【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

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本編

剣と親友 1

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 学生時代、俺は学年で一番、剣の腕が立った。

「ウェンダルに勝ったぞっ!」
「ミカエルすげぇーっ!」

 その俺に唯一勝った同級生が、ミカエルだ。
 いつも友人に囲まれているミカエルは、一人ぼっちだった俺のことを何故かすごく構った。

「な、一緒に稽古しねえ?」

 そのうち勝率は五分五分になった。
 厳格な祖父に剣を叩きこまれた俺は基本に忠実で、かつ実践的だった。
 ミカエルの剣技は臨機応変で、ダンスを踊っているかのように楽しそうだった。
 それまでは勝てるから剣が好きだったけど、ミカエルのおかげで稽古も全部、好きになった。



「――兄さん」

 弟の声が聞こえ、俺はふと瞼を開いた。
 眩しい朝日。温かいベッドと弟の香りが俺を包んでいる。そして昨日の出来事を思い出した。

 運命の番と出会ったこと。社交サロンで口論になって、ミカエルに話を聞かれたかもしれない状況であること。うやむやのまま弟と一緒に帰って、いつも通りベッドに入ったこと。

「そろそろ朝食の時間だよ」
「……うん」

 黙々と服に着替えていく。
 昔の記憶を夢に見たのは、運命の番に出会って騎士でいられるか不安になっているからだろうか。
 そのとき、弟が枕元に置いてあったスカーフを手に取った。

「はい、忘れずにね」
「ん。ありがとう」

 手渡された白いスカーフからは、弟のフェロモンであるムスクとバニラの香りがする。しかし今は薬の作用で嗅覚が鈍磨しているため、昨日よりもぐんと匂いが薄く感じる。少し心配になってしまうけれど仕方ない。

「副作用は出てない?」
「ああ、何ともないよ」
「……今日もまたユリウス次期伯爵に会うんだよね?」
「隊長だからな」
「ヒートしかけるかもしれないから、念入りに」
「え」

 チュ、チュ、と髪や耳元にキスを落とされ、俺は慌てた。

「待てっ、そこまでしなくていい」
「念入りにしておけばヒートでフェロモンが漏れても誤魔化せるでしょう?」
「でも、兄弟でこんなこと……!」
「周りに疑われたら騎士を続けられないよ。心配かけたくないなら、じっとしてて」
「……う、うう」

 ものすごく居たたまれない。血は繋がっていないけれど、兄弟なのに良いのだろうか。
 そうこうしているうちに口付けが首筋にまで回ってきて、くすぐったくてそわそわしてきた。

「おいっ! まてっ! もう、ふふ、くっ……ふっ!」

 吹き出してしまうと弟は残念なものを見る目になり、フゥと溜め息をついた。

「どうした?」
「ううん、何でもない」
「え?」
「そろそろ時間だからこれで完了。朝食に行こう。ノーマンが待ってる」
「あ、うん」

 家事は執事のノーマンがすべて取りしきっている。使用人は他に老いた庭師がひとりいるだけだ。
 俺がオメガだと判明したとき、祖父が二人を残して全員解雇してしまったためだ。
 男のオメガの存在は珍しいため、噂好きの貴族や使用人たちに情報を隠そうとしたのかもしれない。
 それ以降、大多数の部屋は手入れが行き届かず封印され、今も刻々と埃を積もらせている。


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