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本編
庭園とバニラ 3
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しかし想像してみたとき、俺とユリウス隊長だけが幸せな家庭を築いていて、ジョシュアの立場があまりにも可哀想だった。
「ジョシュアが、子供が生まれるまでの間の繫ぎ役、ということになってしまいます……」
考える程に不憫で、胸が熱くなってくる。
「弟は子供のころに引き取られて……不慣れな生活の中で努力してきたんです。用が済んだからと家督を奪うなんていうことは、できません」
「君は、同情で家督を任せようというのか?」
「え」
「同情で、彼と結婚する気でいるのか」
俺の話している内容を要約すればそういうことだった。
座っているのに体がぐらついてくる。
だからってどうすればいいのだろう。大事な弟を使い捨てにすることはできない。家族だ。兄弟だ。ずっと俺のことを応援してきてくれたのだ。
「彼はフェロモンが欠乏している……。今後好奇の目に晒され、健康状態を疑われ、騎士として昇進も叶わず、社交界でも居場所はない……。そのうえ養子だ。家督を背負っていくほうが重荷ではないだろうか」
「……治療しています。健康に問題はないそうなので、治るはずです」
「希望を見るのはいいけれど、現実に目を向けることも必要だ」
う、と泣いてしまいそうだった。
治らなかったらどうしよう、と毎晩毎朝考えて治るように祈ってスカーフを枕元に置いているのだ。希望があるからどうにか笑顔を保っていられるのだ。
「弟は、優秀です……。祖父は実力主義でしたから……、例えフェロモンがなくても、家を守っていけると認めてくれるはずです……」
「……。君自身の気持ちが聞きたい。弟と番になりたいのかどうか」
優しい口調なのに、胸が強烈に痛い。番になりたいかなんてわからない。
フレデリックに昨日嗤われた言葉が頭の中で響いてくる。
『変態じゃないですか! 弟だと認識してる相手にマーキングしてもらってたんですか!?』
弟だと思っている。弟も俺を、兄と思っている。それなら番になるなんてありえない。マーキングしてもらってることすら異例なのだ。
ユリウス隊長を見れば、痛みを耐えるような顔をしている。
弟と番になるのは変だけれど……やっぱり弟を置いて家を出ていくなんてできない。
「弟を、守りたいだけです……」
沈黙が流れる。ユリウス隊長は思案したあと、ゆっくりと口を開いた。
「君が守り続ける必要はない……」
大きな衝撃が走った。
「実力を信頼するのなら、彼に家督を任せるべきだ。私は彼を間の繋ぎ役にはしない。この先私たちが結婚して、生まれた子息が大きくなったとしても、家督を強引に剝奪するような真似は絶対にしない。相続は時が満ちるまで待てばいい」
「……」
「……考えてくれるか」
ここまで言わたら頷くしかなくて、俺は「はい、」と応えた。
ユリウス隊長の話は全て正論で、弟のことも重んじてくれていて、祖父の遺言と血筋の意向も全部くみとってくれている。
問題がなさすぎて何も言えなかった。いい話なのだと思う。
それに、ユリウス隊長もとても素敵なひとだ。
弟が卒業したら、ユリウス隊長と結婚して、王都の屋敷で子供を育てて、社交界にだけ出て暮らして……。
「それと、君が騎士を続けたいと望むのなら、今しばらくは待とうと思っている」
「え?」
ユリウス隊長は優しく微笑んだ。
「君の気持ちを尊重したいと言っただろう?」
「……あ」
一気に気持ちが浮上し、胸が熱くなっていた。同時に体の奥まで疼いてしまって、何だかヒートが起きそうな気配までしてくる。
希望が見えてしまう。しかしだめだ。フレデリックたちの処罰を聞いてあそこに残りつづけることはできない。
「だめ、です。まわりに迷惑がかかってしまいます。俺はもう」
ユリウス隊長は真摯な眼差しで言った。
「そのことだが、君と先に番の契約がしたい。そうすればオメガのフェロモンが漏れることもないだろう」
え、と硬直した。
ミカエルにも番の契約は誘われたけれど、ユリウス隊長は結婚が前提だ。
いずれ番になるのなら今、番になってしまっても……?
