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竜伐祭編
第十五話/祭りの終わりに……(前編)
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「ではでは!
この兄花島、昔は花街だった、とご存知の方はどれくらいいらっしゃいますでしょうか。
宜しければ、手を上げてみてくれますか? はい、そうです、そうです。照れずにビシッと!
はい、ありがとうございますー! 二割、三割という所でしょうか。結構いらっしゃいますね。
それでは……ご存知の方には恐縮ですが、まずはこの兄花島の過去の話をしたいと思います。
今からおよそ二百年前、この国は二つに分かれていました。
精霊を信仰する人々と、精霊の存在を信じずに人の力だけで生きようとした人々。
それらが、国の覇権を争っていた内乱時代……別名、精霊戦争があった事は、皆さんもご存知ですよね。
精霊戦争の勝者は……これもご存知かとは思いますが、現王族エクリプス家の祖先、エクリプス一世率いる精霊信仰側です。
戦争末期ともなれば、殆どの都市は精霊信仰側が治めており、このヒノモトも同様でした。
戦争もようやく終結の気配を見せると、生活も安定し始めます。
兄花島の人は、その安定に伴い、新たな産業に手を出し始めました。
それが、特別なお宿の経営……すなわち、兄花島の花街化です。
花街って何の事か分からない子いたら、帰ってからお父さんに聞いてねー。帰ってからよ、帰ってから!
さて、兄花島のお宿は、どこも大いに繁盛したそうですよ。
当時の兄花島には、漁業で生計を立てる男が多くいましたが、
当時の漁業はそれは過酷だったもので、仕事を終えて島に帰ってきた男達は、こぞってお宿に向かったそうです。
お宿の方も、そのような精神的疲労を抱えたお客様を相手にするのですから、サービスには気を配りました。
本来のお仕事の他にも、長い航海で汚れた服を洗濯したり、破れていれば繕ったり。
他にも、お食事の用意をしたり、愚痴を聞いてくれたりと、それはもう妻のような仕事をこなしたそうです。
その為に、お宿の女性達は『船後家』と呼ばれるようになりました。
そこのお客様ー、ご想像の後家さんとはちょっと違いましたか? あははー、また怒られてますね。
この船後家さん、多い時期では百名以上在籍していたそうです。
船後家さんの多くは、口減らしの為に売られたり、戦争で孤児となった子供です。
あとは、こういうお仕事だからなんでしょうねえ。
変化の術でお客様のご要望にお応えできる狐亜人等は、重宝がられていたそうですよ。
そういうわけで、船後家さんの殆どは、望んで船後家になったわけではありませんでした。
だというのに、心身共に過酷なお仕事です。特に心労は相当のものがあった事でしょう。
当時は、島と島の間を結ぶ橋はなく、兄花島は孤島の監獄のようなものでしたので、そういう意味でも辛いお仕事でした。
船後家さん達には、二つの気晴らしがありました。
一つは、精霊への祈りです。
精霊戦争が終結しかけていた事もあって、当時の人々は信心深かったそうです。
船後家さん達もその例に漏れず、休日には連れ添って海岸に出かけ、
このフタナノ海のどこかにいる精霊に祈りを捧げたそうです。
おそらくは、皆、自由を祈り願ったのでしょうね。
一応、一定額を稼げば自由の身になれたそうですが、自由になれた者はそう多くないと聞きます。
そして、もう一つがこの竜伐祭。
竜伐祭は内乱時代よりも昔から行われていたお祭りで、当時ももちろん開かれていました。
このお祭りの費用ですが……実は、彼女達が勤めるお宿が殆ど提供していたそうですよ。
その様なわけで、島民達は船後家さんには頭が上がりませんでした。
竜伐祭の日は、船後家さん達も仕事はお休みです。
なんせ、彼女達がこのお祭りのスポンサーのようなものですからね。
皆、この日は自分の為に自分を着飾り、お祭りを大いに楽しんだそうです。
そんな、一夜限りのうたかたの夢の翌日には、また船後家としての日々が待ち受けていたわけです。
あはは、なんだかしんみりしちゃうお話ですよねえ。
ええ、これは実話ですから、ハッピーエンドにしたくても、出来ないんですよ。
……では、何故このようなお話をしたのか。
はい、そこの船後家父さん、答えて下さい!
