燦燦さんぽ日和

加藤泰幸

文字の大きさ
上 下
19 / 54
竜伐祭編

第十話/ギルド裏庭の蜜柑(前編)

しおりを挟む
 兄花通りは、兄花島観光地区を北から南に縦断するように伸びている。
 観光地区の古い建造物の多くは、その兄花通り沿いか、もしくは沿岸沿いに建っており、
 比較的近代になって建てられた建造物は、兄花通りの東側、海から離れた地帯に建っている。
 観光地区唯一のコンクリート建築、兄花島ギルド支部が建っているのは、その地帯だった。



「ええっとー、確か出店希望リストは、この引き出しにー……」
「ベラミさん、その引き出しもう三回は探しましたよ」
「そうだっけー? にゃっはっはー」
 先程から、机という机の引き出しをひっくり返しているのは、ギルド職員の猫亜人ベラミ・イスナットである。
 祭事実行委員の総務班として出店希望者を管理している彼から、出店希望者リストを貰いにきたヒロとゴウは、
 もうかれこれ五分以上は、ベラミがリストを探す姿をカウンター越しに眺めている。

 だが、どうにも雲行きは怪しい。
 何度も同じ場所を探しては、ゴウが突っ込みを入れているのだが、
 ベラミは毎度、半分閉じられている眠そうな猫目を更に平たくして、にへらと気の抜けた笑いを浮かべるだけである。

 ヒロとゴウは、その都度、互いの顔を見合った。
 言葉にせずとも、それだけで互いの考えは伝わる。
 これは、紛失しているのではなかろうか……である。




「ベラミさん、ポケットとか探しましたよね?」
 不安そうな口ぶりを抑えずにヒロが尋ねる。
 まさか、今更ポケットにあるとも思えなかったが、それでも一応聞いてみた。

「んん? どれどれー?」
 言われるがままに、ベラミがポケットに手を突っ込む。
「……あれ?」
「あれ、って、ベラミさん……?」
「あー! あった、あったー」
 表情と同じく、間の抜けた語尾でベラミが言う。
 彼がポケットから手を引き抜くと、手には折り畳まれた用紙が握られていた。

「まさか、本当にポケットにあったとは……」
「ポケットくらい最初に調べておいて下さいよ……」
 あまりにも安直な場所からの発見に、ヒロとゴウが呆れきった口調で突っ込む。
「いやー、ごめんごめん。はいこれー」
「ども」
 反省の色を表さずに謝るベラミから、ゴウが用紙を受け取る。
 ゴウが用紙を開いた所でヒロが覗き込むと、十数名の氏名と連絡先、希望出店内容、使用ブース数が記載されていた。
 間違いなく、出店希望者リストのようである。


「これがリストなんだ」
「おう。総務の確認が済んでいる最終リストだから、これを元にブース設営の準備をするんだ。
 今年も希望者数は例年通りって所か……」
「あ、サヨちゃんのお店も載ってるね」
「ちとせだな。毎年鉄板焼き系の飲食ブースを出しているんだが、なかなか評判が良いぞ」
「へえ、楽しみだなあ。できれば当日参加したいけれど……」
「お前は店もあるからな。あまり無理はするなよ?」
 諭すように言うと、ゴウはリストを再び折り畳んで自分のポケットにしまいこむ。
 それから、相変わらずへらへらと笑っているベラミに一礼した。



「それじゃあ、俺達はこれで」
「ええ、もう行っちゃうのー? せっかくだから、兄花島ギルド支部名物の兄花餅買ってかなーい?」
「俺達観光客じゃないんだから、変なセールスしないで下さい」
「そんな事言わないでさー。カツカツなんだよー」
「兄花島ギルド支部って、国からの予算の割り当てじゃ足りてないんですか?」
「いーや、それなりにあるよー。これは僕が個人的に仕入れたのー」
 ベラミはさも当たり前のように言う。

「小遣い稼ぎじゃないですか……」
「あーあー、違うぞー! この稼ぎは恵まれない子供達にだなー!」
 ベラミが言い訳をする。
 胡散臭い言い訳ランキングがあれば、間違いなく上位に食い込むであろう言い訳である。



「はいはい……やっぱりヒロにも来てもらって正解だったよ。
 俺、どうにもこの人とは波長が合わん」
 ベラミに聞かれる事も厭わず、ゴウが肩を落としながら言う。
 確かにゴウの言う通り、ベラミは掴み処がなく、何を考えているのか分からない所がある。
 だが、さすがにこれはベラミが怒るのではないかと、ヒロはちらとベラミを一瞥した。


「そんなに褒めないでよー」
 褒めていない。
 だというのに、ベラミは胸を張っている。
 不安は杞憂であった。


「あはは……心配性のゴウ君とじゃ、確かに合わないのかもね」
「はあ……さ。帰ろうぜ」
「あ、ごめん。先に帰っててもらっても良いかな」
 ヒロは思い出したようにそう言う。
「あん?」
「僕、ギルドでもうちょっと用事があってさ」
「そうか。じゃあ先に帰るぞ」
 ゴウは深く理由を聞くことなく頷いた。

