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本編
庭園とバニラ 2
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紅茶を一口飲んで、驚きを落ち着ける。
ユリウス隊長は私服姿だと温かみがあり、紅茶を口にしていると味わいを楽しんでいるかのような品の良さがある。
そのとき不意に美しい瞳がこちらに向けられて、俺は慌てて目を逸らした。頬が熱い。
「体調はどうだ?」
「あ、……回復しました」
「そうか。重ねて謝罪するが、アポイントも取らずに押しかけてすまない」
「いえ、俺もお礼をお伝えしたかったので……。昨日は本当に有難うございました」
これまで避けつづけてきたので距離感がつかめないけれど、隊長と話すと不思議と心が安定していた。
剣の強さや立ち振る舞いを尊敬しているけれど、圧倒されるようなことはなく、それでいて自制している態度が自然と移ってきて自分もユリウス隊長のような高潔な人間になったように思えてくる。
「フレデリック、キース、ベンジャミンの三名については、数日中に僻地の砦に移動させることにした」
キースとベンジャミンは先輩ふたりの名前である。俺は話を聞いて驚いた。
対応が早すぎる。それに三人も移動。移動の理由はどうするのだ。
「彼らには自分から移動願いを出させる。シド上官にだけ隊員同士でトラブルがあったと内々で報告をしておく」
「三人は、同意したんですか?」
「これから話をするところだ。私が話せば断れはしない。……君には、危機は去ったのだと知ってほしい」
優しい口調で言われて、瞬時に心が温かくなってしまう。しかし内容があまりにも深刻だ。
「僻地の砦って……」
「三人を分散させる予定だ。フレデリックは極寒の北の砦へ移動させる。慣れるまでは思考する余裕すらないだろう。ついでに逃げ出す場所もない」
年中猛吹雪に囲まれている監獄のような場所だと聞いたことがある。貴族が移動することは珍しく、移動してきた貴族は問題のある者ばかりなので、他の隊員たちの鬱憤の捌け口にされるという。
本来なら何事もなく騎士を続けられただろうに、俺が騎士をしていたせいで事件が起きて、そんな監獄へ送られるのだ。そして先輩のふたりは元々は脅されただけなのにどこかの僻地へ送られるのだ。三人の騎士が移動すれば、人事の変更で周囲にも迷惑をかけてしまうことになる。
俺はぞっとしていた。自分のせいで大事になってしまった。
「俺の、せいで」
「……今回の事件はフレデリックが原因だ。君が罪の意識を抱く必要はない」
俺は反射的に小さく首を振っていたが、ユリウス隊長は冷淡な口調で言う。
「どのみち基地には居られまい。私のしごきを受ける事になるのだから逃げ出すことは決まっていた。その先が極寒の地や僻地になっただけのこと。――私は、同じアルファとしてあの三人を軽蔑する。守るべきオメガを快楽の捌け口にするなど、到底許せることではない」
確かにオメガや女性にそのような乱暴を働く者がいれば、俺も北の砦へ送りたい。
しかし元々異物であったのは俺ではないか。
「しかし同時に――君を尊重していなかった己にも気付いた」
「え?」
隊長は真摯な眼差しを向けてくる。
「これまで君を求めるあまり、何度も脅すような言い方をしてきただろう」
「それは……」
「心当たりがあるはずだ。……すまなかった」
脅されたと感じたときもあったけれど、注意して警告してくれたようにも感じた。
話す時間が無い中では、仕方なかったのではないだろうか。
「あの……俺の方こそまともに話をしようとしなくて……すみませんでした」
「構わない。動揺している君を気づかえなかったことは、私の落ち度だ」
薄く微笑まれ、瞬間、俺の心臓は歓びで爆音を立てていた。
彼が笑っているところをみるのは初めてだ。
「それから事件とは関係なく、ひとつ君に尋ねたいことがある」