……ふむふむ。『海桶屋の宣伝の為』……あっ、それいい!
もうそれ正解と言いたい!! 言いたいのですが……一応、はずれです。
ううん、でも一部正解と言えるかな? 正解は『私達の兄花島の事を知って頂きたいから』です。
兄花島は、今ではヒノモトの古い町並みくらいしか見るべき所のない、閑静な島です。
でも、その古い町並みには、何百年もの歴史が篭っています。
船後家さんと精霊歌の話以外にも、多くの民話が伝わっています。
その一部を、皆様に知って頂きたかったのです。
今日お話した事や、竜伐祭というお祭りそのもの。
それらをきっかけに、皆様に少しでも兄花島を好きになってもらい、
また兄花島に来て頂き……そして、あわよくば、私が勤める海桶屋に泊まって頂ければな、と!
あはは、ありがとうございます。熱い拍手、ありがとうございますー!
……実は、私も元々この島の者ではないのですよ。
数年前、この島にふらりと立ち寄ったその日が、竜伐祭の日だったんです。
その日も、お祭りがもう楽しくて楽しくて!
ステージイベントに飛び入り参加して歌い踊ったり、もうパパラパッパラ、大フィーバーだったんですよ!
ところが、はしゃぎ過ぎたのがいけませんでした。お財布、落としちゃいまして。
飢えに飢えてしまった所、島の人々がご飯を食べさせてくれたり、お宿に泊めてくれたり、一緒に財布を探してくれたり。
ちなみに、結局財布は見つかりませんでした。もしかしたら皆様のお足元に落ちているかも?
とまあ、そのようなわけで、島の人々の暖かさに触れて、いつの間にかこの島に居つくようになったんです。
……あはは、ごめんなさい。最後のお話はちょっと蛇足気味でしたね!
さてさて、皆様お待ちかねの、ナポリ・フィアンマによる精霊歌!!
それを始める前に……ええと……むう……えっ?
あ、もういい? もういいの? 本当に?
……あ、ごめんなさい、こっちの事です。こっちの事。
大変長らくお待たせしました! いよいよ精霊歌のお時間です。
ロビンの大人気精霊歌歌手、ナポリさんにご入場して頂きましょう!
皆様、盛大な拍手でお迎え下さいー!」
燦燦さんぽ日和
第十五話/祭りの終わりに……
前もって拍手を頼む必要はなかった。
センダンと入れ違いでステージ裏からナポリが登場すると、観衆は拍手と歓声を持ってナポリを迎え入れた。
その歓迎も、ナポリにとっては日常的なものなのだろう。
彼は歓迎に臆する事無く、観客席を見回しながら、ゆるやかな動きで観衆に手を振ってみせる。
その動きの最中に、ステージ照明がナポリの歯に当たった。
ステージ前列に、お約束の輝きが生まれる。
「キャーッ!!」
「ナポリー! ナポリ様ー!!」
最前列に陣取った女性の観衆の声は凄まじかった。
ナポリはその歓声に目礼で軽く答えたが、それ以上何かをしようとはしなかった。
ナポリの反応が薄い事に、静まるのを待っているのだと悟った観衆から順に口をつぐむ。
沈黙とは不思議なもので、あれだけの歓声が上がっていたのに、静けさは瞬く間に伝染する。
最前列の女性観衆が最後に静まった所で、ナポリは遠くまでよく通る声で喋りだした。
「やあ皆、こんばんは。今日は良い天気だね。
星もマナも綺麗だ。精霊に歌を捧げるにはもってこいの日だね」
その言葉を受けて、多くの観衆が空を見上げる。
土地柄、兄花島で観測できるマナの多くは、水のマナである。
ナポリが言う通り、空には星とマナを遮るものが何もなく、綺麗な光が散らばっていた。
