12 / 86
本編
剣と親友 4
しおりを挟む
青空は晴れ晴れとしている。
シド上官が高らかに声を上げた。
「諸君! ユリウス・ハルバード隊長は知っての通り、前回の御前試合の準優勝者である!
見習うべき点は多いだろう! よってこれより、皆の前で模範試合を行ってもらう!」
さっそく誰かが手合わせ願えるということだ。隊員たちは「ぉぉぉっ」と期待で小さくどよめいた。
ユリウス隊長は涼しい顔で、広場の片側にある円形の小さな闘技場へ入っていく。
歩きながらちらりと視線を向けられ、俺は慌てて目を逸らした。
「対する代表者はラインハルト! 闘技場へ入れ!」
代表が呼ばれて、気合いをこめて力んだ様子で闘技場へ入っていく。
彼は中隊でナンバーワンの腕の騎士だ。選ばれなかった俺や他の隊員は仕方ないと気持ちを切り替え、二人を観戦するために闘技場の周りに輪になった。
注目の中、まずはユリウス隊長がリラックスした立ち姿で木剣を構えた。対する隊員は強気に笑って剣を構える。
「お手柔らかに頼みます、新隊長」
「……来い」
隊員が剣を握って踏み込んだ直後だった。
「い、一本!」
いっせいに息を呑んだ。どよどよと大きな動揺が広がっていく。
勝負は一瞬だった。ユリウス隊長は何か特別な事をしたわけじゃない。木剣を捌いて流れのまま胴を打ったようだった。
ラインハルト先輩は何が起こったのか理解できていないらしく、驚愕の目をユリウス隊長に向けている。
ユリウス隊長は遠くを見ながら静かに言う。
「――次、」
その言葉にシド上官まで「おおっ!」と大はしゃぎする。
「よぉしよしよしっ! 皆、順に並べ! 自分たちの実力を知るいい機会だ! 稽古を付けてもらおうではないかっ!」
今の試合では一瞬すぎて模範試合にならない、という判断だ。
シド上官が指示して、隊員たちが列をなす。隊員たちの気合はうなぎ登りだった。
「よろしくお願いしますッ!!」
「来い」
一対一で順番に対峙する。真正面から勢いこんで向かったり、距離やタイミングを測って飛びこんだり、手数を稼いで不覚を狙おうとしたりするが、その全てをユリウス隊長はいなして一・二太刀で制していく。やはり特別な事はしていない。しかし。
ミカエルが傍観するような眼差しで呟いた。
「無駄がねーな……」
「ああ……!」
俺は武者震いなのか震えていた。
彼は達人だった。動作が最小限なので動きを読まれない。体力もほとんど消耗しない。他の騎士たちが俊敏に動けど、無駄を一切削りとった動きには間に合わない。その姿は剣士の高見だった。鳥肌が立っていた。こんな風になりたい。どう打ち込めばいいだろうと想像する。
二十人を打ち取っても、彼は息ひとつ乱していなかった。俺の順番が来る。
そしていざ向かい合ってみて――浮かれている場合ではないとはっと気付いた。目を見るとくらりと陶酔しかけてしまって、木剣を握った手が急に揺らいだ。いや、せっかくの手合わせを台無しにしてなるか。
「よろしくお願いします……!」
「……ああ」
隊長は「来い」とは言わなかった。
風に乗って薄っすらとシトラスの匂いが漂ってくる。剣を打ち合いたいのに、彼が強くて、自分がひ弱な存在であることを嬉しく感じてしまう。負ける事が喜びに思えてしまう。戦う前から異様だ。俺は意識を切り替えて、痺れた手で木剣を握った。俺は強い。己に言い聞かせるように念じるけれど、脳はとろんと蕩けている気がする。
「ハッ……!」
一刀目、正面から打ちこんだ剣を上に弾かれ、無防備な胴を狙われる。隊長が距離を詰めてくる。防御したいが、間に合わない――迫る木剣の刃。これでは他の隊員と同様に伏される。ゆるやかな時の中、わずかに揺れる剣先が見て取れた。まるで迷うようだ。防御が間に合い、その勢いで剣を弾き飛ばした。くるくるとユリウス隊長の木剣が宙を舞い、カランカランと地面を転がって音を立てた。
