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第2話 勇者と冒険者

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 にわかに木々の奥が騒がしくなり、何かが近づいてくる。そして暴れ打つ枝の間から、さらりと人が風のようにすり抜けてきた。
 目が合って、互いに目を見開く。

「……ユリウス……」
「スナイデル……!? どうしてここに」

 同時にハロルドが飛び跳ねた。

「ユリウスさん!」

 途端、ユリウスは眼光を厳しくした。

「ハロルド! まだ訓練の途中だろう……!」

 どうやら、ハロルドは訓練を抜け出してきたようだ。
 そしてユリウスはそのハロルドを探していたらしい。
 ハロルドはしくじったというような顔で弁護している。

「その、魔力の大きな気配がしたんで、何かあったのかなと思いまして……!」
「だとしても勝手にいなくなるな!」
「ハ、ハイ」

 ハロルドは後ずさり、ユリウスは頭が痛そうにする。
 いつも騎士たちに尊敬されているユリウスが振り回されているなんて意外だ。
 驚いていると、今度はスナイデルを見つめてきた。

「スナイデル……。きみはまた、こんなに所に来て……」

 苦しそうな声を聞いて、罪悪感が込み上げてくる。昨日危ないクエストはやめるよう説得されたばかりなのに、ここはかなり危険とされるエリアだった。
 瞳をさまよわせていると、ハロルドがおずおずと頬笑んできた。

「えっと、お知り合いなんすか?」

 ユリウスは複雑そうに口を閉じていて、スナイデルが強ばりつつ答えた。

「命の恩人だ。今も屋敷に世話になっている……」
「へえ……」

 ふむふむという顔をしている。
 それを横目で見て、ユリウスは眉を寄せた。

「きみは……もう少し反省しろ」
「……ハイ……」

 ハロルドが気まずげに目を泳がせており、スナイデルは思わず口を挟んだ。

「その……ハロルドにはさっき助けてもらったんだ。だからあまり、厳しく言わないでやってくれ……」

 するとユリウスはますます苦しげな顔をした。

「……スナイデル。私は……」

 心配でたまらないのだ……と強い眼差しで訴えられる。
 目が合わせられなくなり、スナイデルは視線を落とした。
 彼のようになりたいのに、それどころか心配ばかりさせている。
 するとハロルドが割り込むように提案してきた。

「あ、あの! スナイデルさんは今からガーゴイルの生き残りを討伐するらしいんです。手伝うのも訓練のイッカンではないでしょうか!」
「………………そうだな」

 かなりの間を置いてからユリウスが同意し、どうにかその場をしのいだ。
 近くの訓練場にいた騎士たちを呼び寄せて、大人数で討伐にあたる。
 ユリウスはきびきびと指示を出している。けれど、内心では思うところがあるはずだ。胸が軋む感覚がして、しばらくは安全なクエストを受けよう……と思った。
 そして討伐を終えて、一旦集まろうとしていると、ハロルドが声をかけてきた。

「スナイデルさん、今度お食事に行きませんか?」
「え?」

 人のよさそうな笑みをしている。
 低体温症にされたのを本当に気にしていないようだ。
 瞬いていると、離れたところからユリウスが語気を低めて言った。

「きみは外食できる立場ではないだろう、ハロルド」
「ええ、少しくらい……!」
「強くなるまでは禁止だと言ってあるだろう」
「……じゃあ、強くなります!」
「……そうしてくれ」

 ハロルドがやる気をたぎらせていて、進軍が早まる予感がし、そんなに焦らなくても……と考えてしまう。
 ユリウスは胃が痛そうにフゥ、と息を吹いている。
 いつも優美な彼がそんな風にしているところはやはり意外で、つい驚きながら見ていると、彼は小さく微笑みを向けてきた。

