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虹の卵編
第十六話/人形使いの音(後編)
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その日の晩、夕食を終えた二組の宿泊客は、一階中央フロアに集まっていた。
ヒロらがサプライズで人形劇の披露を提案したのだが、
二組とも家族連れという事もあって、いずれも嬉しそうに、ヒロの話に乗ってくれた。
子供の数は計四名。
皆人形劇の開始を待ち侘び、落ち着きなく立ったり座ったりを繰り返している。
喜びが行動に出ないだけで、世間話を交わしている大人達も、表情は明るい。
どうやら、掴みは良いようである。
せっかく楽しみにしている子供達を無駄に怖がらせないように、
司会役のヒロは、先日の竜伐祭で使用した狐面を付けて、客達の前に登場した。
「大変お待たせしました。板前のヒロと申します。
皆様、今日のお食事はお口に合いましたでしょうか?」
「わあ、きつねさんだ!」
「きつねさんがご飯作ってくれたんだ」
「美味しかったよ。ありがとうー!」
ヒロの登場に、子供達は歓声を上げてくれた。
林檎のような赤く丸い笑顔を浮かべていて、なんとも愛らしい。
ここに素顔で登場していたら、こうはいかなかっただろう。
いつもの事とはいえ、内心では自身の顔に嘆きながら、ヒロは言葉を続けた。
「うん、皆ありがとうね。
……さて、人形劇の方ですが、ようやく用意が整いました。
題目は皆様ご存知の忠義者。演者はウィグ・キーシとなります。
ちびっこの皆は、忠義者ってお話、知ってるかな?」
ヒロの問いに、子供達は一同に首を横に振った。
案の定であるが、この反応は計算に入れている。
「じゃあ、簡単にお話しておこうか。
昔々、凄く悪い貴族がいて、いつも威張ってばかりだったんだ。
優しい貴族もいたんだけれど、悪い貴族にやっつけられちゃってね。
そこで、その優しい貴族の仲間達が、悪い貴族をやっつけるお話だよ」
実際の物語とは少し違う説明であったが、分かりやすさを重視してヒロはそう話した。
事前に説明を用意していたのが功を奏し、子供達はそれなりに内容を理解できたようである。
ヒロは胸を撫で下ろしながら、フロアの隅へと後退した。
「それでは、早速縁者に登場して頂きます。どうぞ!」
その言葉を合図に、フロア裏で待機していたウィグが小箱を手に現れた。
客の拍手に深々と頭を下げて応えると、今回必要な人形だけを入れた小箱から、老貴族と若貴族の人形を取り出す。
人形に繋がっている操作盤を手にすると、二体もウィグと同じように頭を下げて挨拶をした。
実に慣れた手つきで、その人形の動きには不安は感じられない。
だが、今回の不安は別にある。
「……大丈夫かな」
センダンがヒロの近くに来た。
ヒロにしか聞こえない位の小さな声で、そうぽつりと呟く。
ヒロも心配ではあったが、始まってしまえば、もうなにもできない。
二人は固唾を飲んで、ウィグを見守り始めた。
「昔々のその昔。とっても昔のお話です。
この国には、サーコンという意地の悪い貴族と、その部下のマタという貴族がおりました」
ウィグの語りが始まった。
発音がはっきりしていて、喋る速さも適度である。
さすがは元劇団員と言うべき、落ち着いた語りである。
だが、小さい。
やはり声量はどうしようもなく、耳を澄まさねば何と言っているのか聞き取り難い。
客もそれは同様のようで、怪訝な表情を浮かべたり、前に出て声を聞こうとしたりする者がいた。