わぁあっ……。
「――お見事!!」
歓声が上がるが、俺は魂が抜けたような心地だった。
はた目には防御に間に合い、その勢いを利用して剣を弾いたように見えただろう。しかし実際は違う。ユリウス隊長はトドメを躊躇したのだ。そして木剣をきちんと握ってもいなかったのだ。最後の一撃は何の手ごたえもなかった。
「ロイス良いぞ!! いやいや、ユリウス隊長も二十人抜きの快挙である!! 疲れただろう、休憩を挟もう!!」
シド上官は大興奮である。
ユリウス隊長は汗ひとつかいておらず、まったく疲れた様子には見えない。
俺の少しの動作で精神も肉体も乱れきっていた。息は熱く、肌には汗がにじんでいる。
――手加減された。
酷いショックでユリウス隊長を見つめるけれど、彼は俺に見向きもしなかった。その目は闘技場に入ってきた眼前の男に向けられている。ミカエルだ。
ユリウス隊長がシド上官に平静な様子で言う。
「もう少しやりましょう」
そしてミカエルに剣を向けた。
ミカエルは好戦的な笑みを浮かべ、肩を回しながら構えた。
「んはっんはは!! いいとも!! 存分にやってくれ!!」
シド上官が豪快に了承する中、ふたりが見つめ合う。ミカエルと俺の腕はほぼ同格だ。臨機応変なミカエル、基本に忠実な俺。タイプは違えど、これでユリウス隊長が本当に手を抜いていたのか、それとも疲れていたのかが確認できる。
「……来い」
死を宣告するかのような声だった。
シド上官が高らかに声を上げた。
「諸君! ユリウス・ハルバード隊長は知っての通り、前回の御前試合の準優勝者である!
見習うべき点は多いだろう! よってこれより、皆の前で模範試合を行ってもらう!」
さっそく誰かが手合わせ願えるということだ。隊員たちは「ぉぉぉっ」と期待で小さくどよめいた。
ユリウス隊長は涼しい顔で、広場の片側にある円形の小さな闘技場へ入っていく。
歩きながらちらりと視線を向けられ、俺は慌てて目を逸らした。
「対する代表者はラインハルト! 闘技場へ入れ!」
代表が呼ばれて、気合いをこめて力んだ様子で闘技場へ入っていく。
彼は中隊でナンバーワンの腕の騎士だ。選ばれなかった俺や他の隊員は仕方ないと気持ちを切り替え、二人を観戦するために闘技場の周りに輪になった。
注目の中、まずはユリウス隊長がリラックスした立ち姿で木剣を構えた。対する隊員は強気に笑って剣を構える。
「お手柔らかに頼みます、新隊長」
「……来い」
隊員が剣を握って踏み込んだ直後だった。
「い、一本!」
いっせいに息を呑んだ。どよどよと大きな動揺が広がっていく。
勝負は一瞬だった。ユリウス隊長は何か特別な事をしたわけじゃない。木剣を捌いて流れのまま胴を打ったようだった。
ラインハルト先輩は何が起こったのか理解できていないらしく、驚愕の目をユリウス隊長に向けている。
ユリウス隊長は遠くを見ながら静かに言う。
「――次、」
その言葉にシド上官まで「おおっ!」と大はしゃぎする。
「よぉしよしよしっ! 皆、順に並べ! 自分たちの実力を知るいい機会だ! 稽古を付けてもらおうではないかっ!」
今の試合では一瞬すぎて模範試合にならない、という判断だ。
シド上官が指示して、隊員たちが列をなす。隊員たちの気合はうなぎ登りだった。
「よろしくお願いしますッ!!」
「来い」
一対一で順番に対峙する。真正面から勢いこんで向かったり、距離やタイミングを測って飛びこんだり、手数を稼いで不覚を狙おうとしたりするが、その全てをユリウス隊長はいなして一・二太刀で制していく。やはり特別な事はしていない。しかし。
