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景勝地として有名なクリスタル・レイク。夏の観光シーズンには少し早い5月の晴れた日、スティーブ・ハンソンは花束をもって湖畔に佇んでいた。
8年前のこの日、丁度今のように晴れ渡った清々しい青空の下で悲劇は起こった。
その日湖畔駅まで車両をチャーターしてピクニックにやって来たトリニティ学院2年生の一行は駅から湖までの約1キロの道のりを歌ったりお喋りしたりしながら呑気に歩いてきて、湖畔に敷物を広げて弁当を食べたりゲームをして遊んだりして過ごした。
湖を周遊する遊覧船が出ていて、多くの生徒が乗船したが、何故かその時スティーブは気乗りがしなくて桟橋に留まった。
汽笛が鳴って桟橋を船が離れていく。
その時に手を振り合った友達の内の何人かと、それっきりのお別れになるなんて、その時は思いもしなかった。
死んでしまった友達の中には親友のディランや密かに思いを寄せていたアリスもいた。
最初の1、2年は鎮魂の祈りを捧げに来る同級生達もいたが、5年も経つ頃には亡くなった生徒の親すら殆ど来なくなった。
皆、先に進まなければいけない。
死んだ人間にばかり構ってはいられない。
そんなことは解ってる。
だけど進めない自分がいて、スティーブは今年もここに来てしまう。
スティーブが水辺に花束をそっと手向けて心の中で祈りを捧げていると、背後で小石を踏む音がする。
振り返った先に立っている花束を抱えた女性にスティーブは見覚えがあった。
「あ・・・貴女はディランの」
「ソフィー・ミュッセですわ。
お久しぶりです、ハンソン様」
「貴女も毎年いらしていたのですか?」
「はい」
ソフィーは花束を湖に投げ入れた。
そして細く白い指を組合せると少し俯いて長い間祈りを捧げていた。
スティーブはそのソフィーの横顔を美しいと思った。
湖に手を浸すとシルバーピークから注ぎ込む雪溶け水のせいで初夏といえども身を切るように冷たい。
この冷たい水の中で14名の仲間達が亡くなったと思うと胸がつまる。
「お茶でもいかがですか?」
スティーブは湖畔のホテルに併設されているティールームにソフィーを誘った。
「毎年ここに来ると、あの店のテラスで湖を眺めながらスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチを食べるんです」
「好きでしたものね、ディラン」
ソフィーが懐かしむようにフッと微笑む。
「いい加減に忘れなさいって、周りからは何度も言われるの」
ソフィーはグレナデンシロップを入れたソーダをストローでいつまでもゆっくりと掻き回している。
「船が傾いて、私が落ちて・・・そしたらディランが飛び込んで私を必死に船に上げて・・・自分は力尽きて・・・忘れるなんてできっこないわ」
「いいんですよ。忘れなくて」
「今もまだ、ディランの魂は冷たい水の中を彷徨っているかもしれないって・・・」
ソフィーとスティーブはディランの思い出話をした。
「ディランは活発でどっちかって言うとガキ大将タイプだったでしょう?
いつも木陰のベンチで本を読んでいるイメージの君との組み合わせが意外でした」
「フフフ。私は内向的ですものね。
幼少の頃からディランに恋心を持っていたけど、相手にされるわけが無いから遠くから見ていたの」
それがやっと思いが通じて恋人同士になれた矢先の事故だった、とソフィーは言った。
「あなたの方がディランと一緒にいる時間が長かったのだから、お話を聞かせてくださらない?」
ソフィーは彼女が知らない学生時代のディランのエピソードを聞きたがり、スティーブが話すと笑ったり喜んだり涙を浮かべたりした。
そうして二人は街に戻ってからも度々会って、お茶をしながら思い出話を語り合うようになった。
それから2年の年月が流れ、穏やかな時間を共有した二人の間にはやがて愛情が芽生え、少し遅めの結婚をすることとなった。
丁度悲劇の事故から丸10年経った時だった。
燃え上るような熱い恋ではなかったが、ゆっくりと育っていった愛と信頼の中で、二人は穏やかで幸せな生活を営んでいた。
結婚から一年経った頃にはソフィーの妊娠が発覚し、本人達も親達も踊りださんばかりに喜んだ。
スティーブは妊娠中の妻に過剰なくらい気を遣い大切に扱い、生まれてくる我が子との対面を心待ちにしていた。
やがて元気な男の子が産まれた。
二人は息子にジュードと名付け可愛がった。
スクスクと育ったジュードは良く笑う愛嬌のある子で、周囲の大人達をたちまち虜にした。
もうすぐ1歳の誕生日になるという時、
「そろそろ何か話出すんじゃないかしら?
