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本編
贈り物と誕生日 8
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冷や水を浴びたように冷静になった。
そしてここ最近の辻褄が合ってきた。
弟がこの一週間、日に日にマーキングに熱心になっていたこと。
「マーキングをやめた」と今日ユリウス隊長に勘違いされたこと。
「弟と何かあったのか」と以前ミカエルに質問されたこと。
弟のフェロモンはだんだん薄れていっていたのだ。そしてどうしてか消えてしまった。
俺は自分の鼻が鈍っているせいだと勘違いして気付いていなかった。
帰りの馬車の中は、無言だった。弟は窓の外を見ていて視線も合わない。夜の街並みの景色が流れていく。
口を開いたのは俺からだった。
「ジョシュア。その、思いあたる原因は……?」
「……体調を崩したのかもしれないね」
「フェロモンが減ってること、気付いていたのか?」
「何となく」
「どうして言わなかった」
「兄さんは、どうして聞かなかったの」
馬車の車輪がガラガラと鳴っていた。
異変に気付けなかったことを咎められている気がしてしまって、もう話題を続けられなかった。
弟はきっとすごく不安だったのだと思う。自分のフェロモンが消えていくなんて事実は認めがたかったはずだ。
それに自分の匂いなんてよく分からないから、本人でも確信が持てなかったんじゃないか。
だから今日出かける前に、俺に質問して確かめようとしたんじゃないか。
「……明日お医者様に診てもらおう。大丈夫、すぐに治る」
「うん」
本当に治るのだろうか。何か病気でもあったらどうすればいい。元気でいてくれたらそれで十分……。
しかしマーキングができないなら、俺は騎士をやめなければいけないのか。休職して様子を見るべきか。休んでいいのか。急に休むのも辞めるのも迷惑がかかる。抑制剤でオメガのフェロモンさえ抑えておけば、オメガだと知られることはないはずだ。弟のフェロモンもすぐに治るかもしれないし、様子を見ながら仕事に行こう。大丈夫、皆、俺をアルファだと信じている……。
屋敷がだんだん近づいてくる。
添い寝はどうすればいいだろうと思った。
急に生活を変えるなんて変じゃないか。今まで通りにしないとショックを受けるんじゃないか。
「なあ。夜は、一緒に……」
「……寝ないよ。意味ないでしょ」
それきり、俺たちは押し黙った。
*
屋敷の振り子時計がボーンボーンと零時を告げている。
弟は客室で眠ることになった。
俺はひとりでベッドにもぐって丸くなっていた。
思考は弟のことで埋まっていた。
弟はどんな心境でいるのだろう。具合は悪くないだろうか。
もしフェロモンが戻らなかったらどうなる。
健康であればそれでいいと思う。でも弟はつらい目に遭うだろう。アルファとして認めていってもらえないだろう。
身体に異常があると思われたら健康なベータよりもきっと不利だ。もうすぐ卒業して騎士になるのに昇進も縁談もきびしくなるだろう。
――そう、添い寝なんてしてる場合じゃない。バカか俺は。バカなのだろう。何であの状況で、添い寝の話なんてしてしまったんだろう。
「ううぅ、」
フェロモンが出ないなら、添い寝する意味なんてないのだ。当たり前だ。猛烈な後悔に苛まれる。
気遣ってあげるべき状況で全てを間違えている。
「うーー……!!」
悶絶した。後悔と恥ずかしさで人が死ねるなら、死んでいると思う。
***
3/12幕完結です。
読んで下さりありがとうございます……!
お気に入りや感想で応援してくれると嬉しいです!
執筆のモチベーションになります!
よろしくお願いします!
そしてここ最近の辻褄が合ってきた。
弟がこの一週間、日に日にマーキングに熱心になっていたこと。
「マーキングをやめた」と今日ユリウス隊長に勘違いされたこと。
「弟と何かあったのか」と以前ミカエルに質問されたこと。
弟のフェロモンはだんだん薄れていっていたのだ。そしてどうしてか消えてしまった。
俺は自分の鼻が鈍っているせいだと勘違いして気付いていなかった。
帰りの馬車の中は、無言だった。弟は窓の外を見ていて視線も合わない。夜の街並みの景色が流れていく。
口を開いたのは俺からだった。
「ジョシュア。その、思いあたる原因は……?」
「……体調を崩したのかもしれないね」
「フェロモンが減ってること、気付いていたのか?」
「何となく」
「どうして言わなかった」
「兄さんは、どうして聞かなかったの」
馬車の車輪がガラガラと鳴っていた。
異変に気付けなかったことを咎められている気がしてしまって、もう話題を続けられなかった。
弟はきっとすごく不安だったのだと思う。自分のフェロモンが消えていくなんて事実は認めがたかったはずだ。
それに自分の匂いなんてよく分からないから、本人でも確信が持てなかったんじゃないか。
だから今日出かける前に、俺に質問して確かめようとしたんじゃないか。
「……明日お医者様に診てもらおう。大丈夫、すぐに治る」
「うん」
本当に治るのだろうか。何か病気でもあったらどうすればいい。元気でいてくれたらそれで十分……。
しかしマーキングができないなら、俺は騎士をやめなければいけないのか。休職して様子を見るべきか。休んでいいのか。急に休むのも辞めるのも迷惑がかかる。抑制剤でオメガのフェロモンさえ抑えておけば、オメガだと知られることはないはずだ。弟のフェロモンもすぐに治るかもしれないし、様子を見ながら仕事に行こう。大丈夫、皆、俺をアルファだと信じている……。
屋敷がだんだん近づいてくる。
添い寝はどうすればいいだろうと思った。
急に生活を変えるなんて変じゃないか。今まで通りにしないとショックを受けるんじゃないか。
「なあ。夜は、一緒に……」
「……寝ないよ。意味ないでしょ」
それきり、俺たちは押し黙った。
*
屋敷の振り子時計がボーンボーンと零時を告げている。
弟は客室で眠ることになった。
俺はひとりでベッドにもぐって丸くなっていた。
思考は弟のことで埋まっていた。
弟はどんな心境でいるのだろう。具合は悪くないだろうか。
もしフェロモンが戻らなかったらどうなる。
健康であればそれでいいと思う。でも弟はつらい目に遭うだろう。アルファとして認めていってもらえないだろう。
身体に異常があると思われたら健康なベータよりもきっと不利だ。もうすぐ卒業して騎士になるのに昇進も縁談もきびしくなるだろう。
――そう、添い寝なんてしてる場合じゃない。バカか俺は。バカなのだろう。何であの状況で、添い寝の話なんてしてしまったんだろう。
「ううぅ、」
フェロモンが出ないなら、添い寝する意味なんてないのだ。当たり前だ。猛烈な後悔に苛まれる。
気遣ってあげるべき状況で全てを間違えている。
「うーー……!!」
悶絶した。後悔と恥ずかしさで人が死ねるなら、死んでいると思う。
***
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よろしくお願いします!
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