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本編
ラベンダーと雨 3
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「第三訓練所に行きましょう。あそこなら邪魔が入らないです」
一日の訓練後に呼び出され、俺は指示されるままフレデリックに従った。
蝋燭はなく、明かりは雨雲から漏れる光だけだ。
雨音が建物を打ち付ける音が響いていた。
「こうして二人で話すのなんて初めですよね。俺、ロイスさんに憧れてたんで嬉しいです」
「用件は、なんだ……」
俺は警戒しながらその緑の目を窺った。
どうして気付かれたのだろう。ミカエルに気付かれていたし、確かにだれかに気付かれていてもおかしくないと思っていた。
「ロイスさん、オメガってこと隠したいんですよね?」
答えたらオメガだと確定してしまうことになる。
「あ、黙ってても無駄ですよ。最近ロイスさん、フェロモンがどんどん消えていってたでしょう。加えて先日、ユリウス隊長の歓迎パーティがあったでしょう。あのときロイスさんの弟さんのフェロモンも消えてることに気付いたんですよね。それで、兄弟で一緒に消えるなんて変だなーって疑問に思ってたんです」
フレデリックの顔が愉快そうになる。
「それから今朝、ロイスさんからミカエルさんと同じような匂いがしてきて。ミカエルさんが幸せそうな顔してたでしょ。まるでマーキングした後のアルファとオメガみたいだなって思ったんです。そこにあの決闘騒ぎですよ。ユリウス隊長って以前からロイスさんのことばかり見てますし、あれじゃミカエルさんのマーキングに嫉妬してるって言ってるようなものじゃないですか」
それは真実を言い当てていた。
「ピンと来ました。ロイスさんはもともとオメガで、弟さんにマーキングしてもらってたんだって。フェロモンが出なくなったから、ミカエルさんに代わりにマーキングしてもらったんだって」
「……」
息が苦しい。何と誤魔化せばいい? 誤魔化せるのだろうか。
不意にフレデリックは優しい声音になった。
「ああ、硬くならないでください。俺、ロイスさんに憧れてるんです。弱みを掴んだからって酷い事しようなんて企みません。何なら手助けしてあげてもいい」
「……え?」
「学生時代からの憧れの先輩ですからね。ロイスさんがオメガであることを隠したいのなら協力いたします」
「……!!」
心に晴れ間が差してきた。フレデリックは笑みを深める。
「きっと今みんながあなたの匂いに多かれ少なかれ疑惑を抱いているはずです。なにせロイスさんには隠れファンが多いですからね。ですので、誤魔化す必要があると思うんです。それなら――僕のフェロモンも混ぜて、匂いの区別ができないようにしちゃえばいいんですよ。匂いが混ざってしまえば誰がマーキングしているかなんてわかりません。色が混ぜたら何色を混ぜたかわからなくなってしまうようにね。多少僕に疑惑がかかるリスクはありますが、既に偽装をしているあなたにとってはメリットしかありません」
「……!」
そうかもしれない、と思った。けれど、良いのだろうか。そもそも人にリスクを負わせてまで騎士を続けていいのだろうか。偽装を助けるリスクというのなら、ミカエルには既にリスクがかかっているということだ。危険だ。そこにフレデリックまで巻き込んでしまうことになる。
それにマーキングっていうのは、本来性的な行為をするものではなかったか……?
妙な焦燥感と警戒が続いていた。
ふとフレデリックは薄ら笑うような顔になった。
「あと、僕は口が堅い方ですけど……。お断りされたら、うっかり真実をみんなに話してしまうかもしれません」
一瞬、何を言っているのか意味がわからなかった。
「ミカエルさんが協力して偽装していることも、弟さんがこれまで協力していたことも全部話してしまうかもしれません……」
「は……?」
唖然と吐息が零れた。
思考が停止して、少ししてから戻ってきた。
俺に選択肢なんてなかったのだ。
手助けしてくれるなんて嘘だったのだ。脅しなのだ。どういう目的で? マーキングをしたい欲求? 性欲?
