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本編
剣と親友 4
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青空は晴れ晴れとしている。
シド上官が高らかに声を上げた。
「諸君! ユリウス・ハルバード隊長は知っての通り、前回の御前試合の準優勝者である!
見習うべき点は多いだろう! よってこれより、皆の前で模範試合を行ってもらう!」
さっそく誰かが手合わせ願えるということだ。隊員たちは「ぉぉぉっ」と期待で小さくどよめいた。
ユリウス隊長は涼しい顔で、広場の片側にある円形の小さな闘技場へ入っていく。
歩きながらちらりと視線を向けられ、俺は慌てて目を逸らした。
「対する代表者はラインハルト! 闘技場へ入れ!」
代表が呼ばれて、気合いをこめて力んだ様子で闘技場へ入っていく。
彼は中隊でナンバーワンの腕の騎士だ。選ばれなかった俺や他の隊員は仕方ないと気持ちを切り替え、二人を観戦するために闘技場の周りに輪になった。
注目の中、まずはユリウス隊長がリラックスした立ち姿で木剣を構えた。対する隊員は強気に笑って剣を構える。
「お手柔らかに頼みます、新隊長」
「……来い」
隊員が剣を握って踏み込んだ直後だった。
「い、一本!」
いっせいに息を呑んだ。どよどよと大きな動揺が広がっていく。
勝負は一瞬だった。ユリウス隊長は何か特別な事をしたわけじゃない。木剣を捌いて流れのまま胴を打ったようだった。
ラインハルト先輩は何が起こったのか理解できていないらしく、驚愕の目をユリウス隊長に向けている。
ユリウス隊長は遠くを見ながら静かに言う。
「――次、」
その言葉にシド上官まで「おおっ!」と大はしゃぎする。
「よぉしよしよしっ! 皆、順に並べ! 自分たちの実力を知るいい機会だ! 稽古を付けてもらおうではないかっ!」
今の試合では一瞬すぎて模範試合にならない、という判断だ。
シド上官が指示して、隊員たちが列をなす。隊員たちの気合はうなぎ登りだった。
「よろしくお願いしますッ!!」
「来い」
一対一で順番に対峙する。真正面から勢いこんで向かったり、距離やタイミングを測って飛びこんだり、手数を稼いで不覚を狙おうとしたりするが、その全てをユリウス隊長はいなして一・二太刀で制していく。やはり特別な事はしていない。しかし。
ミカエルが傍観するような眼差しで呟いた。
「無駄がねーな……」
「ああ……!」
俺は武者震いなのか震えていた。
彼は達人だった。動作が最小限なので動きを読まれない。体力もほとんど消耗しない。他の騎士たちが俊敏に動けど、無駄を一切削りとった動きには間に合わない。その姿は剣士の高見だった。鳥肌が立っていた。こんな風になりたい。どう打ち込めばいいだろうと想像する。
二十人を打ち取っても、彼は息ひとつ乱していなかった。俺の順番が来る。
そしていざ向かい合ってみて――浮かれている場合ではないとはっと気付いた。目を見るとくらりと陶酔しかけてしまって、木剣を握った手が急に揺らいだ。いや、せっかくの手合わせを台無しにしてなるか。
「よろしくお願いします……!」
「……ああ」
隊長は「来い」とは言わなかった。
風に乗って薄っすらとシトラスの匂いが漂ってくる。剣を打ち合いたいのに、彼が強くて、自分がひ弱な存在であることを嬉しく感じてしまう。負ける事が喜びに思えてしまう。戦う前から異様だ。俺は意識を切り替えて、痺れた手で木剣を握った。俺は強い。己に言い聞かせるように念じるけれど、脳はとろんと蕩けている気がする。
「ハッ……!」
一刀目、正面から打ちこんだ剣を上に弾かれ、無防備な胴を狙われる。隊長が距離を詰めてくる。防御したいが、間に合わない――迫る木剣の刃。これでは他の隊員と同様に伏される。ゆるやかな時の中、わずかに揺れる剣先が見て取れた。まるで迷うようだ。防御が間に合い、その勢いで剣を弾き飛ばした。くるくるとユリウス隊長の木剣が宙を舞い、カランカランと地面を転がって音を立てた。
わぁあっ……。
「――お見事!!」
歓声が上がるが、俺は魂が抜けたような心地だった。
はた目には防御に間に合い、その勢いを利用して剣を弾いたように見えただろう。しかし実際は違う。ユリウス隊長はトドメを躊躇したのだ。そして木剣をきちんと握ってもいなかったのだ。最後の一撃は何の手ごたえもなかった。
「ロイス良いぞ!! いやいや、ユリウス隊長も二十人抜きの快挙である!! 疲れただろう、休憩を挟もう!!」
シド上官は大興奮である。
ユリウス隊長は汗ひとつかいておらず、まったく疲れた様子には見えない。
俺の少しの動作で精神も肉体も乱れきっていた。息は熱く、肌には汗がにじんでいる。
――手加減された。
酷いショックでユリウス隊長を見つめるけれど、彼は俺に見向きもしなかった。その目は闘技場に入ってきた眼前の男に向けられている。ミカエルだ。
ユリウス隊長がシド上官に平静な様子で言う。
「もう少しやりましょう」
そしてミカエルに剣を向けた。
ミカエルは好戦的な笑みを浮かべ、肩を回しながら構えた。
「んはっんはは!! いいとも!! 存分にやってくれ!!」
シド上官が豪快に了承する中、ふたりが見つめ合う。ミカエルと俺の腕はほぼ同格だ。臨機応変なミカエル、基本に忠実な俺。タイプは違えど、これでユリウス隊長が本当に手を抜いていたのか、それとも疲れていたのかが確認できる。
「……来い」
死を宣告するかのような声だった。
シド上官が高らかに声を上げた。
「諸君! ユリウス・ハルバード隊長は知っての通り、前回の御前試合の準優勝者である!