弟の卒業まで猶予があると思っていたのに、急に決断が間近に迫ってきている。
「ロイス様、ハルバード様。失礼いたします」
気付くと、ノーマンがかしこまった姿勢で立っていた。
「ミカエル様が応接間でお待ちになっておられます」
いつの間にか午後の約束の時間になっていたのだ。
ユリウス隊長は冷えた目をした。
「奴は性懲りもなくマーキングをしに来たのか?」
「いえ……! ミカエルはわかってくれてます。昨日話がしたいと言っていたので、そのことです」
「話をするのなら私も立ち合おう」
「え、ですが……話ができなくなるんじゃ」
そのまま口論や決闘にならないだろうか。
「ミカエルがマーキングを諦めているなら……。今度は番の申し込みをしに来たのではないか?」
予想を言い当てられて、俺は息を呑んだ。
隊長の目が鋭くなる。
「すでにプロポーズをされているのか」
「ち、ちがいます。プロポーズではなく、親友として。騎士を続けていくために番契約をしようと」
「――たわ言だ。君はその言葉を鵜吞みにしたのか?」
「していません……! 友人と結ぶものじゃないと理解しています」
「わかっていないな。……いや、ロイス。君はそのままでいい」
「え?」
「結婚を前提として、私は君に番契約を申し込む」
「……」
「契約すればフェロモンは一切漏れなくなる。そうなれば君は弟と同様に”フェロモンが欠如したアルファ”として周囲に認識されるだろう。しかしオメガと疑われる心配はなく、これまで以上に安心して騎士の仕事を続けられる。十分に満足することができたそのとき、王都へ一緒に行こう。君の正体を明かすときも、事情があったのだと私の手でまとめる」
呆然としながら話を聞いていた。
満足するまで騎士を続けて良いだなんて、多分、魅力的な話なのだと思う。しかしあいまいな違和感を覚えていた。
満足するまで――。俺はその状態で騎士をつづけて満足できるのだろうか――。むしろ周囲の目に耐えられず少しずつ挫けていくんじゃ――。
「王都に行くまでは、君にマーキングすることも耐えると誓う。君がオメガだと周囲に悟らせるような真似もしない」
「え」
マーキングされないなんて……と不安になった。
「マーキングしていいのか……?」
「い、いえ」
そうだ、マーキングしたら今度はユリウス隊長との関係を疑われてしまう。
ユリウス隊長は薄く微笑んで、席を立った。
「ゆっくり考えてほしい。今日はこれで失礼しよう」
ミカエルは応接間にいるのですれ違うことはない。
玄関ホールで隊長を見送ってから、念のために抑制剤を飲んで、俺は応接間へと向かった。
魅力的な話ばかりだったけれど、無理に騎士を続けて最終的に結婚するのなら、弟が卒業したらすぐに結婚してしまったほうがいいのかもしれない……。でも騎士も続けたいと思ってしまう。
「ジョシュアが、子供が生まれるまでの間の繫ぎ役、ということになってしまいます……」
考える程に不憫で、胸が熱くなってくる。
「弟は子供のころに引き取られて……不慣れな生活の中で努力してきたんです。用が済んだからと家督を奪うなんていうことは、できません」
「君は、同情で家督を任せようというのか?」
「え」
「同情で、彼と結婚する気でいるのか」
俺の話している内容を要約すればそういうことだった。
座っているのに体がぐらついてくる。
だからってどうすればいいのだろう。大事な弟を使い捨てにすることはできない。家族だ。兄弟だ。ずっと俺のことを応援してきてくれたのだ。
「彼はフェロモンが欠乏している……。今後好奇の目に晒され、健康状態を疑われ、騎士として昇進も叶わず、社交界でも居場所はない……。そのうえ養子だ。家督を背負っていくほうが重荷ではないだろうか」
「……治療しています。健康に問題はないそうなので、治るはずです」
「希望を見るのはいいけれど、現実に目を向けることも必要だ」
う、と泣いてしまいそうだった。
治らなかったらどうしよう、と毎晩毎朝考えて治るように祈ってスカーフを枕元に置いているのだ。希望があるからどうにか笑顔を保っていられるのだ。
「弟は、優秀です……。祖父は実力主義でしたから……、例えフェロモンがなくても、家を守っていけると認めてくれるはずです……」
「……。君自身の気持ちが聞きたい。弟と番になりたいのかどうか」
優しい口調なのに、胸が強烈に痛い。番になりたいかなんてわからない。
フレデリックに昨日嗤われた言葉が頭の中で響いてくる。
『変態じゃないですか! 弟だと認識してる相手にマーキングしてもらってたんですか!?』
弟だと思っている。弟も俺を、兄と思っている。それなら番になるなんてありえない。マーキングしてもらってることすら異例なのだ。
ユリウス隊長を見れば、痛みを耐えるような顔をしている。