「どうされます?」
「……目的は?」
「お手伝いしたいんですよ!」
ぱあっと明るい笑顔で言われ、未知の存在に出くわしたような気分になった。どの道、選択肢はない。
「や、やる」
「何をやるんですか?」
「マーキングを……」
「やる? やってほしい、の間違いじゃありませんか? それとロイスさんはオメガですよね。アルファに頼むのならそれなりの言葉遣いがあるんじゃないですか」
「っま……マーキングを……してください」
フレデリックは満面の笑顔になった。
「ええ……!! もちろん!! 喜んでいたします」
不安と屈辱でいっぱいだけれど、これでミカエルと弟は無事だ。
少し息をつくと、フレデリックはくつくつと腹を抱えて震え出した。
「ていうか、本当にオメガだったんですか?」
「……え?」
「しらばっくられたら分からなかったのにっ!!」
あははは、と嗤われて何が何だかわからない。
建物の外からは雨の音が轟轟と響いている。雷の予兆がゴロゴロとうなった。
直後に扉が開いて、中隊に所属している先輩ふたりが現れた。
平民なのに選抜試験をくぐって騎士になった優秀な人たちだ。もちろん性別はアルファだった。
一日の訓練後に呼び出され、俺は指示されるままフレデリックに従った。
蝋燭はなく、明かりは雨雲から漏れる光だけだ。
雨音が建物を打ち付ける音が響いていた。
「こうして二人で話すのなんて初めですよね。俺、ロイスさんに憧れてたんで嬉しいです」
「用件は、なんだ……」
俺は警戒しながらその緑の目を窺った。
どうして気付かれたのだろう。ミカエルに気付かれていたし、確かにだれかに気付かれていてもおかしくないと思っていた。
「ロイスさん、オメガってこと隠したいんですよね?」
答えたらオメガだと確定してしまうことになる。
「あ、黙ってても無駄ですよ。最近ロイスさん、フェロモンがどんどん消えていってたでしょう。加えて先日、ユリウス隊長の歓迎パーティがあったでしょう。あのときロイスさんの弟さんのフェロモンも消えてることに気付いたんですよね。それで、兄弟で一緒に消えるなんて変だなーって疑問に思ってたんです」
フレデリックの顔が愉快そうになる。
「それから今朝、ロイスさんからミカエルさんと同じような匂いがしてきて。ミカエルさんが幸せそうな顔してたでしょ。まるでマーキングした後のアルファとオメガみたいだなって思ったんです。そこにあの決闘騒ぎですよ。ユリウス隊長って以前からロイスさんのことばかり見てますし、あれじゃミカエルさんのマーキングに嫉妬してるって言ってるようなものじゃないですか」
それは真実を言い当てていた。
「ピンと来ました。ロイスさんはもともとオメガで、弟さんにマーキングしてもらってたんだって。フェロモンが出なくなったから、ミカエルさんに代わりにマーキングしてもらったんだって」
「……」
息が苦しい。何と誤魔化せばいい? 誤魔化せるのだろうか。
不意にフレデリックは優しい声音になった。
「ああ、硬くならないでください。俺、ロイスさんに憧れてるんです。弱みを掴んだからって酷い事しようなんて企みません。何なら手助けしてあげてもいい」
「……え?」
「学生時代からの憧れの先輩ですからね。ロイスさんがオメガであることを隠したいのなら協力いたします」
「……!!」
心に晴れ間が差してきた。フレデリックは笑みを深める。
「きっと今みんながあなたの匂いに多かれ少なかれ疑惑を抱いているはずです。なにせロイスさんには隠れファンが多いですからね。ですので、誤魔化す必要があると思うんです。それなら――僕のフェロモンも混ぜて、匂いの区別ができないようにしちゃえばいいんですよ。匂いが混ざってしまえば誰がマーキングしているかなんてわかりません。色が混ぜたら何色を混ぜたかわからなくなってしまうようにね。多少僕に疑惑がかかるリスクはありますが、既に偽装をしているあなたにとってはメリットしかありません」
「……!」
そうかもしれない、と思った。けれど、良いのだろうか。そもそも人にリスクを負わせてまで騎士を続けていいのだろうか。偽装を助けるリスクというのなら、ミカエルには既にリスクがかかっているということだ。危険だ。そこにフレデリックまで巻き込んでしまうことになる。
それにマーキングっていうのは、本来性的な行為をするものではなかったか……?
妙な焦燥感と警戒が続いていた。
ふとフレデリックは薄ら笑うような顔になった。
「あと、僕は口が堅い方ですけど……。お断りされたら、うっかり真実をみんなに話してしまうかもしれません」
一瞬、何を言っているのか意味がわからなかった。
「ミカエルさんが協力して偽装していることも、弟さんがこれまで協力していたことも全部話してしまうかもしれません……」
「は……?」
唖然と吐息が零れた。
思考が停止して、少ししてから戻ってきた。
俺に選択肢なんてなかったのだ。
手助けしてくれるなんて嘘だったのだ。脅しなのだ。どういう目的で? マーキングをしたい欲求? 性欲?
「どうされます?」
「……目的は?」
「お手伝いしたいんですよ!」
ぱあっと明るい笑顔で言われ、未知の存在に出くわしたような気分になった。どの道、選択肢はない。
「や、やる」
「何をやるんですか?」
「マーキングを……」
「やる? やってほしい、の間違いじゃありませんか? それとロイスさんはオメガですよね。アルファに頼むのならそれなりの言葉遣いがあるんじゃないですか」
「っま……マーキングを……してください」
フレデリックは満面の笑顔になった。
「ええ……!! もちろん!! 喜んでいたします」
不安と屈辱でいっぱいだけれど、これでミカエルと弟は無事だ。
少し息をつくと、フレデリックはくつくつと腹を抱えて震え出した。
「ていうか、本当にオメガだったんですか?」
「……え?」
「しらばっくられたら分からなかったのにっ!!」
あははは、と嗤われて何が何だかわからない。
建物の外からは雨の音が轟轟と響いている。雷の予兆がゴロゴロとうなった。
直後に扉が開いて、中隊に所属している先輩ふたりが現れた。
平民なのに選抜試験をくぐって騎士になった優秀な人たちだ。もちろん性別はアルファだった。
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