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本編
贈り物と誕生日 6
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屋敷に到着すると、愉快な楽曲の音色が建物から漏れていた。
扉を開けば宴もたけなわな具合で、八十名以上の酔っ払った騎士たちが大盛り上がりしている。
上官の部下である中隊の人間たちだ。
そこに赤ら顔のシド上官がやってきた。
「んははっ、よく来たよく来た!! 待っていたぞぉ、ロイス!! ジョシュア君!!」
「遅れて申し訳ありません」
「よいよい!!」
シド上官はワインをがぶがぶと煽っている。
「さあ!! みんなに祝ってもらおう!! 君達二人も主役だ!!」
上官は空のグラスをテーブルに置くと、俺と弟の背中に手を回してきた。
人込みを割って会場の奥の上座へとぐいぐいと押される。みんなに挨拶するのだろう。
ふと横のスペースを見れば、妖艶なドレスを着た大勢の娘たちがダンスを躍っている。
ご婦人やご令嬢方がいないので、代わりの花というか……むしろここぞとばかりに娼館の娘を踊り子として呼んだのだろう。
騎士たちはデレデレと眺めており、一部の踊り子は騎士の膝の上に乗って絡み合っている。弟の教育にすごく悪い気がする。
「んははっ、気に入った娘がいるか!?」
「いえ、そういうわけでは」
「ロイスは真面目すぎるッ! よくないぞッ! 不健全であるッ!」
「……はい」
そうかもしれない。ミカエルは学生時代よく遊んでいた。しかし弟には見せたくない。シド上官は矛先を弟へ向けた。
「ジョシュア君はどうだねぇ……? 手ほどきもまだなんじゃあないか……? 父親や兄がこういった世話は焼くものだが……?」
俺は静かにショックを受けた。
実際に、親子や兄弟で娼館へ行っている者の話を聞いたことがある。
性教育を心配するなら娼館へ連れて行くべきなのか……?
「僕には心に決めた相手がおりますので」
弟は優しく微笑んだ。
俺はまたしてもショックを受けた。そんな相手がいたなんて聞いていない。
シド上官は「んはっ」と声を大きくした。
「それはいらん世話を焼いてしまったなぁ!! んはははは!!」
「お気遣いありがとうございます」
「しかし遊びは別であろう、気に入った娼婦がいたら選ぶと良い!!」
「ええ、そうします」
色々ショックだった。娼婦、ということも明言されてしまって、目的はひとつしかないじゃないか。
そのとき矛先が俺に向いた。
「ロイスはどうだ? 君こそ手ほどきがまだなんじゃあないか……?」
「あ……はい、あ」
素直に答えてしまった。
「祖父君は逝去されてしまったものなあ?」
「え……あ、はい」
もう頷くしかない。
「これはいかんな! 私が祖父、いや父親代わりになろうではないかッ!」
「え」
「彼女たちはその手のプロだ……。好きな子を教えてくれたまえ……ん」
猫なで声で「ん」と言われた。
俺は思考が停止した。
「……え」
踊っている彼女たちは妖艶で、確かに魅力的だと思うけれど、そんなに簡単に行為に及んでしまって良いのだろうか。
いや、それが彼女たちの仕事か。いいのだろうか。数人いいなと思う子は一応いる。
「兄はお付き合いしている方がおりますよ」
弟が言って、俺はさらに混乱した。そんな方はいない。いやちがう――弟は上官に嘘をついているのだ、と気付いた。
「兄さん、気に入った子はいる?」
「……あ、い、いない」
「恋人にぞっこんみたいです」
瞬間、シド上官は弾けたように豪快に笑った。
「そうかそうか!! またいらん世話だったなッ!! んははは!!」
バンバンと背中を叩いてきて、ぐらついてしまう。
どうやら弟に助けてもらったようで、安堵とふがいなさが混ざってしまう。
