【完】オメガ騎士は運命の番に愛される《義弟の濃厚マーキングでアルファ偽装中》

市川パナ

文字の大きさ
上 下
4 / 86
本編

運命 4

しおりを挟む
 基地の厩舎には馬がいる。気性の穏やかな茶毛の相棒にまたがると、たずなを振るって大広場の訓練場へ駆けた。
 今日は憲兵隊のうちの約二百名が集められており、一様に整列している様子は壮観だ。

「今回も睨んでくるねぇ」
「敵視されているからな、仕方ない」

 一部の憲兵は騎士をライバル視している。
 基本的に貴族しか騎士になれないためだ。平民がなるには厳しい選抜試験をくぐって騎士学校に編入するしかない。
 街を守る憲兵、戦争や有事に備える騎士というふうに役割分担しているが、望まぬ道に進めば不満も出るだろう。その気持ちは痛いくらいわかる。
 大多数の憲兵たちは貴族を畏れているので、睨んでくる者にはそれだけ耐えがたい不満や自負心が滲んでいる。

「おや。新隊長のお出ましだぜ」

 ミカエルの視線の先を見ると、白馬に乗った騎士が厩舎の方から来ていた。
 そのとき、肌がざわりと粟立った。なんだろう。落ち着かない感覚だった。白馬の方向が妙に気になる。
 周囲を見ても変わった様子はなさそうだ。騎士たちは引き締まった顔つきで、馬は軽く耳を動かしている。
 ミカエルが怪訝そうに声をかけてきた。

「ロイス、どうした?」
「いや、何でも……」

 頭をちいさく振って、騎馬の列に並んだ。
 だんだん恐怖と期待の感覚がない交ぜになっていた。しかし状況的に動けないし、体もなぜか動けなくなっていた。心臓が激しく拍動している。たずなを握っている手の平には汗が滲んでいる。
 白馬が近づいてきて、騎士と目が合った。視線が縫いとめられたように逸らせない。白馬は列の先頭に来て止まった。騎士の姿が良く見える。湖色の瞳、絹糸のような白金の髪、優雅で涼やかな顔立ち。
 風に乗って、ムスクとシトラスの甘く爽やかな香りが運ばれてくる。世界を隔てたように、紹介の声が聞こえた。

「王都から赴任してきた、ユリウス・ハルバード隊――」

 ユリウス隊長。次の瞬間、隊長はたずなを振るって、白馬を走らせてきた。俺のすぐそばまで来ると、あざやかな身のこなしで馬を降りる。目線はずっと俺を射抜いていた。俺は縛られているかのように、もう身動きひとつできなかった。全身に痺れが走っている。
 隊長は俺のすぐ隣に来て、馬上の俺を見上げた。凝視したまま震える口を開く。

「君は、」
 硬質で魅惑的な声色だ。脳が蕩けていく。

「――待った、何やってるんですか。ユリウス隊長」
 さえぎったのはミカエルだ。いつの間にか馬を下りていて、俺たちの間に割り込んできた。
 隊長はミカエルを邪魔な障害物のように睨みつけた。

「そこを退け」
「これから訓練でしょ? 何やってるんすか」
「今はそれどころでは――」

 言いかけて、はた、と隊長は我に返った様子になった。
 おもむろに周りを見回すと、一瞬固まる。そして何かを振り払うかのようにかぶりを振った。再び見上げてきた顔には苦悩と葛藤が滲んでいた。

「君の、名前を」
「ロイス・ウェンダルです」
 俺は反射的に答えていた。頬が熱くて息は弾んでいた。

「ロイス……」
 呼ばれた瞬間、絶頂しそうな歓喜に飲まれた。まちがいない。この人はおれの、運命。運命の番――。

「――ロイス!!」

 ミカエルの声で、俺は「あ」と理性を取り戻した。急速に現実感が戻ってくる。見まわせば、周りの騎士たちは戸惑った顔でぱちくりと瞬いている。隣で整列している憲兵たちは何事かとざわめていている。
 冷静になろうと慌てて挙動を抑えるけれど、隊長の存在に意識が吸い寄せられてしまって動揺が鎮まらない。馬が神経質そうに身じろぎする。

「具合が悪いんだろ、救護室に行こう。俺も付き添う」

 ミカエルの言葉にどうにか頷き、ひとりで行ける、と伝える。
 落馬したら危険なので馬を下りると、すぐにユリウス隊長に片手を握られた。

「ロイス。タイミングを見て私もすぐに向かう。待っていろ」

 熱い吐息が溢れた。この手をつなぎ止めていたい。しかしミカエルが振り払った。酷い、と思ったし、助かった、とも思った。
 ミカエルは険しい顔つきだった。

「ロイス、俺も付き添うから」
「いい……、平気だ」

 もつれる足を動かして逃げるようにその場から離れた。背後から様々な目線を感じる。俺をどう思っているだろう。建物の中に入ったけれど、体の熱はまだ収まらない。汗で肌がしめり、あらぬ所がじんわりと疼いて濡れていた。ヒートの初期症状だ。
 物陰に隠れると、俺は急いで内ポケットから緊急用のヒート抑制剤を取り出した。口に放り込んで上を向き、ゴクンと飲み込んで時を待つ。抑制剤を常用しているが、フェロモンが漏れてしまっているかもしれない。だが弟のフェロモンのカバーのおかげで少量なら誤魔化せるだろう。
 救護室に行けと言われたけれど、そこには行けない。診察されたらオメガだとバレてしまうだろう。床に座りこみながら考える。
 ヒートが落ち着いたら訓練に戻りたい。できるだろうか。無茶だろう。彼の前で理性を保っていられそうにない。
 彼が新隊長だという話だった。これからどうすればいい。せっかく騎士になれたのに。自分の存在価値を手に入れたのに。子供を孕む以外の価値が自分にあるのだと思ったのに。
 今も、彼のもとに行ってうなじを差し出してしまいたい衝動に駆られている。しばらくしてヒートの症状がおさまってきたけれど、異様な喜びは残っている。
 運命の番、という言葉が頭の中を駆け巡っていた。



しおりを挟む
※第11回BL大賞に参加中です! 投票して貰えると励みになります!!アプリの方は一覧ページに戻って頂きますと、あらすじの下に投票ボタンがあります。ウェブの方も同様ですが、各ページのタイトル上にも投票ボタンがありますので、そちらをポチっとできます。投票以外でも、感想コメントやエール機能で応援して頂くことも、大変励みになります。応援してくださる温かいお気持ちが創作意欲になりますので、どうぞよろしくお願い致します。
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。 相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。 しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。 アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...