【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

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本編

運命 7

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 社交サロンは、騎士の上官の屋敷で行われていた。

 出席客は、爵位をもつ騎士とそのご婦人やご令嬢だ。上官と懇意にしている政治家の顔もある。
 中央にはシャンデリアがつられており華々しい。周囲のテーブルに並んだ料理は豪勢だ。主催者の賑やかな性格を表しているようである。
 挨拶していたご令嬢は、弟にドレスを褒められて頬を上気させている。

「まあ! 夢みたいですわ……!」
「生地が瞳と同じ色なんですね。お似合いですよ」
「ええ、偶然ですのよ。仕立屋に染め上げてもらったら、本当に偶然、同じ色になりましたの」

 同年代の二人は見ていてくすぐったくなる。弟はスマートで物腰が良いし、ご令嬢は初心さが可憐だ。

「あの、ロイス様はどう思われます……?」

 ドレスの裾をつかんで、ご令嬢は上目遣いで緑の瞳を向けてきた。
 口下手で上手い誉め言葉が思いつかないけれど、弟とご令嬢の手前、年上らしく感想を伝えた。

「見事な若葉色で。お綺麗です」
「うふふふ、何だかお気を使わせてしまってみたいで」

 令嬢は嬉しそうに目を細めていて、本当に可愛い。自分がオメガじゃなければお付き合いしたいくらいだと思う。
 そのとき楽曲の種類が打って変わって軽快になり、ふと意識が逸れた。ダンスがメインの場所ではないが、ベランダの側で寄り添ってステップを踏んでいるカップルもいる。
 不意に弟が耳元で小声で聞いてきた。

「兄さん、体調は平気なの? 新しい薬を試してるって……」
「大丈夫。それにここは欠席できないから……」

 運命の番と出会って薬を変えた、という話は全て伝えてあった。
 そして付き合いの上でも、今日のサロンは欠席できない。話していると視線を感じた。主催者であるシド上官からだ。ミカエルも側にいる。
 ご令嬢と別れると、俺は弟と一緒に挨拶へ向かった。

「シド上官。今夜はお招きくださり、ありがとうございます」
「んははっ、君は声をかけんと遠慮して来てくれんからなぁ。毎週いつでも来ていいというのに――」

 シド・カムイ上官。社交界好きで、毎週自宅の屋敷で中規模のサロンを開いている方だ。
 んはは、という独特の笑い方と、大きくて高い鼻が特徴的である。
 背丈は高く姿勢が良いけれど、肥満ぎみで腹部が張り出している。そのせいでベルトの位置が低い。

「ジョシュア君も来てくれて何よりだ。話に聞いているぞ、学校で首席を保守し続けているそうじゃあないか」
「兄や先生方の指導のおかげです。僕は未熟者で」
「ほう、うんむ。いい弟を持ったなあ、ロイス」
「ええ、自慢の弟です」
「んはは、それは何より。ところで――今朝体調を崩したようだが、具合はもう大丈夫なのかね……?」

 予想していたはずの質問なのに、心臓がギクリと軋んだ。
 ヒートしていたと気付かれていないだろうか。

「――もう平気です。ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」
「それは問題ないとも。あれしきの事に対応できなくて騎士が務まる訳がない。ただ君がいないと全体の指揮が下がるものでな? 皆、君に褒められたくてたまらんようなのだ、不思議な人徳……いや、魅力というのか?」
「あ、はあ」

 ヒートの件には気づいていないようだ。寛容な言葉で助かったけれど、俺は反応に困った。
 ミカエルを介して同僚たちと話す機会は多いけれど、特に誰かを褒めたりしたことはない。誰かと勘違いしていないだろうか。
 シド上官は一人でうんうんと頷いている。

「ユリウス隊長がいち早く気付いて駆け付けたというじゃあないか。無理をしてはいかんよ……?」
「……はい」そういうことになっているのか、と把握した。
「君は若いのに伯爵家の当主でもあるし、他に頼れる者もおらず不安だろう。今後は無理せず早めに言うと良い」
「ええ」
「うんむ。明日は勤務に来れるのかね?」
「はい、もちろんです」

 姿勢を正して答えると、上官は「んはは、何より何より」と腰を叩いてくる。
 一方、隣で聞いていたミカエルが眉を下げた。
 
「無理しなくていいんだぞ。抜けた穴は俺がフォローするし」
「もう本当に大丈夫だから。迷惑ばかりかけられないよ」

 それに今は頼もしい薬もある。しっかり作用しており、よくわからない衝動や喜びの感覚はすっかりやわらいでいる。これなら運命にだって耐えられる。

 丁度、会場に入ってきた人物に目を向けた。周囲より頭ひとつ分高く、流麗な雰囲気の騎士だ。視線が合うと、真っ直ぐ逸らさずに見つめて来る。ユリウス・ハルバード次期伯爵。
 見つめ合っていると頭の芯が痺れてきそうになるが、今朝と違って動けなくなるような感覚はない。

「上官。ユリウス隊長に今朝助けて頂いたお礼をお伝えしてきます」
「うんむ。そうするといい」

 弟と一緒に人込みの中を進んでいるときだった。
 不意に腕を後ろに引っ張られた。

「ロイス待った、俺も行く」

 ミカエルだ。むずかしい表情をしていて、俺は「え」と驚いた。
 しかし、これから話す内容をミカエルに聞かせる訳にはいかない。
 お礼ではなく、”今後なるべく近づかないようにしましょう”とお伝えしたいのだ。
 その最中、ユリウス隊長もやってきた。

「ロイス。君に話がある」

 すると、ミカエルが何故かユリウス隊長に敵視するような目を向けた。そういえば今朝も険悪な空気になっていたので、俺の件をきっかけに何か揉めているのかもしれない。
 弟のジョシュアは、俺のことを想ってユリウス隊長に警戒した目を向けてくれている。けれど薬があるのでもう大丈夫だ。こんな様子ではユリウス隊長に失礼になってしまう。

「ミカエル、ジョシュア。待っててくれ」
「でも」と弟が先に返したので、弟に向き合って言う。
「今、平気だから」
「……うん」

 弟には短い言葉で”薬が効いているという”意味が伝わったようで、大人しくなる。
 ミカエルにも目配せすると、眉を寄せてぐっと耐える姿勢を見せた。事情は知らなくても、人の心の機微を察する人物なので、来てほしくないと思っていることが伝わったのだろう。

「ユリウス隊長、中庭に行きましょう」

 しかし進もうとしたところで、ふと隊長が足を止め、酷い激昂の眼差しを弟に向けた。

「彼は――」
「弟のジョシュアです」
「は……弟だと……?」
 憤怒が忌避する色へ移り変わった。
「はい」
「弟と……いや」

 多分、マーキングについて勘違いされているのだろうな、と気付いた。
 実の兄弟で禁忌を犯していると思われているのだ。毎晩添い寝しているだけなので、後ろ暗い事はなく、これも説明すればいい。

 温厚なはずの弟は、出会った頃のような冷えた空気をかすかに滲ませている。このまま一緒にいさせるのはよくない。

「行きましょう」

 するとユリウス隊長は俺の腰に手を添えてきた。

「……そうだな、構うまい」

 決意を宿したような呟きが耳に届いて、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。



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