「……どうしたんだい?」
「……え……あ。あなたでも、手を焼くことがあるのだと思って……」

 言いながら気を悪くさせないか……と気付いたけれど、ユリウスは薄く笑った。

「きみは私を過大評価しすぎだよ」

 どこか自嘲めいた響きで、そうなのだろうか……と考える。
 けれど、いずれにせよ手の届かない存在であることは変わりない。



 夕食の席で、ユリウスは考え込んでいる雰囲気だった。
 沈黙が痛い。

「……その……勇者が見つかっていたなんて、驚いた……」

 珍しくスナイデルから話を切り出すと、ユリウスが顔を上げた。

「……ああ、国民にはまだ内密にしているんだ」
「そうなのか……」
「だから、彼のことは誰にも口外しないようにね」
「ああ……」

 頷くと、ユリウスはおもむろに尋ねてきた。

「……スナイデル。彼のことをどう思う?」
「え?」

 どこか探るような目を向けられ、内心落ち着かない気分になりつつ、一人の戦士として考えてみる。

「そう、だな……危なっかしいが……六羽以上の強さは既にある」

 するとユリウスは目を伏せ、小さく口角を上げた。

「……それなら、彼の自由行動が解禁される日も近いだろうね」

 その言葉を聞いて、スナイデルの胸には不安が込み上げた。
 彼が成長すれば進軍するということだ。
 ユリウスの身に何かあったらと想像せずにはいられない。
 そのとき、不意にユリウスが呟いた。

「きみは、ああいうタイプの人物が好きなんだね……」
「え?」
「初対面なのに、随分楽しそうにしていたから」
「……それは……」

 たしかに、久々に人と一緒に協力できて、さらに食事に誘ってもらえて嬉しかった。自分にはない明るさもうらやましい。
 けれど……ユリウスのほうがずっとずっとまばゆく見える。
 何と言葉にすればいいのかわからず、夕食が済んでしまい、「おやすみ」と声をかけられて自室に戻った。



 翌日は低レベルのクエストを手に取った。
 掲示板には、クエストのほかに目立つ紙が貼られていた。
 魔族の男が一人、辺境領に乗り込んできたという報せだ。近くの野生の魔物をけしかけて現れ、領主の屋敷などを破壊しつくしたあげく、まんまと逃亡したという。隣国を荒らしていた魔族と同一の犯行だと記載してある。
 魔族はとにかく強く、残忍で、人間を家畜同然にしか思っていないと聞く。人間に近い容姿をしているけれど、尖った耳と、紫を帯びた瞳をもっているのが特徴だ。彼らは数こそ多くないものの、こうして出没すると災害じみていた。
 スナイデルは彼らに会ったことは無い。彼らには勇者がいないと歯が立たないと言われており、足止めくらいしかできないかもしれない。



 夕食の時間になると、ユリウスは「どこに行ったんだい?」と訊いてきた。

「ハーピクトの丘に……」

 答えると、ユリウスはほっと口元を綻ばせた。

「そうか。今の季節なら野花が咲いていたのかな」
「ああ、一面花畑だった……」

 スナイデルは大体、雑談しようとすると単調な答えしかできない。
 けれど感心するようにユリウスは微笑んだ。

「それは見てみたいな。今度ふたりでピクニックに行こうか」

 さらに誘いの言葉までかけてくれて、スナイデルの心はやっと和らいだ。あの花畑を一緒に見られたら気持ちが良いだろうな、と思っていたのだ。
 わずかに声のトーンを上げながら答える。

「ああ、行きたい……」
「決まりだね。サンドイッチを持って行って食べよう。きみはお肉が好きだから、たっぷり挟んでもらおうね」
「ああ……」

 憧れの人物が自分の好物を知っていて、さらにそれを用意してくれるという。楽しみだな……と思っていると、ユリウスも楽しみだというように笑顔で続ける。

「久しぶりに手合わせするのも良いかもしれないね」
「! ああ……!」

 彼の剣技は、スナイデルの憧れそのものなのだ。
 犬だったらそろそろ尻尾を振っているだろうけれど、スナイデルの頬はほんの少し上気しただけで、あまり表面に表れない。
 しかしユリウスはふ、と優しく微笑んでいて、心が通じ合っているように感じる。
 あのクエストを受けたときは迷ったけれど、これで良かったのだと思えた。

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