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本編
贈り物と誕生日 5
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「それじゃ行くか。みんな待ってる」
二人でカジュアルな正装に着替えを済ませ、玄関の取っ手に手をかけたときだ。
弟が声を上げた。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
振り向いた瞬間に抱き寄せられ、俺はびっくりした。それにノーマンの目の前である。
「お、おい」
抱え込まれて、身動きできない。
「マーキングし直し」
「っ……助かるが、」
目が合うと、ノーマンは気持ちを汲みとってくれたようにそっと離れていった。
背後で弟はくすりと笑う。
「恥ずかしいの? 今更でしょう。ノーマンは全部知ってるんだし」
「っだけど。最近マーキングしすぎじゃないか? 変に思われるかも……」
聞いていないのかキスの雨が髪や耳に振ってきて、俺はもがいた。
ユリウス隊長が赴任してきて一週間が経ったが、日ごとにマーキングは増していく一方だ。
「だ、めだ。兄弟で……!」
「ユリウス隊長がいるんでしょう。念入りにね」
「だけどっ……」
「じっとして」
強く言われ、俺はぎゅうと目を瞑って耐える。
オメガにとって大事な場所であるうなじにまでキスされて、体が大きく跳ねた。
「そこはっ……」
「なぁに?」
「つ、つけすぎだ、隊長に気付かれるから……!」
「ねえ、兄さん」
「っん?」
キスが不意に途絶えた。
「あれからユリウス隊長への反応は消えたの?」
「あ、……う、うん」
嘘だ。目が合うといつも陶酔しかけてしまうし、体の奥も少しだけ疼く。
「補佐官って、二人きりになることはあるの?」
「ないよ。……いつも周りに人がいる。補佐官になっても連絡や事務作業の準備をするくらいで、危ない事はない」
「密室に連れ込まれたりしないでね」
「……しないよ」
信用されていなくて格好悪いが、今日の失態の手前強く言えない。
こんな兄なので弟は過保護になっているのかもしれない。
「……その。心配かけてすまない」
「ふ、兄さんは悪くないでしょ?」
「う、ん……。でも迷惑をかけっぱなしで」
「かけてないよ」
「日を置かずに添い寝してくれることも……。同年代の友達は夜遊びだって沢山しているだろう」
「夜遊びには興味ないんだ。マーキングすること事体、僕が言い出したことなんだし。気にしないでほしいな」
「……う、ん」
「夜遊びするより、兄さんの匂いのお守りをくれるほうがずっといい」
「…………」
その言葉はブラコンの度合いを超えている気がした。
俺たちは兄弟なのだろうか? 許嫁なのだろうか?
一線を超えそうな空気への危機感からか。弟の気持ちを試したかったのか。
俺は恐る恐る口にした。
「でも、大切な人ができたら、いつでも自由になっていいんだからな」
弟は背後でふ、と微笑した。
「バカだな、兄さん。僕は自由にしてるよ」
再び髪にキスされる。
「ぅ……」
「ふふっ、可愛い」
「っからかってるのか」
「どうかな」
「んっ、もう行こう、十分付いただろう……!」
「うん……そうだね」
すると片手だけで抱いて、背後から手櫛で髪を整えてくる。
片手なのにがっしりと拘束されていて、敵わない。鍛えているのにこの力の差はなんだろう。
何だか子供扱いされているような気もしてきた。
不意に弟がぽつりと呟いた。
「……十分かな」
「……十分だろう?」
髪型もマーキングも、どちらも十分だと思う。
試しに自分の右肩を嗅いでみる。最近弟のフェロモンの香りはよくわからなくなっており、今もうまく嗅ぎ取れない。
薬で嗅覚が鈍磨している事に加えて、最も身近な存在なので鼻が慣れてしまっているのかもしれない。
空虚な感覚がしてつらいけれど、しかししっかりマーキングしてもらったので十分なはずだ。
「……うん」
弟は不安そうに離れる。過保護になっているのだろう。
身だしなみを整えていると、ふと神妙に尋ねられた。
「ねえ、最近基地で変わったことはない?」
「補佐官のこと以外、特には……?」
「じゃあ身の回りで変わったことは?」
「いや……?」
異変といえば、ユリウス隊長関連のことと、嗅覚が薄れて弟の匂いがわからなくなっていることと、あとは匂いが薄いせいで食事の楽しみが減ったことくらいだ。弟に話せば心配の種を増やしてしまうので、話す必要はない。
弟は物言いたげな様子だ。
「何かあったのか……?」
「ううん。何でもないよ」
お互いに何か隠し事をしているような気がする。けれど何かがわからないまま、俺たちは馬車に乗った。
ガタゴトと石畳の路地の上を揺られる。
弟はいつも通りの様子にも見えるし、どこか悩んでいるようにも見える。
もし……ユリウス隊長のことで嫉妬してくれているのだとしたら……?