星の白く明るい光と、水のマナの青白く幻想的な輝き。
観衆達は、暫しそれらの輝きに目を奪われた。
「……さて。歌の前に、一つ話をしよう」
ナポリが言葉を続けた。
また観衆がナポリに視線を向ける。
「皆も知っての通り、精霊歌に楽隊の存在は欠かせないものだ。
楽隊の楽器に篭ったマナの力で、精霊により強く精霊歌を捧げる事ができるからね。
……ところで、皆に、この場を借りて謝らなくてはならない事がある。
今日、ちょっとしたハプニングが起こったんだ。
その大事な楽隊のうち、コルネットの担当が、急病で今日はどうしても来る事ができなかった」
その言葉に、客席が少々ざわついた。
ナポリが入場した時とは異なる、困惑のざわつきである。
そのざわつきが止むのを待たず、ナポリはなおも喋り続ける。
「……精霊歌歌手は、皆の応援のお陰で成り立っている職業だ。
皆の為に、そしてもちろん歌を捧げる精霊の為に、私達は歌っている。
今日は、それに加えて、ある二人の為に歌いたいと思っていたんだ。
今日、この場に僕を招いてくれた二人の友人の為に。
だというのに、万全の歌を捧げる事ができないのは、この上なく申し訳がない」
ナポリの表情に、微かに悲哀の色が篭る。
観客席からは、ナポリを励ます声が幾つか飛んだ。
「ありがとう、皆。
……私はステージが始まるまでの間、精霊に祈ったよ。
精霊よ、私は大切な人々がいるのだ。
まずは何よりも、大いなる精霊。
そしてファン、家族……更には友人達。
貴方も含まれているのに、貴方に頼むというのも妙な話だが、
この窮地を救ってはくれないだろうか……とね。
するとね。私には聞こえたんだよ。精霊の返事が。
精霊はこう言ったのだ……」
大方の者は、最後の一言が作り話だと分かる。
精霊とコミュニケーションを取れた者は、まだいないのである。
だというのに、あえてナポリがそういう事を言う事には、何か意味があるのだろう。
観衆は、再び静まり返った。
その先に続くナポリの真意を聞き逃すまいと、口を開かずにじっとナポリを見つめる。
口や視線だけではなく、凍ってしまったかのように身動きをせず、ナポリに意識を集める。
だが、ナポリはすぐには言葉を続けない。
その静けさに耐え切れなくなったのだろう。
観客席から、ぼそりと『なんと?』という言葉が聞こえた。
「か弱き子よ、愛し合いなさい」
ナポリが、ようやく口を開く。
心臓を直接震動させるような美しい声。
その声を受けた観客席が、一瞬で沸騰した。
喜びや笑いといった、様々な肯定的感情の混じった声が飛び交った。
ナポリの一言は、ただの言葉ではなく、歌声だったのである。
彼が得意とする曲の歌い出しだったのである。
つまり、事前のトークは、この歌い出しの為の演出だった。
だが、一つだけ問題がある。
この歌の前半は、精霊と人間との対話で作られたデュエット曲だった。
だというのに、ステージに立っているのはナポリ一人だけだ。
「か弱きからこそ、愛し合い、歩まなくてはならない」
「精霊よ、仰せの通りに」
ナポリがさらに、精霊パートの続きを歌う。
人間パートまで来た所で、間を作る事なく、続きの歌声が観客席から洩れた。
歌声の主は、サヨコであった。
顔を真っ赤にしながらも、はっきりとした声でサヨコは歌った。
予想外のその合いの手に、観衆はまた湧き上がる。
拍手をする者さえもいた。
「か弱き子よ、マナと共にありなさい。