そこに使用人がやってきてワインを差し出され、俺たちは受け取った。
「気分が良い!! 皆注目だ!! 紹介しよう!!」
会場の上座の位置に立って、上官は声を上げた。
「まずは改めて歓迎しよう!! 王都から赴任してきた、ユリウス・ハルバード新隊長ッ!!」
シド上官がグラスを持ち上げる。するとピィイイッと口笛が各所で鳴りあがった。
「ユリウス隊長ーーーーッ!!」
「最強~~ッ!!」
「王都の洒落男~~ッ!!」
「抱いて~~ッ!!」
恐れ知らずの野太い声が湧き上がる。
ユリウス隊長は離れたグループで歓談中だったが、皆に向きを変えて優雅に一礼する。
シド上官は満足そうに頷き、今度は俺の後ろで大きく手を広げた。
「そして、就任を祝おう!! 私の息子と呼べる存在! ユリウス隊長の指名で選ばれた、ロイス・ウェンダル補佐官ッ!!」
「よろしくお願いいたします。精進します」
俺はささっとお辞儀した。オマケのお祝いなのだ。補佐官就任なんて昇進でいえば大したものでない。可愛がってもらっているのかもしれないが身に余る。
会場内からはわいわいと聞きなれた声が上がった。
「ロイスおめでと~~~~っ!!」
「硬いぞ~~ッ!!」
「うちの隊に来てくれ~~ッ!!」
「上官、本当の息子が泣いてますよーーッ!!」
シド上官の実の息子も騎士をしており、ユリウス隊長と歓談中のグループで父親の放蕩ぶりに呆れた顔をしている。
上官は我関せずの顔で笑顔で頷くと、ワインを持つ手を変えて、今度は弟の背後で手を広げた。
「それから成人の祝いだ!! ロイスの弟のジョシュア君!! 騎士学校の首席である!! 皆、盛~~大~~に祝ってくれッ!!」
「今年度の卒業後からお世話になります。よろしくお願いいたします」
弟がお辞儀する。
「ブラコン兄弟~~~~ッ!!」
「期待してるぞ~~ッ!!」
「基地に来たらしごいてやるぜ~~ッ!!」
「兄貴を寄越せ~~ッ!!」
そして、上官は満を持してワインを高らかに掲げた。
皆も合わせて掲げる。
「――――乾杯ッ!!」
「カンパ~~~~イッ!!!!」
直後、ワインボトルを握った隊員たちが俺たちの方へわっと殺到した。
扉を開けば宴もたけなわな具合で、八十名以上の酔っ払った騎士たちが大盛り上がりしている。
上官の部下である中隊の人間たちだ。
そこに赤ら顔のシド上官がやってきた。
「んははっ、よく来たよく来た!! 待っていたぞぉ、ロイス!! ジョシュア君!!」
「遅れて申し訳ありません」
「よいよい!!」
シド上官はワインをがぶがぶと煽っている。
「さあ!! みんなに祝ってもらおう!! 君達二人も主役だ!!」
上官は空のグラスをテーブルに置くと、俺と弟の背中に手を回してきた。
人込みを割って会場の奥の上座へとぐいぐいと押される。みんなに挨拶するのだろう。
ふと横のスペースを見れば、妖艶なドレスを着た大勢の娘たちがダンスを躍っている。
ご婦人やご令嬢方がいないので、代わりの花というか……むしろここぞとばかりに娼館の娘を踊り子として呼んだのだろう。
騎士たちはデレデレと眺めており、一部の踊り子は騎士の膝の上に乗って絡み合っている。弟の教育にすごく悪い気がする。
「んははっ、気に入った娘がいるか!?」
「いえ、そういうわけでは」
「ロイスは真面目すぎるッ! よくないぞッ! 不健全であるッ!」
「……はい」
そうかもしれない。ミカエルは学生時代よく遊んでいた。しかし弟には見せたくない。シド上官は矛先を弟へ向けた。
「ジョシュア君はどうだねぇ……? 手ほどきもまだなんじゃあないか……? 父親や兄がこういった世話は焼くものだが……?」
俺は静かにショックを受けた。
実際に、親子や兄弟で娼館へ行っている者の話を聞いたことがある。
性教育を心配するなら娼館へ連れて行くべきなのか……?