やっぱり最初の言葉はママよね?」
「いやあ、パパに決まってるさ」
そんなやり取りをしていたソフィーが、お手伝いさんの
「魚屋さんが良いタラが入ったって持ってきたんですけど、いかがしましょうか?」
という問いかけにキッチンに行ってしまった。
スティーブは
「どらどらパパが抱っこしようかね」
とジュードを抱き上げた。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
スティーブはビックリして目を丸くする。
「俺だよ俺」
声は赤ん坊から発せられている。
「俺だよ、ディラン。
なにがジュードだよ」
スティーブは口をポカンと開けている。
「てめぇ、他人の女に手ぇ出してんじゃねえぞ」
「・・・ディラン?」
「ああ。・・・参ったなぁ、これ」
「・・・どうなってんの?」
「生まれ変わり?こっちが聞きてえよ」
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「・・・まあ、生まれちまったもんはしょうがないよな・・俺が大人になるまで世話になるわ。
ヨロシクな」
「・・・・」
「オメェ、このことソフィーに言うなよ?」
「・・・・言えるわけないだろう」
「あ~あ、なんか腹減ってきたな~。オッパイでも飲むかな」
戻って来たソフィーをジュードは赤ちゃんらしい泣き声で迎える。
「あらあらどうちまちた?ママが居なくて淋しかったねぇ。
お腹がすいたの?」
そういうとソフィーは呆然とするスティーブの前でソファに座り、ジュードを抱きかかえて乳を与えはじめた。
(おわり)
8年前のこの日、丁度今のように晴れ渡った清々しい青空の下で悲劇は起こった。
その日湖畔駅まで車両をチャーターしてピクニックにやって来たトリニティ学院2年生の一行は駅から湖までの約1キロの道のりを歌ったりお喋りしたりしながら呑気に歩いてきて、湖畔に敷物を広げて弁当を食べたりゲームをして遊んだりして過ごした。
湖を周遊する遊覧船が出ていて、多くの生徒が乗船したが、何故かその時スティーブは気乗りがしなくて桟橋に留まった。
汽笛が鳴って桟橋を船が離れていく。
その時に手を振り合った友達の内の何人かと、それっきりのお別れになるなんて、その時は思いもしなかった。
死んでしまった友達の中には親友のディランや密かに思いを寄せていたアリスもいた。
最初の1、2年は鎮魂の祈りを捧げに来る同級生達もいたが、5年も経つ頃には亡くなった生徒の親すら殆ど来なくなった。
皆、先に進まなければいけない。
死んだ人間にばかり構ってはいられない。
そんなことは解ってる。
だけど進めない自分がいて、スティーブは今年もここに来てしまう。
スティーブが水辺に花束をそっと手向けて心の中で祈りを捧げていると、背後で小石を踏む音がする。
振り返った先に立っている花束を抱えた女性にスティーブは見覚えがあった。
「あ・・・貴女はディランの」
「ソフィー・ミュッセですわ。
お久しぶりです、ハンソン様」
「貴女も毎年いらしていたのですか?」
「はい」
ソフィーは花束を湖に投げ入れた。
そして細く白い指を組合せると少し俯いて長い間祈りを捧げていた。
スティーブはそのソフィーの横顔を美しいと思った。
湖に手を浸すとシルバーピークから注ぎ込む雪溶け水のせいで初夏といえども身を切るように冷たい。
この冷たい水の中で14名の仲間達が亡くなったと思うと胸がつまる。
「お茶でもいかがですか?」
スティーブは湖畔のホテルに併設されているティールームにソフィーを誘った。
「毎年ここに来ると、あの店のテラスで湖を眺めながらスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチを食べるんです」
「好きでしたものね、ディラン」
ソフィーが懐かしむようにフッと微笑む。
「いい加減に忘れなさいって、周りからは何度も言われるの」
ソフィーはグレナデンシロップを入れたソーダをストローでいつまでもゆっくりと掻き回している。
「船が傾いて、私が落ちて・・・そしたらディランが飛び込んで私を必死に船に上げて・・・自分は力尽きて・・・忘れるなんてできっこないわ」
「いいんですよ。忘れなくて」
「今もまだ、ディランの魂は冷たい水の中を彷徨っているかもしれないって・・・」
ソフィーとスティーブはディランの思い出話をした。
「ディランは活発でどっちかって言うとガキ大将タイプだったでしょう?