か弱きからこそ、マナは、あなた達の力となる」
「「精霊よ、仰せの通りに」」
また、サヨコが続きを歌う。
今度は、サヨコだけの声ではなかった。
近くに座っていたカナも続きを歌っていた。
面識はない二人だったが、互いに顔を見合わせる。
カナが先にニヤリと口の端を上げて見せ、サヨコも首を傾けながら微笑んだ。
「人よ、生ある限り愛し合おう!」
歌はサビに入る。
一人、そして二人がナポリ続けば、もう観衆を遮るものはない。
ナポリ、サヨコ、カナ、その他にも多くの観衆が声を揃えてサビを歌い出す。
大人も、子供も、男も、女も、島の者も、島外の者も。
皆、隣の知らぬ人々と笑い合いながら、共に歌う喜びを顔に出す。
観客席は、文字通りのお祭り騒ぎの歌声で溢れかえった。
「私はここに誓おう!」
「隣人に、そして自然に奉げる!」
「私の愛を!」
「生ある限り捧げ続ける!」
「だから歌おう……!」
ナポリが一番の最後の一節を歌った。
それと同時に、ナポリの後方から楽隊が現れる。
フルート。
クラリネット。
トロンボーン。
ホルン。
スネアドラム。
そして……コルネットを手にしたナナ。
一人だけ、楽隊の衣装を纏っていない者がいる楽隊。
いびつではあるが、だからこそ観衆は、状況を察した。
欠員は、なんとか埋められたのである。
地鳴りのような拍手が、観客席から巻き起こった。
「か弱き子よ、争いを止めなさい。
か弱きからこそ、競わず、力を合わせなくてはならない」
「精霊よ、仰せの通りに」
「か弱き子よ、マナを大切になさい。
か弱きからこそ、マナを、貴方達の為に作ろう」
「精霊よ、仰せの通りに」
「私はここに誓おう!」
「隣人に、そして自然に奉げる!」
「私の愛を!」
「生ある限り捧げ続ける!」
「だから歌おう!!」
ナポリが歌う。
観客達も歌う。
割れんばかりの手拍子が生まれる。
そして、楽隊が音を奏でる。
会場が一体となり、精霊への祈りと感謝を綴る。
意図せずして巨大な塊となった歌声の刺激は、相当強かったのだろう。
いつしか夜空には、まるで帯のようなおびただしいマナが輝いていた。
それは、人々の笑顔がそのまま光となったような、暖かく幸福な輝きだった。
この兄花島、昔は花街だった、とご存知の方はどれくらいいらっしゃいますでしょうか。
宜しければ、手を上げてみてくれますか? はい、そうです、そうです。照れずにビシッと!
はい、ありがとうございますー! 二割、三割という所でしょうか。結構いらっしゃいますね。
それでは……ご存知の方には恐縮ですが、まずはこの兄花島の過去の話をしたいと思います。
今からおよそ二百年前、この国は二つに分かれていました。
精霊を信仰する人々と、精霊の存在を信じずに人の力だけで生きようとした人々。
それらが、国の覇権を争っていた内乱時代……別名、精霊戦争があった事は、皆さんもご存知ですよね。
精霊戦争の勝者は……これもご存知かとは思いますが、現王族エクリプス家の祖先、エクリプス一世率いる精霊信仰側です。
戦争末期ともなれば、殆どの都市は精霊信仰側が治めており、このヒノモトも同様でした。
戦争もようやく終結の気配を見せると、生活も安定し始めます。
兄花島の人は、その安定に伴い、新たな産業に手を出し始めました。
それが、特別なお宿の経営……すなわち、兄花島の花街化です。
花街って何の事か分からない子いたら、帰ってからお父さんに聞いてねー。帰ってからよ、帰ってから!