「おい、マタ!」
そんな客の反応を知ってか知らずか、ウィグはありったけの声を出しながら、サーコンを操る。
ヒロらの前で披露した時と同様に、違和感のない流暢な動きである。
「はっ、いかがされましたかウィグ様?」
「来月は、我が王がパーティーを開く事になっているな?」
「ははっ、その通りでございます」
「そのパーティーを、ワシとお前で準備する事になっていたな?」
「その通りでございます」
「うむ。そこでな……ワシの分まで、お前が準備をするのだ」
「私が二人分……ですか? サーコン様は、どうして準備をされないのです?」
「うるさいっ! ワシはお前より偉い! 黙ってワシの言う事を聞けっ!」
「……ははっ!」
人形達が、くるくると踊るように身体を翻す。
相変わらず声は聞き取り難かったが、ウィグの操作がそれを何とかカバーした。
ややオーバーリアクション気味の動きだが、その分、彼らの感情が見る者に伝わってくる。
子供達は食い入るように人形を見つめ、サーコンに憤り、マタに同情している。
「……まだ聞き取り難いですけれど、何とか伝わっていますね」
「うん。この調子なら……」
ヒロとセンダンも、まだ不安は残っている。
それでも人形劇が成立している事については一安心し、なおもウィグを見守った。
話は続く。
嫌がらせは日に日にエスカレートし、とうとう若き貴族マタは我慢の限界に達する。
王城廊下でサーコンを切りつけて取り押さえられ、史実では彼は処刑される事となる。
今日の客層を考慮してか、人形劇の上では、マタは辺境に飛ばされた事になっていた。
だが、話の大筋に変わりはない。
主への非礼に憤ったマタの部下達が、サーコンに誅を下す為に決起するのである。
話に応じて人形が次々と入れ替わり、決起集会の時には、部下筆頭のウチクラという名のマリオネットと、
その他大勢の部下を表現する、複数の人形が連結されたマリオネットが使われていた。
「皆の者、この日集まった理由、分かっているな!」
凛とした動きのウチクラに合わせ、ウィグが低く威厳のある声を出す。
子供達もウチクラ達部下の憤りはよく承知しているようで、他の部下達よりも先に頷く程であった。
そして、いよいよウチクラが決起の一言を口にする。
この一言を境に、物語は後半のサーコン討伐に移る。
……はずであった。
「………!」
ウィグの身体が不意に強張る。
続きの言葉が聞こえない。
小さな声さえも聞こえてこないのである。
ヒロとセンダンは、あっと目を見開いた。
よもや、セリフを忘れたわけでもないだろう。
考えられる事は一つしかない。
憂慮していた通り、ウィグの声が出なくなったのである。
「あれれ?」
「理由は……?」
沈黙が長くなり、子供達がざわつきはじめる。
大人達も何が起こったのか分らないようで、口を開きはしなかったが、不思議そうにウィグを見ている。
一方のウィグは、必死に声を捻り出そうとしているようだが、どうにも出てこない。
「センダンさん、これは一度仕切りなおし……あれっ?」
見かねたヒロが、センダンの方を向く。
だが、そこにいたはずのセンダンがいない。
一瞬固まってしまったが、周囲を見回すと、すぐに彼女の姿は見つかった。
「この日集まった理由! それは! それはそれはそれはっ!!
ズバリ、マタ様の仇を打つ為の決起だっ!!」
ウィグの側に躍り出たセンダンの声が響き渡る。
あじゃー、とヒロは膝が崩れ落ちた。
まさか、まさかである。
まさかの人形劇乱入なのである。
「倒すぞ倒すぞ、サーコンを倒すぞ!
必ずや、我等の忠義を証明して見せるぞっ!!