考えるとキスをされたうなじがぞくりとした。嬉しさか恐れかわからない感覚が胸の底で蠢いてくる。
そんなはずはない。嫉妬であっても、それは行き過ぎた兄弟愛からくる嫉妬だろう。長年助け合ってきたから執着しているだけだ。
二人でカジュアルな正装に着替えを済ませ、玄関の取っ手に手をかけたときだ。
弟が声を上げた。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
振り向いた瞬間に抱き寄せられ、俺はびっくりした。それにノーマンの目の前である。
「お、おい」
抱え込まれて、身動きできない。
「マーキングし直し」
「っ……助かるが、」
目が合うと、ノーマンは気持ちを汲みとってくれたようにそっと離れていった。
背後で弟はくすりと笑う。
「恥ずかしいの? 今更でしょう。ノーマンは全部知ってるんだし」
「っだけど。最近マーキングしすぎじゃないか? 変に思われるかも……」
聞いていないのかキスの雨が髪や耳に振ってきて、俺はもがいた。
ユリウス隊長が赴任してきて一週間が経ったが、日ごとにマーキングは増していく一方だ。
「だ、めだ。兄弟で……!」
「ユリウス隊長がいるんでしょう。念入りにね」
「だけどっ……」
「じっとして」
強く言われ、俺はぎゅうと目を瞑って耐える。
オメガにとって大事な場所であるうなじにまでキスされて、体が大きく跳ねた。
「そこはっ……」
「なぁに?」
「つ、つけすぎだ、隊長に気付かれるから……!」
「ねえ、兄さん」
「っん?」
キスが不意に途絶えた。
「あれからユリウス隊長への反応は消えたの?」
「あ、……う、うん」
嘘だ。目が合うといつも陶酔しかけてしまうし、体の奥も少しだけ疼く。
「補佐官って、二人きりになることはあるの?」
「ないよ。……いつも周りに人がいる。補佐官になっても連絡や事務作業の準備をするくらいで、危ない事はない」
「密室に連れ込まれたりしないでね」
「……しないよ」
信用されていなくて格好悪いが、今日の失態の手前強く言えない。
こんな兄なので弟は過保護になっているのかもしれない。
「……その。心配かけてすまない」
「ふ、兄さんは悪くないでしょ?」
「う、ん……。でも迷惑をかけっぱなしで」
「かけてないよ」
「日を置かずに添い寝してくれることも……。同年代の友達は夜遊びだって沢山しているだろう」
「夜遊びには興味ないんだ。マーキングすること事体、僕が言い出したことなんだし。気にしないでほしいな」
「……う、ん」
「夜遊びするより、兄さんの匂いのお守りをくれるほうがずっといい」
「…………」
その言葉はブラコンの度合いを超えている気がした。
俺たちは兄弟なのだろうか? 許嫁なのだろうか?
一線を超えそうな空気への危機感からか。弟の気持ちを試したかったのか。
俺は恐る恐る口にした。
「でも、大切な人ができたら、いつでも自由になっていいんだからな」
弟は背後でふ、と微笑した。
「バカだな、兄さん。僕は自由にしてるよ」
再び髪にキスされる。
「ぅ……」
「ふふっ、可愛い」
「っからかってるのか」
「どうかな」
「んっ、もう行こう、十分付いただろう……!」
「うん……そうだね」
すると片手だけで抱いて、背後から手櫛で髪を整えてくる。
片手なのにがっしりと拘束されていて、敵わない。鍛えているのにこの力の差はなんだろう。
何だか子供扱いされているような気もしてきた。
不意に弟がぽつりと呟いた。
「……十分かな」
「……十分だろう?」
髪型もマーキングも、どちらも十分だと思う。
試しに自分の右肩を嗅いでみる。最近弟のフェロモンの香りはよくわからなくなっており、今もうまく嗅ぎ取れない。
薬で嗅覚が鈍磨している事に加えて、最も身近な存在なので鼻が慣れてしまっているのかもしれない。
空虚な感覚がしてつらいけれど、しかししっかりマーキングしてもらったので十分なはずだ。
「……うん」
弟は不安そうに離れる。過保護になっているのだろう。
身だしなみを整えていると、ふと神妙に尋ねられた。
「ねえ、最近基地で変わったことはない?」
「補佐官のこと以外、特には……?」
「じゃあ身の回りで変わったことは?」
「いや……?」
異変といえば、ユリウス隊長関連のことと、嗅覚が薄れて弟の匂いがわからなくなっていることと、あとは匂いが薄いせいで食事の楽しみが減ったことくらいだ。弟に話せば心配の種を増やしてしまうので、話す必要はない。
弟は物言いたげな様子だ。
「何かあったのか……?」
「ううん。何でもないよ」
お互いに何か隠し事をしているような気がする。けれど何かがわからないまま、俺たちは馬車に乗った。
ガタゴトと石畳の路地の上を揺られる。
弟はいつも通りの様子にも見えるし、どこか悩んでいるようにも見える。
もし……ユリウス隊長のことで嫉妬してくれているのだとしたら……?
考えるとキスをされたうなじがぞくりとした。嬉しさか恐れかわからない感覚が胸の底で蠢いてくる。
そんなはずはない。嫉妬であっても、それは行き過ぎた兄弟愛からくる嫉妬だろう。長年助け合ってきたから執着しているだけだ。
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