「ずばり、お餅を買う用事だね!」
「違います」
 会話に入ってきたベラミの言葉は、即座に否定した。










 燦燦さんぽ日和

 第十話/ギルド裏庭の蜜柑










 ギルドを出たゴウの姿が見えなくなると、ベラミは素早く首を回してヒロの方を見た。

「で、用事ってー?」
「実は、ギルドに置いて欲しい物がありまして……」
 そう言いながら、手にしていた袋の中から数十枚のチラシを取り出す。
「ふむ?」
「海桶屋の宣伝チラシです」
「へえ。拝見拝見ー」
 ベラミはチラシを受け取ってカウンターの上に置くと、一番上の一枚を手にする。
 海桶屋の外観や、特徴的な朱塗りの内装の写真が大部分を占めるチラシで、
 サービスの内容に関する説明も書かれているのだが、写真を邪魔しない適切な配置となっていた。
 目を引き、海桶屋の特徴が掴みやすく、情報の不足もない、良い出来である。



「なかなか上手じゃないか。ヒロ君かセンダンさんが作ったのー?」
「いえ、友達の妹が絵の勉強をしているので、その子に頼みました」
「へえー。絵の勉強をしていたら、デザインセンスも良くなるものなのー?」
「どうなんでしょうかね……個人差はあるでしょうけれど、少なくとも素人よりは良いんじゃないんでしょうか」
 ヒロは肩を竦めて答える。
「なーる。餅は餅屋なんだねえ……」
 ベラミは関心した様子で、手にしたチラシを山に戻そうとする。
 だが、その手の動きは途中で止まった。

「……ねえ、お餅」
「買いません」
 即答する。
 突飛な提案への突っ込みなら、常日頃から鍛えられている。
「それは残念」
 ベラミは猫耳を畳んでしょげた。





「ところでベラミさん、昨日、ギルドロビン支部に出かけてたんですよね?」
 ベラミの言う事の大半は冗談である。
 本気で落ち込んでいるわけではないと分かっているヒロは、特に気を使わずに話を変えた。
「うん、そうだけどー?」
 ベラミもすぐに元の緩い喋り方で返事をする。
「……でしたら、あれ、買ってきてくれました?」
 周囲をきょろきょろと見まわしながら尋ねる。

 ギルド兄花島支部は、総面積も部屋数も海桶屋と大差ない小さなギルドだが、職員はベラミ以外にもいる。
 雑談程度なら許容される、雰囲気の緩い所ではあるのだが、なんとなく、他の職員には聞かれたくない話だった。



「あれー?」
「あれです。ほら、あの本……」
 恥ずかしそうに言う。
「ああ。あれね、あの本ねー」
 何の事だかようやく思い出したベラミが、ピンと尻尾を突き立てながら言う。

「ヒロちゃん、あんたも好きねえー」
「止めて下さい、誤解されます」
 ベラミを睨みながら突っ込む。
「ははー。冗談冗談。怖い顔がいっそう怖くなってるよー」
 ベラミは笑いながら、先程散々ひっくり返した引き出しから、雑誌を一発で取り出した。
 表紙には、週刊スピリット、の文字が印刷されている。
 ヒロ愛読のマナ情報誌である。


「これです。いつもありがとうございます」
 ヒロは素直に礼を言うと、財布から小銭を取り出して雑誌と引き換えた。
「なーに。仕事のついでに買ってる本だし、心付けも貰ってるし、どーって事ないのよー。にゃっはっはっ!」
「いやあ、そうは言いましても……何かお礼が出来れば良いんですけれど……」
「本当に大丈夫だってばー。ヒロ君は真面目だねえー」
 両手を頭の後ろで組みながら、ベラミが目を細めて言う。
「そうでしょうか?」
「そうだよ、そうだよー。特にお礼なんか……あっ!」
 ベラミの言葉が不意に途切れた。

「どうかしました?」
「……実は仕事がひとつあったのよねー」
「あ、でしたら……」
「うん。時間があったら、お言葉に甘えて一働きしてくれるかなー?」
「はい、もちろんです」
 威勢良く返事をする。
 今日は夕方から予約客が来るのだが、まだ時刻は正午を過ぎたばかりで、時間は十分にあった。

「おお、ありがとねー。……仕事、ガッツリ溜まってるんだよねえー」
 ベラミの笑みが、緩いものから不敵なものに変わる。

「む、むう……」
 礼を返せるという意気込みはどこへやら。
 突然沸いて出た嫌な予感に困惑するヒロであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】ねこの国のサム

榊咲
ファンタジー
ねこのくにに住んでいるサムはお母さんと兄妹と一緒に暮らしています。サムと兄妹のブチ、ニセイ、チビの何げない日常。 初めての投稿です。ゆるゆるな設定です。 2021.5.19 登場人物を追加しました。 2021.5.26 登場人物を変更しました。 2021.5.31 まだ色々エピソードを入れたいので短編から長編に変更しました。 第14回ファンタジー大賞エントリーしました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

外道魔法で異世界旅を〜女神の生まれ変わりを探しています〜

農民ヤズ―
ファンタジー
投稿は今回が初めてなので、内容はぐだぐだするかもしれないです。 今作は初めて小説を書くので実験的に三人称視点で書こうとしたものなので、おかしい所が多々あると思いますがお読みいただければ幸いです。 推奨:流し読みでのストーリー確認( 晶はある日車の運転中に事故にあって死んでしまった。 不慮の事故で死んでしまった晶は死後生まれ変わる機会を得るが、その為には女神の課す試練を乗り越えなければならない。だが試練は一筋縄ではいかなかった。 何度も試練をやり直し、遂には全てに試練をクリアする事ができ、生まれ変わることになった晶だが、紆余曲折を経て女神と共にそれぞれ異なる場所で異なる立場として生まれ変わりることになった。 だが生まれ変わってみれば『外道魔法』と忌避される他者の精神を操る事に特化したものしか魔法を使う事ができなかった。 生まれ変わった男は、その事を隠しながらも共に生まれ変わったはずの女神を探して無双していく

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...