エイエイ、オウオウ! がんがんががん、頑張るぞ、ほいっ!!」
センダンはなおも啖呵を切る。
啖呵という割には相当に適当な語りかもしれない。
予想外の乱入に、ウィグも客も、ぽかんとセンダンを見ていた。
だが、そこはさすがにウィグが、客よりも早く状況を察した。
少し遅れながらも、センダンの言葉に合わせて人形を操る。
センダンは話の粗筋を知っているだけで、当然、台本を読んでいるわけではない。
その言葉は台本の内容とは異なる点が多々ある。
それに加えて、センダンの性格そのままの、奇妙な語りである。
どうにも違和感は拭えない。
「あはは! 変な喋り方ー」
「人形さんかわいいー!」
だが、子供達は喝采した。
センダンの語りが逆に受けたのだろうか、先に子供達が劇の世界に戻ってきた。
それから遅れて、大人達も、好奇心に満ちた視線を人形に戻す。
急にテンションが上がったこの劇が、これからどうなるのか気になるのだろう。
「な、なんとかなった……」
思わず脱力したヒロであったが、柱を掴みながら立ち上がる。
すると、センダンが手首だけを曲げて手招きしてきた。
こうなれば、もう、彼女の言いたい事は分かる。
口にはしていないが『良い事』だ。
ヒロにも参加を促しているのである。
「……このままセンダンさんだけに喋らせちゃ、怖いしな」
ふう、と重く嘆息を零す。
だが、ヒロの口の端はにやりと上がっていた。
仕方がないと言わんばかりに首を左右に振ると、ヒロもまた、ウィグ達の側へと足を踏み出した。
◇
翌日早朝。
さすがに秋の朝ともなれば、少々寒気が厳しく感じられる。
だがその寒さも厭わず、まだ客が二組とも寝ている間に、ウィグは海桶屋を発とうとしていた。
「昨日は本当に申し訳ありません。そして、ありがとうございました」
一晩経ち、また復活した声を出しながら、ウィグが頭を下げる。
会話をかわす程の距離であれば、彼の声を聞き取るのに支障はなかった。
「……私は、少々意固地になっていたかもしれません。
昨日……喋ると言ったのは、お客様の為だけではありませんでした。
ふと、劇団員だった頃の事を思い出してしまって、あの頃に少しでも近づこうという気持ちがあったんだと思います」
「そういう気持ちになるのは、仕方ありませんよ」
「いえ、それではいけません」
ヒロの気遣う言葉に、ウィグは弛みない言葉を返す。
「お客様達に、ハッキリと声を届ける事ができなかった。
その上、その声さえも出なくなって、人形劇を台無しにしかけたのですから。
あれは本当に申し訳ありませんでした」
「………」
「やはり、私の声はもう使い物になりません。
……でも、お二人のお陰で、気がつく事ができました
私には新しい音がある。人形使いとしての音がある」
「人形使いとしての音……?」
センダンが言葉を繰り返す。
それに対して、ウィグはこくりと頷いてみせた。
「ええ。私が人形を操り、他の者に声をあてて貰うのです。
もちろん、言葉と身体を別々に演じるのですから、そこには多少の違和感が出るでしょう。
……でも、それが良い」
ウィグは胸に手を当てながら、しみじみと語る。
黒頭巾の奥を見ずとも、そこには温和な表情がある事が、ヒロには分かった。
「その完全ではない不可思議な雰囲気が、人形劇には合っているような気がします」
「ええ。お客様、凄く盛り上がってくれましたね」
「人形劇って不思議ね。少々の欠落は、むしろ面白みに繋がるんだもん」
ヒロとセンダンが相槌を打つ。
二人の反応に、ウィグは微笑んだように首を傾げてみせた。
それから、少しだけ間をおいて、またウィグが喋る。
「……私はこれから、また大陸全土を回って、引き続き人形を極めます。
それと同時に、共に人形劇を作ってくれる、パートナーを探そうと思います。
その時は、また海桶屋さんにお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「「それはもちろん!」」
ヒロとセンダンの声がハモった。
「ヒロ君、真似しないでくれる?」