見習うべき点は多いだろう! よってこれより、皆の前で模範試合を行ってもらう!」
さっそく誰かが手合わせ願えるということだ。隊員たちは「ぉぉぉっ」と期待で小さくどよめいた。
ユリウス隊長は涼しい顔で、広場の片側にある円形の小さな闘技場へ入っていく。
歩きながらちらりと視線を向けられ、俺は慌てて目を逸らした。
「対する代表者はラインハルト! 闘技場へ入れ!」
代表が呼ばれて、気合いをこめて力んだ様子で闘技場へ入っていく。
彼は中隊でナンバーワンの腕の騎士だ。選ばれなかった俺や他の隊員は仕方ないと気持ちを切り替え、二人を観戦するために闘技場の周りに輪になった。
注目の中、まずはユリウス隊長がリラックスした立ち姿で木剣を構えた。対する隊員は強気に笑って剣を構える。
「お手柔らかに頼みます、新隊長」
「……来い」
隊員が剣を握って踏み込んだ直後だった。
「い、一本!」
いっせいに息を呑んだ。どよどよと大きな動揺が広がっていく。
勝負は一瞬だった。ユリウス隊長は何か特別な事をしたわけじゃない。木剣を捌いて流れのまま胴を打ったようだった。
ラインハルト先輩は何が起こったのか理解できていないらしく、驚愕の目をユリウス隊長に向けている。
ユリウス隊長は遠くを見ながら静かに言う。
「――次、」
その言葉にシド上官まで「おおっ!」と大はしゃぎする。
「よぉしよしよしっ! 皆、順に並べ! 自分たちの実力を知るいい機会だ! 稽古を付けてもらおうではないかっ!」
今の試合では一瞬すぎて模範試合にならない、という判断だ。
シド上官が指示して、隊員たちが列をなす。隊員たちの気合はうなぎ登りだった。
「よろしくお願いしますッ!!」
「来い」
一対一で順番に対峙する。真正面から勢いこんで向かったり、距離やタイミングを測って飛びこんだり、手数を稼いで不覚を狙おうとしたりするが、その全てをユリウス隊長はいなして一・二太刀で制していく。やはり特別な事はしていない。しかし。
ミカエルが傍観するような眼差しで呟いた。
「無駄がねーな……」
「ああ……!」
俺は武者震いなのか震えていた。
彼は達人だった。動作が最小限なので動きを読まれない。体力もほとんど消耗しない。他の騎士たちが俊敏に動けど、無駄を一切削りとった動きには間に合わない。その姿は剣士の高見だった。鳥肌が立っていた。こんな風になりたい。どう打ち込めばいいだろうと想像する。
二十人を打ち取っても、彼は息ひとつ乱していなかった。俺の順番が来る。
そしていざ向かい合ってみて――浮かれている場合ではないとはっと気付いた。目を見るとくらりと陶酔しかけてしまって、木剣を握った手が急に揺らいだ。いや、せっかくの手合わせを台無しにしてなるか。
「よろしくお願いします……!」
「……ああ」
隊長は「来い」とは言わなかった。
風に乗って薄っすらとシトラスの匂いが漂ってくる。剣を打ち合いたいのに、彼が強くて、自分がひ弱な存在であることを嬉しく感じてしまう。負ける事が喜びに思えてしまう。戦う前から異様だ。俺は意識を切り替えて、痺れた手で木剣を握った。俺は強い。己に言い聞かせるように念じるけれど、脳はとろんと蕩けている気がする。
「ハッ……!」
一刀目、正面から打ちこんだ剣を上に弾かれ、無防備な胴を狙われる。隊長が距離を詰めてくる。防御したいが、間に合わない――迫る木剣の刃。これでは他の隊員と同様に伏される。ゆるやかな時の中、わずかに揺れる剣先が見て取れた。まるで迷うようだ。防御が間に合い、その勢いで剣を弾き飛ばした。くるくるとユリウス隊長の木剣が宙を舞い、カランカランと地面を転がって音を立てた。
わぁあっ……。
「――お見事!!」
歓声が上がるが、俺は魂が抜けたような心地だった。
はた目には防御に間に合い、その勢いを利用して剣を弾いたように見えただろう。しかし実際は違う。ユリウス隊長はトドメを躊躇したのだ。そして木剣をきちんと握ってもいなかったのだ。最後の一撃は何の手ごたえもなかった。
「ロイス良いぞ!! いやいや、ユリウス隊長も二十人抜きの快挙である!! 疲れただろう、休憩を挟もう!!」
シド上官は大興奮である。
ユリウス隊長は汗ひとつかいておらず、まったく疲れた様子には見えない。
俺の少しの動作で精神も肉体も乱れきっていた。息は熱く、肌には汗がにじんでいる。
――手加減された。
酷いショックでユリウス隊長を見つめるけれど、彼は俺に見向きもしなかった。その目は闘技場に入ってきた眼前の男に向けられている。ミカエルだ。
ユリウス隊長がシド上官に平静な様子で言う。
「もう少しやりましょう」
そしてミカエルに剣を向けた。
ミカエルは好戦的な笑みを浮かべ、肩を回しながら構えた。
「んはっんはは!! いいとも!! 存分にやってくれ!!」
シド上官が豪快に了承する中、ふたりが見つめ合う。ミカエルと俺の腕はほぼ同格だ。臨機応変なミカエル、基本に忠実な俺。タイプは違えど、これでユリウス隊長が本当に手を抜いていたのか、それとも疲れていたのかが確認できる。
「……来い」
死を宣告するかのような声だった。
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