ミカエルが傍観するような眼差しで呟いた。
「無駄がねーな……」
「ああ……!」
俺は武者震いなのか震えていた。
彼は達人だった。動作が最小限なので動きを読まれない。体力もほとんど消耗しない。他の騎士たちが俊敏に動けど、無駄を一切削りとった動きには間に合わない。その姿は剣士の高見だった。鳥肌が立っていた。こんな風になりたい。どう打ち込めばいいだろうと想像する。
二十人を打ち取っても、彼は息ひとつ乱していなかった。俺の順番が来る。
そしていざ向かい合ってみて――浮かれている場合ではないとはっと気付いた。目を見るとくらりと陶酔しかけてしまって、木剣を握った手が急に揺らいだ。いや、せっかくの手合わせを台無しにしてなるか。
「よろしくお願いします……!」
「……ああ」
隊長は「来い」とは言わなかった。
風に乗って薄っすらとシトラスの匂いが漂ってくる。剣を打ち合いたいのに、彼が強くて、自分がひ弱な存在であることを嬉しく感じてしまう。負ける事が喜びに思えてしまう。戦う前から異様だ。俺は意識を切り替えて、痺れた手で木剣を握った。俺は強い。己に言い聞かせるように念じるけれど、脳はとろんと蕩けている気がする。
「ハッ……!」
一刀目、正面から打ちこんだ剣を上に弾かれ、無防備な胴を狙われる。隊長が距離を詰めてくる。防御したいが、間に合わない――迫る木剣の刃。これでは他の隊員と同様に伏される。ゆるやかな時の中、わずかに揺れる剣先が見て取れた。まるで迷うようだ。防御が間に合い、その勢いで剣を弾き飛ばした。くるくるとユリウス隊長の木剣が宙を舞い、カランカランと地面を転がって音を立てた。
わぁあっ……。
「――お見事!!」
歓声が上がるが、俺は魂が抜けたような心地だった。
はた目には防御に間に合い、その勢いを利用して剣を弾いたように見えただろう。しかし実際は違う。ユリウス隊長はトドメを躊躇したのだ。そして木剣をきちんと握ってもいなかったのだ。最後の一撃は何の手ごたえもなかった。
「ロイス良いぞ!! いやいや、ユリウス隊長も二十人抜きの快挙である!! 疲れただろう、休憩を挟もう!!」
シド上官は大興奮である。
ユリウス隊長は汗ひとつかいておらず、まったく疲れた様子には見えない。
俺の少しの動作で精神も肉体も乱れきっていた。息は熱く、肌には汗がにじんでいる。
――手加減された。
酷いショックでユリウス隊長を見つめるけれど、彼は俺に見向きもしなかった。その目は闘技場に入ってきた眼前の男に向けられている。ミカエルだ。
ユリウス隊長がシド上官に平静な様子で言う。
「もう少しやりましょう」
そしてミカエルに剣を向けた。
ミカエルは好戦的な笑みを浮かべ、肩を回しながら構えた。
「んはっんはは!! いいとも!! 存分にやってくれ!!」
シド上官が豪快に了承する中、ふたりが見つめ合う。ミカエルと俺の腕はほぼ同格だ。臨機応変なミカエル、基本に忠実な俺。タイプは違えど、これでユリウス隊長が本当に手を抜いていたのか、それとも疲れていたのかが確認できる。
「……来い」
死を宣告するかのような声だった。
28
※第11回BL大賞に参加中です! 投票して貰えると励みになります!!アプリの方は一覧ページに戻って頂きますと、あらすじの下に投票ボタンがあります。ウェブの方も同様ですが、各ページのタイトル上にも投票ボタンがありますので、そちらをポチっとできます。投票以外でも、感想コメントやエール機能で応援して頂くことも、大変励みになります。応援してくださる温かいお気持ちが創作意欲になりますので、どうぞよろしくお願い致します。
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる