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 ラナとコルムは卒業を迎えた。
 
 ラナは卒業研究にヴェートスの神話や口伝の叙事詩が我が国の宗教や文学に与えた影響について考察し、その論文は学長賞に輝いた。
 
 西部一の新聞社ウエスタンニューズへの就職も決まり、正に順風満帆な門出となった。

 一方のコルムはカレッジを首席で卒業し、授与されたメダルをガブリエラの首にかけた。
 コルムの表情は誇らしいというよりも、自分のせいでガブリエラに勉学を断念させてしまったことへの後ろめたさが感じられた。

 政府機関であるエクスチェッカーに就職しようとしたコルムは、筆記試験では上位であったにもかかわらず面接で落とされてしまった。

 ユージンをはじめとした周囲の人達は「裁判するべき!」と怒りを顕にしたが、当の本人は

 「いつものことさ」

 と笑っていた。

「他にいくらでも社会を変える方法はある」

 そう言ったコルムは、まずはガブリエラと一緒に会社を大きくすることに決めたようだ。

 ラナがガブリエラの近くにアパートを借りて暮らし始めるとユージンはしょっちゅうやって来ては

「今すぐ結婚したい」

 と駄々をこねた。彼はあと2年大学に通わなければならない。

「みんな働いてるのに僕だけ学生で取り残された気分だよ」

 ぶすくれるユージンに、

「近くに立派なお医者さんがいると皆が安心するから」

 と励ますと、

「僕が医者になったらラナの身体を隅々まで診察してあげるね」

 と誠意のこもった変態ぶりを披露してくれた。

 そんなユージンはラナの部屋に来るとコーヒーを淹れたり目玉焼きを焼いたり皿を洗ったりするようになった。

「だってラナも働いてるんだから結婚したら僕も家事やんなきゃね。
 今は洗濯の仕方を教わってんだ」

 とニコニコしている。

 やっぱりユージンは最高だ。

 ラナがユージンに抱きついて頭をガシガシしながら「いい子いい子」と言うと、

「ラナのパンツも洗う~」

 とふざけるので、ほっぺたをムギュウと引っ張りながら、

 「悪い子悪い子」

 と叱った。

 そうやってイチャイチャしているうちにユージンが卒業して医者になった。



 そのころにはアクセサリーに加えて、紡績工場と提携したガブリエラ達はカーテンやクッション、テーブルクロスなどのインテリア部門の生産も始めていて、着々と事業を拡大していた。
 
 ラナは新聞で特集を組んでガブリエラ達の後押しをした。
 コルムが紙面に出ると売り上げが伸びるので、編集長は喜んで記事にゴーサインを出してくれた。

 ラナがライフワークにしているヴェートスの叙事詩に関する連載記事も人気を博している。
 今までは口伝で継承されてきたので、体系的にまとまったものが存在しないのだ。
 最初は文字に起こすことを嫌がった長老達だったが、若者たちへの文化の継承が難しくなってきた昨今、先祖から伝わる神話や叙事詩を文字にして残しておく必要性を認めざるを得ない状況のようだ。


 そんなこんなで仕事もプライベートも順調なラナとユージンの結婚がいよいよ本格的に決まった。


 

 その日ラナとユージンは改めてラナの両親に結婚の挨拶をするために東部に来ていた。

 土産物は用意して来ていたが、ユージンがラナの母親に花束を渡したいというので、駅近くのアーケード街を歩いていた。

「ラナじゃない?」

 突然呼び止められて振り向く。

 ドレッシーなワンピース姿のメグがいた。

「久しぶり、元気だった?」

 相変わらずの美貌でメグは微笑んでいた。

「うん。元気。メグも元気そうだね」

 二言三言、当たり障りのない会話を交わす。

「キャロラインとグレイスはどうしてる?」

「さぁ?卒業してから2、3回会っただけだから」

 まあ、そんなもんだろう、とラナは思う。

「また連絡してよ。ゆっくり話そう?」

 そう社交辞令の言葉を残して去って行ったメグは、数歩離れた所で待っていたテレンスとは別の少し年上の身形の良い男性と腕を組んで去って行った。


「僕のこと気づかなかったね」

 ユージンが微妙な笑い方をした。

「久しぶり、ユージン・タイラーだよ。とか言っても『誰?』ってなるだろうから黙ってたんだ」

 ラナとユージンはハハハと笑った。

 
 花束を入手した二人はラナの実家に着いた。
 もう何年も前からそれとなく決めていたこととはいえ、正式に結婚の挨拶に訪れると、ラナの両親は喜んだ。

「こんなエリート医師さんが娘のお婿さんだなんて鼻が高いわ~」

「まだ新米ですよ」

「いやあ、ジェームズと親戚になれるなんてなあ」

 いささか的外れな喜び方をする両親を放っといて、夕飯ができるまでの間散歩に出ることにした。

 自然と足の向いた駄菓子屋は閉まっていた。
 店先のベンチは背もたれの板が割れていて、板戸で蓋のしてある入口には「閉店しました」
の張り紙が取れかかってユラユラ揺れている。

 ラナは呆然と立ち尽くした。

 犬を連れて歩いているオジサンにユージンが声を掛ける。

「お尋ねします。こちらのお店をされていた方は?」

「ああ、婆ちゃんなら息子さんの所に行ったよ。
 持病のリュウマチがひどくなったってんでね」

「そうですか。ありがとうございます」

 ラナの眼前にはベンチで並んでビタールを飲む、制服姿のガブリエラとラナが浮かんでいた。

 みんな毎日少しずつ変化していくのだ。

 それが成長でも後退でも。


 清々しい秋晴れの日、ラナとユージンは結婚した。

 ウエディングドレスはパティーとメラニーの合作で、彼女たちの可愛いを目一杯詰め込んだ力作だった。
 フワッと幾重にも広がる裾には花のモチーフが沢山縫い付けられていて華やかだったし、レースの手袋はパティーの手編みだった。

 沢山の人に祝福された式の途中、参列者の中にテレンスがいることにラナは気づいて驚いた。
 パティーに近づいているのが見えて嫌な予感がした。
 後で分かったことだがテレンスは長い長い謝罪の手紙をパティーに手渡したそうだ。

 式の後の披露パーティーでは皆が口々にお祝いの言葉をくれた。
 テレンスも花束を手渡しながらラナとユージンに

「おめでとう、お幸せに」

と言ってくれた。

「楽しんでいってくれよな!」

 ユージンが屈託のない笑顔でテレンスの肩を叩くと、テレンスはどこかホッとしたような気弱な笑みを浮かべて

西部こっちで働くことになったからヨロシクな」

 と言った。

 それからテレンスはコルムとも暫く話し込んでいたが、二人は握手をして離れたようだった。

 ガブリエラがくれた結婚のお祝いはヴェートス伝統の見事な金線細工の施されたペアグラスだった。

「・・・こんなに高い物貰えないよ」

「受けた恩は10倍にして返すって言ったでしょ?」

 ガブリエラはペロっと舌を出した。

 父親同士は結婚した二人のことなど放ったらかしで昔話に花を咲かせ、次々に酒瓶を空けていい気分になっていた。

 飲んだり食べたり歌ったり騒いだりして宴は盛り上がった。


 そしてラナとユージンは今夜泊まるホテルのエグゼクティブルームで一息ついた。
 新人医師で忙しいユージンは新婚旅行の時間が取れず、代わりにユージンのお父さんがホテルのちょっと良い部屋を用意してくれたのだ。

「どうせならスイートが良かったよな~」

「バチ当たりな事言わないの!
 ほら、このお花見て!それにシャンパンとフルーツも」

 家具が素晴らしいだのカーテンの柄が上品だのと部屋を褒めるラナの横でユージンは準備体操を始めている。

「ラナ!これからもよろしくね」

「私こそよろしく」

「不満があったら何でも言ってね」

 「・・・じゃあ早速」

 えっ?!ナニ?!とユージンの顔が青ざめる。

「あなたから手紙がもらえなくなって淋しいの。

 たまにでいいから、私の為に手紙を書いて」

 ユージンが満面の笑みで応える。

「わかった!だから君も返事を書いてね」



(おわり)



 


 


 





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