「僕には心に決めた相手がおりますので」
弟は優しく微笑んだ。
俺はまたしてもショックを受けた。そんな相手がいたなんて聞いていない。
シド上官は「んはっ」と声を大きくした。
「それはいらん世話を焼いてしまったなぁ!! んはははは!!」
「お気遣いありがとうございます」
「しかし遊びは別であろう、気に入った娼婦がいたら選ぶと良い!!」
「ええ、そうします」
色々ショックだった。娼婦、ということも明言されてしまって、目的はひとつしかないじゃないか。
そのとき矛先が俺に向いた。
「ロイスはどうだ? 君こそ手ほどきがまだなんじゃあないか……?」
「あ……はい、あ」
素直に答えてしまった。
「祖父君は逝去されてしまったものなあ?」
「え……あ、はい」
もう頷くしかない。
「これはいかんな! 私が祖父、いや父親代わりになろうではないかッ!」
「え」
「彼女たちはその手のプロだ……。好きな子を教えてくれたまえ……ん」
猫なで声で「ん」と言われた。
俺は思考が停止した。
「……え」
踊っている彼女たちは妖艶で、確かに魅力的だと思うけれど、そんなに簡単に行為に及んでしまって良いのだろうか。
いや、それが彼女たちの仕事か。いいのだろうか。数人いいなと思う子は一応いる。
「兄はお付き合いしている方がおりますよ」
弟が言って、俺はさらに混乱した。そんな方はいない。いやちがう――弟は上官に嘘をついているのだ、と気付いた。
「兄さん、気に入った子はいる?」
「……あ、い、いない」
「恋人にぞっこんみたいです」
瞬間、シド上官は弾けたように豪快に笑った。
「そうかそうか!! またいらん世話だったなッ!! んははは!!」
バンバンと背中を叩いてきて、ぐらついてしまう。
どうやら弟に助けてもらったようで、安堵とふがいなさが混ざってしまう。
そこに使用人がやってきてワインを差し出され、俺たちは受け取った。
「気分が良い!! 皆注目だ!! 紹介しよう!!」
会場の上座の位置に立って、上官は声を上げた。
「まずは改めて歓迎しよう!! 王都から赴任してきた、ユリウス・ハルバード新隊長ッ!!」
シド上官がグラスを持ち上げる。するとピィイイッと口笛が各所で鳴りあがった。
「ユリウス隊長ーーーーッ!!」
「最強~~ッ!!」
「王都の洒落男~~ッ!!」
「抱いて~~ッ!!」
恐れ知らずの野太い声が湧き上がる。
ユリウス隊長は離れたグループで歓談中だったが、皆に向きを変えて優雅に一礼する。
シド上官は満足そうに頷き、今度は俺の後ろで大きく手を広げた。
「そして、就任を祝おう!! 私の息子と呼べる存在! ユリウス隊長の指名で選ばれた、ロイス・ウェンダル補佐官ッ!!」
「よろしくお願いいたします。精進します」
俺はささっとお辞儀した。オマケのお祝いなのだ。補佐官就任なんて昇進でいえば大したものでない。可愛がってもらっているのかもしれないが身に余る。
会場内からはわいわいと聞きなれた声が上がった。
「ロイスおめでと~~~~っ!!」
「硬いぞ~~ッ!!」
「うちの隊に来てくれ~~ッ!!」
「上官、本当の息子が泣いてますよーーッ!!」
シド上官の実の息子も騎士をしており、ユリウス隊長と歓談中のグループで父親の放蕩ぶりに呆れた顔をしている。
上官は我関せずの顔で笑顔で頷くと、ワインを持つ手を変えて、今度は弟の背後で手を広げた。
「それから成人の祝いだ!! ロイスの弟のジョシュア君!! 騎士学校の首席である!! 皆、盛~~大~~に祝ってくれッ!!」
「今年度の卒業後からお世話になります。よろしくお願いいたします」
弟がお辞儀する。
「ブラコン兄弟~~~~ッ!!」
「期待してるぞ~~ッ!!」
「基地に来たらしごいてやるぜ~~ッ!!」
「兄貴を寄越せ~~ッ!!」
そして、上官は満を持してワインを高らかに掲げた。
皆も合わせて掲げる。
「――――乾杯ッ!!」
「カンパ~~~~イッ!!!!」
直後、ワインボトルを握った隊員たちが俺たちの方へわっと殺到した。
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