「センダンさんこそ」
「私が先に言ったんですー!」
ヒロとセンダンが、またくだらない言い争いを始める。
和やかな二人に、ウィグは声を立てて笑う。
彼は愉快そうな声を止めずに、黒装束のポケットに手を入れた。
すぐにその手を出してみせると、そこには小さな卵が握られていた。
「はははははっ! 二人とも、本当に楽しい人です。
これは……大したものではありませんが、宜しければ受け取って頂けませんか?」
「卵? 食べられるの?」
センダンが高いトーンの声を出す。
卵はよく見れば、色がついていた。
だが、ヒロにはそれが何色と出来なかった。
見る角度によって、赤や青、緑や黄と、色が変わるのである。
いずれも淡い色合いで、その控えめな薄さが綺麗だった。
「いえ、多分食べられないでしょうね。
これはヘディンに立ち寄った時に、布袋人形と一緒に購入した卵です」
「へえー! 昨日話した、プノ砂漠の近くのヘディンよね?」
「ええ。なんでも噂によれば、失われた都から流れてきた卵だそうで」
「おおっ! なんだか凄いんじゃないの、それって!」
「あの……失われた都って?」
昨日聞き流した言葉が、また出てきた。
今なら聞いても構わないだろうと、ヒロはおずおずと尋ねる。
「ヘディンよりも砂漠側に位置する遺跡群の事ですよ」
ヒロの問いに答えたのは、ウィグだった。
「その昔は、戦略上の重要拠点だった、風と砂の都です。
精霊戦争後はその価値を失ってしまい、人が離れ、廃れてしまった所なので、失われた都と呼ばれています。
立地上、砂風で殆どの遺跡は埋もれているのですが、時折歴史の遺物が発掘される事もあるんですよ」
「なるほど……」
「とはいっても、大抵はガラクタで……この卵も、そうして見つかり、ヘディンに流れて売られていたんです。
いつ頃の卵なのか、何の卵なのか、孵るのか、食べられるのか、何も分かりません。
ただ分かっているのは、綺麗だという事。それだけですね」
「ふむ……本当に頂いて良いんですか?」
「はい。今回の出会いを記念して」
「……ありがとうございます」
ヒロは、笑顔で礼を述べた。
ウィグから卵を受け取ると、その流れでそのまま彼と握手をする。
センダンとも握手したウィグは、箱を背負い、その箱に負けないように背筋を伸ばした。
「それでは、これで!
またいつか、お会いしましょう!」
「ええ、またいつか!」
「ウィグさん、頑張ってね!」
三人の声が交錯する。
その声に反応するかのように、ウィグから貰った卵は、ヒロの手の中でキラリと輝いた。
ヒロらがサプライズで人形劇の披露を提案したのだが、
二組とも家族連れという事もあって、いずれも嬉しそうに、ヒロの話に乗ってくれた。
子供の数は計四名。
皆人形劇の開始を待ち侘び、落ち着きなく立ったり座ったりを繰り返している。
喜びが行動に出ないだけで、世間話を交わしている大人達も、表情は明るい。
どうやら、掴みは良いようである。
せっかく楽しみにしている子供達を無駄に怖がらせないように、
司会役のヒロは、先日の竜伐祭で使用した狐面を付けて、客達の前に登場した。
「大変お待たせしました。板前のヒロと申します。
皆様、今日のお食事はお口に合いましたでしょうか?」
「わあ、きつねさんだ!」
「きつねさんがご飯作ってくれたんだ」
「美味しかったよ。ありがとうー!」
ヒロの登場に、子供達は歓声を上げてくれた。
林檎のような赤く丸い笑顔を浮かべていて、なんとも愛らしい。
ここに素顔で登場していたら、こうはいかなかっただろう。
いつもの事とはいえ、内心では自身の顔に嘆きながら、ヒロは言葉を続けた。
「うん、皆ありがとうね。
……さて、人形劇の方ですが、ようやく用意が整いました。
題目は皆様ご存知の忠義者。演者はウィグ・キーシとなります。
ちびっこの皆は、忠義者ってお話、知ってるかな?」
ヒロの問いに、子供達は一同に首を横に振った。
案の定であるが、この反応は計算に入れている。
「じゃあ、簡単にお話しておこうか。
昔々、凄く悪い貴族がいて、いつも威張ってばかりだったんだ。