さて、兄花島のお宿は、どこも大いに繁盛したそうですよ。
当時の兄花島には、漁業で生計を立てる男が多くいましたが、
当時の漁業はそれは過酷だったもので、仕事を終えて島に帰ってきた男達は、こぞってお宿に向かったそうです。
お宿の方も、そのような精神的疲労を抱えたお客様を相手にするのですから、サービスには気を配りました。
本来のお仕事の他にも、長い航海で汚れた服を洗濯したり、破れていれば繕ったり。
他にも、お食事の用意をしたり、愚痴を聞いてくれたりと、それはもう妻のような仕事をこなしたそうです。
その為に、お宿の女性達は『船後家』と呼ばれるようになりました。
そこのお客様ー、ご想像の後家さんとはちょっと違いましたか? あははー、また怒られてますね。
この船後家さん、多い時期では百名以上在籍していたそうです。
船後家さんの多くは、口減らしの為に売られたり、戦争で孤児となった子供です。
あとは、こういうお仕事だからなんでしょうねえ。
変化の術でお客様のご要望にお応えできる狐亜人等は、重宝がられていたそうですよ。
そういうわけで、船後家さんの殆どは、望んで船後家になったわけではありませんでした。
だというのに、心身共に過酷なお仕事です。特に心労は相当のものがあった事でしょう。
当時は、島と島の間を結ぶ橋はなく、兄花島は孤島の監獄のようなものでしたので、そういう意味でも辛いお仕事でした。
船後家さん達には、二つの気晴らしがありました。
一つは、精霊への祈りです。
精霊戦争が終結しかけていた事もあって、当時の人々は信心深かったそうです。
船後家さん達もその例に漏れず、休日には連れ添って海岸に出かけ、
このフタナノ海のどこかにいる精霊に祈りを捧げたそうです。
おそらくは、皆、自由を祈り願ったのでしょうね。
一応、一定額を稼げば自由の身になれたそうですが、自由になれた者はそう多くないと聞きます。
そして、もう一つがこの竜伐祭。
竜伐祭は内乱時代よりも昔から行われていたお祭りで、当時ももちろん開かれていました。
このお祭りの費用ですが……実は、彼女達が勤めるお宿が殆ど提供していたそうですよ。
その様なわけで、島民達は船後家さんには頭が上がりませんでした。
竜伐祭の日は、船後家さん達も仕事はお休みです。
なんせ、彼女達がこのお祭りのスポンサーのようなものですからね。
皆、この日は自分の為に自分を着飾り、お祭りを大いに楽しんだそうです。
そんな、一夜限りのうたかたの夢の翌日には、また船後家としての日々が待ち受けていたわけです。
あはは、なんだかしんみりしちゃうお話ですよねえ。
ええ、これは実話ですから、ハッピーエンドにしたくても、出来ないんですよ。
……では、何故このようなお話をしたのか。
はい、そこの船後家父さん、答えて下さい!
……ふむふむ。『海桶屋の宣伝の為』……あっ、それいい!
もうそれ正解と言いたい!! 言いたいのですが……一応、はずれです。
ううん、でも一部正解と言えるかな? 正解は『私達の兄花島の事を知って頂きたいから』です。
兄花島は、今ではヒノモトの古い町並みくらいしか見るべき所のない、閑静な島です。
でも、その古い町並みには、何百年もの歴史が篭っています。
船後家さんと精霊歌の話以外にも、多くの民話が伝わっています。
その一部を、皆様に知って頂きたかったのです。
今日お話した事や、竜伐祭というお祭りそのもの。
それらをきっかけに、皆様に少しでも兄花島を好きになってもらい、
また兄花島に来て頂き……そして、あわよくば、私が勤める海桶屋に泊まって頂ければな、と!
あはは、ありがとうございます。熱い拍手、ありがとうございますー!
……実は、私も元々この島の者ではないのですよ。
数年前、この島にふらりと立ち寄ったその日が、竜伐祭の日だったんです。
その日も、お祭りがもう楽しくて楽しくて!
ステージイベントに飛び入り参加して歌い踊ったり、もうパパラパッパラ、大フィーバーだったんですよ!
ところが、はしゃぎ過ぎたのがいけませんでした。お財布、落としちゃいまして。
飢えに飢えてしまった所、島の人々がご飯を食べさせてくれたり、お宿に泊めてくれたり、一緒に財布を探してくれたり。
ちなみに、結局財布は見つかりませんでした。もしかしたら皆様のお足元に落ちているかも?
とまあ、そのようなわけで、島の人々の暖かさに触れて、いつの間にかこの島に居つくようになったんです。
……あはは、ごめんなさい。最後のお話はちょっと蛇足気味でしたね!
さてさて、皆様お待ちかねの、ナポリ・フィアンマによる精霊歌!!
