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本編
ラベンダーと雨 4
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フレデリックは両手を開いて言った。
「匂いを誤魔化すのなら混ぜる匂いは多い方が良い! より黒く! 何色の匂いを混ぜたか分からなくしてしまえばいい!」
「……は?」
「先輩の偽装のためでもありますし、僕の身の安全を守るためでもあります……」
後ずさりしたとき、雷光が光って一瞬、彼らの顔がよく見えた。
フレデリックは愉悦に満ち、先輩ふたりは引きつった狂気的な笑みをたたえている。再び薄闇が訪れた。
「……悪く思うな。平民には何もできなくてな」
「乱暴にはしないよ、ロイス」
二人はフレデリックに脅されたのだ。
しかし、垣間見えた狂気の笑みは何なのだろう。
愉快そうなフレデリックの声が響く。
「これを飲んでください。ヒート誘発剤です。マーキングですからね、あなたがヒートしてくれたほうがこちらもフェロモンが出やすい」
「……ぅ、」
「今更怖がってるんですか?」
左右から先輩たちが近づいてきて、俺の腕を拘束した。
恐くてたまらない。
振り解きたいけれど、逃げたら弟とミカエルが無事では済まない。
「口を開いて、さあ」
顎を掴まれながら、俺は目を瞑って口を開いた。
錠剤が差し込まれてきて、恐る恐る飲み込む。
「ロイスさんは抑制剤を飲んでるんですよね? 効果が出るまで少し時間がかかりそうですね」
「……」
カウントダウンが始まった気分だった。
ふとフレデリックが思い出したような顔をする。
「そういえば弟さんは養子ですよね。偽装のために引き取ったんですか?」
「……ちがう」
「ええ? でもロイスさんが学校を退学した後に引き取ったんですよね。そのあと復学されて。タイミング的には一致していると思いますけど。貴族なんですからだれを利用しようと軽蔑しませんよ?」
「ッジョシュアは弟だ」
するとフレデリックの目が丸くなった。
「え、ロイスさん本気で言ってます!? それって変態じゃないですか! 弟だと認識してる相手にマーキングしてもらってたんですか!?」
「っ、ちが、体の関係はなくてっ……」
「嘘つかないで下さいよ、あんなにマーキングされてて体の関係がないわけないですよッ!!」
「添い寝を、していただけで……っ!」
俺は、弟と自分の名誉にかけて必死だった。
フレデリックの様子が高ぶっていく。
「嘘でしょ!? えッ、本当に!? ちょっと待って下さいよ、まさかですけど、ミカエルさんともそうやってマーキングしたんですッ!?」
「そ、そう……」
「――――じゃあ初めての相手が僕になるってことですか!?」
世界が砕けるような雷の音が鳴り響いた。
あははは、最ッ高じゃないですか! と大爆笑されて、俺はもう泣きそうだった。
ひとしきり笑ったあと、フレデリックはにじんだ涙を拭きながら言った。
「ああ……でも、それなら優しくしてあげますよ。ここじゃなんですからね、僕の屋敷へ行きましょう。明日は休日ですし、僕たち三人でたっぷりと可愛がってあげます」
どうしようもなくて、俺は小さくうなだれた。
逃げたらミカエルと弟との偽装が明るみになる。覚悟を決めるしかない。
「ああ、それとマーキングしてあげますが、ひとつお願いがあるんです」
「……?」
頭がほとんど働いておらず、ほとんど呆然としつつ見つめた。
「うちは男爵家で爵位も低くて立場が弱いんです。ロイスさんはシド上官と懇意にされているでしょう? 口利きをお願いしますね」
「っそんな、力は……」
「あんなに可愛がられていて力がないなんてことないでしょう。俺のことを優秀だって軽~く伝えてくれればそれでいいんです。それと俺の同期の隊員の欠点を伝えておいてください。印象操作ですよ、印象操作」
「……」
そんな器用なこと出来る気がしない。
フレデリックは首を傾げた。
「偽装のことシド上官にも隠してるんですよね? 俺は打ち明けてみてもいいと思いますけどね。あの人、ロイスさんのことは猫かわいがりしてますし、オメガとしても可愛がってくれるんじゃないですか」