優しい貴族もいたんだけれど、悪い貴族にやっつけられちゃってね。
そこで、その優しい貴族の仲間達が、悪い貴族をやっつけるお話だよ」
実際の物語とは少し違う説明であったが、分かりやすさを重視してヒロはそう話した。
事前に説明を用意していたのが功を奏し、子供達はそれなりに内容を理解できたようである。
ヒロは胸を撫で下ろしながら、フロアの隅へと後退した。
「それでは、早速縁者に登場して頂きます。どうぞ!」
その言葉を合図に、フロア裏で待機していたウィグが小箱を手に現れた。
客の拍手に深々と頭を下げて応えると、今回必要な人形だけを入れた小箱から、老貴族と若貴族の人形を取り出す。
人形に繋がっている操作盤を手にすると、二体もウィグと同じように頭を下げて挨拶をした。
実に慣れた手つきで、その人形の動きには不安は感じられない。
だが、今回の不安は別にある。
「……大丈夫かな」
センダンがヒロの近くに来た。
ヒロにしか聞こえない位の小さな声で、そうぽつりと呟く。
ヒロも心配ではあったが、始まってしまえば、もうなにもできない。
二人は固唾を飲んで、ウィグを見守り始めた。
「昔々のその昔。とっても昔のお話です。
この国には、サーコンという意地の悪い貴族と、その部下のマタという貴族がおりました」
ウィグの語りが始まった。
発音がはっきりしていて、喋る速さも適度である。
さすがは元劇団員と言うべき、落ち着いた語りである。
だが、小さい。
やはり声量はどうしようもなく、耳を澄まさねば何と言っているのか聞き取り難い。
客もそれは同様のようで、怪訝な表情を浮かべたり、前に出て声を聞こうとしたりする者がいた。
「おい、マタ!」
そんな客の反応を知ってか知らずか、ウィグはありったけの声を出しながら、サーコンを操る。
ヒロらの前で披露した時と同様に、違和感のない流暢な動きである。
「はっ、いかがされましたかウィグ様?」
「来月は、我が王がパーティーを開く事になっているな?」
「ははっ、その通りでございます」
「そのパーティーを、ワシとお前で準備する事になっていたな?」
「その通りでございます」
「うむ。そこでな……ワシの分まで、お前が準備をするのだ」
「私が二人分……ですか? サーコン様は、どうして準備をされないのです?」
「うるさいっ! ワシはお前より偉い! 黙ってワシの言う事を聞けっ!」
「……ははっ!」
人形達が、くるくると踊るように身体を翻す。
相変わらず声は聞き取り難かったが、ウィグの操作がそれを何とかカバーした。
ややオーバーリアクション気味の動きだが、その分、彼らの感情が見る者に伝わってくる。
子供達は食い入るように人形を見つめ、サーコンに憤り、マタに同情している。
「……まだ聞き取り難いですけれど、何とか伝わっていますね」
「うん。この調子なら……」
ヒロとセンダンも、まだ不安は残っている。
それでも人形劇が成立している事については一安心し、なおもウィグを見守った。
話は続く。
嫌がらせは日に日にエスカレートし、とうとう若き貴族マタは我慢の限界に達する。
王城廊下でサーコンを切りつけて取り押さえられ、史実では彼は処刑される事となる。
今日の客層を考慮してか、人形劇の上では、マタは辺境に飛ばされた事になっていた。
だが、話の大筋に変わりはない。
主への非礼に憤ったマタの部下達が、サーコンに誅を下す為に決起するのである。
話に応じて人形が次々と入れ替わり、決起集会の時には、部下筆頭のウチクラという名のマリオネットと、
その他大勢の部下を表現する、複数の人形が連結されたマリオネットが使われていた。
「皆の者、この日集まった理由、分かっているな!」
凛とした動きのウチクラに合わせ、ウィグが低く威厳のある声を出す。
子供達もウチクラ達部下の憤りはよく承知しているようで、他の部下達よりも先に頷く程であった。
そして、いよいよウチクラが決起の一言を口にする。
この一言を境に、物語は後半のサーコン討伐に移る。
……はずであった。