「は、はい」
「――君の弟は、実の弟ではないのか?」
途端に心臓がズクッと痛くなった。
そうだ、実の弟だと思わせたまま黙っていたのだ。
我が家の事情を社交界で聞いたのだろう。弟が養子であることは暗黙の共通認識になっている。
「……はい。ジョシュアは祖父の養子です。戸籍上は俺の叔父です」
添い寝していた相手が実の兄弟ではないことが明るみに出てしまった。
「アルファの彼を養子にしたということは、彼は婿養子で、君の許嫁ということか?」
執事に聞いた話では、ふさわしい人物に成長できたときのみの条件つきの許嫁だった。
祖父は本来、自分の手で鍛え上げて一人前にしたかったのだろう。
そして俺は…………ユリウス隊長に弟が許嫁候補であることを伝えるのを躊躇した。
「……祖父が既に他界していて、はっきりしたことはわかりません。遺言には、ジョシュアが成人して学校を卒業したら家督を継がせるようにとだけ」
ユリウス隊長は思案する様子になってから口を開いた。
「彼はもうじき卒業するのだろう……。そうしたら、君は家督をゆずって身軽な身になれるということか?」
なれるのだと答えたら、ユリウス隊長の手を取ると宣言するようなものだ。
あの状態の弟を放っていくことはできない――。それに祖父の意向もある。
「祖父は…………血筋を残すことも、希望していたようです。血筋を継ぐのは俺だけなので、俺が家を離れる訳にはいきません」
「君自身は、血筋を守るために彼との結婚を望んでいると?」
「え……?」
「君自身は、彼を許嫁だと考えているのか?」
「い、え……弟だと思っていて」
「弟だと思っている相手と結婚はしたくないだろう。気が早い話になってしまうけれど……一度彼に家督を譲り、私たちが結婚したのち子息が生まれたら、この家の家督を継がせればいいのではないか」
俺は動揺して息を吸った。結婚も考えていなかったのに、子息なんて。
頭がぐるぐると回る。
けれどそうすれば、たしかに遺言の規定も、血筋の保持も守れてしまう。
「それは……」
ユリウス隊長は私服姿だと温かみがあり、紅茶を口にしていると味わいを楽しんでいるかのような品の良さがある。
そのとき不意に美しい瞳がこちらに向けられて、俺は慌てて目を逸らした。頬が熱い。
「体調はどうだ?」
「あ、……回復しました」
「そうか。重ねて謝罪するが、アポイントも取らずに押しかけてすまない」
「いえ、俺もお礼をお伝えしたかったので……。昨日は本当に有難うございました」
これまで避けつづけてきたので距離感がつかめないけれど、隊長と話すと不思議と心が安定していた。
剣の強さや立ち振る舞いを尊敬しているけれど、圧倒されるようなことはなく、それでいて自制している態度が自然と移ってきて自分もユリウス隊長のような高潔な人間になったように思えてくる。
「フレデリック、キース、ベンジャミンの三名については、数日中に僻地の砦に移動させることにした」
キースとベンジャミンは先輩ふたりの名前である。俺は話を聞いて驚いた。
対応が早すぎる。それに三人も移動。移動の理由はどうするのだ。
「彼らには自分から移動願いを出させる。シド上官にだけ隊員同士でトラブルがあったと内々で報告をしておく」
「三人は、同意したんですか?」
「これから話をするところだ。私が話せば断れはしない。……君には、危機は去ったのだと知ってほしい」
優しい口調で言われて、瞬時に心が温かくなってしまう。しかし内容があまりにも深刻だ。
「僻地の砦って……」
「三人を分散させる予定だ。フレデリックは極寒の北の砦へ移動させる。慣れるまでは思考する余裕すらないだろう。ついでに逃げ出す場所もない」
年中猛吹雪に囲まれている監獄のような場所だと聞いたことがある。貴族が移動することは珍しく、移動してきた貴族は問題のある者ばかりなので、他の隊員たちの鬱憤の捌け口にされるという。