「……ありえない」
「あはっ、本当に初心なんですね。まあ隠したままでもいいです。あの人のものになったら俺が割り込む余地がなくなりそうですからね」
「……」
「俺、ロイスさんに憧れているのは本当なんです。学生時代からトップの成績で。みんなから一目置かれていて。剣術はお手本みたいに綺麗で。学年期末のトーナメントなんて毎年ドキドキしながら観戦してました」
明るい口調がうっとりとしていく。
べた褒めされているけれど、こちらの気分は地を這う様だった。
「ああでも、特に好きなのはあなたが乱れている姿ですよ。ふだん澄ました顔をしているくせに、訓練のときはハァハァ言ってるでしょ。あれが見たくて居残り稽古に参加してましたもん」
吐き気が込み上げきた。
「あ、薬が効いてきたみたいですね」
「え」
「フェロモン出て来てますよ!」
笑顔で指摘され、体が火照っていることを自覚した。
腹の奥がじくじくと熱を持って甘い快感を発している。
「思ったよりも早かったですね。早く移動しないと」
「う……」行きたくない。
「雨が降ってますし匂いは消せるでしょう。行きますよ、ロイスさん。ハァハァ言ってないでしゃんと歩いてくださいね。怪しまれますからね」
愉しんでいる様子を隠しもしなかった。
どうにか出口へ向かって歩くけれど、腰の奥がもどかしくてぎこちなくなる。
「その……馬車を……」
「ええ……? 頑張って歩いてるロイスさんを見たいですけど。まあ他の人間にバレたらまずいですからね。仕方ないです。呼びますよ」
すると平民の先輩が言った。
「なあ、もうここでヤらないか……!?」
「賛成だ! 外を歩いたら見つかるかもしれないし!」
フレデリックは目を細める。
「いいえ、屋敷まで行くと決めたんで」
「我慢できない……! 馬車の御者だって気付くかもしれないだろ!」
「限界だッ。ロイスだッて途中で歩けなくなるに決まってるッ!」
「…………僕に逆らうんですか?」
二人は反論しようとしたけれど、言葉を出す前にぐっと呑み込んだ。実力は確かだけれど、平民は立場が弱いのだ。
俺は疼きが激しくてじっとしていられなくなっていた。
「匂いを誤魔化すのなら混ぜる匂いは多い方が良い! より黒く! 何色の匂いを混ぜたか分からなくしてしまえばいい!」
「……は?」
「先輩の偽装のためでもありますし、僕の身の安全を守るためでもあります……」
後ずさりしたとき、雷光が光って一瞬、彼らの顔がよく見えた。
フレデリックは愉悦に満ち、先輩ふたりは引きつった狂気的な笑みをたたえている。再び薄闇が訪れた。
「……悪く思うな。平民には何もできなくてな」
「乱暴にはしないよ、ロイス」
二人はフレデリックに脅されたのだ。
しかし、垣間見えた狂気の笑みは何なのだろう。
愉快そうなフレデリックの声が響く。
「これを飲んでください。ヒート誘発剤です。マーキングですからね、あなたがヒートしてくれたほうがこちらもフェロモンが出やすい」
「……ぅ、」
「今更怖がってるんですか?」
左右から先輩たちが近づいてきて、俺の腕を拘束した。
恐くてたまらない。
振り解きたいけれど、逃げたら弟とミカエルが無事では済まない。
「口を開いて、さあ」
顎を掴まれながら、俺は目を瞑って口を開いた。
錠剤が差し込まれてきて、恐る恐る飲み込む。
「ロイスさんは抑制剤を飲んでるんですよね? 効果が出るまで少し時間がかかりそうですね」
「……」
カウントダウンが始まった気分だった。
ふとフレデリックが思い出したような顔をする。
「そういえば弟さんは養子ですよね。偽装のために引き取ったんですか?」
「……ちがう」
「ええ? でもロイスさんが学校を退学した後に引き取ったんですよね。そのあと復学されて。タイミング的には一致していると思いますけど。貴族なんですからだれを利用しようと軽蔑しませんよ?」
「ッジョシュアは弟だ」
するとフレデリックの目が丸くなった。
「え、ロイスさん本気で言ってます!? それって変態じゃないですか! 弟だと認識してる相手にマーキングしてもらってたんですか!?」
「っ、ちが、体の関係はなくてっ……」