それを始める前に……ええと……むう……えっ?
あ、もういい? もういいの? 本当に?
……あ、ごめんなさい、こっちの事です。こっちの事。
大変長らくお待たせしました! いよいよ精霊歌のお時間です。
ロビンの大人気精霊歌歌手、ナポリさんにご入場して頂きましょう!
皆様、盛大な拍手でお迎え下さいー!」
燦燦さんぽ日和
第十五話/祭りの終わりに……
前もって拍手を頼む必要はなかった。
センダンと入れ違いでステージ裏からナポリが登場すると、観衆は拍手と歓声を持ってナポリを迎え入れた。
その歓迎も、ナポリにとっては日常的なものなのだろう。
彼は歓迎に臆する事無く、観客席を見回しながら、ゆるやかな動きで観衆に手を振ってみせる。
その動きの最中に、ステージ照明がナポリの歯に当たった。
ステージ前列に、お約束の輝きが生まれる。
「キャーッ!!」
「ナポリー! ナポリ様ー!!」
最前列に陣取った女性の観衆の声は凄まじかった。
ナポリはその歓声に目礼で軽く答えたが、それ以上何かをしようとはしなかった。
ナポリの反応が薄い事に、静まるのを待っているのだと悟った観衆から順に口をつぐむ。
沈黙とは不思議なもので、あれだけの歓声が上がっていたのに、静けさは瞬く間に伝染する。
最前列の女性観衆が最後に静まった所で、ナポリは遠くまでよく通る声で喋りだした。
「やあ皆、こんばんは。今日は良い天気だね。
星もマナも綺麗だ。精霊に歌を捧げるにはもってこいの日だね」
その言葉を受けて、多くの観衆が空を見上げる。
土地柄、兄花島で観測できるマナの多くは、水のマナである。
ナポリが言う通り、空には星とマナを遮るものが何もなく、綺麗な光が散らばっていた。
星の白く明るい光と、水のマナの青白く幻想的な輝き。
観衆達は、暫しそれらの輝きに目を奪われた。
「……さて。歌の前に、一つ話をしよう」
ナポリが言葉を続けた。
また観衆がナポリに視線を向ける。
「皆も知っての通り、精霊歌に楽隊の存在は欠かせないものだ。
楽隊の楽器に篭ったマナの力で、精霊により強く精霊歌を捧げる事ができるからね。
……ところで、皆に、この場を借りて謝らなくてはならない事がある。
今日、ちょっとしたハプニングが起こったんだ。
その大事な楽隊のうち、コルネットの担当が、急病で今日はどうしても来る事ができなかった」
その言葉に、客席が少々ざわついた。
ナポリが入場した時とは異なる、困惑のざわつきである。
そのざわつきが止むのを待たず、ナポリはなおも喋り続ける。
「……精霊歌歌手は、皆の応援のお陰で成り立っている職業だ。
皆の為に、そしてもちろん歌を捧げる精霊の為に、私達は歌っている。
今日は、それに加えて、ある二人の為に歌いたいと思っていたんだ。
今日、この場に僕を招いてくれた二人の友人の為に。
だというのに、万全の歌を捧げる事ができないのは、この上なく申し訳がない」
ナポリの表情に、微かに悲哀の色が篭る。
観客席からは、ナポリを励ます声が幾つか飛んだ。
「ありがとう、皆。
……私はステージが始まるまでの間、精霊に祈ったよ。
精霊よ、私は大切な人々がいるのだ。
まずは何よりも、大いなる精霊。
そしてファン、家族……更には友人達。
貴方も含まれているのに、貴方に頼むというのも妙な話だが、
この窮地を救ってはくれないだろうか……とね。
するとね。私には聞こえたんだよ。精霊の返事が。
精霊はこう言ったのだ……」
大方の者は、最後の一言が作り話だと分かる。
精霊とコミュニケーションを取れた者は、まだいないのである。
だというのに、あえてナポリがそういう事を言う事には、何か意味があるのだろう。
観衆は、再び静まり返った。
その先に続くナポリの真意を聞き逃すまいと、口を開かずにじっとナポリを見つめる。