いつも木陰のベンチで本を読んでいるイメージの君との組み合わせが意外でした」
「フフフ。私は内向的ですものね。
幼少の頃からディランに恋心を持っていたけど、相手にされるわけが無いから遠くから見ていたの」
それがやっと思いが通じて恋人同士になれた矢先の事故だった、とソフィーは言った。
「あなたの方がディランと一緒にいる時間が長かったのだから、お話を聞かせてくださらない?」
ソフィーは彼女が知らない学生時代のディランのエピソードを聞きたがり、スティーブが話すと笑ったり喜んだり涙を浮かべたりした。
そうして二人は街に戻ってからも度々会って、お茶をしながら思い出話を語り合うようになった。
それから2年の年月が流れ、穏やかな時間を共有した二人の間にはやがて愛情が芽生え、少し遅めの結婚をすることとなった。
丁度悲劇の事故から丸10年経った時だった。
燃え上るような熱い恋ではなかったが、ゆっくりと育っていった愛と信頼の中で、二人は穏やかで幸せな生活を営んでいた。
結婚から一年経った頃にはソフィーの妊娠が発覚し、本人達も親達も踊りださんばかりに喜んだ。
スティーブは妊娠中の妻に過剰なくらい気を遣い大切に扱い、生まれてくる我が子との対面を心待ちにしていた。
やがて元気な男の子が産まれた。
二人は息子にジュードと名付け可愛がった。
スクスクと育ったジュードは良く笑う愛嬌のある子で、周囲の大人達をたちまち虜にした。
もうすぐ1歳の誕生日になるという時、
「そろそろ何か話出すんじゃないかしら?
やっぱり最初の言葉はママよね?」
「いやあ、パパに決まってるさ」
そんなやり取りをしていたソフィーが、お手伝いさんの
「魚屋さんが良いタラが入ったって持ってきたんですけど、いかがしましょうか?」
という問いかけにキッチンに行ってしまった。
スティーブは
「どらどらパパが抱っこしようかね」
とジュードを抱き上げた。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
スティーブはビックリして目を丸くする。
「俺だよ俺」
声は赤ん坊から発せられている。
「俺だよ、ディラン。
なにがジュードだよ」
スティーブは口をポカンと開けている。
「てめぇ、他人の女に手ぇ出してんじゃねえぞ」
「・・・ディラン?」
「ああ。・・・参ったなぁ、これ」
「・・・どうなってんの?」
「生まれ変わり?こっちが聞きてえよ」
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「・・・まあ、生まれちまったもんはしょうがないよな・・俺が大人になるまで世話になるわ。
ヨロシクな」
「・・・・」
「オメェ、このことソフィーに言うなよ?」
「・・・・言えるわけないだろう」
「あ~あ、なんか腹減ってきたな~。オッパイでも飲むかな」
戻って来たソフィーをジュードは赤ちゃんらしい泣き声で迎える。
「あらあらどうちまちた?ママが居なくて淋しかったねぇ。
お腹がすいたの?」
そういうとソフィーは呆然とするスティーブの前でソファに座り、ジュードを抱きかかえて乳を与えはじめた。
(おわり)
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