「嘘つかないで下さいよ、あんなにマーキングされてて体の関係がないわけないですよッ!!」
「添い寝を、していただけで……っ!」
俺は、弟と自分の名誉にかけて必死だった。
フレデリックの様子が高ぶっていく。
「嘘でしょ!? えッ、本当に!? ちょっと待って下さいよ、まさかですけど、ミカエルさんともそうやってマーキングしたんですッ!?」
「そ、そう……」
「――――じゃあ初めての相手が僕になるってことですか!?」
世界が砕けるような雷の音が鳴り響いた。
あははは、最ッ高じゃないですか! と大爆笑されて、俺はもう泣きそうだった。
ひとしきり笑ったあと、フレデリックはにじんだ涙を拭きながら言った。
「ああ……でも、それなら優しくしてあげますよ。ここじゃなんですからね、僕の屋敷へ行きましょう。明日は休日ですし、僕たち三人でたっぷりと可愛がってあげます」
どうしようもなくて、俺は小さくうなだれた。
逃げたらミカエルと弟との偽装が明るみになる。覚悟を決めるしかない。
「ああ、それとマーキングしてあげますが、ひとつお願いがあるんです」
「……?」
頭がほとんど働いておらず、ほとんど呆然としつつ見つめた。
「うちは男爵家で爵位も低くて立場が弱いんです。ロイスさんはシド上官と懇意にされているでしょう? 口利きをお願いしますね」
「っそんな、力は……」
「あんなに可愛がられていて力がないなんてことないでしょう。俺のことを優秀だって軽~く伝えてくれればそれでいいんです。それと俺の同期の隊員の欠点を伝えておいてください。印象操作ですよ、印象操作」
「……」
そんな器用なこと出来る気がしない。
フレデリックは首を傾げた。
「偽装のことシド上官にも隠してるんですよね? 俺は打ち明けてみてもいいと思いますけどね。あの人、ロイスさんのことは猫かわいがりしてますし、オメガとしても可愛がってくれるんじゃないですか」
「……ありえない」
「あはっ、本当に初心なんですね。まあ隠したままでもいいです。あの人のものになったら俺が割り込む余地がなくなりそうですからね」
「……」
「俺、ロイスさんに憧れているのは本当なんです。学生時代からトップの成績で。みんなから一目置かれていて。剣術はお手本みたいに綺麗で。学年期末のトーナメントなんて毎年ドキドキしながら観戦してました」
明るい口調がうっとりとしていく。
べた褒めされているけれど、こちらの気分は地を這う様だった。
「ああでも、特に好きなのはあなたが乱れている姿ですよ。ふだん澄ました顔をしているくせに、訓練のときはハァハァ言ってるでしょ。あれが見たくて居残り稽古に参加してましたもん」
吐き気が込み上げきた。
「あ、薬が効いてきたみたいですね」
「え」
「フェロモン出て来てますよ!」
笑顔で指摘され、体が火照っていることを自覚した。
腹の奥がじくじくと熱を持って甘い快感を発している。
「思ったよりも早かったですね。早く移動しないと」
「う……」行きたくない。
「雨が降ってますし匂いは消せるでしょう。行きますよ、ロイスさん。ハァハァ言ってないでしゃんと歩いてくださいね。怪しまれますからね」
愉しんでいる様子を隠しもしなかった。
どうにか出口へ向かって歩くけれど、腰の奥がもどかしくてぎこちなくなる。
「その……馬車を……」
「ええ……? 頑張って歩いてるロイスさんを見たいですけど。まあ他の人間にバレたらまずいですからね。仕方ないです。呼びますよ」
すると平民の先輩が言った。
「なあ、もうここでヤらないか……!?」
「賛成だ! 外を歩いたら見つかるかもしれないし!」
フレデリックは目を細める。
「いいえ、屋敷まで行くと決めたんで」
「我慢できない……! 馬車の御者だって気付くかもしれないだろ!」
「限界だッ。ロイスだッて途中で歩けなくなるに決まってるッ!」
「…………僕に逆らうんですか?」
二人は反論しようとしたけれど、言葉を出す前にぐっと呑み込んだ。実力は確かだけれど、平民は立場が弱いのだ。
俺は疼きが激しくてじっとしていられなくなっていた。
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