口や視線だけではなく、凍ってしまったかのように身動きをせず、ナポリに意識を集める。
だが、ナポリはすぐには言葉を続けない。
その静けさに耐え切れなくなったのだろう。
観客席から、ぼそりと『なんと?』という言葉が聞こえた。
「か弱き子よ、愛し合いなさい」
ナポリが、ようやく口を開く。
心臓を直接震動させるような美しい声。
その声を受けた観客席が、一瞬で沸騰した。
喜びや笑いといった、様々な肯定的感情の混じった声が飛び交った。
ナポリの一言は、ただの言葉ではなく、歌声だったのである。
彼が得意とする曲の歌い出しだったのである。
つまり、事前のトークは、この歌い出しの為の演出だった。
だが、一つだけ問題がある。
この歌の前半は、精霊と人間との対話で作られたデュエット曲だった。
だというのに、ステージに立っているのはナポリ一人だけだ。
「か弱きからこそ、愛し合い、歩まなくてはならない」
「精霊よ、仰せの通りに」
ナポリがさらに、精霊パートの続きを歌う。
人間パートまで来た所で、間を作る事なく、続きの歌声が観客席から洩れた。
歌声の主は、サヨコであった。
顔を真っ赤にしながらも、はっきりとした声でサヨコは歌った。
予想外のその合いの手に、観衆はまた湧き上がる。
拍手をする者さえもいた。
「か弱き子よ、マナと共にありなさい。
か弱きからこそ、マナは、あなた達の力となる」
「「精霊よ、仰せの通りに」」
また、サヨコが続きを歌う。
今度は、サヨコだけの声ではなかった。
近くに座っていたカナも続きを歌っていた。
面識はない二人だったが、互いに顔を見合わせる。
カナが先にニヤリと口の端を上げて見せ、サヨコも首を傾けながら微笑んだ。
「人よ、生ある限り愛し合おう!」
歌はサビに入る。
一人、そして二人がナポリ続けば、もう観衆を遮るものはない。
ナポリ、サヨコ、カナ、その他にも多くの観衆が声を揃えてサビを歌い出す。
大人も、子供も、男も、女も、島の者も、島外の者も。
皆、隣の知らぬ人々と笑い合いながら、共に歌う喜びを顔に出す。
観客席は、文字通りのお祭り騒ぎの歌声で溢れかえった。
「私はここに誓おう!」
「隣人に、そして自然に奉げる!」
「私の愛を!」
「生ある限り捧げ続ける!」
「だから歌おう……!」
ナポリが一番の最後の一節を歌った。
それと同時に、ナポリの後方から楽隊が現れる。
フルート。
クラリネット。
トロンボーン。
ホルン。
スネアドラム。
そして……コルネットを手にしたナナ。
一人だけ、楽隊の衣装を纏っていない者がいる楽隊。
いびつではあるが、だからこそ観衆は、状況を察した。
欠員は、なんとか埋められたのである。
地鳴りのような拍手が、観客席から巻き起こった。
「か弱き子よ、争いを止めなさい。
か弱きからこそ、競わず、力を合わせなくてはならない」
「精霊よ、仰せの通りに」
「か弱き子よ、マナを大切になさい。
か弱きからこそ、マナを、貴方達の為に作ろう」
「精霊よ、仰せの通りに」
「私はここに誓おう!」
「隣人に、そして自然に奉げる!」
「私の愛を!」
「生ある限り捧げ続ける!」
「だから歌おう!!」
ナポリが歌う。
観客達も歌う。
割れんばかりの手拍子が生まれる。
そして、楽隊が音を奏でる。
会場が一体となり、精霊への祈りと感謝を綴る。
意図せずして巨大な塊となった歌声の刺激は、相当強かったのだろう。
いつしか夜空には、まるで帯のようなおびただしいマナが輝いていた。
それは、人々の笑顔がそのまま光となったような、暖かく幸福な輝きだった。
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身内の者に描いてもらっています。
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