「………!」
ウィグの身体が不意に強張る。
続きの言葉が聞こえない。
小さな声さえも聞こえてこないのである。
ヒロとセンダンは、あっと目を見開いた。
よもや、セリフを忘れたわけでもないだろう。
考えられる事は一つしかない。
憂慮していた通り、ウィグの声が出なくなったのである。
「あれれ?」
「理由は……?」
沈黙が長くなり、子供達がざわつきはじめる。
大人達も何が起こったのか分らないようで、口を開きはしなかったが、不思議そうにウィグを見ている。
一方のウィグは、必死に声を捻り出そうとしているようだが、どうにも出てこない。
「センダンさん、これは一度仕切りなおし……あれっ?」
見かねたヒロが、センダンの方を向く。
だが、そこにいたはずのセンダンがいない。
一瞬固まってしまったが、周囲を見回すと、すぐに彼女の姿は見つかった。
「この日集まった理由! それは! それはそれはそれはっ!!
ズバリ、マタ様の仇を打つ為の決起だっ!!」
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あじゃー、とヒロは膝が崩れ落ちた。
まさか、まさかである。
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「倒すぞ倒すぞ、サーコンを倒すぞ!
必ずや、我等の忠義を証明して見せるぞっ!!
エイエイ、オウオウ! がんがんががん、頑張るぞ、ほいっ!!」
センダンはなおも啖呵を切る。
啖呵という割には相当に適当な語りかもしれない。
予想外の乱入に、ウィグも客も、ぽかんとセンダンを見ていた。
だが、そこはさすがにウィグが、客よりも早く状況を察した。
少し遅れながらも、センダンの言葉に合わせて人形を操る。
センダンは話の粗筋を知っているだけで、当然、台本を読んでいるわけではない。
その言葉は台本の内容とは異なる点が多々ある。
それに加えて、センダンの性格そのままの、奇妙な語りである。
どうにも違和感は拭えない。
「あはは! 変な喋り方ー」
「人形さんかわいいー!」
だが、子供達は喝采した。
センダンの語りが逆に受けたのだろうか、先に子供達が劇の世界に戻ってきた。
それから遅れて、大人達も、好奇心に満ちた視線を人形に戻す。
急にテンションが上がったこの劇が、これからどうなるのか気になるのだろう。
「な、なんとかなった……」
思わず脱力したヒロであったが、柱を掴みながら立ち上がる。
すると、センダンが手首だけを曲げて手招きしてきた。
こうなれば、もう、彼女の言いたい事は分かる。
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ヒロにも参加を促しているのである。
「……このままセンダンさんだけに喋らせちゃ、怖いしな」
ふう、と重く嘆息を零す。
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◇
翌日早朝。
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だがその寒さも厭わず、まだ客が二組とも寝ている間に、ウィグは海桶屋を発とうとしていた。
「昨日は本当に申し訳ありません。そして、ありがとうございました」
一晩経ち、また復活した声を出しながら、ウィグが頭を下げる。
会話をかわす程の距離であれば、彼の声を聞き取るのに支障はなかった。
「……私は、少々意固地になっていたかもしれません。
昨日……喋ると言ったのは、お客様の為だけではありませんでした。
ふと、劇団員だった頃の事を思い出してしまって、あの頃に少しでも近づこうという気持ちがあったんだと思います」
「そういう気持ちになるのは、仕方ありませんよ」
「いえ、それではいけません」
ヒロの気遣う言葉に、ウィグは弛みない言葉を返す。
「お客様達に、ハッキリと声を届ける事ができなかった。
その上、その声さえも出なくなって、人形劇を台無しにしかけたのですから。