本来なら何事もなく騎士を続けられただろうに、俺が騎士をしていたせいで事件が起きて、そんな監獄へ送られるのだ。そして先輩のふたりは元々は脅されただけなのにどこかの僻地へ送られるのだ。三人の騎士が移動すれば、人事の変更で周囲にも迷惑をかけてしまうことになる。
俺はぞっとしていた。自分のせいで大事になってしまった。
「俺の、せいで」
「……今回の事件はフレデリックが原因だ。君が罪の意識を抱く必要はない」
俺は反射的に小さく首を振っていたが、ユリウス隊長は冷淡な口調で言う。
「どのみち基地には居られまい。私のしごきを受ける事になるのだから逃げ出すことは決まっていた。その先が極寒の地や僻地になっただけのこと。――私は、同じアルファとしてあの三人を軽蔑する。守るべきオメガを快楽の捌け口にするなど、到底許せることではない」
確かにオメガや女性にそのような乱暴を働く者がいれば、俺も北の砦へ送りたい。
しかし元々異物であったのは俺ではないか。
「しかし同時に――君を尊重していなかった己にも気付いた」
「え?」
隊長は真摯な眼差しを向けてくる。
「これまで君を求めるあまり、何度も脅すような言い方をしてきただろう」
「それは……」
「心当たりがあるはずだ。……すまなかった」
脅されたと感じたときもあったけれど、注意して警告してくれたようにも感じた。
話す時間が無い中では、仕方なかったのではないだろうか。
「あの……俺の方こそまともに話をしようとしなくて……すみませんでした」
「構わない。動揺している君を気づかえなかったことは、私の落ち度だ」
薄く微笑まれ、瞬間、俺の心臓は歓びで爆音を立てていた。
彼が笑っているところをみるのは初めてだ。
「それから事件とは関係なく、ひとつ君に尋ねたいことがある」
「は、はい」
「――君の弟は、実の弟ではないのか?」
途端に心臓がズクッと痛くなった。
そうだ、実の弟だと思わせたまま黙っていたのだ。
我が家の事情を社交界で聞いたのだろう。弟が養子であることは暗黙の共通認識になっている。
「……はい。ジョシュアは祖父の養子です。戸籍上は俺の叔父です」
添い寝していた相手が実の兄弟ではないことが明るみに出てしまった。
「アルファの彼を養子にしたということは、彼は婿養子で、君の許嫁ということか?」
執事に聞いた話では、ふさわしい人物に成長できたときのみの条件つきの許嫁だった。
祖父は本来、自分の手で鍛え上げて一人前にしたかったのだろう。
そして俺は…………ユリウス隊長に弟が許嫁候補であることを伝えるのを躊躇した。
「……祖父が既に他界していて、はっきりしたことはわかりません。遺言には、ジョシュアが成人して学校を卒業したら家督を継がせるようにとだけ」
ユリウス隊長は思案する様子になってから口を開いた。
「彼はもうじき卒業するのだろう……。そうしたら、君は家督をゆずって身軽な身になれるということか?」
なれるのだと答えたら、ユリウス隊長の手を取ると宣言するようなものだ。
あの状態の弟を放っていくことはできない――。それに祖父の意向もある。
「祖父は…………血筋を残すことも、希望していたようです。血筋を継ぐのは俺だけなので、俺が家を離れる訳にはいきません」
「君自身は、血筋を守るために彼との結婚を望んでいると?」
「え……?」
「君自身は、彼を許嫁だと考えているのか?」
「い、え……弟だと思っていて」
「弟だと思っている相手と結婚はしたくないだろう。気が早い話になってしまうけれど……一度彼に家督を譲り、私たちが結婚したのち子息が生まれたら、この家の家督を継がせればいいのではないか」
俺は動揺して息を吸った。結婚も考えていなかったのに、子息なんて。
頭がぐるぐると回る。
けれどそうすれば、たしかに遺言の規定も、血筋の保持も守れてしまう。
「それは……」
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