弟と番になるのは変だけれど……やっぱり弟を置いて家を出ていくなんてできない。
「弟を、守りたいだけです……」
沈黙が流れる。ユリウス隊長は思案したあと、ゆっくりと口を開いた。
「君が守り続ける必要はない……」
大きな衝撃が走った。
「実力を信頼するのなら、彼に家督を任せるべきだ。私は彼を間の繋ぎ役にはしない。この先私たちが結婚して、生まれた子息が大きくなったとしても、家督を強引に剝奪するような真似は絶対にしない。相続は時が満ちるまで待てばいい」
「……」
「……考えてくれるか」
ここまで言わたら頷くしかなくて、俺は「はい、」と応えた。
ユリウス隊長の話は全て正論で、弟のことも重んじてくれていて、祖父の遺言と血筋の意向も全部くみとってくれている。
問題がなさすぎて何も言えなかった。いい話なのだと思う。
それに、ユリウス隊長もとても素敵なひとだ。
弟が卒業したら、ユリウス隊長と結婚して、王都の屋敷で子供を育てて、社交界にだけ出て暮らして……。
「それと、君が騎士を続けたいと望むのなら、今しばらくは待とうと思っている」
「え?」
ユリウス隊長は優しく微笑んだ。
「君の気持ちを尊重したいと言っただろう?」
「……あ」
一気に気持ちが浮上し、胸が熱くなっていた。同時に体の奥まで疼いてしまって、何だかヒートが起きそうな気配までしてくる。
希望が見えてしまう。しかしだめだ。フレデリックたちの処罰を聞いてあそこに残りつづけることはできない。
「だめ、です。まわりに迷惑がかかってしまいます。俺はもう」
ユリウス隊長は真摯な眼差しで言った。
「そのことだが、君と先に番の契約がしたい。そうすればオメガのフェロモンが漏れることもないだろう」
え、と硬直した。
ミカエルにも番の契約は誘われたけれど、ユリウス隊長は結婚が前提だ。
いずれ番になるのなら今、番になってしまっても……?
弟の卒業まで猶予があると思っていたのに、急に決断が間近に迫ってきている。
「ロイス様、ハルバード様。失礼いたします」
気付くと、ノーマンがかしこまった姿勢で立っていた。
「ミカエル様が応接間でお待ちになっておられます」
いつの間にか午後の約束の時間になっていたのだ。
ユリウス隊長は冷えた目をした。
「奴は性懲りもなくマーキングをしに来たのか?」
「いえ……! ミカエルはわかってくれてます。昨日話がしたいと言っていたので、そのことです」
「話をするのなら私も立ち合おう」
「え、ですが……話ができなくなるんじゃ」
そのまま口論や決闘にならないだろうか。
「ミカエルがマーキングを諦めているなら……。今度は番の申し込みをしに来たのではないか?」
予想を言い当てられて、俺は息を呑んだ。
隊長の目が鋭くなる。
「すでにプロポーズをされているのか」
「ち、ちがいます。プロポーズではなく、親友として。騎士を続けていくために番契約をしようと」
「――たわ言だ。君はその言葉を鵜吞みにしたのか?」
「していません……! 友人と結ぶものじゃないと理解しています」
「わかっていないな。……いや、ロイス。君はそのままでいい」
「え?」
「結婚を前提として、私は君に番契約を申し込む」
「……」
「契約すればフェロモンは一切漏れなくなる。そうなれば君は弟と同様に”フェロモンが欠如したアルファ”として周囲に認識されるだろう。しかしオメガと疑われる心配はなく、これまで以上に安心して騎士の仕事を続けられる。十分に満足することができたそのとき、王都へ一緒に行こう。君の正体を明かすときも、事情があったのだと私の手でまとめる」
呆然としながら話を聞いていた。
満足するまで騎士を続けて良いだなんて、多分、魅力的な話なのだと思う。しかしあいまいな違和感を覚えていた。
満足するまで――。俺はその状態で騎士をつづけて満足できるのだろうか――。むしろ周囲の目に耐えられず少しずつ挫けていくんじゃ――。
「王都に行くまでは、君にマーキングすることも耐えると誓う。君がオメガだと周囲に悟らせるような真似もしない」
「え」
マーキングされないなんて……と不安になった。
「マーキングしていいのか……?」
「い、いえ」
そうだ、マーキングしたら今度はユリウス隊長との関係を疑われてしまう。
ユリウス隊長は薄く微笑んで、席を立った。
「ゆっくり考えてほしい。今日はこれで失礼しよう」
ミカエルは応接間にいるのですれ違うことはない。
玄関ホールで隊長を見送ってから、念のために抑制剤を飲んで、俺は応接間へと向かった。
魅力的な話ばかりだったけれど、無理に騎士を続けて最終的に結婚するのなら、弟が卒業したらすぐに結婚してしまったほうがいいのかもしれない……。でも騎士も続けたいと思ってしまう。
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