あれは本当に申し訳ありませんでした」
「………」
「やはり、私の声はもう使い物になりません。
……でも、お二人のお陰で、気がつく事ができました
私には新しい音がある。人形使いとしての音がある」
「人形使いとしての音……?」
センダンが言葉を繰り返す。
それに対して、ウィグはこくりと頷いてみせた。
「ええ。私が人形を操り、他の者に声をあてて貰うのです。
もちろん、言葉と身体を別々に演じるのですから、そこには多少の違和感が出るでしょう。
……でも、それが良い」
ウィグは胸に手を当てながら、しみじみと語る。
黒頭巾の奥を見ずとも、そこには温和な表情がある事が、ヒロには分かった。
「その完全ではない不可思議な雰囲気が、人形劇には合っているような気がします」
「ええ。お客様、凄く盛り上がってくれましたね」
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ヒロとセンダンが相槌を打つ。
二人の反応に、ウィグは微笑んだように首を傾げてみせた。
それから、少しだけ間をおいて、またウィグが喋る。
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「「それはもちろん!」」
ヒロとセンダンの声がハモった。
「ヒロ君、真似しないでくれる?」
「センダンさんこそ」
「私が先に言ったんですー!」
ヒロとセンダンが、またくだらない言い争いを始める。
和やかな二人に、ウィグは声を立てて笑う。
彼は愉快そうな声を止めずに、黒装束のポケットに手を入れた。
すぐにその手を出してみせると、そこには小さな卵が握られていた。
「はははははっ! 二人とも、本当に楽しい人です。
これは……大したものではありませんが、宜しければ受け取って頂けませんか?」
「卵? 食べられるの?」
センダンが高いトーンの声を出す。
卵はよく見れば、色がついていた。
だが、ヒロにはそれが何色と出来なかった。
見る角度によって、赤や青、緑や黄と、色が変わるのである。
いずれも淡い色合いで、その控えめな薄さが綺麗だった。
「いえ、多分食べられないでしょうね。
これはヘディンに立ち寄った時に、布袋人形と一緒に購入した卵です」
「へえー! 昨日話した、プノ砂漠の近くのヘディンよね?」
「ええ。なんでも噂によれば、失われた都から流れてきた卵だそうで」
「おおっ! なんだか凄いんじゃないの、それって!」
「あの……失われた都って?」
昨日聞き流した言葉が、また出てきた。
今なら聞いても構わないだろうと、ヒロはおずおずと尋ねる。
「ヘディンよりも砂漠側に位置する遺跡群の事ですよ」
ヒロの問いに答えたのは、ウィグだった。
「その昔は、戦略上の重要拠点だった、風と砂の都です。
精霊戦争後はその価値を失ってしまい、人が離れ、廃れてしまった所なので、失われた都と呼ばれています。
立地上、砂風で殆どの遺跡は埋もれているのですが、時折歴史の遺物が発掘される事もあるんですよ」
「なるほど……」
「とはいっても、大抵はガラクタで……この卵も、そうして見つかり、ヘディンに流れて売られていたんです。
いつ頃の卵なのか、何の卵なのか、孵るのか、食べられるのか、何も分かりません。
ただ分かっているのは、綺麗だという事。それだけですね」
「ふむ……本当に頂いて良いんですか?」
「はい。今回の出会いを記念して」
「……ありがとうございます」
ヒロは、笑顔で礼を述べた。
ウィグから卵を受け取ると、その流れでそのまま彼と握手をする。
センダンとも握手したウィグは、箱を背負い、その箱に負けないように背筋を伸ばした。
「それでは、これで!
またいつか、お会いしましょう!」
「ええ、またいつか!」
「ウィグさん、頑張ってね!」
三人の声が交錯する。
その声に反応するかのように、ウィグから貰った卵は、ヒロの手の中でキラリと輝いた。
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