗り込んできて、御者が指示して馬が歩きだす。
石畳の上をゴトゴトと車輪が回る。
「どういうことなんだ? ミカエル」
「騎士、続けたいんだろ?」
「それはそうだけど――」
先ほど、力になれなくてごめん、と弟に言わせてしまった。
俺はそんな風には思わなくても、弟は自分の責任だと思ってしまうのだ。
ミカエルは妙な自信に満ちた笑みをしていて本当にいい案を持っているようだ。
馬車の窓から見える景色は市街地へと移っていく。
五階建ての同型の建物が隙間なく並んだ地区へ入り、周囲に溶けこんだマンションの前で停まった。
「二時間後に迎えに来て」
ミカエルが言うと、かしこまりました、と御者が答えて馬車が去って行く。
「ここは?」
「急ぎで借りたんだ」
エントランスのドアを開け、階段を上がって行き、三階のフロアにある扉の一つを開ける。
奥にある寝室のベッドには、一人の若い男が寝転んでいた。
夕刻になって弟が帰宅し、俺は笑顔で迎えた。
ノーマンの提案で素敵な出来事ができた。
「おかえり、ジョシュア」
「お腹空いた。いい匂いだね」
「ああ。市場でたまたま新鮮な子牛の肉が手に入ったらしくて」
「へえ、楽しみ」
「それで、この前誕生日のお祝いができなかっただろう? だから今日代わりにやろうっていう話になって、パイも用意してくれたんだ」
「ほんとに。ありがとう……!」
急なお祝いになったけれど、弟ははにかんで喜んでくれる。
ダイニングへ向かえばスプーンやフォークがフルコースの時のように並んでおり、丁度ノーマンが焼きたてのパイを運んできた。
「ノーマン、ありがとう」
「恐れ入ります。誕生日にふさわしいお品にさせていただきました」
ノーマンの気持ちが嬉しい。彼は弟のことをしっかり想ってくれていたのだ。
料理が並んで、俺たちは席に着く。
和やかな雰囲気の中、団らんの雰囲気にまぎれて俺は気になっていたことを聞いてみた。
「学校はどうだった?」
「変わりないよ。フェロモンのほうも問題ない。人の匂いなんて注意して嗅がないとわからないし」
そう言われてみれば、アルファの同僚の匂いも普段は気にしていない。
しばらくは大丈夫だろうか……。
「心配性だよ、兄さんは。今日はゆっくり休めたの?」
「うん……」
昨日の事件のことは軽く話しており、ただゆっくり休んでほしいとだけ言われていた。
「仕事はこれから休むの?」
「……そうだな。考えてるところなんだ」
ミカエルは考えがあると言っていたけれど、どうするつもりだろうか……。
「力になれなくてごめんね」
不意に弟が目を伏せて、俺は焦った。
「っそんなことは……!」
ひと呼吸してから言う。
「……あの、俺のことは本当に気にしなくていいんだ。ジョシュアのおかげで一度辞めた学校も卒業できたし、騎士にもなれた」
「うん……」
「本当にありがとう……」
「兄さん、何だか仕事を辞めそうな口ぶりだよ。休んで様子を見てみたらいいんじゃないかな。僕のフェロモンが戻るかもしれないし」
「え」
「焦って結婚しないとって思ってる? まだ早いよ。僕が治ったらまた騎士を続けたらいい」
「いや……」
だめだと思うけれど、以前の日常が恋しくって望んでしまいそうになる。
けれどジョシュアのフェロモンが治ったときに復帰したら、マーキングしてもらっていると言っているようなものでは……。
食事を終えた頃、玄関のドアが叩かれた。
ミカエルかもしれない。
応対に行ったノーマンが戻ってくる。
「ミカエル様がお越しになられております。言伝を預かってまいりました」
「ことづて?」
「スカーフも持って来てほしいとのことです」
どういうことだろうか。俺は弟と顔を見合わせた。
*
外に出ると門扉の向こうに馬車が止まっており、ミカエルは馬車の前で待っていた。
「ミカエル」
「よ。遅くなって悪いな。……ジョシュアは何でいんの」
「気になったので。どういうご用件なんです?」
「マーキングだよ。ロイスは明日仕事だろ」
俺は一気に困惑した。
「待ってくれ。マーキングはやめると」
「問題ない。来てくれたらわかるから」
「え?」
笑みを向けられ、わからないまま馬車に乗る。
「スカーフは持ってきたか?」
「うん……」
ミカエルは弟に向かって言った。
「ジョシュアはここで待ってろ」
「……兄さんに何するつもりです?」
「なぁに? 俺が信用できないって?」
「兄に対しては誠実な方だと思っていますが、信用はしていません」
「つまり誠実ってことだね」
「着いていきます」
「ブラコンの度が過ぎるだろ。待ってろ」
弟が剣呑さを浮かべ、俺は慌てて声をかけた。
「だいじょうぶだ。何もないから、多分」
「多分ってなんだよ。行こうぜ」
ミカエルが笑いながら馬車に乗り込んできて、御者が指示して馬が歩きだす。
石畳の上をゴトゴトと車輪が回る。
「どういうことなんだ? ミカエル」
「騎士、続けたいんだろ?」
「それはそうだけど――」
先ほど、力になれなくてごめん、と弟に言わせてしまった。
俺はそんな風には思わなくても、弟は自分の責任だと思ってしまうのだ。
ミカエルは妙な自信に満ちた笑みをしていて本当にいい案を持っているようだ。
馬車の窓から見える景色は市街地へと移っていく。
五階建ての同型の建物が隙間なく並んだ地区へ入り、周囲に溶けこんだマンションの前で停まった。
「二時間後に迎えに来て」
ミカエルが言うと、かしこまりました、と御者が答えて馬車が去って行く。
「ここは?」
「急ぎで借りたんだ」
エントランスのドアを開け、階段を上がって行き、三階のフロアにある扉の一つを開ける。
奥にある寝室のベッドには、一人の若い男が寝転んでいた。
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